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お弁当 - (2010/03/23 (火) 22:23:02) の1つ前との変更点

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最近、こなたと日下部の仲が良い。 いや、元々、仲が悪いわけじゃなかったけど、偶然廊下であった時に話をする、そんな程度の仲だった。 だけど、ここ数日の二人の関係は少し違う。 こなたと話していて、日下部の名前が出てくる回数が多くなったし、日下部の方もこなたのことをよく話題に上げる。 どうやら、私がこなたの50Mのタイムを日下部に話して、それに対抗意識を燃やした日下部がこなたと勝負。 それ以来、二人の間は、急接近したようだった。 別に、それがどうしたって言うわけじゃないのよ。 ただ、日下部の事を話すこなたの顔は私が今まで見たことのない顔で、それが少し……悔しい。 こなたにこんな顔をさせる日下部が、羨ましい……。 そんなもやもやを抱えた、ある日の出来事だった。 放課後の学校。もう、人影もまばらになり、施錠も近いという時間帯。 委員会の雑用があり、それを片付けた私は、荷物を取るために自分の教室に向かっていた。 「まったく、こんなに遅くなるなんて、どんだけー」 こんなに仕事を押し付けた桜庭先生と、仕事を中々切り上げさせてくれなかった永井という生徒会長に心の中で毒づきながら、教室の扉を開ける。 「あれ……?」 誰もいない、そう思っていた教室の中央に人影があった。小学生と見紛う身長、頭頂部からちょんと突き出た一房の髪。 「こなた……?」 そう、それは先に帰ったはずの、こなた。 「かがみ?」 そのこなたは、私に気がつくと驚いた風に目を見張る。 「どうしたのよこなた?こんな遅い時間まで」 そう言って、こなたの前に立つ。相変わらず、小さいなぁ。 でも、こなたがこんな時間までいるのは本当に珍しいことだ。 いつもはゴールデンタイムのアニメがあるからと、学校が終わるとさっさと帰ってしまうのに。 あ、もしかして…… 「もしかして、私を待っててくれたとか?」 もし、そうだった嬉しい。こなたが趣味であるアニメよりも私を選んでくれたみたいで。 でも、こなたは、そんな私の言葉に、ばつが悪そうに頬をかきながら 「あ~……実は、みさきちを待ってたんだよね」 そう言った。 「え……?」 その瞬間、私の世界が、止まった。 こなたが、日下部を、待っていた? 趣味であるアニメを捨てて、こんな時間まで……? 呆然とする私に気がつかないのか、こなたは苦笑しながら続ける。 「いやぁ、一緒に帰ろうって誘われたんだけどさぁ。それが急にみさきちに部活の用事が入ってね。  それで、こんな時間まで待たされてるんだヨ」 「そ、そう……」 ようやく動き出した私の世界。 でも、さっきまでとは時間の動き方が違う、早い?遅い?分からない……でも、たしかに違う。 「かがみ?どうかしたの?」 ようやく私の様子に気がついたのだろう。こなたは、足りない背を一生懸命に伸ばして私の顔を覗き込む。 何を言ったらいいのか……分からない。 そんな時だった。 「おっす、ちびっ子、お待たせ!!」 笑顔を満面に貼り付けた日下部が、入ってきたのは。 「おっ、柊もいたのか。一緒に帰ろうぜ」 瞬間、怒りがこみ上げる。能天気な、その顔に。 なんで?なんでそんなに笑ってられるの?こなたをこんなに待たせておいて! ちょっと、こなたも日下部に何か言いなさいよ。散々待たされたんだから、文句を言う権利なら充分あるわよ! 「そだね。じゃあ、帰ろか」 でも、こなたは文句を言わない。嬉しそうな顔をして頷くだけ。 なんで、なんでよ!どうしてそんなに嬉しそうな顔をするの、こなた? アニメの時間が潰されたのよ?ネトゲの時間も減るのよ?なのに、どうして? 日下部の方に向かって歩き出すこなた。反射的に、私はこなたの腕を掴んでいた。 「か、かがみ……?」 「柊……?」 あ……。 気まずい沈黙が辺りに降りる。 なんで私、こなたの腕を掴んでるんだろう……? 「ゴメン……なんでもない。早く帰りましょ」 ただ、そう言うしか……なかった。 「じゃあね~、かがみ~、みさきち~!」 大きく手を振るこなた。小さいからだろう、よく見えるようにと、飛び跳ねている。 「おう、じゃあなぁ、ちびっ子ぉ~」 「うん……」 いつもと同じ帰り道、違うのは私とこなただけじゃなく、そこに日下部がいたこと。 「んじゃぁ、帰ろ~か、柊~」 日下部とは、中学の時同じ学区内だったから、割合家が近い。もう暫くは一緒にいないといけない。 私の気持ちを知ってか知らずか、日下部は能天気に話しかけてくる。 「なぁなぁ、知ってるか柊~?」 なにをよ……。 「ちびっ子ってスッゲー物知りなんだよな、なんとかアカデミーって学校で、賢者って呼ばれてるらしいじゃん?」 それぐらい知ってるわよ……あんたよりこなたとの付き合い長いんだから。 「後、萌え~ってやつな、私、初めて知ったよ」 ふ~ん、良かったわね。あんたもオタクになれば? 「それに、ちびっ子って抱きしめると、すんげ~柔らかいのな、ほっぺたとかふにふにしてて、マシュマロみたいなんだ」 そう、抱きしめるとね…… え……? 今、なんて言った? 「え?だから、ちびっ子って抱きしめるとスッゲー柔らかいって、柊も試して見れヴァいいって、絶対」 こなたを、抱きしめる……?日下部が、そんな事をこなたにしてたの? 足元が崩れる、そんな感じがした。 「あ、そうだ、柊。これからちょっと買い物に付き合ってくんない?」 日下部の言葉に、我にかえる。 「な、なんでよ?」 「いや~、ちびっ子にミートボールのおいしさを教えてあげようって思ってな。明日持っててやるって約束したんだぜ」 再び、世界が、壊れる。 それって、手作り弁当……? 「柊?柊?」 私を呼ぶ日下部の声は遠い世界の出来事で、今の私には届かなかった……。 結局、用事があるって事で日下部の買い物には付き合わずに、私は家に帰った。 「はぁ……」 何もする気が起こらず、着替えもせずにベッドに寝転がる。考えるのは、こなたの事。 「手作り弁当……か」 それって、こなたがよく言うギャルゲーの定番イベントよね。それで、親密度がアップ、とか。 じゃあ、きっとこなたは楽しみにしてるんだろうな……。 そう考えると気が滅入る。 何でだろう、こなたが日下部と仲良くなっても、よく考えたら私には関係ないじゃない。 