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謳愛 - (2008/01/30 (水) 20:47:40) のソース

潮の香が私の鼻をかすめ、潮風が頬を撫でる。 
バスから見えた、海。電車での山の景色とは異なり、まさに蒼の世界。 
空の碧と海の青。二つの景色が1つの美しい世界を作り出していた。 




綺麗だな。最後に行ったのは一昨年かな?皆で行った海とはまた別の海。 
ここに、この蒼の世界に、こなたはいるんだ。 


「・・・こなた。」 


つい呟いてしまう。 
ただ逢いたいだけなのに、こなたを感じたいだけなのに、長い旅をしているようだな。 


待つべきだったかな? 
本当にこなたを好きだったら、本当にこなたを想うんだったら、来るべきじゃなかった。 
そんな事も思った。でも私には分からなかった。待つのが正解なのか、追い掛けるのが正解なのか。 
でも、どっちが正解だなんて関係ない。 


『父さんは、かがみには、かがみの正しいと思った事をして欲しい。』 

『要するにだな、後先考えないでばしーっと決めてこいってこと。』 

『柊ちゃんは、一人の人として『泉こなた』ちゃんが好きなんでしょ?』 

『かがみちゃんにしか、こなたにしてあげられない事があるとオレは信じている。』 

『頑張れお姉ちゃん。』 

『もう一度、かがみに逢えたら、幸せになりたいな。かがみを幸せにしたいな。』 


今行かなきゃ、いつ行くの?また後悔するよ?もっと泣き虫になるよ? 
そんな声が聞こえたんだ。逢いたい。こなたに逢いたい。逢って、こなたと向き合いたい。 
こなたを知りたい。絆を知りたい。自分のするべき事を知りたい。 
こなたの為に、何ができるのか知りたい。 


だんだん目的地が近くなってゆく。それと同時に蒼と白のコントラストが目に入る。 
綺麗な砂浜。まだ海開きしていないため人がいない。それが余計に綺麗だった。 


‐‐‐‐ 

バスから降りるとそこには少し廃れた街並み。でも、何故か落ち着く街だ。 
潮の匂いがバスに乗っていた時よりも強い。でもそれは不快ではなくて、私の住んでいる世界とは異なったものだと認識させる。 
いい匂い。 

「・・・少し、歩いてみようかな・・・」 

おじさんのメモにある民宿の前にこの世界を堪能したくて、私は歩きだす。 
鳥の鳴き声がする。カモメかな?聞き慣れない鳴き声がバックサウンド。 
優しく吹く風。温かいような冷たいような。 
眩しい太陽。見つめると目の芯が痛くなる。それでも調度いい日差し。 

「んー・・・気持ち良いなぁ・・・」 

こなたは何の意図があってここに来たのかはよく分からない。でも、いい街だ。 
都会のように便利な店やゲマズなどはない。 
でも都会のようなうるさい喧騒もなく、騒がしい足音も、人工的な匂いもない。 

「こなたが来たのも、なんとなく分かるな。」 

気が付くと浜辺に着いていた。サンダルを持ってくればよかったな。 
白い砂。さざ波の音。もう、我慢できない。 

「靴なんかいらない!」 

私は靴と靴下を脱ぎ捨て、砂浜へと駆け出す。 
砂浜は適度に温かくて、砂を踏んだときに感じる独特の感覚が気持ちいい。 

新幹線、電車、バスで7時間かけてここまで来た。今の時刻は4時ぐらい。 
疲れているはずなのに、足取りも重くない。頭も冴えている。 

「田舎効果かな?」 

田舎って失礼かな。 
でも私は、疲れも忘れて砂や波と戯れる。こんなにはしゃぐのはいつ以来だろう。 
もっと遠くまで行きたくなって、砂浜を歩く。 
夢を見てるいるみたいだった。足が寝ているときみたいにポカポカして、太陽もまだ沈まずに私を照らしてくれる。 

「・・・あったかい。こなたみたい。」 

そう、呟いて、顔を上げた時、温かさも気持ち良さも吹っ飛んだ。 
20メートルぐらい離れた場所に、コバルトブルーが風でゆらゆらしている。 
気が付かなかった。 
でも、エメラルドの瞳は私を捕らえて離さない。吸い込まれるような気分だ。 
段々と近づいてくる小さい体躯。アホ毛をゆらゆら揺らしながら。 
私と少女のように見える女性との距離は約5メートル。そして、こなたは苦笑いしながら、口を開いた。 

