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A-side


夜中にトイレに行きたくて目が覚めた。辺りはすっかり静まり返っていて、虫の声しか聞こえない。静かに部屋を出てトイレに向かうと、リビングに小さな灯が。不思議に思って近付くとテレビの電源が入っているみたいだった。


「…のっち……?」


よく見ると、ソファに寄り掛かっているおにぎりの影。もっと近付いてみると、ゲームのコントローラーを握ったままスヤスヤと寝息を立てていた。
全く、最近ゲームしてないなと思ったらあ〜ちゃん達が寝静まってからしていたのか。ほんまにこの子のゲーム好きには困ったもんじゃ。昔から何も変わらない。
あ〜ちゃんはのっちの肩をそっと揺らした。小さく唸って、のっちの綺麗な寝顔がピクッと動いた。


「のっち、こんな所で寝てたら風邪引くよ」
「ぅ…ん……」
「ちゃんと自分のベッドで寝んとダメよ」
「…うぅ…」


眉間に皺を寄せると、のっちは目を擦りながらゆっくりと体を起こした。あ〜ちゃんの顔を細い目で見つめて、「ごめん…寝ちゃってた」と低い声でまた唸った。


「電源切るよ?」
「待って…セーブ……」
「もう、」


あ〜ちゃんの大きなため息に、ごめんとまた謝ったのっちは頭を掻きながら慣れた手つきでセーブをして電源を切る。真っ暗になる室内は、独特の機械音を失った。


「今やってるゲームは何なん?」
「…超ツンデレーション4…」
「何それ」
「…ツン研の今月の取組み……来週までにヒロインのアヤちゃんを攻略してレポート出さないと……」
「あー…」


そう言えば訳の分からん同好会に入っていたような。ツンデレ研究会だっけ同好会だっけ?なんか良く分かんないけどめちゃくちゃつまらなそうなヤツ。


「のっち、歯磨いた?コンタクト取った?」
「ぅん…らいじょうぶらよ」


相当眠いみたいで声が甘い。足もフラフラしていて、部屋までちゃんと行けるのか危なっかしくて見てられない。


「あぁ…、アヤちゃん…攻略難じゃわ……何考えとるんかサッパリ分からん…」
「ふーん…」
「…でものっちに気があるはずなんよ……他の女の子と食堂でカツカレー食べてただけでヤキモチ焼くし…、可愛いよね…」
「……」


なんか名前と良い、本当にゲームの登場人物なのかな?と小さな疑問が。もしかしたら…って、違うよね、考え過ぎか。



のっちは眠そうだけどニヤニヤしながらドアを開けて部屋に入っていった。あ、忘れてた、あ〜ちゃんトイレに起きたんだった。これでなんとかのっちは大丈夫だし、トイレトイレっと。


「…あ、あ〜ちゃん」
「うん?」


呼び止められて足を止め、階段の上ののっちを見上げる。暗闇の中で微かに見えるのっちの横顔があの日と重なる。
あの日、三日月が綺麗だったあの夜。今もまだ鮮明に覚えているよ、忘れられる訳がない、高二の春の夜のあの出来事。
あれから少し背が伸びたね。髪も少し伸びた。だけど変わらない事の方が多すぎて、まだあ〜ちゃんもあの時のまま変われないでいるんだよ。


「…君の瞳に吸い込まれそうだよ、と、キスしたくなる唇だね、のどっちが言われて嬉しい……?」
「は?」
「良いから、教えて…」
「うーん…唇?」
「唇かぁ…分かった」


じゃ、おやすみ、と呟いて小さく微笑むと、のっちは部屋の中に消えていった。なんなんじゃろ、変なのっち。眠そうな顔ののっちは妙に色っぽくて可愛いから困る。ちょっとドキドキしてしまった自分が憎い。

あーもう、早くトイレ行って寝よ。







K-side


朝、リビングで白ご飯をムシャムシャ食べながらニュースを見ていると、眠そうに目を擦るのっちが遅れてやってきた。


「おふぁよ、ゆかひゃん」
「おはよ〜」
「あれ?あ〜ちゃんは…?」
「なんか早めに行くってさっき出てったよ」
「ふーん…」


そう言ってのっちはゆかの向かいの席に着席した。頂きますをしてあ〜ちゃんが用意しておいてくれたご飯を美味しそうに食べていく。


「ねぇねぇ、のっち昨日あやちゃんと何かあったの?」
「ふあ?なんで?」
「いや、別にちょっと様子がおかしかった気がして」
「……昨日、友達に連れられてメイド喫茶に行ったんよ」
「えマジで?昨日ソッコー帰ってなかった?てかのっち友達いたの?」
「そしたらね、あやちゃんがそこでメイドのバイトをしてたの、だけどその事は秘密だったから口止めされたのね?」
「うっそ!あやちゃんメイド喫茶でバイトしてたの!?初耳!」
「店の裏に連れてかれて、アンタなんでいるのよって怒られちゃったんだけど…実はあやちゃんは小さい頃に両親を亡くしてて、幼い妹達の面倒を見ながらバイトして……うぅ」


