「昨日も言うたけど、今日の晩ご飯いらんけぇ………そう、のっちの家で食べるんよ…うん、かしゆかも一緒」
私はクローゼットの前で仁王立ちになり、今日着ていくワンピースを選びながら携帯で電話をしている。
逆か。電話をしながら選んでいる。いや、どちらでも変わらないか。
「うん、うん。いつ帰ってくるん?………ふーん、わかったぁ……え?」
電話の相手は先に出掛けた母親。今日は久しぶりに家族の中で私が一番遅く家を出る日で、そして私が珍しく朝寝坊をして話をする時間がなかったので、その埋め合わせ中。
話しながら考えているせいか、なかなか服が決まらない。参考までに天気をチェックしようと、後ろの窓へ振り返った。
「いんや、今日は泊まらんつも……あっは、そうじゃね、どうなるかはわからんね」
窓までは距離があるが、レースのカーテン越しにも空が青いとわかった。しかも部屋に入る光が鋭くて、見るからに肌も体の中も焼かれそうな天気。
その印象をインプットしてからクローゼットに向き直る途中で、テーブルの上に置かれた砂時計が目に留まった。
3週間くらい前に、のっちとかしゆかと私の3人で色違いのお揃いの砂時計を買った。私は大抵、部屋の中央にあるローテーブルの上にそれを置いている。
ガラスの底に平らに積もる砂の色は、白。
「ん?…わからん、のっちに任せたんよ………うん、わかっとるって。せっかく明日から休みなのに夏風邪はひきたくないわ」
慣れた流れの会話をしつつ、白い砂をぼんやりと見つめる。今日は暑そうだ。
私はテーブルまで移動し、床にぺたりと座った。砂時計から目を離さずに、テーブルに肘をつく。
「じゃあ帰る時メールするけぇ……うん、お母さんもね。んじゃね」
通話を終えた携帯を脇に置いて、両腕を組んでテーブルにもたれた。
今月に入ってからだと思うが、のっちとかしゆかが変だ。妙、というか。いや、どちらでも変わらないか。
のっちは、ぼんやりすることが増えた。以前から人一倍多かったけれど、軽く人二倍くらいになった。
特に、2人でいる時に多い。まあ、3人でいるとなんだかんだで話に花が咲くから、ぼんやりする暇があるのは2人の時くらいしかないのかもしれない。
動かない砂がつまらなくなって、私は時計を逆さにした。白い砂が、意識しないと見えないくらいの粒の列を作って落ちていく。
かしゆかは、多分、変。のっちとは違って、変だという確信はない。かしゆかは難しいから。
しかし、どことなく表情が不安定な気がする。かしゆかが周囲に合わせて色を変える、その瞬間がいつもよりわかりやすいような。
砂粒の列は見えづらいけれど、どんどん底に積もるので、砂は途切れずにちゃんと落ちているみたいだ。
2人とも、仕事をする時は今までと全然変わらない。むしろ今年の夏は大好きなフェスにたくさん出られるとあって、意気込みが半端じゃない。
だからと言って、このまま休暇に突入するのは駄目。私の第六感がそう言っている。だから今夜、私は2人を強引に誘った。
まったく。のっちもかしゆかも、本当に、世話が焼ける。
…なんて。周りからは、私がこういう立場だと見られているのはわかっている。
でも、違う。私が頑張って2人を引き上げていると思ったら、大間違いだ。そう思っている人たちには全員、反省していただきたい。
となると、のっちとかしゆかも反省しなければならない。2人は私を過大評価し、自分らを過小評価している。
積もっている真っ白い砂は、いつか写真で見た、どこかの島の砂浜を彷彿とさせる。
白という色は、他の色がないと白だとわからない。白一色では、当然のようにただの背景になるだけで、誰も白そのものには目を向けてくれないから。
綺麗な白い砂浜だって、海や樹があって初めて際立ち、存在意義が生まれる。白だけでは、寂しい。
私は砂が落ちきるのを待たずに立ち上がった。早く着替えてご飯を食べないと。
鼻歌を歌いながらクローゼットへ行き、迷いなく白地のワンピースを選んだ。