「来ちゃったんだ。」 


‐‐‐‐ 

「うちのお父さん?」 
「・・・うん。」 
「内緒にしろって言ってたのになー・・・全部、聞いた?」 
「・・・うん。」 
「そっか。」 

さざ波の音が小さく聞こえる。足に感じる温度も、よく分からない。 
思っていた事、聞きたい事がたくさんあったのに、忘れちゃった。 

「お父さんなんて言ってた?」 
「・・・私とこなたにしかない絆がある。私にしか、こなたにしてあげられない事がある。こなたを・・・幸せにしてくれって。」 
「・・・そっか。」 

3メートル先のこなたがやけに遠く見える。近いのに、もう2、3歩歩けば、もう抱き締められる距離なのに。 
こなたは表情をかえずに私に質問し、そっけない返事を繰り返すだけ。 

「私の携帯見てくれた?」 
「・・・うん。」 
「そっか。」 
「だから、来たの。こなたのお願い、聞けない。こなたに逢いたいから、ここまで来たの。」 

こなたは?こなたはどうなの? 
聞きたい。こなたから、直接聞きたい。教えてよ、あんたの想い。 
私だけ想うだけじゃ、足りないよ。私は、欲張りになってしまった。 
こなたに抱き締められてから、ううん、あの雨の日から、もしかしたら、もっと前からかもしれない。 
私にはこなたが必要。海が青いから、空が碧いように。ずっと傍にいてよ。 
答えてよ、こなた。 

「そっか。」 

そっか。 
その単語が私の頭に響いたとき、私は壊れた。 

「・・・によ。」 
「かがみ?」 
「・・・何よ・・・何なのよ!?」 
「え・・・?かが・・・うっ!」 

どこにこんな力があったんだろう?こなたを、砂浜に押し倒した。 
力が余って、私もバランスを崩して倒れる。でも、痛みは感じない。こなたがしっかり受けとめてくれたから。 

ホントは、大事に思ってくれてる、おじさんが言ったように、私を想ってくれてる事ぐらい分かってた。 
だから、こうやって私を痛みから守ってくれた。 

だけど、一度壊れたものは簡単には直せなくて、想いが止まらなくて。 


‐‐‐‐ 

「ずっとずっと・・・哀しかった。ずっと、後悔してた・・・だから、あの日、一緒に寝れて幸せだった・・・」 

熱い。あちこちが熱い。肌がピリピリする。 
もちろん、目頭も。 

「こなたには分からない!哀しみが分からないのよ!大好きな人が、目覚めたらいないのよ!?呼んでもいないのよ・・・この哀しみが分かる・・・?」 

また、傷つける。こんな事、望んでいない。こんな事言いたくない。けれど、止まらない。 

「私にはできない・・・待つだけなんてできない・・・何かしたいよ・・・こなたの力になりたいよ・・・」 

こなたの表情は変わらない。ずっと哀しそうな顔をするだけ。 
それがもっと私を哀しくさせる。 

「・・・私はどうすればいいの?・・・どうしたらこなたを幸せにできるの?どうしたら・・・」 
「かがみ。」 

こなたが私の言葉を遮る。まだ哀しい顔をしてる。 

「かがみ。」 

もう一度、私の名を呼ぶ。こなたの温かい手が私の頬を撫でる。ひたすら、優しく。 

「かがみ。」 

こなたの顔が近くなる。15センチ、10センチ、5センチ。 

「こな・・・」 

こなたの名を呼ぼうとしたときには、私とこなたの距離は0だった。 

体に電気が流れたように、体の隅々まで、痺れる。 
私の唇にこなたの唇があった。 
たった3秒ぐらい。それが永遠のように感じる。 

全てが洗われる感覚。哀しみも、苦しみも、切なさも、全て昇華されていく。 
残るのは、幸せ。 

唇が離れる。それでも私の唇には、柔らかく温かい、こなたの感触が離れない。 

「こ、なた?」 

頭まで麻痺している。頭が回らない。でも、1つだけ痺れた頭でも分かることがある。 

「かがみ・・・」 

こなたの顔が紅い。それはいつの間にか沈み始めた夕日のせいじゃない。 

「好きだよ、かがみ。」 

痺れた頭でも分かる事。 
こなたが、私がこなたを想っている以上に、私を想っていてくれた。 
関が壊れた川のように、私の頬に涙が伝った。 


‐‐‐‐ 

・・・本当はね・・・あのまま、かがみの傍にいたかった。でもさ、そしたら私はずっとかがみに甘える毎日を送っちゃう。かがみに迷惑ばかり、かけちゃう。 

・・・うん。 

だから、かがみと肩を並べて、かがみを幸せになれるぐらいまで、強くなりたかったんだ。独りで頑張ってみたいんだ。 

うん。 

・・・本。 

本? 

