A-side
涙は案外すぐに止まった。もっと泣きたいのに涙は出ない。泣いた所で何も変わらないけど、泣くとやっぱりすっきりするから今は泣いていたいのに。
まだ雨は降り続く。のっちがお風呂から出てきたのは物音で分かった。
ゆかちゃん、帰ってきたら相談があるの。
あ〜ちゃん達はどうすれば幸せになれるのかな。
◇
なんとなく嫌な事っていうのは一回起こると立て続けに連鎖するものだ、という誰かの言葉を思い出した。あ〜ちゃんは急いでバッグに必要な物を詰め込む。
早朝、雨はまだ止まない。しとしとこんな怠い感じで昼まで降り続けるらしい。
「あ〜ちゃんどこ行くの」
「…おはよ」
険しい表情ののっちは、珍しく早起きだ。もしくは一睡もしていないのだろう、あの大きな目は充血していて、その下には隈が出来ている。
それだけでのっちを見るのはやめた。そんな弱々しいのっちを見ていると、こっちも弱っているからまた泣きたくなる。あ〜ちゃんきっと目腫れてるだろうし、そんな姿のっちに見られたくないもん。
だけどのっちはあ〜ちゃんの身の回りを見渡して異変に気が付くと、大きな歩幅であ〜ちゃんに近づき腕を掴んだ。
痛い、痛いよのっち、いつからそんな力強くなったんよ。
「ねぇ、どこ行くの」
「実家」
「なんで」
「お母さんが倒れたの」
恐る恐る見上げると、のっちはあの眉毛をしていた。赤い目で隈まで作ってその眉毛は無いわ。高校の時ののっちファンクラブの子達が見たらなんて言うか。
「のっち」
「…」
「痛いけん、離してや」
音もなく落とされたしなやかで柔らかなその手は、全ての力が抜けたみたくだらしなく垂れる。あ〜ちゃんの腕にはのっちの指の跡がくっきりと残ってしまった。
こんな跡しかつけらんないのなら、あ〜ちゃんに触れようとしないでよ。なんて言える訳がない。こんな跡でも嬉しいくせに。
「ゆかちゃんが帰ってきたら、事情説明しといて」
「事情、って」
「お母さんが倒れたからあ〜ちゃんは広島に帰りました、って」
「大学はどうするんよ」
「しばらくお休みする」
「いつこっち帰ってくんの」
「お母さんの様子見てみん事には分からんわ」
「ねぇ、」
こっち向いてよ、とまた震えた声でのっちは呟いた。嫌じゃ、とだけ言って、あ〜ちゃんは荷物を抱えて玄関を飛び出した。
じんじん痛む掴まれた部分。今のっちの顔を見たら、あ〜ちゃん止まらなくなりそうなんよ、だから見たくないんよ。
天使だ、太陽だ、とあなたは言うけど、あ〜ちゃんは天使でも太陽でもない。
一人の女の子に恋をする、ただの女の子なんよ。
K-side
朝にはあの豪雨も小雨程度に落ち着いて、ゆかは友達の家を後にした。灰色の空はけだるくて、湿気はじめじめと気分を悪くさせる。髪がもわっとしてウザイし。
こんな日は決まって、あ〜ちゃんに嫌な事があったりするんだ。ゆかの知る限り最強のヒロインの心が晴れないのなら、太陽すら雲に隠れてしまうって訳ね。どんだけ最強なんよ、天候を左右するとか、もはや魔法使いの域に達してしまってるじゃん。
ビニール傘を差してあの坂を登る。ガラガラというキャスターの音が聞こえて顔を上げると、そこには見慣れた花柄のワンピースを着た女の子。水玉模様の傘を差している。泣いてる様に見えた。
物凄いスピードで蠢く雨雲から逃げる様に、坂を下る速度は速い。太陽を味方につけた少女が何かに挫けた様な、灰色の空とその子は似ていた。
「あ〜ちゃん、どこ行くの?」
「あ、ゆかちゃん」
そんな顔して笑わないで、空がもっと泣いちゃう。
この子が泣いていたのだとして、どうしてそばにいてあげられなかったんだろう。いつでもゆかのポジションはそこだったのに、涙を拭いて抱き締めて、その頭を撫でてあげる事に並々ならぬ誇りを持っていたのに。
どうしたの、何があったの、と尋ねるより先にあ〜ちゃんは早口であの歌うような声で話す。
「お母さんが倒れたんよ、だからちょっと広島行ってくるね、大丈夫たいした事はないんよ!どうせまたお餅を喉に詰まらせたとかってしょーもない事じゃろうて、」
「そう…心配じゃ」
「ゆかちゃんはなんも心配せんで良いんよ!あ〜ちゃんすぐ帰ってくるけぇ、それまでのっちをお願いね」
「うん分かった」
「じゃあ、」
バイバイ、と手を振って、またガラガラと音が響いた。傘を持つ腕には赤い跡があった、帰ったらのっちをきつく叱らなくちゃいけん。ゆかはその後ろ姿を眺め、空を見上げた。
帰ってくるはずなのに、またすぐ会えるはずなのに、どうしてこうも胸が騒ぐんだろ。雲も騒いでる、なんて奇妙な動き。
なんで泣いとんのよ、アンタまで。
◇14:終◇
最終更新:2009年06月17日 11:37