おさきみどり、どう書くの?

※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

爆弾かもね  投稿者:津原泰水  投稿日:2010年 7月 5日(月)03時40分24秒 	  通報 編集済 
http://6020.teacup.com/tsuhara/bbs/707
 これまで黙ってきたことの一例。「読んどいたほうがいい本はなんですか?」と訊かれ、「いわゆる女流を目指すんだったら、せめて尾崎翠は」と答えたら、彼女には字がわからず、代わりに書いてあげたと記憶している。その情景を見ていた人達は少なくない。せまい店の中だった。
 暫くして、彼女がブログにて、長年読者であったような調子で尾崎を紹介しているのを読み、驚いた。というか背筋が凍った。
 良心的に想像すれば、彼女ははなから尾崎など読んでいて、無学な僕を傷つけないよう、わざと「おさきみどり、どう書くんですか?」と訊いてくれたのかもしれない。
「だいななかんたい?」という誤聴も、わざとだったのかもしれない。



事実関係について

くわしくはリンク先の文章を読んでみてください。
その文章では「川上氏は尾崎翠の字も存在も知らなくて、おしえてあげた」というような内容があります。
津原さんもブログで仰ってるように現ユリイカ編集長(当時は編集長ではありませんでした)に紹介されたのですが、当然それははじめての詩「先端で、さすわさされるわそらええわ」が掲載された「ユリイカ」2005年11月号が出たあとになるはずで、はじめてお会いしたのは正確には2006年の4月のことです。

しかし、わたしは尾崎翠についてはこのブログの2005年3月の日記にアップしていますし、この内容はそこからさかのぼること1年以上前、月刊Songs2003年10月号(Songsサイトのバックナンバーの目次では、残念ながら2003年は載せていただけていませんが、尾崎翠の「第七官界彷徨」をもじった連載のタイトル「第九感界彷徨」が2004年からは確認できます。このタイトルによる連載開始は2003年8月号。)に発表したものなんです。これは津原さんにお会いする以前のことです。そこにも書いているように、そもそもわたしが尾崎翠を知ったのは二十歳前後のことなのです。まあお会いしたのは酒席でもあったことですし、人もいたし、おそらく津原さんはなにか聞き間違いをされたか記憶違いをなさっているのか、そのあたりのことはよくわかりませんけれども、これが事実ですので記しておきます。時系列をご確認ください。



尾崎翠 第九感界彷徨

夢が夢であるための条件、少女が少女であるための。小さな胸の第七官界は遥けき恒星の営みをも掬いとる。今夜すべての苔は恋をする、今月号は尾崎翠。

 先月号が中原中也だったので、今回は誰にしようか何にしようか、ちょっと迷っていましたが、尾崎翠。尾崎翠のこと、っていうか「第七官界彷徨」についても、ちょっと。
 尾崎翠は1896年に生まれて1971年に亡くなりました。鳥取県生まれで、後に上京して文学活動を始めました。
 それまでの、いわゆる自然主義と呼ばれる、ありのままをありのままに表現したり書き写したりする文学の傾向に「つまらな〜い」と感じたのかどうかは定かじゃないけれど、まあ自分の感覚に忠実に、記憶、体験、実感、映画や音楽や演劇や色彩など、もうとにかく自分の感覚が反応するところ、それらを見事に織り上げ、夢見る夢子でどこが悪いのよと言わんばかりに、幻想的で、ユーモアたっぷりの彼女独特の世界を作り上げていきました。
 そしてばりばり小説を書いていくんですけれども、まだ若い時分に頭痛薬の飲みすぎで中毒になってしまって苦しんで苦しんで恋人と別れて鳥取へ帰ります。
 そこからはもう書かなかった。書けなかったのか。
 その後の生活は戦後を逞しく生きたという説もあれば、やはり病でぼろぼろになり、独り寂しく雑巾を縫っては売り歩いて寂しい晩年を送ったという説もありますが、後者がよく伝えられるところではあります。
 兎にも角にも、彼女にとって、波乱万丈な人生であったことは確かなようです。