でも、それでも……。 手作り弁当……。 「お姉ちゃん、ご飯だよ~」 つかさの声がする。いい、今は食べたくない。 「どうしたの?お姉ちゃん?」 なんでもないわよ。 「もしかして……こなちゃんと、何かあった?」 「な、何で!?」 思わず飛び起きた。 「だって、お姉ちゃんが落ち込む時って、こなちゃん絡みのことが多いから、なんとなく」 私とこなたの間には何もなかった。でも、つかさの言ってることは強ち間違いではないのかもしれない。 教室で、思わず掴んだこなたの腕。私は、あの時、何を思ったのだろう。 日下部の方に向かって歩くこなた、その顔には私に向けない種類の笑顔があって……。 あ、そうか……私、寂しいんだ。 こなたが、日下部と仲良くなって、私から離れてしまう事が。 こなたが、私の知らないこなたになってしまう事が。 「何があったのか知らないけど、こなちゃんと早く仲直りした方がいいと思うよ」 微笑むつかさ。どうやら、こなたと私が喧嘩したとでも思っているのだろうけど、それは違う。 でも、仲直り、か。そういうのじゃないけど、何か切欠は欲しいわね。 私のこの気持ちを整理する為に……よし! 「つかさ!」 「え、な、何かな」 「明日のお弁当当番、交代して!」 次の日、朝。 私の目の前には、お弁当箱が、3つ。 ひとつは、私の。 ひとつは、つかさの。 そしてもうひとつは……こなたの為のもの。 先ほど完成したばかりのそれは、焼きソバに玉子焼き、そして海苔ご飯というとてもシンプルなもの。 料理の苦手な私にはこれが限界だ。それでも、ひとつひとつ、こなたの事を想いながら、作った。 まだほんのりと暖かい空気を早朝の冷たい空気の中揺らしているお弁当をぼんやりと眺める。 ……作って、しまった。 昨日の晩、お弁当当番交代をつかさに頼んだ時の高揚感は消え、今はただ、不安だけが残っていた。 こなたは、受け取ってくれるだろうか。 こなたは、おいしいって言ってくれるだろうか。 こなたは…………。 こなたは……。 ふと、時計に目をやると、もう、出発しないといけない時間だった。 ため息をついて、お弁当箱を包みにかかる。急がないと、こなたを待たせちゃう。 こなたのお弁当箱を包む手が震える。不安は消えない。 しっかりしろ、私。今は考えてもしかたの無いことだ、そう、今は……。 「かがみ、おはよ~」 「お、おはよう……」 待ち合わせの駅で、いつもと同じように挨拶を交わす、私とこなた。 つかさはいない。私とこなたが喧嘩したと思っているあの子は、仲直りできるようにと、私とこなたが二人きりになれるようにと、先に出発した。 ちょっと不器用な、あの子らしい配慮だった。 でも今は、その配慮が少し辛い。 「いやぁ、昨日はネトゲで先生と盛り上がっちゃってさぁ。気がついたら朝になってたヨ」 私の隣で、こなたが何かを言っている。でも、私はその半分も内容を聞いてはいなかった。 いや、聞きたくなかった。 こなたの口から、いつ日下部の名前が飛び出すのか、それが怖くて。 それを思うと、聞き慣れたこなたの声も急に縁遠く感じられる。 本当は聞きたいのに、話がしたいのに。 こなたぁ……。 「……かがみ、大丈夫?」 「えっ……?」 気がつくと、こなたの顔が目の前にあった。 私を覗き込む瞳には、気遣いの色が浮かんでいる。 「いや、なんか昨日からかがみの様子がおかしいから、どうかしたのかなって」 嬉しかった。日下部と話していても、昨日の私の様子をちゃんとこなたは見ていてくれた。 ……お弁当の事を切り出すなら、今しかない。 「あ、あのね、こな――――」 キーンコーンカーンコーン。 「うぁっ!あれ予鈴じゃん!!かがみ、急ごっ。早くしないと遅刻しちゃうよ」 「あ、こなたっ……」 「ん、なに?」 「……なんでもない」 「そう?とにかく急ごう!」 そう言って走り出したこなた。私はその背を追いながら、ふと鞄の平に手を当てた。 さっきまでお弁当の熱で温かかったそれは、もう、冷めていた。 お昼休み、すぐにでもこなたのクラスに行こうと思っていたのに、しかし、それは出来なかった。 昨日片付けた用事についての確認があるからと、生徒会長、永井に呼び出されたからだ。 よりにもよって、今日という日に。 そう思うと腹が立つ。もしかして、わざとやってるんじゃないだろうか。 おかげで、いつもより10分程遅れて、こなたのクラスに向かう。 もう、日下部はこなたに手作り弁当を渡したのだろうか。 時間を考えれば、もう食べ始めていてもおかしくない。 手作りミートボール弁当をこなたに差し出す日下部。 嬉しそうに受け取るこなた。 きっとこなたの事だ、自分のお箸なんか持っていないに違いない。 仕方ないな、と苦笑して、自らのお箸でミートボールを掴む日下部。 餌をねだる雛のように口を開けて待つこなた。 日下部のお箸が、こなたの口にミートボールを運ぶ。 そしてこなたは、食べる。 おいしそうに口を動かすこなた。それを見つめる日下部。 その視線に気がついたこなたが日下部の方を向いて……微笑みを浮かべる。 ……私の知らない、笑みを。 「あぁっ、もうっ!!」 自分の想像に嫌気が差して、更に腹がたつ。 こなた、こなたっ! こなたこなたこなたこなたこなたこなたこなたこなた……。 まるで何かの呪文のようにこなたの名前を呟きながら、廊下を駆け抜ける。 途中すれ違った黒井先生が、「廊下は走るな!」と言っていた気がするけど、そんなの関係ない。 一刻も早く、こなたの元へ。 それしか考えられない。 他には何も、考えたくない。 第3者から見たら、私は滑稽に見えるのかもしれない。たった一人の人の為にここまで気を揉んで、苦しんで。 滑稽でも構わない。だってそれ程、私は、こなたの事が……好きなんだから!! 「あれ……?」 足が、止まる。 好き……?私が、こなたを? あ、そうか……そういうことなんだ。 昨日、こなたが私から離れるのが寂しいって思った。でも、何で寂しいのか、今、分かった。 理由は……好きだから。 いつも一緒にいて、一緒に遊んで、喧嘩して、仲直りして。 高校に入ってから、いつもこなたが一緒だった。クラスは違っても、ずっと。 ちょっとしたことで笑って、照れて、落ち込んだり、甘えてきたり。 そんなこなたを、好きになっていたんだ。 それを取られるのが、怖かった。しかも、私の知り合いに。 そう思ったら、急に気持ちが楽になった。自分に素直になるのがこんなに気持ちのいいことだったとは。 「待ってなさいよ……こなたぁっ!」 そう言って、再び私は、走り出した。 