午後から始まった仕事は、打ち合わせに続く打ち合わせだった。テレビ番組、イベント、それからお盆休み明けの予定について、等々。
座って聞いて考えて話して、お菓子食べて。別の人の前でまた座って聞いて考えて話して、お菓子食べて。のサイクルの繰り返し。
いくつかのサイクルを終え、私たち3人は今、車でのっちの家へ向かっている。
車の中はクーラーが効いているのに、助手席に座る私にはフロントガラスを突き抜けて夕日が当たり、少し暑い。
白い服は日光を跳ね返すというから、黒っぽい色の服を着ている後部座席の2人よりはマシかも。
私は夕日から目を逸らし、ビルよりマンションが増えてきた街並を眺めた。静かに一度だけ、深呼吸をする。
人から見られていることを意識する歌やダンスとは全く異なる緊張が、打ち合わせにはある。
“今”のことを考えるだけでは足りず、“先”、そして “その先” まで考え、加えてスタッフやファン、ファンではない人たちも考えに含めなければならない。
歌やダンスで見渡す範囲が “今” を形作る平面だとすれば、打ち合わせはその平面が大きくなり、連続して “先” を形作った立体を見渡すことに近い。
しょっちゅう頭がパンクしそうになるが、こうして前向きに悩むのは楽しいし、悩んだ後の疲労感さえも気持ちいい。
「直接家に行っていいの?どっか寄るとかは?」
疲労の波をふわふわ漂っていたら、隣で運転するマネージャーに聞かれて現実に戻された。
「あ、どうしよ。のっち、なんか買っといてくれた?」
体を半分捻って振り向くと、のっちは窓に頭をもたれて外を見ていた。
問いに対する応答が遅れたから、またのっちがぼーっとしていたのだと気づかされる。一丁前に遠い目をして。
「…うん。昨日あ〜ちゃんからメール来た後、ちゃんと買い出し行ったよ」
私と言葉を交わした途端に、可笑しいこともないのに満面の笑みが広がったのっちを見て、私は大袈裟ではなく安心した。
「えーらい!ありがとぉ!…で?何買ってきたん?」
「えっへへ〜。そうめん買っちゃったっ!」「は?」「……え?」
ぐっと親指を立てて言い放ったのっちに、私の心は安心を通り越して脱力した。普段通り携帯を弄っていたかしゆかも2秒遅れて反応する程、意外な事態。
大体、のっちが得意気な顔でそうめんと言う意味がわからん。私はつい再確認してしまった。
「そ、そうめんって言った?」「うん。安売りしてたし、夏バテにはもってこーい!」「女の子3人が集まってそうめんて…」
「ウケる…いやごめん逆にウケないわ」「えーっ、そうめん美味しいじゃん!」「や、そういう問題じゃなくてさ」
「ごめんかしゆか、のっちに任せたあ〜ちゃんが悪かった」「なんで!?なんで駄目なの??」「ううん、何も言わんかったゆかが悪いんよ」
冷静になれば正直、そうめんでも何でも構わないのだが、何と言うかこう、盛り上がりに欠けるだろう。…ビジュアル的に。
そういった配慮とも言えないくらいの微妙なことを、のっちに求めたのは私のミス。
けれど任せた本当の目的は、のっちのぼんやり時間を短縮させることにあったので、完全なるミスではないのかもしれない。
私が何も言わなくても、目の前でのっちとかしゆかが舌戦ごっこを始めた。車内が一気に賑やかになる。
のっちが何故ぼーっとしているのか、何に悩んでいるのか、そもそも悩んでいるのか疲れているだけなのかも、わからない。
ただわかるのは、考えすぎるのは百害あって一利無し、ということ。
ポジティブな考えすぎならまだしも、のっちを観察するに、そうとも思えなかった。
この歳になって、まして同年代と比べて膨大な経験をしている私たちが、考えたり悩んだりすることに慣れていない訳はない。のっちとて例外ではない。
けれど、勝手な思い込みかもしれないけれど、揺るがない芯を持つのっちは下手に理性を使うよりも、感情や感覚を優先させた方がいいと思う。
だからもし、のっちのぼんやりが悩みから生まれているのなら、今と、これからの数時間の内にたくさん笑わせて、それを吹き飛ばしてあげたかった。
