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その心は誰のもの - (2010/01/18 (月) 12:43:35) の1つ前との変更点

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もう二年以上も通い続けた学校への道のり。 つまり何百回も行き来してきた通学路。 朝日が眩しかったり、しとしと雨が降っていたり、背中を押される強風の日もあったけど、どれもとりとめのない日常の一部。 今日も一足先に夏がやって来たようなあたたかい気候が気になるくらいでいつもの朝に変わりなかった。 駅前のバス停に並ぶ私とつかさ。同じ制服に身を包んだ学生の姿が多く目に着くようになった。 初めのうちは少々派手に思えた赤色のセーラー服も高校生活の思い出と共にいとおしい。 だけどその人だかりの中にあの子の姿は見えなかった。 「こなちゃん、遅いね」 手持ち無沙汰な妹が呟いた。 友達と談笑する者、遠くを見つめて佇む者。待ち時間の過ごし方は人それぞれ。 「そうね。ま、今日は月曜日だしね」 休み明けのあいつはしばしば遅れてやってくることがあった。 理由はやはり深夜アニメだとかネットゲームだとか、溜め息の出るものだけど。 宿題はやったのかと問い詰めればいつも私が助け船を出してやるはめになる。 「かがみぃ」と泣きついてくるこなたの声が聞こえた気がした。 「あ、来たよ」 「えっ」 つかさの一段高い声につられて振り向くと、人波の間からふよふよ浮かぶ一房の髪が目に入った。 縫うようにして近づいてくるそれ。相変わらず小柄なあいつの顔も姿も隠れたまま。 急に動いた人山に呑まれて小さな悲鳴が耳に届く。 「お、おはよぅ。かがみ、つかさ」 「こなちゃんおはよ」 生気の欠片もないような声と半開きの瞳。いつもの泉こなたがそこにいた。 「おっすこなた。相変わらず元気ないな」 ちょっとばかし気合いを入れてやろうとぽんぽん頭を叩く。 平均をはるかに下回るこなたの身長はこういうスキンシップがしやすくていい。 「むぅ。かがみ朝からテンション高いよ」 「普通よふつう。あんたがだらしなさすぎなだけよ。どうせ昨日も夜更かししてたんでしょ」 「うぐ、否定はしないけどさ」 とはいえほんの少しだけど気分が高揚していないでもなかった。 私の高校生活の大半はこいつやつかさとみゆきが中心だったのだから。 こなたとの関係は単なる友達なんて言葉じゃ片付けられないものなのだから。 頭に置いていた手をそのまま無頓着なぼさぼさの髪に下ろしていく。 「朝に弱いのはわかるけど髪くらい整えてきなさいよ」 「私の朝は戦争なのだよ」 どこまで本気なのかわからないが安易に否定するのは憚られた。 こなたに母親がいないことを知ったのはわずか一年ほど前のこと。 日頃からそういう様子をおくびにも出さないこいつの苦労は知る由もなかった。 家事の不得手な私が口出す話じゃないみたいで、仕方なく無造作に伸ばしているような長髪に指を滑らせていた。 不健康すぎる生活を送る割にほとんど痛んでいない髪。 少し手前でバスを待っているつかさがたまに振り向いては優しい笑みを浮かべた。 3年B組の前でいったんこなたたちと別れる。 隣の自分の教室に入って峰岸、日下部の二人と軽く挨拶をかわし鞄の席に置いたらまた隣のクラスへ。 私が顔を覗かせるとこなたとつかさと共に、みゆきが笑顔で迎えてくれた。 「おはようみゆき」 「おはようございます、かがみさん」 どんな時でもきちんとしていて崩さない親友はやはり私たちの中では別格だ。 勉強に運動もできて多少妬まないでもなかったが良いお手本がいるのだと思える。 それにこんな優れた友がいることこそが私にとって誇りでもあるのだ。 「こなた、宿題はちゃんとやってきた?」 土日を挟むと必ず宿題を課すのが教師というものらしい。 ちなみにつかさは私の助力を借りながらきちんと昨晩までに終わらせている。 「残念だけど今日はちゃんとやってあるんだよねー」 「へぇ、珍しいこともあるのね。今日は雪でも降るのかしら」 「何を言う。もう受験生なんだよ」 「普通の受験生は夜遅くまでゲームなんてしないわよ」 本当に最初のころは心配してやったりもしたのだがこのくらいが私たちには合っている。 ある程度言ってやるとこなたがぷくっと頬を膨らませてぶつくさ言うのがオチだ。 まったく、子どもだな。 まぁそういうやりとりを笑って見つめるみゆき、つかさがいて微笑ましいというものだ。 