 わたしが初めて尾崎翠の作品に出会ったのは、二十歳の頃で、本を読んでると何処にでも行けるし何にでもなれるし生きてる人と話すのとは違う潔さがあるしで、音楽よりも何よりも本当に本をよく読んでいました。
 活字を追っている間だけは自分から離れてられるし、頁を開けばいつでもそこに、その大好きな世界がわたしを待っていてくれるわけで、夢中になって病み付きになるのは当然のことで。
 そんな中、十代もやれやれ終わって、毎日毎日なんじゃあ、てな時に、本屋で尾崎翠の「第七官界彷徨」に出会ったわけです。

 まずこのタイトルですよ。どうですか。これは唸った。初めて目にした人も唸るところです。
 「第七官界彷徨」。このタイトルの吸引力については色々なところで色々な人が体験談や素晴らしさを語っていますが、多聞に漏れず、わたしもタイトルにやられたクチです。
 何よ、何処よ、第七官界って、ってな感じで。どきどきですよ。ちくま文庫で出てる集成がお手ごろで他のも併せて読めて鞄にそっと忍ばせておけるし、尾崎翠世界的にナイスです。

 わたしは、小説「第七官界彷徨」が手放しで大好きなのです。町子ちゃんという詩人を夢見る女の子が主人公で、従兄弟たちとのめくるめく共同生活の日々の物語です。
 ストーリーのニュアンスや登場人物の面白みは実際読んでもらわないとなかなか伝えきれんけど、何がわたしにとって大きな魅力かっていうと、町子は無論のこと従兄弟たちも筋金入りの感覚少女で、そして永遠の少女なわけ。たまらん。
 従兄弟たちは苔を栽培したりコミック・オペラを作曲したり町子は自分の縮れ毛に思案したり。そんな彼らの会話や論争がたまらなく面白いの。
 ときどき間が抜けてて、ときどきはっとする。「恋愛」もこの小説の大切なテーマなんだけど、人間は片思いや失恋ばっかで結局ここで「恋愛」に成功するのは苔だけ、という、これだけでもなんかそわそわするでしょ?
 尾崎翠の小説が、少女趣味的世界であって同時に何故一流なのかというと、単純に文章が上手い。それも極上に上手いのと、戦前から映画に親しんできたせいか、視点が抜群に面白い。
 カメラワークっていうの?情景を喚起させる能力がズバ抜けてる。漫画と詩と映画と小説と写真を同時に観る感じがいつもする。
 町子が云う台詞、

「私はひとつ、人間の第七官にひびくやうな詩を書いてやりませう」

この台詞はほんとに長くわたしの頭の中に残っていて、このわたしの連載とタイトルは、この作品へのオマージュでもあります。
 「第七官界」が結局薬局何かというのは、読んだ後にきっと自分だけの感覚で感じるはず。他の短編も是非に!

 さて今回のわたしの絵と詩は、人生で自分で選んだり決定したり出来ることっていうのは、実は絶望的にほんとに少ないということで。絵は、勝手に騒ぐ、ヘモグロビン。


この文章は、ドレミ楽譜出版社『月刊Songs』に連載中の「第九感界彷徨」からバックナンバーを加筆修正したものです。
月刊ソングスには未映子の詩と絵も併せて掲載されていますので、ぜひご覧ください。
※月刊ソングスの連載は終了しました。



雑巾の価値  投稿者:津原泰水  投稿日:2010年 8月 7日(土)18時34分16秒 	編集済 

 尾崎翠の雑巾について。
 まずはこちらを御覧ください。
http://www.osaki-midori.gr.jp/6-ZATUROKU/midoricharity.htm

「当時のニュービジネスとも言えそうな雑巾作りと、翠の豊かな詩的感性がどのように結びついていたのか想像するだけで楽しくなります」というこちらの記述と、川上さんの「やはり病でぼろぼろになり、独り寂しく雑巾を縫っては売り歩いて寂しい晩年を送ったという説もありますが」という記述とでは、ずいぶんニュアンスが違いませんか?
 朝鮮から引き揚げてきた兄妹一家と同居していた翠が、なんで「独り寂しく」なのかも理解しがたいところです。ましてや年譜によれば、尾崎が兵庫にまで雑巾を売りに行ったのは、1947年の七月とまで限定されています。素材は純綿。ただのボロ布ではなくお洒落なお掃除グッズにニーズがあると尾崎がふんだ程の、日本の復興の歩みがむしろ見て取れるというものです。
 当時、僕の祖母は箸箱を研磨する内職で、生計を立てていました。「とにかく物が無い」「何でも売れる」時代。今の内職とは桁違いに儲かったようです。