うん。本を書きたい。高校時代から実はこっそり考えてたんだ。 
最近はお父さんに色々教わったり、お父さんの仕事場でバイトしたり、お世話になって勉強してた。 
で、近いうちにコンクールあるんだ。そこでいい賞をとりたい。皆に認められたい。そうしたら、少しはかがみに近付ける、幸せに近付けるかなって思った。 

・・・うん。それが、こなたのやりたい事? 

うん。入選だったら、かがみに手紙。佳作なら、かがみに電話。銀賞なら、かがみをこっそり見に行こう。ってご褒美まで決めてた。 

金賞は? 

金賞だったら・・・もらった賞金で指輪買って、かがみに逢いに行く。 

・・・コンクールはいつ? 

3か月後。つぎの大きなコンクールは1年後。その次は2年後。 

・・・絶対、金賞とりなさいよ。とらなかったら、許さないんだから。 

・・・うん。 

待ってるから。もし、3ヶ月後がムリでも、1年後、2年後でも。何年後、何十年後でも。 
私も頑張る。こなたがいなくても、泣かないで生きていける。こなたが安心して、本を書けるように。 
信じて待ってる。指輪を持って迎えに来てくれるのを、ずっと待ってる。 

ありがとう、かがみ。 

ねぇ、こなた。 

なんだい、寂しんぼかがみ? 

もう一度、言って? 

・・・また逢える日までおあずけ。 

・・・ケチ。 

かがみ。長かったね。 

うん、でも今は満たされてる。こなた。 

かがみ。 


もう一度、私達は唇を重ねる。言葉にできない想いを、たくさんの優しさを唇に乗せて。私はもう大丈夫。待つことが私の約束。明日には、帰ろう。だから、今だけは夢のように、こなたを感じよう。優しい温度を感じよう。 


‐‐‐‐ 

「もう一泊しても良かったのに。」 
「ううん、もう、大丈夫。」 
「ホントにー?うさちゃんかがみは大丈夫なのかなー?」 
「う、うるさいわよ。そういえば、何でここで原稿書いてるの?」 
「んー・・・ダーツで決めた。」 
「・・・・あんたらしいわね。」 
「私が頼っちゃう場所から離れればどこでも良かったんだよねー。」 
「ったく。」 

太陽が私達に光を当てる。潮風が私達の頬をなでる。さざ波がBGMとなって、私達を包み込む。 

「こなた。」 
「ん?」 
「頑張りなさいよ。」 
「うん。」 

電車がくるまであと3分。私にはかけがえのない大切な時間。今まで生きてきた時間の何億分の一。それでも至福が私に訪れる。 

「かがみ。」 
「ん?」 

これから、こなたを待つ時間は、私の生きてきた時間の何分の一になるか分からない。もしかしたら、何倍になるかもしれない。 

「迎えに行くね。」 
「うん。」 

傷つけ合い、哀しみ合い、泣き合った4ヶ月。それに比べたら、きっと一瞬のように感じられるはずだ。 

「逢えて、嬉しかったよ。」 
「私もよ、こなた。」 

約束の未来の先に、光があると信じて。もし、闇しかなくても、私達なら光にできる、そう信じて。 

「体に気を付けなさいね。」 
「ありがと。」 

電車がホームに着く。これに乗って私は私の場所へ。それでも、私は一人じゃない。遠く離れても、会えない日が続いても、ぬくもりを感じられなくても。 
もう泣かない。 

「またね、こなた。」 
「またね、かがみ。」 

こなたは笑っている。その笑顔は、春雨の日のように哀しい笑顔ではなく。私に力をくれ、安心と心地よさをくれる、こなたらしい笑顔。ありがとう、こなた。またね。 
温かいこなたの手を離して電車に乗ろうとした。その刹那。こなたは、私に永遠をくれた。 


「愛してるよ、かがみ。」 


電車から見える海の景色は昨日の景色とは全く違って見える。空は希望。海は未来。私はこの世界の住人。私の中にはたくさんの絆、約束、そして想い。 
幸せになりたい。幸せにしたい。それだけだったのに、とても遠回りをした。私はこれから歩いていく。約束の未来へ。 
約束の未来で、もう一度、愛してるを謳おう。優しい謳声で幸せを謳おう。 

「こなた・・・私、待ってるよ。」 


Fin 


-[[雨の後の夜空は>http://www13.atwiki.jp/oyatu1/pages/104.html]](アフターストーリー)へ


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- 感動した  -- 名無しさん  (2008-01-14 11:56:32)
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