「で、結局どういった風の吹きまわしなのよ」 つい一週間前に「受験するのかなぁ」と呟いたこいつが。 「まぁ、その、かがみに迷惑かけたくなかったから……」 散々頼ってきて今さらかよ、とつっこんでやりたかったんだけど。 珍しく照れているみたいのこなたに私までなんだか恥ずかしくなってすぐ声が出なかった。 一呼吸間を置いて出た言葉は、 「それがずっと続けばいいけどね」 と、そっけないものだった。 幸いにしてこの微妙な空気につかさもみゆきも何も言わなかったけれど。 少し口数の減った私たちはみゆきが語り出した情報に無言で頷いているだけだった。 確かに高鳴った鼓動を感じながら。 あどけなさの残る外見とか、同級生の中で一段と小さな彼女にかわいらしさを感じなかったわけじゃない。 でもそんな感情も口を開けばすぐに薄れてしまっていた。 いわゆるオタクで、しかも人目を憚らずに平然と話してのける彼女。 放課後の付き合いだとか休日に出かけるところも全部そういうところばかり。 あまりにも熱意がこもっていると正直理解に苦しんだ。 それでも決して避けようとは思わなかったのは彼女自身がとても楽しそうだったから。 その笑顔を見る度に私の心の中であたたかい何かを感じていたから。 それに一見自由奔放に見えて細かな気遣いができるのは彼女にしかない敏感さだと私は知っていた。 率直な物言いで人を傷つけてしまいがちな私から離れずにいてくれた。 いつもやる気のない表情で、でも本当は何でもこなす器用さがあった。 表面だけでは気づけなかったことをこの二年間の間で知ることができた。 知れば知るほど私は泉こなたに惹かれていった。 それがいつしか心の内に収まりきらないほど大きくなっていた。 大きく膨らんだ好きという感情。 今にして名づけられたその恋というものはいつから始まっていたのだろうか。 泉家に初めて招待してもらった去年の秋だったのかもしれない。 三年連続で違うクラスになった寂しさに枕に顔を埋めた新学期のあの時かもしれない。 もしかしたらつかさに紹介されて一目見たときからだったのかもしれない。 だけど大切なのはいつから想い続けたのかじゃなくてどれくらい想っているかなのだ。 そもそも始まってしまったことはしょうがないし、むしろ終わらせ方のほうが難しい。 この気持ちを伝えるか、伝えないか。 普通の恋だったらこの二択だけで簡単だと思う。 どちらも勇気のいることには変わりないけど。 でも私の場合は違う。泉こなたは女の子なのだ。 勘違いだとか、気持ち悪いとか、まず応援されるものではないのだとわかっていた。 一番正しいのはこの気持ちを捨てることじゃなかったのかと思う。 だけどこの感情はそんな単純なものじゃなくて。 何より私が過ごしている毎日の幸せや充実感はこなたがいるからなのだから。 こなたが隣にいてくれることで私は笑っていられる。 大事にしたい日常は胸の中の気持ちと向き合ってこそ守られていくのだと。 もし万が一告白したとしても私はこなたのいない世界は見たくないと。 自覚してから数日間誰にも相談しなかった。否、できなかった。 つかさとみゆきと一緒に過ごす時間をも壊すわけにはいかなかったから。 好きの意味は異なれど大切な家族、親友。 その二人に間違っていると言われるのが怖かった。 でも心というのは不思議なもので、好きだと気づいたら常にその気持ちが浮かびあがってしまう。 例えばこなたが私に触れたとき。 いつもみたいにオタトークをしているときの楽しそうな表情とか。 隣を歩いている、私を気遣ってくれている、ただそれだけで。 触れたいという気持ち、彼女がほしいという欲望がうめきだす。 耐えられるはずがなかった。 私のことを気の置けない友達だと屈託なく笑うこなた。 女の子同士だからいいじゃないと身を寄せてくるこなた。 マイペースすぎて客人の前でも安心しきった寝顔を見せるこなた。 私たちの関係は密接で、特別なものだった。 ほんの少し、あと一歩だけ踏み出してしまえばよかったのだ。 中学生の頃からずっとクラスが一緒だという日下部、峰岸に一言告げて自分のクラスを後にする。 たまにはこっちでという顔をされることもあったが今ではまたかという呆れ顔をされるだけ。 お昼休み。通常の休み時間よりはるかに長い自由時間。 そんなときだからこそ向こうのクラスに行くのは当然だと思う。 「おーっす」 ガラリ扉を開けつつ手を振って入れば、B組の面々は一瞬だけ私に視線を向けた。 