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お見舞い(2009年版) - (2022/12/16 (金) 02:45:11) のソース
きっかけは、大体わかっていた。 生活の不摂生、ネトゲのやり過ぎ、徹夜でゲーム。 そこで生じたひずみが、一気に私に襲いかかっていた。 それは、『たちの悪いカゼ』とい名のモンスターとなって、 週末、そして休日の昼間を過ごす私を苦しめていた。 「う~、やっぱだるいな~。 漫画とか読む気にもならないよ」 そんな文句を言いながら、私は布団を被ったまま寝返りをうった。 しかし、うつぶせの状態から寝返ってしまったので、 パジャマと布団がはだけて、畳の上に散乱してしまった。 私は、しんどい体に鞭を打って布団を必死にたぐり寄せた。 「……熱でも測ってみよっかな」 手元にあったデジタル式の体温計を手に取り、わきに挟む。 しばしの沈黙の後、甲高い電子音が部屋に響いた。 そして、体温計には『37.8℃』という数字が表示されていた。 「う~ん、少しは下がってきたけど、 まだ動くにはしんどいかなぁ……」 ……いっそのこと39度位まで上がってくれた方が、 かえって動けるよう気がするのは私だけだろうか。 ふと、目の前にあるテレビのスイッチを入れてみる。 画面には、最近まで開催されていた陸上の世界大会の 総集編が、延々と流れ続けていた。 「あ~あ、これのせいで何本アニメが潰れた事か……」 頭に来たので、ぶっきらぼうにテレビの電源を切ってやった。 そんな事をしていた矢先、ドアを叩く音が聞こえてきた。 「こなた、起きてる?」 「え? かがみ? うん、起きてるよ~」 そういえば今日はかがみ達がお見舞いにきてくれるんだった。 私は、肝心な事を今の今まで忘れてしまっていた。 このまま外で待たせていても悪いので、 ひとまず中に入ってもらうことにした。 「入っても大丈夫?」 「うん、大丈夫だよ。 少しは落ち着いてきたとこだから。 それに、鍵とかかかってないし」 「そう? それじゃあ入るわよ」 そう言って、静かにかがみが部屋に入ってきた。 私は、ぐっと上半身を起こしてかがみを出迎えた。 「お~っす、色々大変だったみたいね~」 「そうそう、ここ数日は酷い目にあったよ~」 「ふふ、思ってたより元気そうじゃない。 それじゃあ、お見舞いの花でも添えますか」 そういうとかがみは、おもむろに花束を持ち出した。 ……綺麗なバラだった。 赤いバラに白いバラが添えられていて、 その本数は、パット見じゃ数え切れない程だった。 「かがみが!? 私に、お見舞いのバラっ!?」 「言っとくけど、たまたま思い出したから買っただけだからな~。 ……それじゃあ、ここの棚の上に飾っとくわね」」 しかし、そういうかがみの声は、完全にうわずっていた。 やっぱり生粋のツンデレなんだろうねぇ。 さっすがかがみん! と、そんな考えを巡らせている間に、私はある事に気が付いた。 「あれ? ねぇねぇ、今日はかがみだけでここに来たの?」 そういえば、いつも一緒にいるはずのつかさがいなかった。 ちなみに、みゆきさんは明日お見舞いに来てくれると、 事前に連絡があったのを思い出した。 「うん、私だけよ。 つかさも一緒に来たかったみたいなんだけど、 あの子、先生に提出しなきゃいけない物が多いらしくてね。 だから、日をずらしてお見舞いに行くってさ」 「ふ~ん、そうだったんだ」 「それにしても、大分参ってたみたいね。 髪の毛とか大変なことになってるわよ」 そういうとかがみは、手ぐしで私の髪を整え始めた。 私の髪の毛にかがみの手が均等に絡み、 よれよれになっていた髪が、少しずつ真っ直ぐになっていく。 そんな中、私はかがみの手に『違和感』がある事に気づいた。 「あれ? かがみ、どうしたのその手……」 「え? ああ、この右手のこと?」 よくみると、かがみの右手の指の人差し指や中指に、 丁寧に絆創膏が巻かれていた。 そして、絆創膏をしているかがみの指が、 やたらと痛々しくみえた。 「どったのかがみ? ケガでもしたの?」 「まっ、まあね。 さっきのバラのトゲがちくってきただけよ。 そんなことよりも…… はい、休んでたぶんのプリント。 つかさから預かってきたわよ」 次の瞬間、何枚もあるプリントが私の目の前に現れていた。 