「…すごいのかな?」
「さあ」

 アウトウェイの温泉街にある一番人気の宿、「隠れ家」。いかにもアウトウェイらしい怪しそうな名前であるが、外見はシンプルで長屋のように細長く続いている。なぜここに相葉+1名がいるのかというと話は1週間前にさかのぼる。


 この日、アウトウェイの商店街では福引をやっていた。2等は最高級えぶえぶ茶とお米1年分、3等がえぶっクス1年分、1等は超人気温泉宿一泊二日ペア無料招待券となっている。残り本数がわずかというときにこの相葉は見事1等を引き当てたのだ。無論、周囲の温泉を狙っていた人たちのすさまじいほどのいたい視線に耐えられず、一目散に逃げてしまうほどであった。


「でも、本当に良かったんですか?」
「はい。男同士は兎も角、前から取材したいって言ってましたから」

 そうやり取りしている相手はこのアウトウェイのジャーナリスト・癖毛爆男である。彼は普段から街で見かけるだけでなく、何度か話をしたりもする。実際相葉自身も(PC設定では)文章力や知識を広める為に旅をしていたので彼から色々な話を聞こうと思ったのだ。

「とりあえず、入りましょうか」
「あ、はい」
 控えめにそう相葉が答え、二人は宿の中に入る。

「「「「いらっしゃいませ」」」」
「「(って、以外に広いっ!)」」

 中に入った時の出迎え以前に二人は広さに驚いた。まず入ってすぐの玄関は広々としていてロビーには適度に豪華な置物が置いてある。土産物屋のスペースはあるものの、入ってすぐには見えないよう設計されている。

「あ、福引でこれをもらったんですが…」

 相葉が無料招待券を仲居さん達に見せると横にいた女将さんが前に進み出てくる。

「お待ちしておりました。当選された時大変だったでしょう」
「ええ…」

 女将さんのその言葉に嫌な光景を思い出しそうになった相葉であった。

「毎回福引の時はあんな感じなんですか?」
「ええ。国内の人も一度は泊まりたいってみんな言ってますから。嬉しいですね」

 癖毛の質問に女将さんはにこやかに答える。どうやらこの手のことは決まりごとみたいなようだ。

「はあ…でも、毎回あんなんじゃ当たった方としてはたまりませんよ」
「そうですね。これは内緒なんですけど、こういうくじは最終日くらいに入れる約束なんですよ。そうじゃなかったら横取りとか起こりかねませんから」

 いや、十分に起こるって。と、相葉は心の中でそう突っ込んだ。


「こちらが当宿自慢のお部屋の一つ、鮮麗の間です」

 案内された部屋の中はよくある和室で入った途端、畳のいい香りがした。

「うわぁ、いい匂い」
「お客さんはちょうどいいときに見えられましたね。実は昨日畳を張り替えたんですよ」
「よく、替えられるんですか?」
「いえ。でも、半年に1度は張り替えますね。特に春と秋に替えるとよく引き立つんです」

 細かい配慮に二人は納得した。確かに春と秋の気候は穏やかで草木の匂いも十分に感じられる。こうやって窓の外の景色だけでなく、その時期に合わせた模様替えで香りまで楽しめるというのはなかなかのものだ。

 「ところで、お二方ともアレルギーとか苦手なものはありますか?」
「いえ、特には」
「俺もないですね」
「そうですか。では、夕飯は午後6時となります。それまではごゆっくりお寛ぎください」

 それだけいって女将さんは部屋を後にした。


 6時までの間、二人は別行動をとることにした。癖毛は例によって仲居さん達からこの宿のことを詳しく聞いたりしている。一方相葉はというと、露天風呂に来ていた。

「うわぁ…部屋の景色よりもすごくいいなぁ…」

 露天風呂の景色を見るなり、相葉は感動していた。湯船につかるとほぼ眼前に滝が見えるのだ。現在の時刻は午後3時。ちょうど幻想河の滝の最大の魅力である空にかかる虹が見れる最後の時間である。相葉はゆったりくつろぎながら虹が消えるまでその景色を見ていた。


「お待たせいたしました。こちらが本日の夕飯になります」

 入れ替わりで癖毛が露天風呂にいって戻ってきた頃、女将さんが料理を持ってきてくれた。今日のメニューはこのあたりで採れた山菜のてんぷらと幻想河で採れた河魚の塩焼き、最高級えぶえぶ茸と昆布・鰹節でだしをとった鍋など見た目も楽しい品々が並ぶ。

「うわぁ、おいしそう」
「彩りもきれいですね」

 相葉は食欲、癖毛は取材魂で反応して答える。確かにならんだ料理はどれも食欲をそそるものばかりである。

「「いただきます」」

 二人ともゆっくりとではあるが料理に舌鼓を打つ。どれを食べても満足のものである。さらに、鍋の締めに雑炊となれば二人とも文句はなかった。


 翌日、二人で朝風呂に入り、朝食を済ませ、チェックアウトの時間となった。

「どうも、お世話になりました」
「いえ、こちらもまたのお越しをお待ちしております」

 最後まで丁寧な振る舞いで送られるほうの側も心地良い。また来たいと思わせるのは、このようなちょっとした行為からなのだろう。そう思いながら二人は宿を後にした。

「取材はどうでした?」
「ええ、なかなかいいも…あれ?」

 慌しくポケットや荷物の中を探る癖毛。徐々に顔色が焦りに変わっていくのが分かる。

「どうかしました?」
「…見事にやられた」
「え?」
「あの女将さん、外見以上にこういうのに厳しいみたいで取材のメモ取り上げられたようです」

 そう苦笑して癖毛は相葉の問いにそう答えるしかなかった。


「まったく、こういうのは後がたちませんねー」
「あの人はこの国でも有名な人だから悪い子としたかなぁ」

 二人が帰った後、事務所にいた中居達がそんな会話をしていた。

「良いも悪いもないですよ。まあ確かにこの宿を真面目に書いてくれそうですけど、この宿の最初の方針を簡単に放棄するわけにはいきません。それに、階層を増やすことも部屋数を増やすこともない以上、こういうことはきちんとしないといけませんからね」

 帳簿をつけながら女将がそう答える。この宿は昔から取材を受けさせずに、地道な積み重ねにより今の人気宿を築いたのだ。

「でも、ちょっとあの人の書く記事みたかったなぁ」
「おしゃべりはそこまで。では本日のお客様の到着時間確認などの会議を始めます」
「はい」

 いつかはお願いしても良いかもしれないわね、と女将は考えながら癖毛の取材メモをシュレッダーにかけた。




(文:相葉翔)

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最終更新:2007年06月01日 06:31