でもすぐに元に戻り残るのは三人の笑顔となる。 彼らの反応を見るとだいぶ私のことは認知されたことと思う。 二つの机と四つの椅子で囲んだ昼食。 みゆき、つかさ、こなたの三角形に私が加わることでスクウェアの出来上がり。 「なんであんたはいつもコロネなんだ。栄養偏るじゃない」 「だって弁当作るの面倒だし、私チョココロネ好きだし」 「別に料理自体は苦でもないくせに」 こなた自身の問題なので私が何を言っても聞く様子は全くなかった。 そもそも菓子パン一つで充分だというのが許せん。 今日はつかさ作の美味しい弁当をいただきながら見つめてもどこ吹く風。 両手に挟んだコロネをはもはもするこなたは一口かじって飲み込んだ後。 「そうだ、かがみが代わりにお弁当作ってきてくれない?」 「はぁ!? なんでよ」 「かがみの愛妻弁当だったら私喜んで食べるよ」 「上手い下手じゃなくてネ、愛情がこもってればいいんだヨ」とかなんとか続けたこなた。 完全に私の料理ベタをからかっているだろう、わかっている。 強く言ってやりたいのに、私は顔を赤く染め言葉が喉につっかえてしまうのだった。 今まで散々言われてきた冗談の中に、軽く流せないことが含まれてたせいで。 「ねぇ、かがみぃ?」 「……嫌よ。自分の分は自分で作りなさい」 どうにか出てきた返事は見事なフラグクラッシュだと思う。 そりゃ私だってこなたにお弁当を食べてほしいと思わないはずがないけど。 理想を言うなら私はこなたが作ったお弁当が食べたいのだ。 ただその辺は素直になれないためちょっと残念そうにしつつ食を再開したこなたを見ているだけ。 せわしなく動く口もとにまたしても心臓が跳ねた。 「おねえちゃん」 「へっ?」 「どうしたの? ちょっと焦げちゃってたりしたかな」 「ないない。つかさのお弁当はいつだって美味しいわよ」 「かがみの時は当たり外れあるけどね」 うるさいよ。 口を開けばよくもまあ尽きないほど憎まれ口を叩くこなた。 いつまでも振り回されっぱなしじゃ将来的にも不安だ。 「ところでこなた」 「ん」 「今日の放課後って空いてる? いや、空けときなさいよ、絶対に」 「拒否権はなしですか」 今決めたのよ、文句ある? 思い立ったが吉日ってものよ。 毎度毎度付き合わされてるんだからこれくらいは許されてしかるべきだと思う。 そうと決まったらもう考える必要もないのでお昼を手早く済ませる。 最後に小さくなったハンバーグの欠片を口に入れたら、 「というわけでつかさ、みゆき、悪いけど先に帰っててね」 みゆきはいつものように微笑を浮かべながら頷く。 なぜかつかさは「わかった!」と大きな返事をして、私に向けてガッツポーズなどしていた。 その日、私は一人で泉家を訪れていた。 つかさは急用が入ったと言っていたが何をしていたかはよく知らない。 いつも一緒にいる妹と親友がいないだけで、こなたの家で遊ぶというのは当り前にもなってきていた。 だから私自身普通に休日を楽しむつもりだった。 「今日はお父さんもゆーちゃんも出かけちゃってるんだよね」 ただそれだけ。期せずして二人きりになったことに慌てる私じゃない。 こなたはいつものようにやりかけのゲームをし始める。 私はこなたの部屋にある無数の漫画から数冊拝借して読みふける。 たまに喉乾かない? と聞いたり聞かれたり。トイレに立ちあがったり。 ほとんど私たちの会話は聞こえない静けさの中にあっても、つまらないなんて思ったりしなかった。 話がしたいと思えば本当に些細なあれこれにも声を大にして盛り上がることがある。 だから何も言わなくてもそばにいられるだけで楽しいと思える時間がある。 「ふぃー、ちょっときゅうけい」 どのくらい時間が経ったか覚えてないがこなたが言った。 私の真横に腰掛けて。 「休憩って、勉強してたならまだしも今遊んでたじゃない」 「テレビってずっと見てると目が疲れてくるんだよ」 そりゃそうだ。でも、私にもたれかかってくるのは納得いかない。 「いいじゃん、こっちのほうがなんか安らぐ気がするし」 重いだなんて全く感じない軽さ、そう心地良い重みが私の右肩にかかってくる。 ぎし、とこなたのベッドが軋んだ。 「なっ、ちょ、こな……っ!」 それだけ安心できる存在だということが嬉しくて、嬉しすぎて。 言葉にならない抵抗、おそらく本能のざわめきだろうか、をしつつも。 そのまま眠り入ろうとするこなたのことをどかそうとはしない私がいた。 抱き締めようとしていたのか、もうすでに抱き締めたからなのかは覚えていない。 