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第14話:壊れた人形 - (2008/10/01 (水) 22:01:15) のソース
【第14話 壊れた人形】 医者と看護師が駆けつけ、ただちに体温計をとりつける。 ───42度。 こなたは熱湯をかぶったように顔を真っ赤にして、ぐったりとして、視線が合わなくなっている。 医師は瞳孔を確認する。左右の大きさが揃っていないと叫ぶ。 意識がないまま、無菌状態を保つためのビニールテントのついた特殊なストレッチャーに乗せられ、大急ぎで検査室へ。 「脳炎か」 「肺も真っ白だ」 深夜の病院はどよめき、大騒ぎになった。病院中の医者を無制限に集める「ハリーコール」という院内放送が鳴り響く。 緊急施行されたCTスキャンの装置の丸い筒の中で異常な脳波がこなたに痙攣を起こさせる。喉まで差し込んだ酸素チューブが機械にぶつかり、パンパン……と不気味な音を立てつづける。 容態急変を受けてかけつけたかがみ、つかさやそうじろうたち。 そこで見たのは、壊れた空気人形だった。 こなたは喉に穴を開けられ、人工呼吸装置の半透明のパイプがつなげられていた。 装置の蛇腹のポンプがプシュー、プシューという音を立てて動くたびに、機械のように胸を膨らませてはしぼむ。 そこにいるのはもはやこなたではなかった。パイプで連結された人工呼吸装置の一部になっていた。 こなたはもう、ゴム風船の人形だった……。 「すでに瞳孔が開いています。ほぼ脳死状態です」 医師団一同は頭を下げ、暗い顔でためいきをついた。 脳波のグラフは平坦な線が続いていた。 検査画像には、頭蓋骨の中で炎症で腫れて今にも破裂しそうな脳が写っていた。 無菌室では空気中の病原体は殺せても、体内に潜んでいるものまでは殺せない。 そのウイルスが、骨髄で白血球が作られる前で免疫力がゼロなのを見計らい、抗生物質すらかわして、脳に炎症を起こした……。 このウイルスは健康な人でもたいてい持っている非常に弱いウイルスで、赤ちゃんの頃の授乳のときに母親から感染すると医者は説明した。 こなたの目は開いたままだった。澄んだ水のような紫の瞳に、かがみの顔が映っていた。 だが、もうその瞳は、かがみの存在を認識することはない。 たくさんの思い出も、ヲタな話題も、コミケも、つかさに隠れてキスをしたことも、宿題を見せてくれと頼んだことも、アニメイトで特典に喜んだことも ……そして病気になったことも、こなたの脳細胞から消え去ろうとしている。 泣いているつかさを抱きしめながら (……どうしても、連れて行くつもりね) かがみは天井の虚空を見つめて、心の中でつぶやいた。 翌日、滅多に出ない無菌室への入室許可が出た。 マスクとガウンをかぶり、面会者一人ずつ順番に入って、少しだけなら直接こなたに触れてもいいらしい。 そしてそれは、それほど時間が迫っているということを示していた。 かがみの番がきた。 かがみはゆっくりと静かに無菌室へ入る。ベッドの傍らに用意された椅子に座った。 「ねえ、こなた」 かがみはシーツ越しにこなたの体に手を当て、呼びかける。シーツは前に入ったそうじろうやゆい姉さんたちの涙でグッショリぬれている。 プシューッ、という人工呼吸装置の呼吸音が返事のように返ってきた。 「私達が、最初に出会った頃のこと覚えてる?」 ……プシューッ 「たしか、つかさの紹介だったわよね」かがみは懐かしそうな目になる。 ……プシューッ 「外人さんを不審者って……まったくどんな奴かと思ってた」 ……プシューッ 「私と出会う前のあんたって、本当は、どんなんだったの?ねえ、きっと、私がまだ知らないことががたくさんあったんだろうね」 ……プシューッ 「ねえ、神様は私に、あんたの18年のうちの最後のほうを少しだけくれたんだね」 ……プシューッ 「あんたのお母さんには最初のほうをくれたんだね。ね。これからの時間は、またお母さんのものみたいね」 ……プシューッ 「これから先は、また私が知らない時間になるのね。同じ運命になるって言ったけど、どうやらそれはちょっと思い違いみたいね」 ……プシューッ 「ね。こなた。無菌室へ入る前の約束をしていい? 今は、まだ、私にくれた時間だからいいよね?」 ……プシューッ こなたは気管に直接人工呼吸装置の管を繋がれており、顔の上には何もなかった。 騒がしい胸元にくらべ、唇は静寂の中にあった。 かがみは立ち上がり、天井の虚空を見あげた。 そしてこなたの顔の上に覆いかぶさり、────約束を果たした。 「脳の腫れが取れてきている……っ!」 医師団は検査画像を見て再び驚いていた。 「脳波も反射も正常に戻りつつある。まったく、研究段階の治療はなにが起こるかわからんなあ……いったいなんの薬剤が功を奏したのやら……」 院内はその話題で持ちきりだった。 無菌室の面会用廊下でつかさも驚いていた。「すごいね……お医者さんって。わたし絶対なる!」 またかがみと抱き合って涙を流していた。今度はうれし涙だった。 「私、絶対、琉球大学医学部に入るよ!」 「絶対に現役で入りなさいよ! さ、家へ帰って今日から毎日徹夜で頑張りなさい。現役生は最後まで伸びるって言うじゃない」 「私絶対イリオモテヤマネコと一緒に人体解剖するよ!」 かがみがこなたと口づけを交わした、そのとき。 神社の奥から探し出した最強の除霊札を小さくたたんだものを口移しでこっそり与えたのだ。 無菌室の片隅にいるはずのかなたに見られないように……。 まるで全部あきらめて、あたかも最後の別れをしているようなセリフをのたまいながら……。 かがみは勝ったと、久しぶりに笑顔になった。 そして同時に嬉しい結果がやってきた。 血液検査の結果、こなたはかがみと同じB型になったそうだ。 「さらに、白血球の数がゼロから500になりました。非常にゆっくりですが、新しい骨髄が働き始めているようです」と医者。 苦しかった日々の成果が見え始めた。 「おお、こなたが、こなたの目が開いた!!うわああああ!!あああああ」 そうじろうは狂ったように叫んだ。 廊下でオイオイ泣いているそうじろうの声を尻目にかがみは無菌室内への専用電話の受話器を上げ、コールを鳴らす。 こなたは仰向けのままゆっくりと手だけ動かして、無表情のまま枕もとの受話器を取って耳に当てる。 「……」 「こーなーた、起きなさい」 かがみは微笑みながら、トントンと窓を叩く。 「……」 「こーなーた、ほら、コミケの開場時間よ」 フフ、ともう一回窓を突っついた。 「……」 こなたはかがみの方にちらりと目を向けた。 「ほら、欲しがってた特典よー」 かがみはアニメイト大宮店で買ってきたクリアファイルの束をブルブル振って見せた。 「ところで、こなた、来期のアニメ何見るの?」 「……誰?」 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3)