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手作りのキモチ」を以下のとおり復元します。
『バレンタインにチョコの交換しよっかー』
『何? いきなりそんなこと言いだして』
『私だって女の子だもん。チョコを渡したい気分にもなるよー』
『あんたが、ねぇ……』
『あ。でもかがみんはチョコよりも、私からのキスの方が……』
『黙れ』
『おお、怖い怖い。もー、素直におねだりすれば良いのに』
『な、何がよっ!』
『いや。なーんもない』
『ったく……』
『とにかく! 交換はするってことでよろしくー』
『はいはい……』

―――。

色良い焼き加減とは対象的に、歪な形のクッキーを眺めながら、こなたとの数日前の会話を思い出す。

「明日はついに本番……か」

オーブンの前で過ごす空白の時間。それは私にとって嫌なことを考えてしまう原因になっていた。

「チョコチップ入りだから、大丈夫よね……」

好きな人に凝った手作りのチョコをあげたい。
切なる願望だけど、私の腕前ではそれは適わず。
クッキーにチョコを混ぜるという発想が精一杯だった。

「はぁ……」

先程からとめどなく溜め息が出る。こんなことなら料理の勉強も怠るんじゃなかった。後悔先に立たず。

「こなたは料理上手だから……きっと私よりも凄いもの作るに決まってるわよね」

手作りの物を渡すつもりは無かった。少し高級な洋菓子店で買った物を渡す。
これが本来の予定。
しかし突如提案されたチョコの交換。これでは出来合いの物を渡すわけにはいかない。逃げ道を失った私は手作りチョコの用意を余儀なくされたのだ。

――ピッピッピッ。

調理の終了を告げる電子音が響く。オーブンの扉を開くと、独特の甘い匂いが鼻を掠める。ミトンでトレーを掴み出し、テーブルの上に置いてまじまじ眺めてみた。

「……上出来、よね?」

自然と語尾が上がってしまう。お世辞にも上出来とは思えなかったから。
色は良くても、やはり形は納得し難いものだ。
だけど何度やっても同じ出来になるのは目に見えていたので、私はこれ以上の悪あがきを続ける気にはならなかった。
用意しておいた袋にクッキーを詰め、丁寧にラッピングをする。せめて見た目くらいは綺麗に飾り立てておかないと。

「ふう。どうなるのかしらね……」

溜め息はまだ消えない。
明日という日を乗り越えることがこんなにも憂鬱になるとは……自分の読みの甘さに頭が痛くなった。 

――――。

翌日の放課後。こなたと学校近くの公園を訪れた。
春が近いと言ってもまだ肌寒く、日が落ちるのも早い。子供達は既に影さえも残しておらず、この空間は二人だけのものだった。
こなたに引かれて、夕焼けに照らされたベンチに二人で腰掛ける。突然感じた木の冷たさに身体がブルッと震えた。

「それではかがみん。交換を始めようじゃありませんか」
「はいはい、何でそんなに元気なんだか……」

こなたの笑顔を見ると、余計に不安になる。
自分の顔が引きつった笑みを浮かべていることに、嫌でも気付かされた。

「まずは私から。はい、かがみ」
「ん、ありがと……」

こなたが鞄から取り出したものは、白を赤で装飾したとても綺麗な箱だった。開けて良いかと聞けば勿論だと言われたので、そっと包みを取っていく。

「わぁ……」
「左からトリュフ、生チョコ。そして更にはガトーショコラもあったりー」
「あ、あんた凄いわ。気合いの入れようがまるで違う……」

説明を聞いた私は愕然とするしかなかった。
まさかここまでの差がつくとは、想定の範囲外。
流石こなたと言えよう。
何一つ抜かりなどなかった。

「気合いじゃなく気持ち。愛だよ、愛」
「愛……ねぇ」

冷静に訂正されてしまい、思わず感慨深く考えてしまう。チョコの一つを手に取ろうとした瞬間。

「すとーっぷ! 食べるのは同時にしよ。早くかがみのも見てみたいから」
「うっ……」

制止の言葉と同時に、催促をされてしまった。
こなたは溢れんばかりの笑顔で手を差し出している。まるで餌を待つ子犬のようにさえ見えた。

「早くー!」
「わ、分かってるから」

促されるがまま、やけくそに鞄の中を探る。
ひんやりとしたビニールの冷たさが、私の心を凍てつかせるような錯覚を覚えた。戸惑いながらもそれを掴んだ私は、こなたの手にそれを乗せた。 

