N-side
あ〜ちゃんはのっちの生きる意味、そんなこと言って、のうのうと自分は呼吸を繰り返してる。だって別に恋愛を放棄したからってあ〜ちゃんが死んでしまった訳ではないし?あ〜ちゃんは今日も笑ってくれてるし?
のっちに生きる意味はあるのか、何度も考えた。別に他人にこれと言って興味のないのっちは今の世の中に不満は募るけど政治家になって今の世の中を変えたいとか思ってもないし。好ましくなくても偉い人が決めたってんなら法律だって決まりだって守るし、それに反発する体力すら無駄に思う。
だったら、特にやりたい事も見つからない。それはつまり人生に目的が無い事をさす。働くのは義務で、生活するにはお金が必要だから働くのだろうけど、それが人生の目的だったらマジでつまんない人生だよ。幸せになる為に人間は生まれてきた、って昔ゆかちゃんが言っていた。のっちは意味が分かんなかった。
結婚が女の幸せだとか言うけど、結婚願望もないし。そもそも結婚って制度が気に食わない。婚姻届を役所に出す手続きが面倒臭いし。男の人と暮らすってなんか窮屈で嫌だな。それに姓が同じになったからって、他の人と恋に落ちたら「不倫」で、悪事になっちゃうんでしょ?意味分からん。損害賠償って何だよっつーの。
そんなだったら面倒臭いし結婚なんてのっちはごめんだ。そもそも恋愛体質でないのっちを嫁に貰おうだなんて思う男が現れるかが問題。いっそ現われなくて良い、その愛情に応える自信はないし、望まれるであろう妊娠出産のプレッシャーに耐えられる自信もない、ヘタレなもんで。
なんて考えたら、女の幸せなんてのっちは望んでない。人生笑ってられたら幸せなんてのもあるみたいだけど、それならテレビとゲームとパソコンがあればのっちは幸せ。人と関わらない今がマックスに幸せって事になっちゃう。こんな幸せを幸せと呼んで良い訳がない、だけど幸せと呼んで死から逃避する事も出来る。
ちょっと待てよ、何考えてんだのっち、死ぬなんて馬鹿なこと。死んで良い訳がないんだよ、せっかくお父さんとお母さんに貰った命なんだもん。
けどそもそもお母さんが命をお腹に宿す前からのっちに生まれたいなんて意志は無かった訳だし、無理矢理じゃん。あーこんな事ばっか考えてると頭痛くなってきた。死んでも良いなんて一瞬でも思ってしまったよ。だけど死んでしまった所で後悔するくらいこの世の中は良い場所では無いじゃん。天国から見下ろして「戻りたい」だなんてきっと思わない。ちょっと待って、それじゃ結局死んでも良いって思ってんじゃんバカのっち!
だけどそんな離れた所で未練も無い世界に、あ〜ちゃんが居ればきっと別だ。それだけでこんな汚い世界もキラキラ輝いて見えちゃって、羨ましく思っちゃうんだろうな。
そっか、やっぱりそうなんだ。
のっちがあ〜ちゃんに生かされてるってだけの話か。妙に納得。
試合終了のホイッスルがテレビのスピーカーから鳴り響く。日本の逆転勝ち。良い試合だった。
画面に映る芝の緑を見つめて、最後に触れた唇の感触を思い出す。最後の最後でも、自分からキスする事が出来なかった。だけど強くなったよ、のっちは一歩前に進んだよ。だけど前は見ない。まだそこまで、強くはなれていない。
けど今は、あ〜ちゃんが誰かと掴む幸せを祈る事が出来るから。そして変わらず今も、あ〜ちゃんはのっちの生きる意味。
それだけはきっと、ずっと変わらないと思うんだ。
「あ、停電」
真っ暗になった世界で独りぼっち、あ〜ちゃんに言ったら笑われちゃうような事ばっか考えてる自分は何なんだろ。
そーとーキモいよね。
K-side
「かしゆかちゃん、」
「……」
「…ごめんね」
狭いベッドで裸なゆか。彼女は何度もゆかにそう言った。寝たふりすんのも、そんな風に泣かれると正直しんどい。目の前の壁のちょっぴり壁紙の剥がれた部分を見つめるのももう飽きた。
どうしてこんな事をしたんだろ。後々面倒な事になるって分かってはいたのに。
答えは簡単だ、寂しかったんだ。だけど結果こんな形で寂しさなんて物はさらに降り積もった。もうどうすれば良いんだろ。どうすればのっちとあ〜ちゃんは幸せになってくれるの。のっちの幸せになった時の不安は痛いくらい分かる、のっちは昔から男の子みたいな子だから。
そして、あ〜ちゃんは…あ〜ちゃんはあぁ見えてかなり計算高い女の子だからな。腹の中を覗くときっと黒くて。のっちはきっとそんなあ〜ちゃんの一面も知ってる。知ってるから怖いんだ。
少し冷静さを取り戻したゆかは、二人が居なくなった世界を思い描く。
もし二人が居ない世界に、ゆかは生きているとして、それって凄い事に思えた。こんなに二人で悩む必要もないし、とても楽な世界だ。きっとゆかの理想の世界はそれなんだ。それが幸せなのかもしれない。
どうしよう、後悔してるよ、二人と出会ってしまった事。こんなゆかを叱ってよ、あ〜ちゃん。あの眉毛で下手に慰めてよ、のっち。好き過ぎて嫌。ゆかの人生において大きすぎる役割を果たしてる二人が、憎くて憎くて仕方がないの。
二人を排除して数日過ごした結果がこれだ。結局ゆかの頭は二人でいっぱいだった。