なんと、のっちは泣き出した。



突然の事に驚いたゆかは、目をぱちくり。ちょっと待って、あ〜ちゃんの両親、別に死んでなくない?それにバイトなんて絶対してないはずだし。この人何を言ってんの?人の親を勝手に殺すな。


「妹想いな良い子なんだよ…おじさん感激しちゃってさぁ!泣いちゃったよもう!でもやっぱ素直じゃないからアンタには関係無いから良いの、とか言って相談も何もしないで…うぅぅ」
「……」
「そこでのっちがあんまり無理すんなよ、って言ったら一気にツンデレーションポイントがズギューン!と上がって、ボーナスイベント突入でラブラブオムライスを…」
「ちょっと待ってのっち、アンタさっきから何の話してんの?」
「え?超ツンデレーション4の西園寺アヤちゃんの話じゃないの?」
「誰だよ」


良い加減にしろこのオタクが。ついに恋愛シュミレーションにも手を出しよったか。ビックリするわ。名前もまた紛らわしいし。


「ゆかは西脇のあ〜ちゃんの話をしてるの!」
「あぁ、なんだあ〜ちゃんか、もっと早く言ってよ」
「こっちのセリフじゃ」


のっちはお味噌汁を啜る。あー美味しいと言いながらワカメをもしゃもしゃ。ホント、マイペース。


ゆかは二人が昔何があったか知っている。高校生の時、二人は色々あった。本当に色々。簡単には話せないくらい、それは二人にとって大きな出来事で。


「別に何もないよ?のっちがゲームつけたまま寝ちゃってたのを起こしてくれたくらいで」
「そう」
「あ〜ちゃん優しいなぁ…あ、ありがとうまだ言ってないや」
「ちゃんと言いんさいよ?」
「うん言うよ」


当たり前じゃん、と言ってのっちは笑う。のっちは変わった。よく笑うようになった。前よりもっと素直になった。ヘタレな所は…前と変わらないけど。
のっちは最後にコーヒーを飲むと、立ち上がってお皿達をキッチンに運んだ。ゆかもそれに続く。お皿を洗い始めたのっちにそれを差し出すと、「また野菜残した」と言って肘で腕を小突かれた。


「あ〜ちゃんの手作りドレッシングかけたら美味しいから、食べなよ」
「うーん…」
「それでも嫌なん?」
「…」
「じゃあ、このプチトマトだけで許してあげるけぇ、あーん」


指で摘んで差し出されたプチトマト。強く目を瞑って口を開けると、そこにそっと放られた。口の中に真ん丸でツルツルな感触。



ゆっくり目を開けると、のっちがやらしい目をしてニヤニヤしていた。トマトを右の頬に詰め込んで何、と尋ねると鼻で笑ってスポンジに泡を立てた。


「ほら、早く噛んで」
「…酸っぱい?」
「ううん、酸っぱくないよ、ほら早く」


心の中で3、2、1とゆっくりカウントをして、トマトを奥歯でギュッと噛んだ。勢い良く飛び出してくる中のよく分からない液体と種。口の中がトマトの風味でいっぱいだ。


「酸っぱくないでしょ?」
「うん、甘い」
「甘くて美味しいでしょ」
「…うん」


のっちが得意気な顔をする物だからなんだか腹立たしい。これじゃまるでゆかが子供でのっちがママみたいだ。絶対、嫌じゃ、こんなママ。ママはあ〜ちゃんが良い。あ〜ちゃんに育てられたなら良い子に育つ気がするもん。


「はは、食べれたじゃん」
「うん、なんとかね」
「あーんした時、キス顔みたいで可愛かったよ〜」
「変っ態っ」


思いっきり足を踏み付けてやると、のっちは短い悲鳴をあげた。ゆかはそのまま駆け足で洗面所に向かった。反撃される前に。
だけどすぐに「ゆかちゃんのお皿洗ってあげないから〜!」とケロケロ声が聞こえてきたから、すぐにごめんと謝っておこう。


「あ〜ちゃんにはあんな事、死んでも言わないくせに」




洗面台に並んだ三つのカップと歯ブラシ。ピンク色のカップには、まだ微かに水滴が残っていた。



◇2:終◇








最終更新:2009年05月23日 17:54