「こんの、馬鹿ちんがっ!」「ば…ひどいよあ〜ちゃん!絶対美味しく食べるくせに」
「食べますが、何か?」「もおー!……ぷ、あっははっ」
そうそう。その調子で、もっと笑って? のっち。
私たちはあ〜ちゃんの提案で、そうめんのつゆや具を豪華にするためにスーパーへ寄ってから、私の家へ行った。
車で急上昇した3人のテンションは、車を降りて買い物をする間も、スーパーから私の家まで歩く間も、ずっと持続した。久しぶりにお腹がよじれる程笑って、腹筋が痛い。
私とかしゆかが冷蔵庫の前に袋を置いている隙に、あ〜ちゃんが私のエプロンをちゃっかり身につけていた。
「あれ?何やってんの?」「あ〜ちゃんがガッと作ろうとしてんの」「んじゃあ、ゆかたちは何すればいいん?」
「そうめん茹でるよ」「あーもー余計なことせんでいいから、2人はそこら辺でなんか…適当に笑ってて」「適当にって、なんなん??」
それ以上言っても聞いてくれなさそうなので、私はあ〜ちゃんの好きにしてもらうことにした。あ〜ちゃんが作った方が間違いなく美味しいし。
このままキッチンに突っ立っているのも馬鹿みたいなので、楽なジャージにでも着替えようか。
私はあ〜ちゃんと三往復くらい会話して笑ってから、寝室へ向かった。笑い疲れたお腹をさすりながら。
すると私よりも先に、かしゆかがいた。両手を後ろで繋ぎ、ぶらぶら部屋を探検していたらしい。全く気がつかなかった。
「あ、のっち着替える?」
「…いや、別に」
かしゆかが離れる素振りを見せたから、私は咄嗟に予定を覆した。
一緒にいるのに、あ〜ちゃんと違って会話は続かず、笑いもせず、10秒経っても私たちは寝室に立っているだけ。
私は目だけ動かして、俯きがちのかしゆかの横顔を見た。手を伸ばしても届かない位置にいるのが、もどかしい。
見慣れたあの、感情が曖昧な横顔は、綺麗な、大人の、女性の顔。こんな顔をするようになったのは、いつから?
私たちが3人とも大学に入って、それぞれが新しい環境、新しい人間関係を持つことで、高校まで重なっていた3人の私生活に距離ができた。
その、距離が開いた私生活の時間に2人は、もちろん私も、お互いが知らない内に色々な経験や葛藤をして、視野が広がって、成長しているのだろう。
それは時間が流れている限りは、仕方がないこと。と同時に、とても喜ばしいこと。
なのになんだか、かしゆかを見ていると、悔しい。かしゆかは守りが固くて、内面を見せてくれないから。大人に近づいたらもっと固くなった。
だったら、あ〜ちゃんみたいにたくさん話せばいい。話して笑い合えば距離は縮む。仕事はいつも3人でするんだし。
でもそれでは、それだけでは、物足りない。
沈黙に耐えられなくなったのか、かしゆかが寝室から出ていきそうになったので、私は唐突に話しかけた。
「かしゆかってさ、なんか、前髪切って雰囲気変わったよね」
翻した体を途中で止めて、かしゆかは部屋の中で視線を泳がせた。引き止めるのに、成功したようだ。
「…は? もう、今更何言ってんの」「うーん、なんていうか…大人っぽくなった」
「そう? ま、だってもうすぐ大人だもーん」
笑ってそう返したかしゆかと目が合った瞬間を捕らえて、私が笑わずにじっと見つめたら、かしゆかの瞳が揺れた。
瞳の揺れと、幼い笑顔が消える寸前で半端に残った顔が、私の心臓を容赦なく震わせる。
私が知っている子供の部分と、知らない大人の部分を混ぜたようなその顔が、もっと見たい。
私だけにもっと、見せてほしい。
近づいて、私の膜が破れるくらい強く掴んだら、見られるのだろうか?
はっきりと目を逸らしたかしゆかが、体の向きも逸らしてベッドのヘッドボードにある砂時計を見た。
顔が見えなくなって残念に思ったが、今以上に私から離れられはしなかったので、軽くほっとする。
「…砂時計、ここに置いてるんだ。のっちは何に使ってるの?」「あぁ……んー?
