A-side
昨夜の事は、昨夜の感情は、無かった事にしよう。あの頃みたいに、あ〜ちゃんだって子供じゃないんだから。
そう自分の心に言い聞かせると、自然と視界がぼやけてビックリ。零さない様に太陽を見上げると、大きな羽根を持った鳥がくるくると青空を旋回していた。
泣いちゃいけない。絶対に泣かないって決めたんだから。こうなる事はあの頃から分かっていたんだから。
「はぁ…、学校いこ」
もう完全に桜は散っている。春はあんまし、好きじゃない。
N-side
夜、
「うおっしゃあああああキタああああああああ!!!!」
うるさい!とゆかちゃんに頭を叩かれて、舌を噛んでまたもや絶叫。痛い…うぅ…。ちょっとテンション上がっちゃっただけなのにさぁ。
「もう9時よ?近所迷惑じゃけ静かにしんさい」
「クリアしたよ!アヤちゃん攻略だよツンデレーションポイントマックスで初デートで初チューだよ!アヤちゃん愛してるー!!」
「うるっさいなぁ」
「やっぱあの選択肢は唇だったんだね、やっぱり
ツンデレの事はツンデレ娘に聞くに限るわ」
あ〜ちゃんに言われた通りにして良かった。よっしゃこれでレポートが書ける。今回の西園寺アヤちゃんは今までで一番難しかったけど、やっぱりこーゆー難しい子程やりがいがあるよね。
「それより、あ〜ちゃん遅くない?」
「本当だ…珍しいね」
「今日って友達と遊びにいくって言ってたよね、それでもいつも大抵9時には帰ってくるのに」
その時、ゆかちゃんの携帯がなった。メールみたい。
「あ、あ〜ちゃんからだ」
「なんて?」
「今から帰るってさ」
「そっか、ならのっち先にお風呂入っちゃうね」
「うん」
ゲームの電源を切り、立ち上がってお風呂場に向かった。あ〜ちゃんが帰ってきたら、昨日のお礼をちゃんと言わなきゃ。あと、クリア出来たお礼もね。
お風呂はいつもより熱かった。のっち間違えて少し高い温度を設定しちゃったかも。
あ〜ちゃんが買ってきたアヒルのおもちゃを浴槽に浮かべ、のっちが実家から持ってきた水鉄砲でそれを打つ。
「うりゃ、くらえっ」
くちばしに当たると、アヒルはくるくると回った。あ〜ちゃんが帰ってきたら、笑顔でお出迎えしなきゃ。ちゃんと出来るかな。昨夜のあ〜ちゃんが胸を締め付けるんだもん。
はぁ、もうのぼせてきちゃった。
K-side
のっちがお風呂に入ったのを確認すると、ゆかは携帯と鍵だけをポケットに突っ込んで家を出た。
数分歩いた先にある河川敷。僅かな灯りに照らされている背中は、すぐ側に立つ電灯みたいに今にも消えてしまいそうでなんだか胸が苦しくなる。
「あやちゃん、」
「……」
声を掛けるとビクッと小さく震えた。風が強く吹いて、髪が舞い上がる。この季節の夜風はまだ冷たい。
「帰ろ、風邪引くよ」
「…うん」
「おいで、あやちゃん」
頷いて聞こえた声も消えてしまいそうだった。ゆっくり立ち上がって振り返るまでの間がやけにスローで、なんだか弱々しくて。風に飛ばされてしまわないように、駆け寄ってその手を強く握った。
「帰るよ」
大丈夫、全部分かってるつもりだから。何も言わなくたってゆかには分かる。その目を見れば、すぐに分かるから。
昨夜、些細な事で思い出しちゃったんだね。あの春の夜の出来事、のっちの言葉、あの涙。大丈夫、ゆかはちゃんと触れられる。この手を握っていられるよ。あの王子様と違ってね。
「ゆかちゃん、こっち向いて」
「ん?」
隣を向いた瞬間、ふわりと花の香り。甘い唇の感触。なんだ、まだ余裕あるんじゃん、こんなに綺麗で柔らかいのに、消えちゃう訳ないよね。
また風が吹いて髪を乱された時、ゆかはちゃんと抱き締めた。大丈夫だよ、って、泣いても良いんだよ、って。だけど泣かずに笑った。泣かんもんって泣きそうな声で。
「あやちゃん可愛い」
「可愛くなんか」
「めっちゃ可愛いよ」
なんかもう、食べちゃいたいよね。のっちじゃないけど。
再び歩きだすと、今度は指を絡めて手を繋ぎ直す。もうすぐのっちもお風呂上がるだろうから、ちょうどタイミングが合えば髪を濡らした犬みたいなのっちが笑顔でおかえりを言ってくれるかもしんないからね。
キスした事は、二人だけの秘密だよ。
◇3:終◇
最終更新:2009年05月23日 18:06