火照った身体はちょっとだけ、素直だった。
:: ビター・ビター(4)
ふたりで並んで歩いている最中、のっちもかしゆかも必要なことしか喋らなかった。どこにご飯行く?とかそういうこと。
のっちはエレベーター内から続いていた落ち着きのない行動が未だに続いていて、そんなのっちを見てかしゆかは呆れた表情を浮かべて小さく息を吐く。何でもっとこうふつうに出来ないのよ、のっちの不器用さにだんだん腹が立ってきた。
けれどのっちはきっと一生懸命で、泣いているかしゆかを見たから元気付けようとして3人でご飯食べに行こうと言ったんだ、とかしゆかは思った。それと同時にそんなのっちのことがどうしようもなく愛おしくなった。すると自然と口元が微笑んだ。
(じゃけどね、のっち、あの顔はない。)
あ〜ちゃんが「帰る。」って言ったときののっちの顔は今にも世界が終わってしまう、明日にはあ〜ちゃんがのっちの前から消えてしまう、みたいな顔をしていた。それをかしゆかは嫌でも目にすることになった。ああ、また、のっちの気持ちが見えてしまった。見てしまった自分自身に自己嫌悪。けれど仕方ない、
(ゆかは…それを承知して、のっちのことを好きになったんじゃけぇ…)
考え事をしていたらのっちが半歩前を歩いていた。掴みたい衝動に駆られたその手首に触れる手前でかしゆかは、すっと伸ばしかけた自分の手を引っ込めた。
「ここにする?」
のっちが指差した先にかしゆかも視線をやると、洒落た居酒屋さんのようだった。微笑んで、こくりと頷き店内へ入ると若いダンディな男の店員が席へ案内してくれた。店員の後ろに続いて2人も奥へと進む。案内されたそこは、2人で隣り合わせに座る席で、背後には簾のようなもので仕切られている。目立つ存在であるのっちとかしゆかも安心して食事を楽しめるような席だった。並んで腰掛けると目の前にはミニチュアな庭園のような作りになっていて川も流れていて波音がとても心地いい。
じゃあ、ゆかはー…カシスオレンジ。」
「ええ、ゆかちゃん飲むの?」
「ええじゃん、のっちも飲みなよ。」
「じゃあ…ピーチサワー。」
もしかすると2人だけでこうやってお酒を飲むのは初めてかもしれない。明日も朝から大学だし、控えた方がいいのだろうけれどかしゆかは気分がよかった。これは、のっちがゆかにやさしくしてくれたお祝い。
お酒と、料理が3品ほど運ばれて来てのっちは美味しい美味しいと連呼しながら箸を進めた。そんなのっちを箸を置いてかしゆかは微笑ましく見つめる。かしゆかの視線に気付いたのっちが、食べるのを止める。
「ゆかちゃん食べんの。」
「食べるよー。へへ。」
「なに、酔うとるん?」
のっちがふっとかしゆかの肘の横にあるグラスに目をやると、それは最初に頼まれたものとは違う種類のお酒があった。のっちが気付かない間に頼んだようだ。
「…ねえ、のっち?」
「ん?」
「ゆかが何で泣いてたか聞かんの?」
かしゆかがそう問うとのっちはまた目を泳がせた。聞きたかったけど聞けないこと。知りたいけど知ってはいけないような気がした。泳いでいた視線は、沈黙を挟んでやっとかしゆかの視線と混ざり合う。
「…のっちが聞いてもいいこと?」
「んー…どうじゃろねぇー…」
「じゃあダメやん。」
「…のっちがね、」
のっちは真っ直ぐかしゆかを見る。その視線が気持ちいい。この大きな目に吸い込まれそう、かしゆかはそんな感覚に落ちる。
「……あ〜ちゃん離れできたらいいよ。」
それだけ言ってのっちの反応を待たずにかしゆかは、グラスに残っていたピーチサワーを一気に煽った。ピーチサワー、のっちが飲んでたから頼んでみた、ちょっとゆかの好みじゃない。けれどのっちが飲んでいたから、そんなちっぽけだけど大きい理由でかしゆかは好きになれそうな気がしていた。
のっちがあ〜ちゃん離れなんて、一生出来ないから。
だから敢えてかしゆかは、それと引き換えにした。そうすれば、のっちは一生ゆかの気持ちを知らずに済む。
本当は知って欲しい。ゆかの気持ち、こんなにものっちのこと想ってるんだよって。普段あんまり泣かないゆかものっちを想って涙が出るんだよ、って。
(バカなんよ、のっちは。ゆかにしとけばいいのに、)
眉を垂らしきったのっちが「そんなん無理よー。」と嘆きに似た声を洩らすのが右から左へとかしゆかの耳を通り抜けた。
最終更新:2009年10月22日 18:34