考え事したり、とかかな」
「うっそ、10分間も保つん?」「保つよぉ。失礼だなぁ」
「でもさ、ほら、10分経ったら何考えとったか忘れるんじゃろ」「わーすーれーなーいぃ!」
よかった。どうにか普段に戻すことができた。
のっちが普通に言い返してくれて、笑ってくれて、文字通り私は胸をなで下ろした。さっきから腋の下が湿って、気持ち悪い。
それを忘れるために普段よりしつこく絡んだら、のっちがほんの僅かにいじけた声を出した。
「もう、かしゆかん中の私って、キャラひどくない?」
「あはは、ひどいかも。だってのっちって、何考えとるかわかんないんだもん」
振り返ってそう言い終えた直後、のっちのいじけ顔が、見たことのないものにすり替わった。
…いや、見たことがある。ライブ直前の、ひどく真剣な顔。
私は自分が空気をおかしくしてしまったことに感づき、のっちの口が開くのを見て、完全に遅れを取ったと悟った。
「……わかんないのは、かしゆかの方だよ」
またのっちに視線を捕らえられ、しかもゆっくりと近づかれ、体の距離を縮められているのに、私は動けない。
のっち、お願いだから、来ないで。私の体、お願いだから、動いて。
止まった黒いTシャツから出た白い腕が伸びてきて、のっちの右手の甲が私の前髪を撫でた。
それまで言うことを聞かなかった体が、撫でられたと同時に揺れた。その拍子に、私の心臓は頭の中にあったのかと疑う程、耳元で血管が脈打った。
近い。体も、瞳も、近い。近すぎる。
のっちの大きくて透き通った瞳が、底が知れない瞳が、私の中に入ってこようとする。
私が皮膚の磁力で反発しているのに入ってきて、心の奥に隠れている核心を取り出して私に見せつけようとする。
それが嫌で思わず叫んでしまいそうになった時、のっちの視線が少し下がった。どこを見られているのかわからない。
私は自由になった目をすぐにのっちの顔から剥がして、砂時計へ移動させた。のっちの手はまだ、前髪を撫でている。
砂時計の底で丘を作っているのは、黒い砂。当然のように動かない黒い砂が、怖い。
怖いから、想像の中で私は砂時計を引っくり返した。引っくり返して、考えないと。いつもみたいに。
考えるって、何を? ついさっき、核心を見るのを嫌がったばかりなのに。
のっちの手が私の頬に触れて、咄嗟に瞼をぎゅっと閉じたら、あ〜ちゃんの声が耳に飛び込んできた。
「のっちかかしゆか、どっちでもええから手ぇ貸して〜!」
「…はぁい!のっち行きまーすっ」
そう言っていとも簡単にのっちが離れたので瞼を開くと、寝室には私1人になっていた。のっちはキッチンに行ったらしい。
いつの間にか潜めていた息を、思い切り吐き出す。未だに耳元の血管が騒がしい。
頬に冷たい感触がして、無意識に自分が指でなぞっていることに気づいた。触れられていた部分を。
なぞったせいで、余計なことにも気づいた。
のっちが離れて、安堵していて、でも落胆していることに。
落胆って、何? 落胆するのなら、何かを期待しているの?
私は急いでベッドまで行き、砂時計を想像ではなく実際に引っくり返した。その場にしゃがんで、落ちる砂に目を凝らす。
期待って、何? もしかして私の核心は、
…嫌だ。馬鹿みたい。変に意識しちゃって。もう何年一緒にいると思ってるの。小学生の頃からずっと一緒なんだから。だから、今更何か変わることはない。
積もる砂が黒いために、底に近いガラスに自分の顔が歪んで映った。
そうだ。のっちのあの瞳は、昔から変わっていない。透明で、真っ直ぐで、素直で、深い。
あと一ヶ月ちょっとで大人になるのに、大学や仕事で出会う大人たちとは比べ物にならないくらい、綺麗。最近よくそう思う。
……最近って、いつから?