こなたの教室。その扉の前に立つ。 自分の教室以上に高校生活を過ごしてきた場所だ、もう、勝手知ったる、何てレベルじゃない。 扉にかけた手が、震える。 この扉の向こうに、いる。こなたが。日下部と一緒に。 そう思うと、後一歩が踏み出せない。 こなたと日下部が仲良くしているのを、見るのが辛い。こなたには私を見て欲しい。 きっと私は、独占欲が強いのだろう。 息を深く吸って、吐いて。扉にかけた手に力を込める。 例え辛くても……こなたに会いたい。 そして、一気に扉を引き開けた。 「あ、かがみ、ようやく来たね~」 こなた……。 その顔を見た途端、一気に顔が赤くなるのが分かった。好きだって自覚した以上、どうしても意識してしまう。 「いやぁ、待ちくたびれたヨ。もうお腹ペコペコ」 こなたの言葉に周りを見れば、つかさ、みゆき、峰岸、日下部。6個机を繋げて思い思いにくつろいではいるが、誰も昼食をとった形跡が無い。 何で……? 「こなちゃんがね、どうしてもお姉ちゃんを待つんだって」 つかさの言葉に、こなたは恥ずかしそうに俯きながら、 「だってさ、なんか、かがみがいないと始まらないって言うか……」 ゴニョゴニョとそんな事を呟いた。 「そっか。ありがとね。こなた」 ありがとう、その一言が素直に出た。嬉しくて、嬉しくて、そんな言葉じゃ足りないぐらい嬉しいんだけど、今は、それしか言えない。 「うん!」 私の反応に喜んでくれたのか、こなたは大きく頷いた。 「皆も、待たせちゃって悪かったわね。じゃあ、食べましょうか」 そう言って、空いている席――こなたの隣だ――に腰を下ろす。こなたの向かいには、日下部。 私は、鞄の中を探って、お弁当箱を二つ、手繰り寄せる。 また、手が震えてきた。 しっかりしろ、私。ここまで来たんだ、もう、逃げることはできない。面と向かって、こなたに私の作ったお弁当を渡すんだ。 「こ、こな――」 「ちびっ子、約束の品、持ってきたぜっ!!」 私と日下部が声を上げたタイミングは、ほぼ同じだった。 でも、緊張に震えた私の声なんかより、日下部の声の方が大きくて、自然、こなたの注意もそちらに向いてしまう。 「うぉっ!みさきち、そ、それは……」 こなたが驚くの無理は無い。日下部が持ってきたのは、とても、とても大きなお弁当箱。 蓋を開ければ、ミートボールが所狭しと詰め込まれている。 「ど~だちびっ子、スゲーだろ」 「いや、凄いっていうかさ……」 得意げに胸を張る日下部と対照的に、こなたは呆れ顔だ。 「前にも言ったけど、チョココロネよりミートボールのほうがウマいって、絶対。ホレ、まずは一個」 そう言って、自分の箸でミートボールを掴み、こなたの方に差し出す日下部。 アレ……?この状況って、さっきの、私の……? 呆然と、お弁当箱を持ったまま固まった私。そんな私に気がついたのだろう、みゆきが声をかけてきた。 「どうかしましたか?かがみさん」 「あ、えっと……」 「あら?お弁当箱が二つ。でも、もうつかささんは御自分の分を持っていますよね?」 「えっと……これは、その、こなたにって思って、作ったんだけど」 その言葉に、ミートボールを口に詰め込まれて、困惑していたこなたが顔を上げた。 「えっ?かがみが、私に?」 「う、うん……」 「う~ん、ありがたいんだけど、そんなには食べられないよ」 そう言って日下部のミートボール弁当を指すこなた。確かに、あの量では、私のお弁当まではとても食べきれないだろう。 でも、その時私が抱いたのは、別の感想。 「……あっそう。私の作ったお弁当は食べれないって言うの」 「へ?」 「そんなに、日下部の作ったお弁当がいいんだ……」 「か、がみ……?」 「じゃあ、あんたなんて一生日下部にミートボールを食べさせてもらってればいいのよ!!  こっちの気も知らないで、こなたの、バカァァァッ!!!」 私の言葉にショックを受けた顔をして固まるこなた。 我ながら、理不尽な怒りだとは思う。こなたが言ったのは量の問題。私の作ったお弁当が嫌だ、という意味ではない。 分かってるけど、でも、でも、悔しかった。こなたが、日下部を選んだみたいで。 思えば、この時の私はこなたと日下部の仲の良さを目の当たりにして、大分混乱していたのだろう。 好きだから、こなたの事が大好きだから。冷静に物事を捉えられなくなるくらい、混乱した。 だから、突然叫び声を上げた私に向けられた周囲の視線も、痛かった。 こなたに対して怒鳴ったことへの、非難の視線。 「っ……!」 いたたまれなくなり、お弁当を落として、私は教室の外へと飛び出した。 「かがみっ!」 驚いたようなこなたの声が追って来る、でも、振り向けない。 ……振り向けなかった。 「……はぁ」 教室から飛び出した私は、屋上の手すりにもたれていた。 ここなら、誰とも顔をあわせる心配は無いと思ったし、今は、吹きつける風に身を任せたかった。 ……こなたに、悪いことしちゃったな。 思い出すのは、さっきの出来事。込み上げるのは、罪悪感。 こなたが、私に怒鳴られる謂われは無い。ただ、こなたと日下部の仲に嫉妬した私が醜態を演じただけだ。 これから、どうしようかな……。 顔を上げると、抜けるような空の青さが、目に沁みた。 もう、戻ることは出来ない。それならいっそ、ここから身を投げてしまおうか。 ……なんてね。 自虐的な笑みが浮かぶ。そんなことは出来ない。 何故なら、あんなことがあっても、私はこなたに会いたいと思っているのだから。 「こなたぁ……」 込み上げてくるものを押さえようと、必死に目を押さえる。それでも、熱いものが私の頬を伝い、それが一層私を惨めにした。 「こなた、こなた、こなたぁ……」 「かがみっ!」 ……え? こなたが、いた。そこに。私の作った、お弁当を持って。 私を探して校舎内を走り回ったのだろうか。息は上がり、頬は紅潮していた。 来て、くれたんだ……。 そう思うと同時に、罪悪感も強くなる。 いざ顔をあわせるとどうしたらいいのか分からない。 気がつくと、私は逃げていた。 「かがみぃっ!」 逃げる私を、こなたが追う。元々狭い屋上、更には身体能力はこなたの方が上なのだ。 数十秒としないうちに、私はこなたに捕まった。 「離して、離してよっ!こなたっ!」 暴れる私を、しかしこなたは体格差を押して、離すことはなかった。 「逃げないでっ、かがみっ!」 いつになく強い調子のこなたの言葉。それに圧倒された私の動きが止まる。 そして次の瞬間、私はこなたに抱きしめられていた。女の子特有の甘い香りが鼻孔をくすぐる。 柔らかい……。