とくん、とくん。は、序章。
薄いピンク色のソファーに、同じく薄いピンクに白のドッドの模様が描かれたルームウェアを身にまといながらあ〜ちゃんは電話していた。足は何か物足りなさを示すかのように指先をくねくねさせる。指先でパーマがかかったまだ濡れている毛先を弄びながら、あ〜ちゃんは電話する。
「うん、次? ちょっと待ってよ、今スケジュール確認するけぇ。」
立ち上がって大学から帰って来て置きっぱなしだった鞄へと手を伸ばす。ごそごそと手帳を探り当てて今週の予定を確認する。
「あー…今週は休みないんよ。でも仕事終わりなら会えるかも。…でも、会えるかどうかわからんけぇ、待たんでええよ。」
ささっと予定を確認すると、あ〜ちゃんはまた定位置であるピンク色のソファーへと戻る。また、足先をくねくねさせて、毛先を弄ぶ。
「うん…もう寝るけえ、ほんまほんま。…はーい、おやすみ。うん、好き。」
電話を切ったあ〜ちゃんはそのまま背中からずるずるとソファーに雪崩れ込んだ。
好きなひとが、いた。
あ〜ちゃんのことを大事にしてくれる今の彼氏は、1年前に大学の友達の紹介で知り合った。背が高くてVネックのTシャツが似合って、お洒落で、音楽の趣味もあって、彼もバンドマンだった。ギターが大好きなひと。彼がいちばん大事にしているギターと同じくらい、あ〜ちゃんのことも想ってくれるひと。とてもやさしくて、いいひと。
ボロボロだったあ〜ちゃんを救ってくれたのは、かしゆかでものっちでもなく、彼だった。
(……いつまで、隠し通せるんじゃろね。)
再び、携帯電話が鳴る。あ〜ちゃんは、驚いた。表示される文字を見て顔がぱあっと明るむ。急いで通話ボタンを押した。
『もしもし、あ〜ちゃん?』
「どしたんのっちー! こんな時間に。」
壁にかけてある時計の短い針は、2を指していた。
『あ〜ちゃんの声…聞きたくなってさ、』
のっちの受話器から伝わる声は微かに震えている気がした。あ〜ちゃんはそれに気付かないフリをしていてあげる。
「あ〜ちゃんが恋しくなったん? のっちは可愛い子じゃねえ。」
『うん…あ〜ちゃんが恋しいよ。』
今日ののっちはやけに素直だ。のっちは3人の中では、そんなに捻くれた性格ではないけれど、普段口数があまり多い方ではないのっちがここまでストレートに気持ちを伝えるなんて、なかった。細々とした今にも消えてしまいそうな声で、のっちが喋る。その声があまりにも可愛らしくて心地よくて、あ〜ちゃんの胸の奥がとくん、と小さく鳴る。
「…なんか、あったん…?」
『……なんもない、よ。』
「嘘つき、何もなかったらそんな子犬みたいに鳴かんけえ。」
『のっち、犬じゃないし…っ』
一生懸命、のっちは強がった。
あ〜ちゃんには全てお見通し、それをわかっていても、なお、のっちは強がり続けた。観念したのは、あ〜ちゃんだった。
「あ〜ちゃんは、のっちの味方じゃけえ、いつでも言うてきんさい。」
『うん、うん。』
「あ〜ちゃん、のっちのこと、好きじゃけえ。」
好き、と発した途端、またとくんと鳴る。するとのっちは静かに電話を切った。結局、のっちの気持ちはわからないまま、あ〜ちゃんも電話を切った。
最終更新:2009年10月22日 19:27