普段ならあり得ないほど近くにいたこなたが、戸惑いの表情で私を見つめていたのが最後。 何が正しいのか判別がつかなくなってしまって、言った。 こなたが好きなのだと。我慢できないのだと。 何か言われる前に全てをぶつけようと思った。 全部言わせてほしい、そのあとでこなたがどう思うかは仕方のないこと。 たとえ突発的なものであっても中途半端なまま終わりたくはなかった。 こなたはどこにも行かずずっと私の隣で聞いてくれた。 嗚咽混じりでまとまりもないものだったからきちんと伝わっていないと思うけど。 なにせ、私の心のことだから。 同性の親友を好きになってしまった気持ちを簡単に理解は、納得はできないだろう。 そう、思っていた。 「私は、かがみのこと──」 夏が近づいてきた放課後には黄昏時という言葉が当てはまるはずもなく。 ピークからもう一月以上も経ってしまった桜は今では緑に染まってしまっている。 ま、身を大きく見せるほどに青々と生えた木々もこれはこれで。 しかしいつか隣のこいつが言ったように長袖は相応しくないかもしれない。 肌寒さもいつしか心地良い涼やかなものに変わり始めた午後の一時を、私はこなたと二人で過ごしていた。 「ねぇ、かがみ、どこ行くの?」 「別に、ただの散歩よ」 「ふーん」 ほぼ毎日のようによくも飽きずに本屋巡りをするこいつとは違う。 学校から通学路を逸れてちょっと歩いてみる、本当に寄り道だ。 まだ日も浅いから私たちの学校の生徒をはじめとする人影がよく目に着く。 少しだけ不満そうにしながらも歩調は合わせてくれている、私の隣を歩くこなた。 それだけで私は嬉しくなれる。 「あのさこなた」 「なに」 「……やっぱいいや」 「えーなにさ、気になるじゃん」 「気にしない気にしない。そうだ、ちょっとそこの公園に入ろう?」 ちらっと視界に入れた小さな手のひらを握るのはものすごく大変なことなのだ。 これは素直になれない私の性格云々じゃないと思う。 互いの気持ちを知ったばかりの二人の── 「飲み物買ってくるから。ちょっと待ってて」 思いつき、いや、一分でも長くこの時間が続いてほしくて立ち寄った公園。 人気が少なく申し訳程度に設置されていたベンチの一つに私たちは腰掛けた。 すぐ近くに座っただけなのに速くなる鼓動、喉も渇き始める。 二人きりを望む気持ちと、それ以上にこなたを強く求める気持ちが私を落ち着かなくさせた。 ──お姉ちゃん、頑張ってね つかさが私の気持ちに気づいているかどうか、今の私たちの関係を知っているかはわからない。 ただ生まれた時から常に一緒で誰よりも私のことを知っているつかさなのだ。 私が姉らしく強くあろうと、事実そんな生き方ができたのは妹のおかげ。 何にもできないはずなんてない。いつも私を支えてくれている。 私が自分自身と同じくらいに信じているから。 だから、ちょっとだけ勇気を出してみようと思う。 「お待たせこなた。ミルクティーだけどよかったかな」 「んーん、なんでもいいよ」 缶ジュースを受け取り早速両手で包んでくぴくぴ飲むこなた。 反則なくらいにかわいい。 こなたにならい私も自分の分もゆっくりと口にする。 飲料の冷たさが火照りかけの体にちょうどよかった。 「ねえ、こなた」 「んくっ。なに、かがみ」 自分の分を飲み干しようやく本題に入る。 空になった缶を離したこなたの口元にかすかに光るものが見えた。 もしかして、こぼしたのだろうか。 「っと、その前に、こぼしてるわよ」 「ふえっ?」 目に映るそれに指を伸ばし拭う。 湿った感触と柔らかい肌の感触を指先に感じた。 「か、かがみっ!?」 「なによ」 「な、なにと申しますと、その……」 スカートのポケットからハンカチを取り出して指を拭いていると、妙に焦っているような声が耳に届いた。 ハンカチをしまって顔を上げると、うっすらと上気しているこなたの顔があった。 今までに一度も……本当に一回だけ、あの時に初めて見た表情。 ──私は、かがみのことが……好き、なのかも 曖昧にだけどちゃんと答えを出してくれたこなた。 その時ほどじゃないけど、すごく愛しくて離したくないという気持ちが私の心を埋めていく。 どうにも止まることのできない私は、やっと想いを口にする。 告白を受け入れてくれた時以上に真っ赤に染まりながら、こなたは小さく頷いてくれた。 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) **投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください) #vote3(2)
