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「お待たせー、みんな帰ろう」 「あ、お姉ちゃん」 つかさがなぜか申し訳なさそうな顔をして迎えてくれる。帰り支度を済ませたつかさとみゆきの二人に近づくとその理由が分かった。 冬本番が近づいているというのに制服姿のまま薄暗がりの教室で、なんだか幸せそうに寝入っているやつ。 「ちょっと起こすのがかわいそうだったからちょうどよかった。お姉ちゃんあとはよろしくね」 「は?」 「すみません、今日は家の事情で早く帰らないといけなくて。失礼します」 「え、ちょっとみゆき、つかさっ」 ガラガラピシャッ。笑顔を残してあっさりと出ていってしまった。 つかさに何か用事なんてあったかしら。別に私だってたまに日下部たちと帰ったりするけどさ。 教室に取り残された私と絶賛爆睡中のこなた。受験生ということもあり放課後はすっかり静かだ。 「何の悩みもなさそうな寝顔よね」 受験が迫ってピリピリしだした周囲も気にせず相変わらずのマイペース。のほほんとした笑顔で高校最後の年を過ごしてる。 人のことを心配する余裕なんかなくて、でもほっとけなくて、そのくせ当の本人には肩の力抜こうよってほだされる。 なんでかな。全然説得力ないけどその笑顔に心が安らいでしまうのは。 こなた、と小声で呼んでみる。つかさも言ったように起こすのがかわいそうな気がしないでもない。と言うかこうしてじっくり寝顔を観察する機会もそうそうないし。 あどけないって言うか本当に幼いな。こなたには悪いけど子どもみたいで可愛い。 睫毛が長くて羨ましい。基本半開きがデフォルトだけど、くりくりとした大きな瞳と言い素材は良いのよね。 柔らかそうなほっぺた。触っても大丈夫かな、ぐっすり寝てるよね? そっと起こさないように。もちもちしたほっぺたが私の指を捕らえて弾き返す。 ぷにっと弾力があって何度もつついてみた。ちょっとクセになりそうだ。 ついでに頬を撫でてみた。目元、鼻先にちょんと触れてみて、顎のライン、すべすべした肌。 そこを避けながらそっと口元に指を滑らせる。 にまにまと小憎らしい笑みを浮かべながら。宿題をやってなくて泣きついてきた時。楽しそうに理解し難いオタクトークを広げて。 私の名前を呼ぶ。この口が「かがみ」と紡ぐ。たったそれだけのことで私の心はどうしようもなくざわめくんだ。 「くぅ……ん」 「あ、起きた?」 「んーっと。あれ、かがみ?」 伸びをしたあとくしくしと眠そうな目を擦る、その仕草にやっぱり可愛いなと思う。 「おはようこなた」 「おはよう、でいいのかな。て、私寝ちゃってた?」 「気持ち良さそうにね。もうみんな帰ったわよ」 「ありゃりゃ。でもかがみは待っててくれたんだね」 「それは、つかさとみゆきによろしくって言われたから仕方なくね」 「ふーん」 何を考えてるか読めない表情をしたあと、そのまま無言で帰り支度を始めるこなた。 別に待たされたって思ってはないけれど。一緒に帰りたかったのかと問われれば素直に頷くことはできないが。 「でも起こしてくれればよかったのに」 「あー、ちょうど読みかけのラノベがあったから」 「この暗い中で?」 電気もつけていない教室。すぐそばにいるこなたが喉を鳴らして笑った。 「目、悪くなるよ」 「そ、そうね。気をつけるわ」 何も言わない。人懐っこい笑みだけ浮かべて。 「かがみ、帰ろうよ」 すでに教室を出ようかという状況で私を呼んで身を翻す。長い髪が誘うように揺らめいた。 「あ、ちょっと待ちなさいよ」 散々待たされて、かと思えば先に行ってしまう。いつも振り回されっぱなし。 でもそんなの気にしてなんかない。 静まりかえった学校に私たちの足音が愉快に響きわたっていた。 すっかり冷えきった風が吹きつける度に私たちは体を震わせていた。 元々小さな体をさらに縮こめて寒さに耐える姿は少し保護欲をそそる。条件は私も変わらないのだけれど。 コートだけじゃ足りないな。手袋もマフラーも用意しとかないと。 ポケットに手を突っ込んで口を開くのもどこか億劫になる。ふとこなたを見れば鼻の頭を真っ赤にしていた。 「む、なにさ」 かすかに漏れた笑い声に敏感な反応。何でもないと言ってもむくれて納得してくれない。 「ごめんごめん」 教室では触れられなかったさらさらの髪に触れて頭を撫でる。一瞬不機嫌オーラが強くなったけど、そのまま撫で続けたら大人しくなった。 少し離れていた距離を埋めて触れ合って。寒さを理由に私たちは身を寄せ合う。 「なんかさ、最近私子ども扱いされてる気がする」 「もしかして、嫌だった?」 パッと手を離すとこなたがじっと見上げてきた。 子ども扱いとか断じてない。まあ、子どもっぽくて可愛いと思うことは少なくないけど。 「べつに。