いつだったか、日下部が言ってた事を思い出す。本当にマシュマロみたいな柔らかさだ。 「こなた……ゴメン」 自然に、謝罪の言葉が口から出ていた。 「私こそ、ゴメンね」 「何でこなたが謝るの?怒らないの?」 「だって、かがみは本心からあんなこと言う人じゃないって、私は知ってるよ。  だから何か理由があったんだよね。私の事で」 そう言うと、こなたは私の髪を撫でてくれた。優しく。何度も、何度も。 その感触に、再び熱いものが込み上げてくる。それと一緒に、私のこなたに対する想いも。 「こなたが……日下部と仲良くなっ……私の知らな……っ、こな、に……って。  だかっ……私、寂しくて。わたっ、こなたのこと……好き、だから。」 「うん……」 「だから……っ、こなたの為に……お弁当……おいしいって、言って……もらっ……こなたの、一番に、なりたくて」 泣きながらの、私の、告白。混乱して、支離滅裂になってるそれを、笑わず、こなたは聞いてくれた。 優しく私を抱きしめながら。 「そっか……あ~、ちょっと油断してたかな」 「……ぅく、何がよ?」 「言わなくても伝わってると思ってたんだよね、いつだって、かがみは私の一番だってことが」 「……そういうことは、ちゃんと言葉にしなさいよ、バカぁ……うわぁぁぁん!!」 そう言って、私は泣いた。こんなに泣いたのは初めてだと思うくらいに。 「うん……ゴメンね、かがみ。じゃあ、改めて言うよ。いつだって、かがみは私の一番、だよ」 そう言ったこなたは、私のよく知るこなただった。日下部には絶対見せない、私だけの笑顔。 私も、本当は分かっていたのかもしれない。こなたの気持ち。だけど、きっとこんな風に言葉にして欲しかったんだろう。 そしてそれが得られた今、私は、愛する人の腕の中で本当に幸せだった。 キーンコーンカーンコーン…… 「あ~、授業始まっちゃったね」 「そうね……」 あの後、中々泣き止まなかった私を、こなたはずっと抱きしめていてくれた。 私の涙が止まるまで、ずっと。 「でも……」 「ん?どったの、かがみ?」 「もうちょっと、こうしていたい」 そして今、私はこなたに膝枕をされいる。 こなたは、私に膝を貸しながら、髪をそっと、撫でてくれる。 「しょうがないな~、かがみがそうしたいなら、いいよ」 「ありがとう、こなた」 涙で濡れた頬を、冬にさしかかろうというこの時期の冷たい風が撫でていった。 でも、こなたと一緒なら、そんな冷たさも感じない。 「……」 こなたの温もりを感じながら、私の意識はゆっくりと夢の世界への階段を上っていく。 と……。 グゥゥ~ッ! な、何の音!? 「あちゃ~、失敗失敗」 思わず目を開けると、こなたの照れたような視線とぶつかった。 「ど、どうしたの?こなた」 「いやぁ、結局、お昼ほとんど食べてなかったからね」 頬をかきながら言うこなた。その姿に、また罪悪感が込み上げる。 「ご、ごめんね、こなたっ!私……」 慌てて口を開いた私の、その唇を、指で押さえながらこなたは静かに首を振った。 「もう、そのことは私たちの間では言いっこなし。かがみは他に謝らないといけない人達がいるでしょ?」 あ……そうか、日下部達にも、迷惑かけちゃったんだよね。後でちゃんと謝らないと。 「それにお腹がすいても、だいじょーぶ」 そういってこなたが取り上げたのは。 あ……。 私の作った、お弁当。 「かがみが私のために作ってくれたお弁当だもんね。ありがたく頂きますよ」 こなた……。 「さてさて、今日のかがみ弁当は~っと」 包みを開けるこなたの手、もっとちゃんとしたおかずが出来ればよかったな、と今更ながら後悔。 「おぉっ!これは、またシンプルなお弁当で……」 「わ、悪かったわね……」 「いやいや、これで豪華なおかずが出てきたら、逆にかがみらしくないしね」 「どういう意味だよ、それ!」 こなたは、なんでもないよぉ、と笑いながら。 「じゃあ、頂きますか。 ……まずはこの玉子焼き」 「あ、ま、待って!」 「ん?」 「わ、私が、こなたに食べさせてあげる」 「なんと!?」 こなたは大げさにのけぞりながら、 「屋上で手作り弁当、さらに‘ハイ、あ~ん’的なシチュ。コレなんてギャルゲ?」 なんて事を言った。 「い、いいじゃない。私は……こなたに、そういうこと、して、あげたいんだから」 最後の方は声が小さくて、ほとんど聞こえてないと思ったのに、こなたにはしっかり聞こえていたようで。 「んふ~?やっぱりかがみは可愛いねぇ」 「く……」 返す言葉も無い。 「と、とにかく、はい、あ~ん」 「あ~ん」 もっとからかわれるかと思ったが、こなたは素直に口を開けて待っててくれた。 その口に、玉子焼きを入れる。 「むぐむぐ……」 「ど、どう……?」 緊張の一瞬。味はどうだっただろうか? 「ん?コレ、ちょっとしょっぱい」 「そう……」 大分へこんだ、やっぱり私じゃ上手く出来ないのかな。 「でも……」 ……え? 「おいしいよ。かがみと同じ、優しい味がするもん」 「こなたぁっ!!」 そんなこと言われたら我慢できないじゃない。 思い切り私はこなたに抱きついた。 「ご馳走様でした」 「はい、お粗末様」 私の作ったお弁当を綺麗に食べ終わったこなたは、ん~、と思い切り伸びをする。 「いやぁ、だけどまさかかがみから手作り弁当を貰う日が来るとは、  長生きはするモンだよ」 そう言って微笑むこなた。その肩に、私は自分の肩を預ける。 「ねぇ、こなた……今日、泊まりに言っても、いいかな?」 「うぉっ!どうしたの、急に?」 「いいじゃない、お弁当のおいしい作り方とか教わりたいし、それに、少しでもこなたと一緒にいたい気分」 それを聞いて、こなたにしては珍しく苦笑しながら、 「はいはい、今日のかがみは甘えんぼさんだね~。いいよ」 了解してくれた。 こなたに言われなくても、泊まりに行ったら、うんとこなたに甘えるつもりだ。 「こなた……」 「なに?かがみ」 「大好きだよ」 「私もだよ」 屋上で、二つの影はゆっくりと、一つに重なった。 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - 萌えた -- 名無しさん (2010-02-01 18:08:55) - 感動した -- 名無しさん (2010-02-01 01:37:16) - 号泣した -- 名無しさん (2010-01-15 22:04:44) - 死んだ -- 名無しさん (2010-01-15 21:48:00) - 泣いた -- 名無しさん (2009-12-08 20:13:28)