もう二年以上も通い続けた学校への道のり。 つまり何百回も行き来してきた通学路。 朝日が眩しかったり、しとしと雨が降っていたり、背中を押される強風の日もあったけど、どれもとりとめのない日常の一部。 今日も一足先に夏がやって来たようなあたたかい気候が気になるくらいでいつもの朝に変わりなかった。 駅前のバス停に並ぶ私とつかさ。同じ制服に身を包んだ学生の姿が多く目に着くようになった。 初めのうちは少々派手に思えた赤色のセーラー服も高校生活の思い出と共にいとおしい。 だけどその人だかりの中にあの子の姿は見えなかった。 「こなちゃん、遅いね」 手持ち無沙汰な妹が呟いた。 友達と談笑する者、遠くを見つめて佇む者。待ち時間の過ごし方は人それぞれ。 「そうね。ま、今日は月曜日だしね」 休み明けのあいつはしばしば遅れてやってくることがあった。 理由はやはり深夜アニメだとかネットゲームだとか、溜め息の出るものだけど。 宿題はやったのかと問い詰めればいつも私が助け船を出してやるはめになる。 「かがみぃ」と泣きついてくるこなたの声が聞こえた気がした。 「あ、来たよ」 「えっ」 つかさの一段高い声につられて振り向くと、人波の間からふよふよ浮かぶ一房の髪が目に入った。 縫うようにして近づいてくるそれ。相変わらず小柄なあいつの顔も姿も隠れたまま。 急に動いた人山に呑まれて小さな悲鳴が耳に届く。 「お、おはよぅ。かがみ、つかさ」 「こなちゃんおはよ」 生気の欠片もないような声と半開きの瞳。いつもの泉こなたがそこにいた。 「おっすこなた。相変わらず元気ないな」 ちょっとばかし気合いを入れてやろうとぽんぽん頭を叩く。 平均をはるかに下回るこなたの身長はこういうスキンシップがしやすくていい。 「むぅ。かがみ朝からテンション高いよ」 「普通よふつう。あんたがだらしなさすぎなだけよ。どうせ昨日も夜更かししてたんでしょ」 「うぐ、否定はしないけどさ」 とはいえほんの少しだけど気分が高揚していないでもなかった。 私の高校生活の大半はこいつやつかさとみゆきが中心だったのだから。 こなたとの関係は単なる友達なんて言葉じゃ片付けられないものなのだから。 頭に置いていた手をそのまま無頓着なぼさぼさの髪に下ろしていく。 「朝に弱いのはわかるけど髪くらい整えてきなさいよ」 「私の朝は戦争なのだよ」 どこまで本気なのかわからないが安易に否定するのは憚られた。 こなたに母親がいないことを知ったのはわずか一年ほど前のこと。 日頃からそういう様子をおくびにも出さないこいつの苦労は知る由もなかった。 家事の不得手な私が口出す話じゃないみたいで、仕方なく無造作に伸ばしているような長髪に指を滑らせていた。 不健康すぎる生活を送る割にほとんど痛んでいない髪。 少し手前でバスを待っているつかさがたまに振り向いては優しい笑みを浮かべた。 3年B組の前でいったんこなたたちと別れる。 隣の自分の教室に入って峰岸、日下部の二人と軽く挨拶をかわし鞄の席に置いたらまた隣のクラスへ。 私が顔を覗かせるとこなたとつかさと共に、みゆきが笑顔で迎えてくれた。 「おはようみゆき」 「おはようございます、かがみさん」 どんな時でもきちんとしていて崩さない親友はやはり私たちの中では別格だ。 勉強に運動もできて多少妬まないでもなかったが良いお手本がいるのだと思える。 それにこんな優れた友がいることこそが私にとって誇りでもあるのだ。 「こなた、宿題はちゃんとやってきた?」 土日を挟むと必ず宿題を課すのが教師というものらしい。 ちなみにつかさは私の助力を借りながらきちんと昨晩までに終わらせている。 「残念だけど今日はちゃんとやってあるんだよねー」 「へぇ、珍しいこともあるのね。今日は雪でも降るのかしら」 「何を言う。もう受験生なんだよ」 「普通の受験生は夜遅くまでゲームなんてしないわよ」 本当に最初のころは心配してやったりもしたのだがこのくらいが私たちには合っている。 ある程度言ってやるとこなたがぷくっと頬を膨らませてぶつくさ言うのがオチだ。 まったく、子どもだな。 まぁそういうやりとりを笑って見つめるみゆき、つかさがいて微笑ましいというものだ。 「で、結局どういった風の吹きまわしなのよ」 つい一週間前に「受験するのかなぁ」と呟いたこいつが。 「まぁ、その、かがみに迷惑かけたくなかったから……」 散々頼ってきて今さらかよ、とつっこんでやりたかったんだけど。 