「かしゆかぁ、そうめんできたよ〜!…あ、のっち、お箸持ってきて」
私が氷水でキンキンに冷やしたそうめんをリビングのテーブルへ持っていくと、のっちの寝室でしゃがみ込んでいるかしゆかを発見した。
一瞬何事かと思ったが、振り向いた表情は普通だったので、気に留めるのを止めておく。
「ぅひゃあ!めっちゃすごいっ、めっちゃ豪華っ、めっちゃ美味しそぉー!!」
立ち上がってすぐにテーブルの上が見えたのか、甲高いのに決して耳障りではない声で、かしゆかがはしゃいだ。
そうめんのつゆは、通常のタイプと、それに練りごまを混ぜたごまだれつゆ、豆板醤を混ぜたピリ辛つゆの3種類。
そうめんの具は、ネギ、生姜、みょうが、長芋、納豆、オクラ、炒り卵、茹でた豚肉の8種類。
のっちが箸を持ってきたことを確認して、3人でテーブルを囲んで座った。お茶とジュースも手元に揃って、完璧。
「では〜?……いっただっきまーす!」「「まーす!」」
自分で言い出したくせに、私はわざと食べるのを遅らせて、何食わぬ顔で2人のリアクションを待った。つもりが、勝手にニヤけてくる。
まずは、かしゆか。
「ん!?…ふぁ〜超美味しいぃぃ。これやばい……ありがとう、あ〜ちゃん」
まさかお礼を言われるとは思っていなかったので、というより、小悪魔かしゆかの破壊力たっぷりな笑みで言われたので、私は不覚にもドキリとしてしまった。
相変わらず、やりよる。しかし誤摩化されてはいけない。かしゆかは難しいから。
次は、のっち。
「んお!?何これ……ふんげー、ふんごぃ…おいひ」「しゃべるか食べるかどっちかにしんさい!」
私はつい注意してしまった。のっちは何故こうも、そういうツボを突いてくるのか。
けれどのっちが笑っているから、良しとする。かしゆかも笑っているから尚更良しとして、私も好きな具と共にそうめんを食べた。
「んわ!?ほんっまに美味いわ……これ最高っ!」
「ほら〜。だから言ったじゃん、そうめん美味しいって」
だから、のっちが得意気な顔でそう言う意味がわからん。私は口の中がいっぱいな自分の代わりに突っ込んでほしくて、かしゆかにそれを求めた。
求めて隣へ目を向けたら、かしゆかの色の変化がスローモーションで見えた、気がした。
「…なんであんたが偉そうに言うん!?あ〜ちゃんのお蔭でこんなに美味しくなったんよ?」
「え〜でも、そうめん買ってきたのは私だもんっ」
車内の時と同じように、目の前でのっちとかしゆかが舌戦ごっこを始める。あっという間にいつものテンションになった。
そのテンションに遅れて混ざりながら、私の中では“多分” が “恐らく”になって、確信にほんの少し近づいた。かしゆかも、恐らく、変。
かしゆかが何に悩んでいるのか、何があったのかはわからない。まだ確信そのものではないので、疲れているだけなのかもしれない。
それに、かしゆかはたとえ何かを抱え込んでいたとしても、なかなか曝け出してはくれない。
たまに見せてくれるけれど、大抵はほぼ自分の中で決着がつきかけていることが多く、逆に言えば1人で処理できる強さが、かしゆかにはある。
ただ大切なのは、かしゆかの場合は無理に聞き出そうとせずに、手を広げて受け止める準備をしてみせること。
だからもし、かしゆかが疲れではなく悩んでいるのなら、今と、これからの数時間の内にたくさん笑わせて、居場所を示してあげたかった。
「かしゆかに喜んでもらえて、頑張って作った甲斐があったわ」「ん〜嬉しいよ〜。あ〜ちゃん大好きっ」
「えへへ、知ってる」「っもぉ〜、あ〜ちゃんったら!」
そうそう。その調子で、もっと笑って? かしゆか。
結局私たちはこの夜、日付が変わるまで騒いだ挙げ句、私とかしゆかは親に車で迎えに来てもらった。のっちもかしゆかも翌日から予定が入っているので、泊まりはしない。
帰りの車に揺られながら、私は一番好きな種類の疲労の波を漂った。
今日は本当によくしゃべって、よく笑った。3人ともネジが外れてしまったみたいだった。おかげで、帰ったら即行で眠れるはず。
歌やダンスや打ち合わせから離れたプライベートでの3人にとっては、“今” を形作る平面が問題。
そしてその中で最も大事なのは、3人で楽しく一緒にいること。
単に言い争いを避けるのとは違う。しばらく喧嘩はしていないけれど、必要ならいつだってしてもいいと思う。
ただ根底では、安心していられること。笑っても泣いても喧嘩しても、安心して3人でいられることが、大事。
のっちもかしゆかも、今夜をきっかけにして元通りになればいいな。
大丈夫。2人なら、大丈夫。
私は早くも、一週間後のお盆休み明けが楽しみになっていた。
————to be continued————
最終更新:2009年04月09日 23:14