最近、こなたと日下部の仲が良い。 いや、元々、仲が悪いわけじゃなかったけど、偶然廊下であった時に話をする、そんな程度の仲だった。 だけど、ここ数日の二人の関係は少し違う。 こなたと話していて、日下部の名前が出てくる回数が多くなったし、日下部の方もこなたのことをよく話題に上げる。 どうやら、私がこなたの50Mのタイムを日下部に話して、それに対抗意識を燃やした日下部がこなたと勝負。 それ以来、二人の間は、急接近したようだった。 別に、それがどうしたって言うわけじゃないのよ。 ただ、日下部の事を話すこなたの顔は私が今まで見たことのない顔で、それが少し……悔しい。 こなたにこんな顔をさせる日下部が、羨ましい……。 そんなもやもやを抱えた、ある日の出来事だった。 放課後の学校。もう、人影もまばらになり、施錠も近いという時間帯。 委員会の雑用があり、それを片付けた私は、荷物を取るために自分の教室に向かっていた。 「まったく、こんなに遅くなるなんて、どんだけー」 こんなに仕事を押し付けた桜庭先生と、仕事を中々切り上げさせてくれなかった永井という生徒会長に心の中で毒づきながら、教室の扉を開ける。 「あれ……?」 誰もいない、そう思っていた教室の中央に人影があった。小学生と見紛う身長、頭頂部からちょんと突き出た一房の髪。 「こなた……?」 そう、それは先に帰ったはずの、こなた。 「かがみ?」 そのこなたは、私に気がつくと驚いた風に目を見張る。 「どうしたのよこなた?こんな遅い時間まで」 そう言って、こなたの前に立つ。相変わらず、小さいなぁ。 でも、こなたがこんな時間までいるのは本当に珍しいことだ。 いつもはゴールデンタイムのアニメがあるからと、学校が終わるとさっさと帰ってしまうのに。 あ、もしかして…… 「もしかして、私を待っててくれたとか?」 もし、そうだった嬉しい。こなたが趣味であるアニメよりも私を選んでくれたみたいで。 でも、こなたは、そんな私の言葉に、ばつが悪そうに頬をかきながら 「あ~……実は、みさきちを待ってたんだよね」 そう言った。 「え……?」 その瞬間、私の世界が、止まった。 こなたが、日下部を、待っていた? 趣味であるアニメを捨てて、こんな時間まで……? 呆然とする私に気がつかないのか、こなたは苦笑しながら続ける。 「いやぁ、一緒に帰ろうって誘われたんだけどさぁ。それが急にみさきちに部活の用事が入ってね。  それで、こんな時間まで待たされてるんだヨ」 「そ、そう……」 ようやく動き出した私の世界。 でも、さっきまでとは時間の動き方が違う、早い?遅い?分からない……でも、たしかに違う。 「かがみ?どうかしたの?」 ようやく私の様子に気がついたのだろう。こなたは、足りない背を一生懸命に伸ばして私の顔を覗き込む。 何を言ったらいいのか……分からない。 そんな時だった。 「おっす、ちびっ子、お待たせ!!」 笑顔を満面に貼り付けた日下部が、入ってきたのは。 「おっ、柊もいたのか。一緒に帰ろうぜ」 瞬間、怒りがこみ上げる。能天気な、その顔に。 なんで?なんでそんなに笑ってられるの?こなたをこんなに待たせておいて! ちょっと、こなたも日下部に何か言いなさいよ。散々待たされたんだから、文句を言う権利なら充分あるわよ! 「そだね。じゃあ、帰ろか」 でも、こなたは文句を言わない。嬉しそうな顔をして頷くだけ。 なんで、なんでよ!どうしてそんなに嬉しそうな顔をするの、こなた? アニメの時間が潰されたのよ?ネトゲの時間も減るのよ?なのに、どうして? 日下部の方に向かって歩き出すこなた。反射的に、私はこなたの腕を掴んでいた。 「か、かがみ……?」 「柊……?」 あ……。 気まずい沈黙が辺りに降りる。 なんで私、こなたの腕を掴んでるんだろう……? 「ゴメン……なんでもない。早く帰りましょ」 ただ、そう言うしか……なかった。 「じゃあね~、かがみ~、みさきち~!」 大きく手を振るこなた。小さいからだろう、よく見えるようにと、飛び跳ねている。 「おう、じゃあなぁ、ちびっ子ぉ~」 「うん……」 いつもと同じ帰り道、違うのは私とこなただけじゃなく、そこに日下部がいたこと。 「んじゃぁ、帰ろ~か、柊~」 日下部とは、中学の時同じ学区内だったから、割合家が近い。もう暫くは一緒にいないといけない。 私の気持ちを知ってか知らずか、日下部は能天気に話しかけてくる。 「なぁなぁ、知ってるか柊~?」 なにをよ……。 「ちびっ子ってスッゲー物知りなんだよな、なんとかアカデミーって学校で、賢者って呼ばれてるらしいじゃん?」 それぐらい知ってるわよ……あんたよりこなたとの付き合い長いんだから。 「後、萌え~ってやつな、私、初めて知ったよ」 ふ~ん、良かったわね。あんたもオタクになれば? 「それに、ちびっ子って抱きしめると、すんげ~柔らかいのな、ほっぺたとかふにふにしてて、マシュマロみたいなんだ」 そう、抱きしめるとね…… え……? 今、なんて言った? 「え?だから、ちびっ子って抱きしめるとスッゲー柔らかいって、柊も試して見れヴァいいって、絶対」 こなたを、抱きしめる……?日下部が、そんな事をこなたにしてたの? 足元が崩れる、そんな感じがした。 「あ、そうだ、柊。これからちょっと買い物に付き合ってくんない?」 日下部の言葉に、我にかえる。 「な、なんでよ?」 「いや~、ちびっ子にミートボールのおいしさを教えてあげようって思ってな。明日持っててやるって約束したんだぜ」 再び、世界が、壊れる。 それって、手作り弁当……? 「柊?柊?」 私を呼ぶ日下部の声は遠い世界の出来事で、今の私には届かなかった……。 結局、用事があるって事で日下部の買い物には付き合わずに、私は家に帰った。 「はぁ……」 何もする気が起こらず、着替えもせずにベッドに寝転がる。考えるのは、こなたの事。 「手作り弁当……か」 それって、こなたがよく言うギャルゲーの定番イベントよね。それで、親密度がアップ、とか。 じゃあ、きっとこなたは楽しみにしてるんだろうな……。 そう考えると気が滅入る。 何でだろう、こなたが日下部と仲良くなっても、よく考えたら私には関係ないじゃない。 でも、それでも……。 手作り弁当……。 「お姉ちゃん、ご飯だよ~」 つかさの声がする。いい、今は食べたくない。 「どうしたの?お姉ちゃん?」 なんでもないわよ。 「もしかして……こなちゃんと、何かあった?」 「な、何で!?」 思わず飛び起きた。 