いや、じゃないよ」 何かを訴えるような目がふいっと視線を外し、ちょっと自重したほうがいいのかなと悩んでいると、こなたが急に抱きついてきた。 「ちょ、いきなりなに。こんなとこで」 「別に誰も見てないよ?」 「いやそういうことじゃなくて」 冷えた体に擦り寄ってくるこなたのぬくもりと柔らかい感触。 しどろもどろになりながら、でも全く引き剥がそうとはしなくて。 離れてほしいわけじゃない。むしろその逆。嬉しくて緩みそうな頬を手で隠した。 「だめ?」 こなたがささやくように問いかけてくる。上目遣いで少し困ったようにはにかんだ。 「……ダメなわけないじゃない」 宿題やら寄り道やら頼まれて、幾度となくその表情に負けた私は今日も敵うことはない。 ずるい、と思ったところで惚れた弱みってやつなんだろう。顔は見えなくても嬉しそうに弾んだ声が耳に届いた。 全然嫌なんかじゃない。たまには私だって。 「ふぇ、かがみ?」 細い腰に腕を回し密着する。抱き締めてもいいけど歩けなくなるしね。 「今日は寒いから。こうしてればあったかいでしょ」 照れを隠してニコッと笑顔。押しに弱いのはお互い様よ。 「……そうだね。今日は寒いからねー」 不意に体を預けられて足がもつれた。 「ちょっと、歩きづらいわよ」 「いいじゃん。のんびり歩こうよ」 寄りかかられたところで軽いから本当は気にならないんだけどね。 甘えてくる姿が可愛くて嬉しくて、伝わってくる体温が心地好い。 どうしようもなく触れたくなってそっと髪を撫でても抵抗はなく、こつんと肩に頭をもたせかけてきた。 「こうするの好き?」 「えっ。あー、うん、好きよ」 「えへへ。私もかがみに撫でてもらうの好きだよ」 ちょ、それは反則。その顔、その台詞は卑怯だ。 「んー、かがみ照れてる?」 「て、テれてなんかないわよっ」 詰まりながら顔も見れない。こなたは追い討ちをかけてくることはないが、愉快そうに腕を絡めてくる。 先ほどまで感じていた寒さはどこへやら。こなたと接している部分が熱いくらいだ。 「なっ、離しなさいよ」 「……離してほしいの?」 からかっているのかもしれないとわかっていても、どこまでも惚れたら負けな私は拒むことなどできはしない。 「そんなの……勝手にしなさいよ」 まだ自分の欲望に正直になりきれていないけど。 こなたがますます笑顔になる。見なくてもわかった。 「かがみ、今日は寒いね」 「ほんと寒くなったわよね。でも」 「でも?」 「あんたといるから寒くない」 こなたの手に触れる。むき出しにされていたからかひどく冷たい。私の手も同じくらいだろうか。 指を絡めてコートのポケットにつっこんだ。 明日から手袋を持ってこよう。たとえこなたが忘れていても一組あれば十分だ。 「かがみもずいぶん積極的になったよね」 「誰かさんのおかげでね」 と言っても完全に羞恥心をなくすことはできないけど。 「ところでさ」 「ん、なによ?」 「実際は何してたの?私が寝ている間」 「えっと、だからラノベを読んでたって」 「ほんとうに?」 痛い。きゅっと握りしめられた手が。見上げてくる真っ直ぐな視線が。激しく騒ぎ立てる鼓動が。 「……みなら……てもい……」 「え、今なんて?」 繋いだ手がほどかれゆっくりとこなたが離れていく。 ずっと今まで重なっていたのにほんの数歩もない距離がすごく遠く感じる。手を伸ばせば届くのに。 私たちの間を冷たい風が吹き抜けていった。 「もう真っ暗だし気をつけて帰るんだよ」 「あんたもね」 そう言ったきりこなたはすぐに動こうとはしなかった。 名残惜しいけれどすでにいい時間だし。やっぱり離れてしまえば寒いし。 「それじゃまた明日」 「……かがみのヘタレ」 ぼそっと呟かれた言葉の意味を問い質す暇もなく。 「かがみ、また明日」 小さな体で手を大きく目一杯振ってこなたが遠ざかっていく。 耳まで赤くなっていた寒さ以外の理由に私は気づけないでいた。 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - あああああああ -- 名無しさん (2022-08-09 00:59:16) - GJ! -- 名無しさん (2017-04-23 09:16:44) - いいものだなぁ、こなかがは。 -- nanasi (2016-12-30 00:00:24) - 永久に続けこの世界観、GJ!! &br() -- kk (2014-12-15 23:42:51) - ハラショー! -- 名無しさん (2014-12-15 00:41:41) **投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください) #vote3(5)
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