「はい! た、たいしたものじゃないけど……」
「……これは」

こなたは目を丸くしている。余りの質素さに驚いたのか、また別のことだったのか。ただ無言で包みを開け始める。

「……クッキー。ちゃんとチョコ入ってるから、問題ないわよね?」
「……いや、そうじゃなくて」

何よ、こいつ。
はっきりしたことも言わず、ただ私のチョコの外装をただ見つめるだけ。
その顔に笑顔はない。

「何よ……」
「正直、かがみは面倒臭くなって出来合いの物を買って来ると思ってたよ」
「なっ!?」

反論しようにも、何一つ間違っていない発言のせいで心臓がドクリと跳ねる。

「だから。凄く……嬉しいよ」

そんな私とは対称的に、さっきまでとまるで違う笑顔を輝かせるこなた。
私は思わずその表情に見とれてしまう。

「あ……そ。それは、良かったわ」

出た言葉もどこか覚束なくてそそっかしい。
全く、私は何を動揺しているのか。恥ずかしくなって早く食べるよう促すしかなかった。

「とにかく、食べるわよ!」
「うん!」

クッキーとチョコが、同時に私達の口に入る。
甘過ぎず苦すぎず、こなたのチョコは私の口の中でゆっくり溶けていった。

「美味しい?」
「うん。これは凄いわ……ホント」
「良かったー」

こなたは嬉しそうにクッキーを噛んでいた。
そんな姿を横目に、ほんの少しだけ期待を抱いて私も同じことを尋ねてみる。

「わ、私のはどう?」
「……むーん」

だけど返事は曖昧なもので。期待外れの答えにがくりと肩を落としてしまった。その落ち込んだ肩に、ふと人の暖かさが触れる。

「……なに?」
「かーがみ」
「何よ?」

やけに明るい口調。馬鹿にされるかと思い、肩に乗せられた手を払い退けようとした時だった。

「最高に美味しかったよ、このクッキー。かがみの手作りに勝る料理なんて、この世に存在しないね」
「っ!?」

言葉と同時に、こなたの手は私の肩から掌へと降りてきた。ぎゅっと握られた箇所が、熱い。

「へへ、照れた?」
「ば、ばか! あんた感想言わないから不味いのかと……」
「焦らしてみたのだよ」

言葉とは裏腹に小さくごめんなんて言ってくるから、思わず何かが込み上げてくる。

「っ……こなたの……、……ばかぁ」
「かがみ!? 泣かなくたって……」
「だっ……て、嬉しくて……」

心配で心配で仕方が無かったのに、こなたの一言でこんなにも心が満たされる。これが惚れた弱みなのかな? そう思うと余計に目の前の存在が愛しく感じられた。もっと。もっと。私はこなたに満たされたい。 

――――。

「ねぇ、こなた」
「んー? どしたの?」
「……私、もっと欲しいものがあるの」
「欲しいもの?」

誘うような、媚びた声。足り無い何かを満たすよう、唇に触れている右の手先。それが全て自身のモノであることに、驚きと羞恥心が隠せない。
でもそれらの感情以上に、私はこなたを求めていた。
「欲しい、もの?」

こなたは最初、目を白黒とさせていた。それもそうだろう。今日の私は一段と感情の起伏が激しい。
そんな私の気持ちを汲み取ってか、こなたはすぐに優しく微笑んだ。

「むふふ。かがみってば、おねだり上手になったね」
「だ、だって……こなたがっ……」
「私が……どうしたの?」
「いや、その……」

ここまで言っておきながら、言葉が吃るのは最後に残っていた理性だったのか。

「かがみ。目、閉じて?」
狼狽える私を真っ直ぐに見つめながら、その視線が近づく。何もかも、全て打ち砕かれる。

何をされるのか。
してもらえるのか。
期待に胸を膨らませ、私はゆっくりと目を閉じた。


「甘えんぼかがみに……ご褒美だよ」



終わり。 


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