「だって、お姉ちゃんが落ち込む時って、こなちゃん絡みのことが多いから、なんとなく」 私とこなたの間には何もなかった。でも、つかさの言ってることは強ち間違いではないのかもしれない。 教室で、思わず掴んだこなたの腕。私は、あの時、何を思ったのだろう。 日下部の方に向かって歩くこなた、その顔には私に向けない種類の笑顔があって……。 あ、そうか……私、寂しいんだ。 こなたが、日下部と仲良くなって、私から離れてしまう事が。 こなたが、私の知らないこなたになってしまう事が。 「何があったのか知らないけど、こなちゃんと早く仲直りした方がいいと思うよ」 微笑むつかさ。どうやら、こなたと私が喧嘩したとでも思っているのだろうけど、それは違う。 でも、仲直り、か。そういうのじゃないけど、何か切欠は欲しいわね。 私のこの気持ちを整理する為に……よし! 「つかさ!」 「え、な、何かな」 「明日のお弁当当番、交代して!」 次の日、朝。 私の目の前には、お弁当箱が、3つ。 ひとつは、私の。 ひとつは、つかさの。 そしてもうひとつは……こなたの為のもの。 先ほど完成したばかりのそれは、焼きソバに玉子焼き、そして海苔ご飯というとてもシンプルなもの。 料理の苦手な私にはこれが限界だ。それでも、ひとつひとつ、こなたの事を想いながら、作った。 まだほんのりと暖かい空気を早朝の冷たい空気の中揺らしているお弁当をぼんやりと眺める。 ……作って、しまった。 昨日の晩、お弁当当番交代をつかさに頼んだ時の高揚感は消え、今はただ、不安だけが残っていた。 こなたは、受け取ってくれるだろうか。 こなたは、おいしいって言ってくれるだろうか。 こなたは…………。 こなたは……。 ふと、時計に目をやると、もう、出発しないといけない時間だった。 ため息をついて、お弁当箱を包みにかかる。急がないと、こなたを待たせちゃう。 こなたのお弁当箱を包む手が震える。不安は消えない。 しっかりしろ、私。今は考えてもしかたの無いことだ、そう、今は……。 「かがみ、おはよ~」 「お、おはよう……」 待ち合わせの駅で、いつもと同じように挨拶を交わす、私とこなた。 つかさはいない。私とこなたが喧嘩したと思っているあの子は、仲直りできるようにと、私とこなたが二人きりになれるようにと、先に出発した。 ちょっと不器用な、あの子らしい配慮だった。 でも今は、その配慮が少し辛い。 「いやぁ、昨日はネトゲで先生と盛り上がっちゃってさぁ。気がついたら朝になってたヨ」 私の隣で、こなたが何かを言っている。でも、私はその半分も内容を聞いてはいなかった。 いや、聞きたくなかった。 こなたの口から、いつ日下部の名前が飛び出すのか、それが怖くて。 それを思うと、聞き慣れたこなたの声も急に縁遠く感じられる。 本当は聞きたいのに、話がしたいのに。 こなたぁ……。 「……かがみ、大丈夫?」 「えっ……?」 気がつくと、こなたの顔が目の前にあった。 私を覗き込む瞳には、気遣いの色が浮かんでいる。 「いや、なんか昨日からかがみの様子がおかしいから、どうかしたのかなって」 嬉しかった。日下部と話していても、昨日の私の様子をちゃんとこなたは見ていてくれた。 ……お弁当の事を切り出すなら、今しかない。 「あ、あのね、こな――――」 キーンコーンカーンコーン。 「うぁっ!あれ予鈴じゃん!!かがみ、急ごっ。早くしないと遅刻しちゃうよ」 「あ、こなたっ……」 「ん、なに?」 「……なんでもない」 「そう?とにかく急ごう!」 そう言って走り出したこなた。私はその背を追いながら、ふと鞄の平に手を当てた。 さっきまでお弁当の熱で温かかったそれは、もう、冷めていた。 お昼休み、すぐにでもこなたのクラスに行こうと思っていたのに、しかし、それは出来なかった。 昨日片付けた用事についての確認があるからと、生徒会長、永井に呼び出されたからだ。 よりにもよって、今日という日に。 そう思うと腹が立つ。もしかして、わざとやってるんじゃないだろうか。 おかげで、いつもより10分程遅れて、こなたのクラスに向かう。 もう、日下部はこなたに手作り弁当を渡したのだろうか。 時間を考えれば、もう食べ始めていてもおかしくない。 手作りミートボール弁当をこなたに差し出す日下部。 嬉しそうに受け取るこなた。 きっとこなたの事だ、自分のお箸なんか持っていないに違いない。 仕方ないな、と苦笑して、自らのお箸でミートボールを掴む日下部。 餌をねだる雛のように口を開けて待つこなた。 日下部のお箸が、こなたの口にミートボールを運ぶ。 そしてこなたは、食べる。 おいしそうに口を動かすこなた。それを見つめる日下部。 その視線に気がついたこなたが日下部の方を向いて……微笑みを浮かべる。 ……私の知らない、笑みを。 「あぁっ、もうっ!!」 自分の想像に嫌気が差して、更に腹がたつ。 こなた、こなたっ! こなたこなたこなたこなたこなたこなたこなたこなた……。 まるで何かの呪文のようにこなたの名前を呟きながら、廊下を駆け抜ける。 途中すれ違った黒井先生が、「廊下は走るな!」と言っていた気がするけど、そんなの関係ない。 一刻も早く、こなたの元へ。 それしか考えられない。 他には何も、考えたくない。 第3者から見たら、私は滑稽に見えるのかもしれない。たった一人の人の為にここまで気を揉んで、苦しんで。 滑稽でも構わない。だってそれ程、私は、こなたの事が……好きなんだから!! 「あれ……?」 足が、止まる。 好き……?私が、こなたを? あ、そうか……そういうことなんだ。 昨日、こなたが私から離れるのが寂しいって思った。でも、何で寂しいのか、今、分かった。 理由は……好きだから。 いつも一緒にいて、一緒に遊んで、喧嘩して、仲直りして。 高校に入ってから、いつもこなたが一緒だった。クラスは違っても、ずっと。 ちょっとしたことで笑って、照れて、落ち込んだり、甘えてきたり。 そんなこなたを、好きになっていたんだ。 それを取られるのが、怖かった。しかも、私の知り合いに。 そう思ったら、急に気持ちが楽になった。自分に素直になるのがこんなに気持ちのいいことだったとは。 「待ってなさいよ……こなたぁっ!」 そう言って、再び私は、走り出した。 こなたの教室。その扉の前に立つ。 自分の教室以上に高校生活を過ごしてきた場所だ、もう、勝手知ったる、何てレベルじゃない。 扉にかけた手が、震える。 この扉の向こうに、いる。こなたが。日下部と一緒に。 そう思うと、後一歩が踏み出せない。 