珍しく照れているみたいのこなたに私までなんだか恥ずかしくなってすぐ声が出なかった。 一呼吸間を置いて出た言葉は、 「それがずっと続けばいいけどね」 と、そっけないものだった。 幸いにしてこの微妙な空気につかさもみゆきも何も言わなかったけれど。 少し口数の減った私たちはみゆきが語り出した情報に無言で頷いているだけだった。 確かに高鳴った鼓動を感じながら。 あどけなさの残る外見とか、同級生の中で一段と小さな彼女にかわいらしさを感じなかったわけじゃない。 でもそんな感情も口を開けばすぐに薄れてしまっていた。 いわゆるオタクで、しかも人目を憚らずに平然と話してのける彼女。 放課後の付き合いだとか休日に出かけるところも全部そういうところばかり。 あまりにも熱意がこもっていると正直理解に苦しんだ。 それでも決して避けようとは思わなかったのは彼女自身がとても楽しそうだったから。 その笑顔を見る度に私の心の中であたたかい何かを感じていたから。 それに一見自由奔放に見えて細かな気遣いができるのは彼女にしかない敏感さだと私は知っていた。 率直な物言いで人を傷つけてしまいがちな私から離れずにいてくれた。 いつもやる気のない表情で、でも本当は何でもこなす器用さがあった。 表面だけでは気づけなかったことをこの二年間の間で知ることができた。 知れば知るほど私は泉こなたに惹かれていった。 それがいつしか心の内に収まりきらないほど大きくなっていた。 大きく膨らんだ好きという感情。 今にして名づけられたその恋というものはいつから始まっていたのだろうか。 泉家に初めて招待してもらった去年の秋だったのかもしれない。 三年連続で違うクラスになった寂しさに枕に顔を埋めた新学期のあの時かもしれない。 もしかしたらつかさに紹介されて一目見たときからだったのかもしれない。 だけど大切なのはいつから想い続けたのかじゃなくてどれくらい想っているかなのだ。 そもそも始まってしまったことはしょうがないし、むしろ終わらせ方のほうが難しい。 この気持ちを伝えるか、伝えないか。 普通の恋だったらこの二択だけで簡単だと思う。 どちらも勇気のいることには変わりないけど。 でも私の場合は違う。泉こなたは女の子なのだ。 勘違いだとか、気持ち悪いとか、まず応援されるものではないのだとわかっていた。 一番正しいのはこの気持ちを捨てることじゃなかったのかと思う。 だけどこの感情はそんな単純なものじゃなくて。 何より私が過ごしている毎日の幸せや充実感はこなたがいるからなのだから。 こなたが隣にいてくれることで私は笑っていられる。 大事にしたい日常は胸の中の気持ちと向き合ってこそ守られていくのだと。 もし万が一告白したとしても私はこなたのいない世界は見たくないと。 自覚してから数日間誰にも相談しなかった。否、できなかった。 つかさとみゆきと一緒に過ごす時間をも壊すわけにはいかなかったから。 好きの意味は異なれど大切な家族、親友。 その二人に間違っていると言われるのが怖かった。 でも心というのは不思議なもので、好きだと気づいたら常にその気持ちが浮かびあがってしまう。 例えばこなたが私に触れたとき。 いつもみたいにオタトークをしているときの楽しそうな表情とか。 隣を歩いている、私を気遣ってくれている、ただそれだけで。 触れたいという気持ち、彼女がほしいという欲望がうめきだす。 耐えられるはずがなかった。 私のことを気の置けない友達だと屈託なく笑うこなた。 女の子同士だからいいじゃないと身を寄せてくるこなた。 マイペースすぎて客人の前でも安心しきった寝顔を見せるこなた。 私たちの関係は密接で、特別なものだった。 ほんの少し、あと一歩だけ踏み出してしまえばよかったのだ。 中学生の頃からずっとクラスが一緒だという日下部、峰岸に一言告げて自分のクラスを後にする。 たまにはこっちでという顔をされることもあったが今ではまたかという呆れ顔をされるだけ。 お昼休み。通常の休み時間よりはるかに長い自由時間。 そんなときだからこそ向こうのクラスに行くのは当然だと思う。 「おーっす」 ガラリ扉を開けつつ手を振って入れば、B組の面々は一瞬だけ私に視線を向けた。 でもすぐに元に戻り残るのは三人の笑顔となる。 彼らの反応を見るとだいぶ私のことは認知されたことと思う。 二つの机と四つの椅子で囲んだ昼食。 みゆき、つかさ、こなたの三角形に私が加わることでスクウェアの出来上がり。 