だけど、今こんなもの見たらますます熱が出ちゃうじゃないか~。 ……という風に突っ込みたくなったけど、寸前で思いとどまった。 「あっ、ありがと」 「お礼なら、つかさに言った方がいいんじゃないか? ……それより聞いてよ、つかさがね~」 「えっ、なになに。 どんな話なの?」 その後、私は熱のことなんかそっちのけにして、 かがみと、とりとめのない話をし続けた。 家の事、生活の事、趣味の事。 とても楽しい時間だった。 そして、数十分の時が過ぎて―― 「またあれが臭くってさ~」 「だよね~。 ……ふ、ふわ~あ」 「こなた? もしかして眠いの?」 かがみの言うとおり、私の頭の中は眠気という勢力によって、 制圧されかけていた。 熱も下がりつつあるみたいだったから、 今の内にぐぅ~っと寝て、一気に体力全快だぁ! という風な事を、私は寝ぼけた頭で考えていた。 「う、うん。 なんだかすっごく眠いんだよね。 だから、少し寝ることにするよ」 「そっか。 じゃあ私は一旦外に出てよっと。 それじゃあ、お休み~」 「うん。 お休み~」 私の言葉を聞き届けたかがみが、 そっ~と部屋から出て行き、再び私の部屋は静かになった。 その直後、静寂と眠気の挟み撃ちにあった私は、 いつも以上に深い眠りについた。 …… … ――どのくらいの時間が経ったんだろう。 私は、まどろみの中でそんな事を考えていた。 ふと気づくと、まぶたの裏側が眩しい程の赤色の光に染められて、 幅広く全体を包み込んでいた。 どうやらもう夕方らしい。 (もうそろそろ起きなきゃね…… お腹もすいたし) 私は、閉じたままの眼を開けようとまぶたを動かした。 そして、開けてきた視界の中に、誰かの顔の輪郭が浮かんできた。 その『顔』は、とても優しそうな表情をしながら、私を見つめていた。 なんだか、とても懐かしい感じがした。 そう、それはまるで私の―― 「お、お母さ……」 「あっ! ごめん、起こしちゃった?」 目の前にいたのは、かがみだった。 布団の脇から、見下ろすように私をのぞき込んでいる。 「わっ、かがみ? てか、顔近いよ」 「ごめんごめん。 寝顔が面白かったから、つい……」 そういうとかがみは、ほっぺたを赤らめて顔をそらした。 横を向いたままのかがみが、ちょっと可愛くみえた。 そんなやりとりをした直後、忘れた頃になる目覚ましのように、 私のお腹が『ぐ~』という大きな音を出していた。 「あっ……」 「ふふっ。 こなた、お腹空いちゃってるのね。 ちょっと待っててくれる? 今、いいもの作ってきてあげるわよ」 「えっ? ん~、それじゃあ頼んじゃおっかな」 「りょ~かい。 すぐ戻ってくるからね」 足取りも軽やかに、かがみが部屋から出て行った。 そんなかがみを見送った私の頭の中に、 突然大きなハテナマークが出現した。 「あれ? いいものを『作る』って言ってたけでど、 かがみって確か料理が……」 得意じゃなかった様な気がする。 そんな疑問が、私の中にわき上がっていた。 「おまたせ~」 十数分後、かがみが小さな鍋とレンゲを持って戻ってきた。 鍋からは、白い湯気が立ちこめ、美味しそうないい匂いがした。 そして私は、その鍋の中身を確認して、思わず声をあげた。 「え? これって、雑炊…… なの?」 「なに言ってんのよ、アンタは。 これが雑炊以外の何に見えるってわけ?」 かがみが言った通り、それは間違いなく雑炊だった。 だいこんやにんじん、ほうれん草が綺麗に添えられ、 小鍋いっぱいに敷き詰められていた。 「だって、かがみって料理が……」 そう私が言いかけた所で、かがみの動きが止まった。 そして、小さな沈黙が続いた後、かがみが口を開いた。 「そう言ってくるだろうと思って、ちゃんと事前に練習したのよ。 ま、ここまで人並みに作れるようになるまで、 大分苦労しちゃったけどね」 その直後、かがみは右手に貼った絆創膏を、じっと見つめていた。 それを見た私は、ようやく絆創膏の意味を理解した。 あれは、バラのトゲのせいなんかじゃなかったんだ。 私に、これを作る練習をした時に…… 「……」 「どうしたの? 急に黙っちゃったりして」 かがみが、怪訝そうな表情をして私を見つめている。 私は、一つの決意をした上で、小さく言葉を紡いだ。 