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引っ越す前々日。
あたしはゆかちゃんに屋上の鍵を渡した。
白い封筒に入れて、のっち宛てにして。
一応、便箋は一枚入れた。
でもそれは別れの手紙じゃなくて、ただ『あげる』の三文字だけ。

「ゆかちゃん、これ・・・のっちが来たら渡してくれる?」
「うん。・・・ええよ」

「あと、これ。向こうの住所。新しいアドレスとか電話番号わかったら、メールするけぇ」
「うん。ありがと」
ゆかちゃんに、住所が書かれたメモを渡した。

「あ〜ちゃん・・・これでいいの?」
ゆかちゃんは最小限の言葉で訊いてくる。
でも何を言ってるのかわかる。

「・・・うん」
あたしは小さく頷くだけ。

もういいんだ。
もういいの。


——1時間前。
春休みだけど、あたしは今荷物の整理をしに学校に来てる。
教室に置きっぱなしだった、教科書やジャージやらを鞄につめて屋上へ上る。

たくさんの思い出がつまった屋上。
あたしが一番好きな場所だった屋上。
のっちと一番一緒にいた屋上。

もうここに来ることはない。

あたしは大の字になって寝転がる。
目の前には澄み渡る青空。
あたしは明後日この空を超えなければならない。

携帯を取り出してのっちにメールを送った。
『のっち〜。明日一日ひま?』
『ひまひま。チョー暇人です』
メール不精のくせに今日はやたら返信が早かった。

『じゃー、明日一日遊ばない?』
『遊ぶ遊ぶ!!チョー楽しみ!!』
日本最後の日に、のっちと一日いれる事になった。

あたしは携帯を置いて、鞄に入ってた一枚の便箋を取り出す。
口で言えないなら、手紙で伝えればいいと思った。
そしてその手紙を明日渡せばいいと思った。

しかし、いざ便箋を前にすると思った事が全然書けない。
そもそも、なんて書けばいいの?

『実は、あたし明日海外に引っ越すの。もう会えないんだ。じゃあね、バイバイ』
って、書けばいいの?
そんな軽い言葉で伝えちゃっていいの?

あたしは悩んだ。
いっその事自分の気持ちを全部さらけ出してしまおうかと・・・。
でも手紙って後々残るものだし・・・。
それを貰ったのっちも処分に困るだろうし・・・。

あたしは考えた。
やっぱり、口で言おう。
ちゃんと転校するって言おう。
大切な事は直接言おう。

でも自分の気持ちは言わない。
言わないけど、残そうと思った。
残すのは手紙じゃなくて、屋上の壁にした。

思ってる事は全部、壁に書こう。
あたしの想いを全部、壁にぶつけよう。

のっちがそれに気付かなくてもいい。
のっちがそれに気付いてくれてもいい。

ずっと残らないように、水性のボールペンで書こう。
書いて、スッキリしよう。

あたしは最初で最後ののっち宛ての手紙を書いた。
あたしは最初で最後のラブレターを壁に書いた。

さすがに『のっちへ』とは書けないから、『Nへ』って宛名にした。


『Nへ

この屋上の壁にこうやって書いても、あなたならきっと見つけてくれると思ってここに書きました。
あなたにこうやって、メッセージを書くのは初めてですね。

転校の事言えなくてごめんなさい。
隠してたワケじゃないんだけど、結局隠してたって事になっちゃったよね。
言い訳に聞こえるかもしれないけど、何度も何度もあなたに言おうと試みたんです。
でも言えなかった。
あなたにだけは言えなかった。
どうしても言えなかった。

それはきっと、あたしの中であなたが特別な存在だからです。
あなたは憶えてないかもしれないけど、あたしたちあなたが転校する前日に実は会ってるんだよ?

今思えば、あたしたちの出逢いって運命的だったと思うの。
でもそう思っているのはあたしだけで十分です。

たぶんきっとその時から、あたしはあなたの事を意識してたんだと思います。
あたしはそれを意識しないように意識してました。
それはあなたにあたしの気持ちを悟られたくなかったからです。

あたしはあなたと一緒にいるだけで、ドキドキします。
あたしはあなたと目が合っただけで、ドキドキします。

このドキドキはきっと恋なんでしょう。
あたしはきっとあなたに恋をしているんでしょう。

あたしはあなたが、好きでした。

あなたの大きな瞳が好きでした。
あなたのハノ字になる眉が好きでした。
あなたのケロケロした声が好きでした。
あなたの八重歯が見える笑顔が好きでした。
あなたの不器用な真っ直ぐな優しさが好きでした。

あなたの全部が好きでした。

好きだから、転校の事言えませんでした。
好きだから、素っ気無い態度を取ってしまいました。

でもあたしのこの気持ちはあなたには迷惑ですよね。
あなたにも他に好きな人がいるんだから。

なので、あたしの気持ちは忘れて下さい。
ここに書かれた事は全部忘れてください。
もう会えないので、いっその事あたしの存在も忘れて下さい。

あなたと一緒にいた時間はあたしの一生の宝物です。

ありがとう。バイバイ。

Aより』

この2日後、あたしは日本から離れた。






最終更新:2009年06月17日 12:37