短大生活は思いの外忙しい。それはバイトがほぼ毎日入ってるからなんだけど。特に何も目的はないけど、きっとバイトした経験はそれなりに将来の役に立つとは思うんだ。
一生懸命働いて、自立した女になる為には、男に媚びない鮮明な強さを努力で身につけて自信という名の武器を手に取るのだ、なんて格好付けたセリフは、何の映画だったか忘れたけど。
それでも恋愛は好きだ。今まで数人の男の人と付き合ってきたけど、どの人もあんまりピンとこなくて。とりあえずゆかの個人的な結論としては「片想いが一番楽しい」って事くらいかな。両想いになると冷めちゃうの、超勝手な女でしょ、友達は大抵引くんだ。
とりあえず、ゆかは格好良い大人の女になりたいの。それには男も時折、必要だって話。たったそれだけ。
そんなゆかがのっちと出会ったのは、東京に来てすぐの事。これはもう、ゆかは勝手に運命の出会いだと思い込んでる。それくらい、ゆかにとって大きな人生の別れ道だった。
「あはははっ!何それ、ちょーウケる!」
CDショップの店内、広めの店内にはたくさんの音楽で溢れていて、今流れているテクノはゆかの大好きなユニットの曲で脳内テンションはハイになっていたのに、ある一人の女の子の声で、一気に幸せな夢から叩き起こされて目が覚めたみたいな嫌な気分になった。
視線の先には、二人組の女子大生。ショートカットの子は、格好良い感じで服も黒っぽい、高校なんかで先輩にいたらゆかなんか憧れちゃってるタイプの女の子で。もう一人はその子とは対照的に、ふわふわのワンピースを着て髪もふわふわで、勝手なイメージだけど、合コンとかじゃ「好きな食べ物は苺パフェでぇす」とか言ってるタイプの子だ。あくまでも勝手なイメージだけど。
「もーそれ超ウケる!それでねそれでね、」
苺パフェはよく喋る。しかもボリュームもでかい。周りの人にあんなに見られてんのに気付いてないのだろうか。その隣でショートは、あはは、って笑いつつも自分の目当てのCDを探している様に見えた。クールな顔してるのに、笑うと見える八重歯に不覚にも萌えてしまった。
ショートが指差したパネルに反応した苺パフェは、意外なくらいの素早さでパネルに突進。そこはaikoのニューアルバムの視聴コーナー。なるほど、苺パフェはaikoが好きなのか。カラオケで歌うと男ウケ一位はaikoだって高校時代に友達が言ってたっけ。さすが苺パフェ。男を落とす事には計算高いね。
そして苺パフェに解放されたショートは店内を再びうろついて、予約カードを見つめていた。
「樫野さん、あのお客さん予約だよ、行って」
「え、でもまだ予約受付のやり方よく分かんないんですけど…」
「大丈夫大丈夫、引き出しの
マニュアルにやり方書いてあるから」
そう言ってパートの主婦・森下さんに背中を押された。まだここでバイトを始めて1ヶ月で、度々失敗もするけど大好きな音楽に囲まれて楽しいし、この黄色いエプロンも実は憧れてたから就けてるだけでテンション上がっちゃうんだけど。
予約受付、一回教えて貰ったけど、あの日は課題で寝てなくてボーッとしてたから適当に相槌打ってたんだよね…。うまく出来るか不安だ。女子大生とか同年代の相手すんのがぶっちゃけ一番緊張するんだよ。
「すみません、これ予約、お願いします」
予約カードを受け取って、ゆかはあくまでも冷静にマニュアル通りに「こちらで手続きを行うので、しばらくお待ち下さい」と営業スマイルで言った。近くで見ると、大きな目でビックリした。ほぼノーメイクなのに、凄く美人。
そんなショートカットの美人は、チラッとaikoコーナーの苺パフェを見ていた。なんだか二人は対照的過ぎて、変な違和感を感じるんだよね。男っぽい訳ではないけど、クールな感じのこの人と、苺パフェ。なんでなんだろ。
ゆかは慣れない手つきでパソコンを操作する。予約カードに書かれた個人情報に、胸が躍った。
大本彩乃、誕生日、電話番号、住所、予約アルバム名、歌手名。あ、ゆかの好きなユニットのニューアルバムじゃん!来週出るやつ!うわ、凄い、この人も聴いてるんだ、なんか自分がオシャレな女みたいな気分。
ゆかは引き出しからマニュアルを取り出して手順を見る。名前やらをキーボードでカタカタ打ち込んで、その大きな目での痛い視線を感じながら、ゆかはなんとか予約受付を完了した。
「大本彩乃さん…ですね、お待たせ致しました、こちらお客様控えになります」
「あ、はい」
「ご予約ありがとうございました」
大本彩乃はゆかが丁寧に切り取った控えを折り畳んで財布にしまった。そして「ありがとー」って小さく呟いて、aikoの視聴コーナーで首を振ってる苺パフェの腕を掴んで店を出て行った。
あーダメだ、個人情報が書いてある。何この中学生書くみたいな字。あの顔でこんな字書くなんて、なんか可愛いかも。それにしても苺パフェと仲良い事が謎だ。
あ、もしかして、二人はレズで付き合ってるとか??いやそれは無いか、多分、レズはない。
いやいやもしそうだったとしても無いでしょ、あんな美人が苺パフェなんかと付き合う訳が……でも苺パフェを見つめる目は優しかったな。自然と笑ってたし。まぁ良いや、来週きっとCDを取りに来るから、その時きっとまた会えるよね、大本彩乃。