ある意味、已むなく  投稿者:津原泰水  投稿日:2010年 8月11日(水)03時26分4秒 	編集済 

 尻馬にのるみたいで恐縮ながら川上未映子さんついでに、今更ながら彼女の「第七官界彷徨」紹介文について。
http://www.mieko.jp/blog/2005/03/post.html

 マニアの多いこの作品に、僕はなるべく触れたくなかったというのが正直なところなんですが、研究者肌の方々が、忿懣やるかたなしとの私信をくださるのです。で、確認のために(仕方なく)再読いたしました。
 個人的な結論を表明します。メールの方々、これで溜飲をさげてください。

 結論:「まるきり読んでいない」か「慌てて読んでいたふり」と、誰に判断されても仕方がない文章。少なくとも読者に「読んでいる」「読んできた」と感じさせるにも粗雑すぎる。ネット上の記述(当時)のコピー・ペースト・コラージュ以外の可能性は見出しにくく、彼女の尾崎の紹介者たる資格となると、これは大変に厳しいものを感じざるを得ない。

  • 「従兄弟たち」いう言葉が何度も出てくるんですが、町子の共同生活者で従兄にあたるのは三五郎だけで、一助と二助は兄です。従兄と兄をまとめて「従兄弟たち」と表記なさっているのかと思いきや、「苔を栽培したり」とあるので(これは兄の二助)明らかに誤認。

  • 「町子は無論のこと従兄弟たちも筋金入りの感覚少女で、そして永遠の少女なわけ」というのは特殊なレトリック? 読者に人物の性別を混乱させる意図はどこに?

  • 主要モチーフである蘚が、なぜか「苔」と表記されている。蘚類と苔類は違い、同作で扱われているのは前者。

  • 「コミック・オペラを作曲したり」とあるけれど、三五郎は音大受験生で、「受験に必要のないコミックオペラをうたい」はするものの、作曲はしていないかと(僕も基本的に記憶を頼りに書いているので、もし事実誤認あらば、どなたか御指摘を)。

  • 「戦前から映画に親しんできたせいか、視点が抜群に面白い」というのは尾崎翠についてだと思うんですが、これは「第七官界彷徨」を戦後の作品だと誤解している証拠。

  • 「町子が云う台詞、(改行)「私はひとつ、人間の第七官にひびくやうな詩を書いてやりませう」(改行)この台詞は……」と二度もセリフとあるんですが、セリフは無いと思うな。地の文でしょう。モノローグという意味で使われているのかもしれないけれど。またちくま文庫版を読者にお薦めになっているにも拘わらず、なぜかここは旧仮名(ちくま文庫は新仮名遣い)の引用となっている。

  • 内容紹介に先んじて川上さんは「「第七官界彷徨」。このタイトルの吸引力については色々なところで色々な人が体験談や素晴らしさを語っていますが、多聞に漏れず、わたしもタイトルにやられたクチです」と、つい洩らしていらっしゃる――「それらのコピペ」がブログ記述の実相ではないのか?

 以上、長尺の論文やエッセーへの重箱の隅をつつくような指摘ではなく、連続した二十行足らずの文章への指摘です。
 匿名でごめんさんが、冒頭「書かなかった」「独り寂しく雑巾」云々で呆れられていたとき、「そうそう、そんな文章だった」と思ったもんですが……いま改めて読んでも、やはりこういう結論であります。

 こういうとき僕のような凡人は「この人は、読んだふりをする人」で思考が停まってしまうのですが、研究者やそういう肌の方々は「訂正のチャンスがあるのに、それがなされない」ことに怒りを感じられるようで、思えばよほど穏便でもあるし、言行一致とでも申しますか、「ブログは試行の場」という自分の言葉に感情がついていかない僕などより、遥かに賢明であるなあと感じる一夜。
最終更新:2010年10月17日 01:34