「なんであんたはいつもコロネなんだ。栄養偏るじゃない」 「だって弁当作るの面倒だし、私チョココロネ好きだし」 「別に料理自体は苦でもないくせに」 こなた自身の問題なので私が何を言っても聞く様子は全くなかった。 そもそも菓子パン一つで充分だというのが許せん。 今日はつかさ作の美味しい弁当をいただきながら見つめてもどこ吹く風。 両手に挟んだコロネをはもはもするこなたは一口かじって飲み込んだ後。 「そうだ、かがみが代わりにお弁当作ってきてくれない?」 「はぁ!? なんでよ」 「かがみの愛妻弁当だったら私喜んで食べるよ」 「上手い下手じゃなくてネ、愛情がこもってればいいんだヨ」とかなんとか続けたこなた。 完全に私の料理ベタをからかっているだろう、わかっている。 強く言ってやりたいのに、私は顔を赤く染め言葉が喉につっかえてしまうのだった。 今まで散々言われてきた冗談の中に、軽く流せないことが含まれてたせいで。 「ねぇ、かがみぃ?」 「……嫌よ。自分の分は自分で作りなさい」 どうにか出てきた返事は見事なフラグクラッシュだと思う。 そりゃ私だってこなたにお弁当を食べてほしいと思わないはずがないけど。 理想を言うなら私はこなたが作ったお弁当が食べたいのだ。 ただその辺は素直になれないためちょっと残念そうにしつつ食を再開したこなたを見ているだけ。 せわしなく動く口もとにまたしても心臓が跳ねた。 「おねえちゃん」 「へっ?」 「どうしたの? ちょっと焦げちゃってたりしたかな」 「ないない。つかさのお弁当はいつだって美味しいわよ」 「かがみの時は当たり外れあるけどね」 うるさいよ。 口を開けばよくもまあ尽きないほど憎まれ口を叩くこなた。 いつまでも振り回されっぱなしじゃ将来的にも不安だ。 「ところでこなた」 「ん」 「今日の放課後って空いてる? いや、空けときなさいよ、絶対に」 「拒否権はなしですか」 今決めたのよ、文句ある? 思い立ったが吉日ってものよ。 毎度毎度付き合わされてるんだからこれくらいは許されてしかるべきだと思う。 そうと決まったらもう考える必要もないのでお昼を手早く済ませる。 最後に小さくなったハンバーグの欠片を口に入れたら、 「というわけでつかさ、みゆき、悪いけど先に帰っててね」 みゆきはいつものように微笑を浮かべながら頷く。 なぜかつかさは「わかった!」と大きな返事をして、私に向けてガッツポーズなどしていた。 その日、私は一人で泉家を訪れていた。 つかさは急用が入ったと言っていたが何をしていたかはよく知らない。 いつも一緒にいる妹と親友がいないだけで、こなたの家で遊ぶというのは当り前にもなってきていた。 だから私自身普通に休日を楽しむつもりだった。 「今日はお父さんもゆーちゃんも出かけちゃってるんだよね」 ただそれだけ。期せずして二人きりになったことに慌てる私じゃない。 こなたはいつものようにやりかけのゲームをし始める。 私はこなたの部屋にある無数の漫画から数冊拝借して読みふける。 たまに喉乾かない? と聞いたり聞かれたり。トイレに立ちあがったり。 ほとんど私たちの会話は聞こえない静けさの中にあっても、つまらないなんて思ったりしなかった。 話がしたいと思えば本当に些細なあれこれにも声を大にして盛り上がることがある。 だから何も言わなくてもそばにいられるだけで楽しいと思える時間がある。 「ふぃー、ちょっときゅうけい」 どのくらい時間が経ったか覚えてないがこなたが言った。 私の真横に腰掛けて。 「休憩って、勉強してたならまだしも今遊んでたじゃない」 「テレビってずっと見てると目が疲れてくるんだよ」 そりゃそうだ。でも、私にもたれかかってくるのは納得いかない。 「いいじゃん、こっちのほうがなんか安らぐ気がするし」 重いだなんて全く感じない軽さ、そう心地良い重みが私の右肩にかかってくる。 ぎし、とこなたのベッドが軋んだ。 「なっ、ちょ、こな……っ!」 それだけ安心できる存在だということが嬉しくて、嬉しすぎて。 言葉にならない抵抗、おそらく本能のざわめきだろうか、をしつつも。 そのまま眠り入ろうとするこなたのことをどかそうとはしない私がいた。 抱き締めようとしていたのか、もうすでに抱き締めたからなのかは覚えていない。 普段ならあり得ないほど近くにいたこなたが、戸惑いの表情で私を見つめていたのが最後。 何が正しいのか判別がつかなくなってしまって、言った。 こなたが好きなのだと。我慢できないのだと。 何か言われる前に全てをぶつけようと思った。 