「あれさ、ずっと前にかがみがカゼひいてさ、 私がお見舞いに行った事あったよね」 「うん、そういえばそんな事あったわね」 「でもさ、私って全然ダメダメだったよね。 あれじゃあ、ただ遊びに行っただけじゃん」 それは、一種の自己嫌悪。 かがみがあんなに苦しんでいたのに、 何もお見舞いらしい事もしないで、ただしゃべってばかりいた。 結局、『こういう時でも好きな物はよく入るものよね~』 といってアイスを頬張るかがみを見ているだけだった。 そんな私を見ていたかがみが、一瞬クスリと笑った。 ふと、かがみは持っていたレンゲを鍋の中へ置き、 小さく息を吐いた後、おもむろに口を開いた。 「バカッ、何言ってんのよ。 こなたらしくないじゃない。 私を心配してくれてたから、お見舞いに来てくれたんでしょ?」 「かがみ……」 「それに、そんなこと言う暇があったら、いっぱい食べて、 たくさん寝て、早く元気になりなさいよ。 でなきゃ、張り合いがないじゃない」 そう言っているかがみの顔は、とても嬉しそうだった。 そんなかがみを見ていたら、急に視界がぼやけてきた。 大粒の涙が、ほっぺたを伝って流れだし、 私の中にある色々な想いが全て混ざり合っていく。 「うっ、ぐすっ…… ありがとね、かがみぃ」 「なに改まっちゃってるのよ。 それよりほら、早く食べよ。 少し冷ましてあげるから」 かがみは、再びレンゲを手にとると、ゆっくりと鍋の中身をすくった。 そして、レンゲに息を吹きかけてから、ゆっくりと私の口に運んでくれた。 その時食べた雑炊の味は、かがみの想いと私の涙が溶け合って、 とても美味しかった―― …… … 「……そんな事があったって訳よ」 「へぇ~。 私がレポートとか書いてる間に、 そんな事があったんだぁ」 「全く…… 包み隠さずしゃべっちゃうなんて、、 アンタも口が軽いのね~」 残暑も厳しい晴れ空の下に、私たちの声が反射する。 ――あれから数日後、私のカゼはすっかり良くなっていた。 そして、久しぶりに『大学』のキャンパスを一緒に歩くつかさ達に、 あの日の出来事のの詳細を話したのだった。 「いや~、全部話したらスッキリしたよ。 これにて完全回復! って感じだね」 「アンタも気楽よね~。 単位落としても知らないわよ?」 私たちは今、晴れて大学二年生。 高校三年生の時に、つかさやかがみ達と一緒に猛勉強したおかげで、 都内にあるそこそこのレベルの大学に、三人とも合格することが出来た。 私とつかさは同じ学部、そしてかがみは法学部にそれぞれ進学した。 そして今は、大学の近くのアパートで一人暮らしをしている。 ……そんな事を考えている内に、一つの謎が浮かんできていた。 「ねぇ、かがみ。 ちょっとばかし質問が」 「えっ? 何か言いたいことでもあんの?」 「かがみってさぁ。 確か他の大学にもたくさん合格してたハズなのに、 何でここの大学に進学したのかな~。 ……ってな疑問が」 「ええっ!? あ、いや。 それは、その……」 私の発言に完全に動揺したかがみが、 髪を乱しながら手をブンブンとふって顔をそむけた。 そんな感じであたふたするかがみを見るのも久しぶりだった。 すると、私の中にいつものキレが戻ってきていた。 「おやおや~、顔が赤いよかがみん。 熱でもあるのかな~? それとも、影の努力の結晶である『右手』の傷が……」 「う、うるさ~い! そんなんじゃないってば!」 「お、お姉ちゃん。 落ち着いて~」 あ、なんか懐かしいなぁ、この反応。 やっぱり、普段の私たちはこうでなくちゃ、 『張り合い』がないもんね~。 「こ~な~た~!」 「わっ、かがみが怒った~」 「こらぁ! 待ちなさ~い!」 ちなみに、その後のかがみいわく、この時顔が赤かったのは、 本当に熱が出ていたせいだったらしい。 そして数日後、私はかがみのお見舞いをする事にした。 赤と白のバラと、ありったけのアイスを抱えて―― 『お見舞い(2009年版)』 完 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - GJ! -- 名無しさん (2022-12-16 02:45:11) - ふふっ &br() &br()前のをちょっと変えてたのですね。 &br() &br()でも、良かったですよ! -- uu (2010-01-14 22:10:56)