こなたと日下部が仲良くしているのを、見るのが辛い。こなたには私を見て欲しい。 きっと私は、独占欲が強いのだろう。 息を深く吸って、吐いて。扉にかけた手に力を込める。 例え辛くても……こなたに会いたい。 そして、一気に扉を引き開けた。 「あ、かがみ、ようやく来たね~」 こなた……。 その顔を見た途端、一気に顔が赤くなるのが分かった。好きだって自覚した以上、どうしても意識してしまう。 「いやぁ、待ちくたびれたヨ。もうお腹ペコペコ」 こなたの言葉に周りを見れば、つかさ、みゆき、峰岸、日下部。6個机を繋げて思い思いにくつろいではいるが、誰も昼食をとった形跡が無い。 何で……? 「こなちゃんがね、どうしてもお姉ちゃんを待つんだって」 つかさの言葉に、こなたは恥ずかしそうに俯きながら、 「だってさ、なんか、かがみがいないと始まらないって言うか……」 ゴニョゴニョとそんな事を呟いた。 「そっか。ありがとね。こなた」 ありがとう、その一言が素直に出た。嬉しくて、嬉しくて、そんな言葉じゃ足りないぐらい嬉しいんだけど、今は、それしか言えない。 「うん!」 私の反応に喜んでくれたのか、こなたは大きく頷いた。 「皆も、待たせちゃって悪かったわね。じゃあ、食べましょうか」 そう言って、空いている席――こなたの隣だ――に腰を下ろす。こなたの向かいには、日下部。 私は、鞄の中を探って、お弁当箱を二つ、手繰り寄せる。 また、手が震えてきた。 しっかりしろ、私。ここまで来たんだ、もう、逃げることはできない。面と向かって、こなたに私の作ったお弁当を渡すんだ。 「こ、こな――」 「ちびっ子、約束の品、持ってきたぜっ!!」 私と日下部が声を上げたタイミングは、ほぼ同じだった。 でも、緊張に震えた私の声なんかより、日下部の声の方が大きくて、自然、こなたの注意もそちらに向いてしまう。 「うぉっ!みさきち、そ、それは……」 こなたが驚くの無理は無い。日下部が持ってきたのは、とても、とても大きなお弁当箱。 蓋を開ければ、ミートボールが所狭しと詰め込まれている。 「ど~だちびっ子、スゲーだろ」 「いや、凄いっていうかさ……」 得意げに胸を張る日下部と対照的に、こなたは呆れ顔だ。 「前にも言ったけど、チョココロネよりミートボールのほうがウマいって、絶対。ホレ、まずは一個」 そう言って、自分の箸でミートボールを掴み、こなたの方に差し出す日下部。 アレ……?この状況って、さっきの、私の……? 呆然と、お弁当箱を持ったまま固まった私。そんな私に気がついたのだろう、みゆきが声をかけてきた。 「どうかしましたか?かがみさん」 「あ、えっと……」 「あら?お弁当箱が二つ。でも、もうつかささんは御自分の分を持っていますよね?」 「えっと……これは、その、こなたにって思って、作ったんだけど」 その言葉に、ミートボールを口に詰め込まれて、困惑していたこなたが顔を上げた。 「えっ?かがみが、私に?」 「う、うん……」 「う~ん、ありがたいんだけど、そんなには食べられないよ」 そう言って日下部のミートボール弁当を指すこなた。確かに、あの量では、私のお弁当まではとても食べきれないだろう。 でも、その時私が抱いたのは、別の感想。 「……あっそう。私の作ったお弁当は食べれないって言うの」 「へ?」 「そんなに、日下部の作ったお弁当がいいんだ……」 「か、がみ……?」 「じゃあ、あんたなんて一生日下部にミートボールを食べさせてもらってればいいのよ!!  こっちの気も知らないで、こなたの、バカァァァッ!!!」 私の言葉にショックを受けた顔をして固まるこなた。 我ながら、理不尽な怒りだとは思う。こなたが言ったのは量の問題。私の作ったお弁当が嫌だ、という意味ではない。 分かってるけど、でも、でも、悔しかった。こなたが、日下部を選んだみたいで。 思えば、この時の私はこなたと日下部の仲の良さを目の当たりにして、大分混乱していたのだろう。 好きだから、こなたの事が大好きだから。冷静に物事を捉えられなくなるくらい、混乱した。 だから、突然叫び声を上げた私に向けられた周囲の視線も、痛かった。 こなたに対して怒鳴ったことへの、非難の視線。 「っ……!」 いたたまれなくなり、お弁当を落として、私は教室の外へと飛び出した。 「かがみっ!」 驚いたようなこなたの声が追って来る、でも、振り向けない。 ……振り向けなかった。 「……はぁ」 教室から飛び出した私は、屋上の手すりにもたれていた。 ここなら、誰とも顔をあわせる心配は無いと思ったし、今は、吹きつける風に身を任せたかった。 ……こなたに、悪いことしちゃったな。 思い出すのは、さっきの出来事。込み上げるのは、罪悪感。 こなたが、私に怒鳴られる謂われは無い。ただ、こなたと日下部の仲に嫉妬した私が醜態を演じただけだ。 これから、どうしようかな……。 顔を上げると、抜けるような空の青さが、目に沁みた。 もう、戻ることは出来ない。それならいっそ、ここから身を投げてしまおうか。 ……なんてね。 自虐的な笑みが浮かぶ。そんなことは出来ない。 何故なら、あんなことがあっても、私はこなたに会いたいと思っているのだから。 「こなたぁ……」 込み上げてくるものを押さえようと、必死に目を押さえる。それでも、熱いものが私の頬を伝い、それが一層私を惨めにした。 「こなた、こなた、こなたぁ……」 「かがみっ!」 ……え? こなたが、いた。そこに。私の作った、お弁当を持って。 私を探して校舎内を走り回ったのだろうか。息は上がり、頬は紅潮していた。 来て、くれたんだ……。 そう思うと同時に、罪悪感も強くなる。 いざ顔をあわせるとどうしたらいいのか分からない。 気がつくと、私は逃げていた。 「かがみぃっ!」 逃げる私を、こなたが追う。元々狭い屋上、更には身体能力はこなたの方が上なのだ。 数十秒としないうちに、私はこなたに捕まった。 「離して、離してよっ!こなたっ!」 暴れる私を、しかしこなたは体格差を押して、離すことはなかった。 「逃げないでっ、かがみっ!」 いつになく強い調子のこなたの言葉。それに圧倒された私の動きが止まる。 そして次の瞬間、私はこなたに抱きしめられていた。女の子特有の甘い香りが鼻孔をくすぐる。 柔らかい……。いつだったか、日下部が言ってた事を思い出す。本当にマシュマロみたいな柔らかさだ。 「こなた……ゴメン」 自然に、謝罪の言葉が口から出ていた。 「私こそ、ゴメンね」 「何でこなたが謝るの?怒らないの?」 