全部言わせてほしい、そのあとでこなたがどう思うかは仕方のないこと。 たとえ突発的なものであっても中途半端なまま終わりたくはなかった。 こなたはどこにも行かずずっと私の隣で聞いてくれた。 嗚咽混じりでまとまりもないものだったからきちんと伝わっていないと思うけど。 なにせ、私の心のことだから。 同性の親友を好きになってしまった気持ちを簡単に理解は、納得はできないだろう。 そう、思っていた。 「私は、かがみのこと──」 夏が近づいてきた放課後には黄昏時という言葉が当てはまるはずもなく。 ピークからもう一月以上も経ってしまった桜は今では緑に染まってしまっている。 ま、身を大きく見せるほどに青々と生えた木々もこれはこれで。 しかしいつか隣のこいつが言ったように長袖は相応しくないかもしれない。 肌寒さもいつしか心地良い涼やかなものに変わり始めた午後の一時を、私はこなたと二人で過ごしていた。 「ねぇ、かがみ、どこ行くの?」 「別に、ただの散歩よ」 「ふーん」 ほぼ毎日のようによくも飽きずに本屋巡りをするこいつとは違う。 学校から通学路を逸れてちょっと歩いてみる、本当に寄り道だ。 まだ日も浅いから私たちの学校の生徒をはじめとする人影がよく目に着く。 少しだけ不満そうにしながらも歩調は合わせてくれている、私の隣を歩くこなた。 それだけで私は嬉しくなれる。 「あのさこなた」 「なに」 「……やっぱいいや」 「えーなにさ、気になるじゃん」 「気にしない気にしない。そうだ、ちょっとそこの公園に入ろう?」 ちらっと視界に入れた小さな手のひらを握るのはものすごく大変なことなのだ。 これは素直になれない私の性格云々じゃないと思う。 互いの気持ちを知ったばかりの二人の── 「飲み物買ってくるから。ちょっと待ってて」 思いつき、いや、一分でも長くこの時間が続いてほしくて立ち寄った公園。 人気が少なく申し訳程度に設置されていたベンチの一つに私たちは腰掛けた。 すぐ近くに座っただけなのに速くなる鼓動、喉も渇き始める。 二人きりを望む気持ちと、それ以上にこなたを強く求める気持ちが私を落ち着かなくさせた。 ──お姉ちゃん、頑張ってね つかさが私の気持ちに気づいているかどうか、今の私たちの関係を知っているかはわからない。 ただ生まれた時から常に一緒で誰よりも私のことを知っているつかさなのだ。 私が姉らしく強くあろうと、事実そんな生き方ができたのは妹のおかげ。 何にもできないはずなんてない。いつも私を支えてくれている。 私が自分自身と同じくらいに信じているから。 だから、ちょっとだけ勇気を出してみようと思う。 「お待たせこなた。ミルクティーだけどよかったかな」 「んーん、なんでもいいよ」 缶ジュースを受け取り早速両手で包んでくぴくぴ飲むこなた。 反則なくらいにかわいい。 こなたにならい私も自分の分もゆっくりと口にする。 飲料の冷たさが火照りかけの体にちょうどよかった。 「ねえ、こなた」 「んくっ。なに、かがみ」 自分の分を飲み干しようやく本題に入る。 空になった缶を離したこなたの口元にかすかに光るものが見えた。 もしかして、こぼしたのだろうか。 「っと、その前に、こぼしてるわよ」 「ふえっ?」 目に映るそれに指を伸ばし拭う。 湿った感触と柔らかい肌の感触を指先に感じた。 「か、かがみっ!?」 「なによ」 「な、なにと申しますと、その……」 スカートのポケットからハンカチを取り出して指を拭いていると、妙に焦っているような声が耳に届いた。 ハンカチをしまって顔を上げると、うっすらと上気しているこなたの顔があった。 今までに一度も……本当に一回だけ、あの時に初めて見た表情。 ──私は、かがみのことが……好き、なのかも 曖昧にだけどちゃんと答えを出してくれたこなた。 その時ほどじゃないけど、すごく愛しくて離したくないという気持ちが私の心を埋めていく。 どうにも止まることのできない私は、やっと想いを口にする。 告白を受け入れてくれた時以上に真っ赤に染まりながら、こなたは小さく頷いてくれた。 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) **投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください) #vote3(3)

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