ゆかは体を起こすと、手櫛で髪をとく。驚いた顔する彼女に横目で笑顔を向けて、ゆかは服を着て部屋を出る。彼女は慌ててゆかを追い掛ける。
「来週、彼氏と付き合って一年、だったよね?」
「かしゆかちゃ、」
「二人はお似合いだよ…これからも、お幸せにね」
ゆかは悪い女だ。
女友達に、最低な事をしてしまいました。のっちの友達だったのに、きっとこれじゃあもうのっちともあんまり遊んでくれないだろうな。のっちごめんね、せっかく出来た友達だったのに。
「ありがと」
彼女は笑って、ゆかも笑って玄関の扉を閉じた。帰ってのっちとゲームしようかな、どこかコンビニでも寄ってあ〜ちゃんにプリンでも買って行こうかな。うん、プリンにしよ。あ〜ちゃんが好きなヤツと、のっちが好きなお菓子も買って、ゆかの好きなアイスも買ってこ。
コンビニから出て、ゆかはすぐにアイスを袋から出して口にくわえた。けどすぐに、口から出す。バニラが濃厚すぎてむせそう。
小さな踏切の遮断機がゆっくりと目の前で降りるのを眺めながら、ゆかの足は何故か前進をやめない。
カンカンカン、って音、嫌いじゃないかも。
誰もいない、誰もいない。
人間は幸せになる為に生まれてきた……その幸せって何、ゆかにとって二人が幸せだった、そう信じてた。だけどそれが叶わないと分かった以上、二人が嫌いで仕方がないよ。
なんでこの時代、
あの場所に産まれちゃったんだろうな。両親の勝手で産まれさせられたゆかには良い迷惑だったよ、お父さんお母さん。こんな罰当たりな娘でごめんなさい。ぶっちゃけ恨んでます。
本当に、ごめんなさい。
立ち止まって、ゆっくりと腰を下ろした。湿気、濡れた線路、警報、赤いランプ。
プリンとお菓子なんて買わなきゃ良かった、あーあ、また無駄遣いだよ。
A-side
彼女が眠りについてしばらくすると、停電が回復したみたい。先輩はそっと押し入れの扉を開けた。
「……」
「…」
あ〜ちゃんが最初に受け取ったマグカップの中身は空になっていた。そのまま会話も無く外に出ると、雨は止んでいた。最後に見た先輩の顔、色んな感情が混ざって、目の奥はゆらゆら揺れて。
特になんとも思わなかったけど、鼻で笑ってやった。先輩はそんなあ〜ちゃんに怯えているように見えた。先輩の目には今、あ〜ちゃんはどんな女の子に映っています?いつもの元気で明るいあ〜ちゃん、今はいないんで。
昔からたくさんの人に囲まれてあ〜ちゃんは育ったよ。みんなあ〜ちゃんを好きでいてくれた。あ〜ちゃんは人気者だった。
中学校や高校じゃ一部の性格がひねくれてる女子に陰口を叩かれたりなんかもしてたけど、それでも大抵の子はあ〜ちゃんを好きだった。人に囲まれるのが好きだった。性格がひねくれてる子は、可哀想だなって思ってた。だけどそんな子達に陰口を叩かれるのが嬉しくなったのは、のっちが絡み始めてからの事。
のっちに恋してる子はたくさんいた。ファンクラブなんて物があったくらいだから、そりゃあたくさんよ。その子達があ〜ちゃんにひがむんだ。
「なんでいつものっち西脇といんの?」「西脇に利用されて可哀想」「西脇ウザイ、性格悪い」とか、なんやらかんやらetc。ゆかちゃんは心配してくれてたみたいだけど、あ〜ちゃん自身は痛くも痒くもなかった。それくらい、余裕で皆のアイドルのっちを味方につけていた。
のっちはあ〜ちゃんの戦力だった。今はそれほど戦力でないけど、中学校や高校なんていう弱肉強食な世界で、のっちはあ〜ちゃんの最大の戦力で、絶対に価値のある手放せない武器。
そんな武器を身に付けたあ〜ちゃんは、最強だった。のほほんとしててイマイチ自分の立場と周囲の状況を知らないのっちだから、利用するのも容易かったし。そんな常に戦闘体制で心も体も疲れ切ったあ〜ちゃんを癒してくれるのは、いつだってゆかちゃんで。
ゆかちゃんは知ってた。のっちが本気であ〜ちゃんに惚れてる事、その弱みを握ったあ〜ちゃんが、そんなのっちを良い様に利用してる事。だから甘えられた。ゆかちゃんにだけは昔から甘える事が出来た。
とにかく第一に格好つける事ばかりを考えていたあ〜ちゃんにとって、今も一番怖いのは周りに人が居なくなる事。のっちは失っても良いけど、ゆかちゃんは絶対失いたくない。昔のあ〜ちゃんならそうだった。
だけど今のあ〜ちゃんは、いつからか利用していただけの武器が、無くてはならない存在になってしまっている。失ったら自分が自分でなくなる。大好きな自分を、きっと今みたく好きではなくなってしまうんだ。自分の事をずっと好きでいたい、だからのっちは手放せない。
カンカンカン、って音、あんまり好きじゃないかも。
電車が近づいてくる音、この金属と金属がこすれるみたいな音も、うるさくって頭が割れそうだし好きじゃない。そこで顔を上げて、線路を見つめて、あ〜ちゃんは、
「…あ〜ちゃん……?」
あ〜ちゃんは、轟音と共に迫りくる特急電車が突き進む線路上に人影を発見した。溶けたバニラアイスが、ライトの光を反射する。
「かしゆか、」
あ〜ちゃんは、
あ〜ちゃんは
◇23:終◇
最終更新:2009年09月03日 19:59