それが、のっちとゆかのファーストコンタクト。あ〜ちゃんのイメージは、ぶっちゃけこの時は最悪だった。
その日の夜の10時過ぎ、なぜか近所のコンビニに大本彩乃がいた。驚いて、店の外で1分間くらい硬直してしまっていた。ずっと雑誌コーナーで雑誌を立ち読みしている。苺パフェの姿はない。
ゆかは緊張していた。予約受付の時より、数倍。
「いらっしゃいませー」
大本彩乃と、目が合った。しまった。店内にはゆかと大本彩乃と、さっきから煙草を数えながら適当に挨拶してる男の店員の三人だけだ。
「あ、」
「あ…」
さっきのCDショップの店員だって気付いたみたい。どうも、と頭を下げる大本彩乃につられてゆかも頭を下げた。
どうしよう、こんな事ってあるんだ。超気まずいってゆーか、なんか、こんな偶然キモい。なんでいんの大本彩乃。
「…あの、」
「え、あ、はい」
「これ、」
そう言って彼女が差し出したのは、さっきゆかが切り取った予約カードのお客様控え。
「控え…?」
意味が分からないゆかは、首をかしげた。大本彩乃は小さく笑った。
「これ、間違ってる、ここ、店舗控えって書いてありますよ」
「え、うそ、あ、ホントだ」
「さっき気が付いたんですけど、樫野さん間違えたんだなーって」
「え、なんで樫野って…」
「樫野・研修中って胸に書いてあったから…」
「あー……」
それからゆかはいつものミネラルウォーターとガムを買って店を出ると、大本彩乃がなぜか待ってくれてて。
「ガム…食べますか?」
「あ、うん」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
なんでこんな事になってんのか分かんないけど、ゆかはテンパってて、頭がどうかしてたのは確か。
「あの、さっき一緒にお店に来た子って、彼女…ですか?」
「え、なんでばれたの」
「え、マジですか?」
「いやいや嘘です、付き合ってなんかないですよ、樫野さん、もしかしてそっち系なんですか?」
「ゆ、ゆかは至ってノーマルです」
「なんだノンケかぁ」
なんなんだ、この人。変だ。やっぱり普通じゃない、普通じゃないオーラをビシバシ放ってたし。
ゆかも人見知りするタイプで、大本彩乃もそこまでお喋りじゃないからあんまり会話はなかったけど、気まずくはなくて。
「月が綺麗ですねー」なんて言う大本彩乃に誘われて、近くの公園のベンチに腰を下ろした。春といえど夜は寒くて、大本彩乃がそこにあった自販機でホットココアを買ってくれた。そういうスマートな所、もし男だったら完璧惚れちゃってると思う。
「樫野さん、彼氏いますか?」
「はい…一応」
「へー、どんな人?」
「なんか、女々しくて、メールがキモい人です」
「うわ、何ソレ、彼氏のこと好きじゃないの?」
「最初は好きだったんですけどね、なんか飽きちゃったってゆーか、冷めちゃったんです」
「樫野さん、意外と冷酷?」
「そんなんじゃないです、だってキモくない?『バイトと俺のどっちが大事なの』とか『ゆかもう俺のこと嫌いになった?』とか、そんなメールばっか送ってくるんですよ」
「うわ〜きも〜!そーゆー男、絶対無理だわ」
「でしょでしょ!?」
なんでこんな話しちゃってるんだろ、女の子だけど、男の子と二人でいるみたいな感覚で、なのに女の子トークで盛り上がって、楽しくって。こんなのって初めてだ。ミントガムとココアは口の中で喧嘩するし。
「別れちゃいなよ、そんなキモい奴」
「でも、別れる時ってなんて言えば良いか分かんなくない?」
「うーん、ベタだけど『好きな人が出来ました』とか」
「ベタだね〜」
「じゃあ『もう好きじゃなくなった』で良いじゃん」
「えー」
「じゃあなんなの〜」
大本彩乃は面倒くさそうに笑った。ゆかも面倒くさいけど、別れの言い方がイマイチ分からんの。そもそも、今まで好きじゃなくても付き合ってた事なんてたくさんあったし。
「樫野さんなんなの、どんな人が理想なの?」
「うーん、分からん、だけど大本さんが男の子だったら絶対好きになってたと思う」
「なんで?」
「だって男らしいもん!」
そう言うと大本彩乃は笑った。よく言われるわーって、綺麗な月を見上げて。その横顔が綺麗で見惚れてた。こんなに綺麗なのに、男より男らしい、大本彩乃って、やっぱ変わってる。
「樫野さん、友達になんて呼ばれてんの?」
「かしゆかとか、かっしーとか」
「じゃあそう呼ぶね、あたしの事はのっちって呼んで」
「うん」
「あ、ヤバイ、帰らなきゃ、アメトーク始まる」
「あ、待って」
「送ってくよ、家どっち?」
ココアを飲み干したゆかは、この人なら心を許せると判断した。だから背中に抱きついた。のっちは大きくよろけて、笑った。
「のっち、ゆかの彼氏みたい」
「えー?キモいメール送るよ?」
「それはやだーっ」
その日のゆか達は中学生みたくはしゃいで、一人家に戻ったゆかはずっと落ち着かなくて。
楽しくて楽しくて、ずっと彼女と一緒に居れたらなんて、願って眠りについたんだ。自分が自分で無くなっていく不安は、段々と心地良くなっていった。こんな自分、気持ち悪いのに。絶対故障だ。
◇0A:終◇
最終更新:2009年09月03日 20:30