「だって、かがみは本心からあんなこと言う人じゃないって、私は知ってるよ。  だから何か理由があったんだよね。私の事で」 そう言うと、こなたは私の髪を撫でてくれた。優しく。何度も、何度も。 その感触に、再び熱いものが込み上げてくる。それと一緒に、私のこなたに対する想いも。 「こなたが……日下部と仲良くなっ……私の知らな……っ、こな、に……って。  だかっ……私、寂しくて。わたっ、こなたのこと……好き、だから。」 「うん……」 「だから……っ、こなたの為に……お弁当……おいしいって、言って……もらっ……こなたの、一番に、なりたくて」 泣きながらの、私の、告白。混乱して、支離滅裂になってるそれを、笑わず、こなたは聞いてくれた。 優しく私を抱きしめながら。 「そっか……あ~、ちょっと油断してたかな」 「……ぅく、何がよ?」 「言わなくても伝わってると思ってたんだよね、いつだって、かがみは私の一番だってことが」 「……そういうことは、ちゃんと言葉にしなさいよ、バカぁ……うわぁぁぁん!!」 そう言って、私は泣いた。こんなに泣いたのは初めてだと思うくらいに。 「うん……ゴメンね、かがみ。じゃあ、改めて言うよ。いつだって、かがみは私の一番、だよ」 そう言ったこなたは、私のよく知るこなただった。日下部には絶対見せない、私だけの笑顔。 私も、本当は分かっていたのかもしれない。こなたの気持ち。だけど、きっとこんな風に言葉にして欲しかったんだろう。 そしてそれが得られた今、私は、愛する人の腕の中で本当に幸せだった。 キーンコーンカーンコーン…… 「あ~、授業始まっちゃったね」 「そうね……」 あの後、中々泣き止まなかった私を、こなたはずっと抱きしめていてくれた。 私の涙が止まるまで、ずっと。 「でも……」 「ん?どったの、かがみ?」 「もうちょっと、こうしていたい」 そして今、私はこなたに膝枕をされいる。 こなたは、私に膝を貸しながら、髪をそっと、撫でてくれる。 「しょうがないな~、かがみがそうしたいなら、いいよ」 「ありがとう、こなた」 涙で濡れた頬を、冬にさしかかろうというこの時期の冷たい風が撫でていった。 でも、こなたと一緒なら、そんな冷たさも感じない。 「……」 こなたの温もりを感じながら、私の意識はゆっくりと夢の世界への階段を上っていく。 と……。 グゥゥ~ッ! な、何の音!? 「あちゃ~、失敗失敗」 思わず目を開けると、こなたの照れたような視線とぶつかった。 「ど、どうしたの?こなた」 「いやぁ、結局、お昼ほとんど食べてなかったからね」 頬をかきながら言うこなた。その姿に、また罪悪感が込み上げる。 「ご、ごめんね、こなたっ!私……」 慌てて口を開いた私の、その唇を、指で押さえながらこなたは静かに首を振った。 「もう、そのことは私たちの間では言いっこなし。かがみは他に謝らないといけない人達がいるでしょ?」 あ……そうか、日下部達にも、迷惑かけちゃったんだよね。後でちゃんと謝らないと。 「それにお腹がすいても、だいじょーぶ」 そういってこなたが取り上げたのは。 あ……。 私の作った、お弁当。 「かがみが私のために作ってくれたお弁当だもんね。ありがたく頂きますよ」 こなた……。 「さてさて、今日のかがみ弁当は~っと」 包みを開けるこなたの手、もっとちゃんとしたおかずが出来ればよかったな、と今更ながら後悔。 「おぉっ!これは、またシンプルなお弁当で……」 「わ、悪かったわね……」 「いやいや、これで豪華なおかずが出てきたら、逆にかがみらしくないしね」 「どういう意味だよ、それ!」 こなたは、なんでもないよぉ、と笑いながら。 「じゃあ、頂きますか。 ……まずはこの玉子焼き」 「あ、ま、待って!」 「ん?」 「わ、私が、こなたに食べさせてあげる」 「なんと!?」 こなたは大げさにのけぞりながら、 「屋上で手作り弁当、さらに‘ハイ、あ~ん’的なシチュ。コレなんてギャルゲ?」 なんて事を言った。 「い、いいじゃない。私は……こなたに、そういうこと、して、あげたいんだから」 最後の方は声が小さくて、ほとんど聞こえてないと思ったのに、こなたにはしっかり聞こえていたようで。 「んふ~?やっぱりかがみは可愛いねぇ」 「く……」 返す言葉も無い。 「と、とにかく、はい、あ~ん」 「あ~ん」 もっとからかわれるかと思ったが、こなたは素直に口を開けて待っててくれた。 その口に、玉子焼きを入れる。 「むぐむぐ……」 「ど、どう……?」 緊張の一瞬。味はどうだっただろうか? 「ん?コレ、ちょっとしょっぱい」 「そう……」 大分へこんだ、やっぱり私じゃ上手く出来ないのかな。 「でも……」 ……え? 「おいしいよ。かがみと同じ、優しい味がするもん」 「こなたぁっ!!」 そんなこと言われたら我慢できないじゃない。 思い切り私はこなたに抱きついた。 「ご馳走様でした」 「はい、お粗末様」 私の作ったお弁当を綺麗に食べ終わったこなたは、ん~、と思い切り伸びをする。 「いやぁ、だけどまさかかがみから手作り弁当を貰う日が来るとは、  長生きはするモンだよ」 そう言って微笑むこなた。その肩に、私は自分の肩を預ける。 「ねぇ、こなた……今日、泊まりに言っても、いいかな?」 「うぉっ!どうしたの、急に?」 「いいじゃない、お弁当のおいしい作り方とか教わりたいし、それに、少しでもこなたと一緒にいたい気分」 それを聞いて、こなたにしては珍しく苦笑しながら、 「はいはい、今日のかがみは甘えんぼさんだね~。いいよ」 了解してくれた。 こなたに言われなくても、泊まりに行ったら、うんとこなたに甘えるつもりだ。 「こなた……」 「なに?かがみ」 「大好きだよ」 「私もだよ」 屋上で、二つの影はゆっくりと、一つに重なった。 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - ↓↓↓↓死ぬなww -- 名無しさん (2010-03-23 22:23:02) - 萌えた -- 名無しさん (2010-02-01 18:08:55) - 感動した -- 名無しさん (2010-02-01 01:37:16) - 号泣した -- 名無しさん (2010-01-15 22:04:44) - 死んだ -- 名無しさん (2010-01-15 21:48:00) - 泣いた -- 名無しさん (2009-12-08 20:13:28)

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