コントロール、不能です、不能、不能。
「あれ…? ない…。」
何だか今日は寝付けなかった。眠ろうと布団に潜り込んでも昼間の出来事が頭の中をぐるぐるして、消えてはくれない。考えたくないのに、浮かんでくるのはのっちの冷たい目。
何度も起きて、お茶を飲んだりトイレに行ったりしたけどやっぱり眠れなくて、鞄の中にある手帳で明日の予定を確認した。かしゆかは鞄の中身に違和感を覚えた。あるはずのものがない。化粧ポーチがなかった。
部屋の中を探しても一向に見つかる気配がない。となると、もうあの場所しかなかった。
「…のっちんちじゃん…。」
はあ、と深いため息を吐く。時刻は深夜2時を過ぎていた。取りに行けるはずもない。昼間の出来事のこともあり、尚更。
明日から2限まで受けて、午後からは雑誌の取材が入っていた。仕事だけなら、メイクさんに化粧をしてもらえるのに、生憎明日は朝から授業だ。不特定多数の人が出入りする大学、すっぴんで授業だけは避けたい。
かしゆかが立ったまま戦略を考えていると、携帯電話のバイブレーターが震えた。こんな時間に誰だろう、ベッドに置きっぱなしだった携帯電話を手に取ると表示された名前に驚きを隠せなかった。メールを開いて内容を確認した、急いで玄関に走ってドアを開けた。
「のっち…! なんしよん! こんな夜中に!」
「……ゆかちゃんが、コレ、忘れたから。」
差し出されたのは、のっちの家に忘れていたかしゆかのポーチ。差し出されたポーチを受け取るとポーチとのっちの顔を交互に見た。すると、のっちはまたいつものやさしい顔で眉を垂らしながらかしゆかに笑いかけた。
かしゆかは自分の胸が熱くなるのがわかった。泣きそう。歯を食いしばってないと、今にも溢れ出しそうだった。
「中、入って。ここじゃ寒いけえ、」
「ゆかちゃん! のっち、帰る。」
のっちの手首を強引に引っ張って中に招きいれようとしたら、拒否された。あ、まただ、ゆか、とことんついてないわ。
「…そっか。」
「うん…、ごめん。レポートもまだ終わってなくて。」
レポートも終わってないのにのっちはかしゆかにポーチを届けに来てくれたんだ、かしゆかの心の真ん中が小さく跳ねる。素直に嬉しい。
「あと…。」
互いに伏せていた視線は、のっちが先にあげた。かしゆかの視線は、その言葉の先が気になってのっちを捉える。
「今日は、ごめん。かしゆかは全然悪くないのに、のっちが…なんか…。」
のっちは、言葉を繋げようとしていた。なのに、次の言葉が出てこない。かしゆかの心は今にも駆け出しそうだ。次が知りたい、のっちが何を言いたいのか知りたい。のっちの視線は、かしゆかから逸れる。ふらふらっと壁を伝って、またかしゆかへと戻る。
「のっち、ゆかちゃんのことになると何かわけわからんなる。必死になるんよ、ごめんね。」
それだけ言うと、のっちは静かにUターンした。振り向く際の、横顔はすごく綺麗だった。
「…のっち、」
「ゆかちゃん、のっちが帰ったらすぐに鍵かけてね。」
「…なんで?」
「だって、泊まりたくなるもん。じゃあね、」
かしゆかは、必死だった。のっちを引きとめたくて、のっちを離したくなくて。あ〜ちゃんには、のっちをあげれん。ゆかの、ゆかのものにしたい。
それは、衝動的だった。
「……ゆかの傍におって。」
かしゆかに背を向けたのっちの身体に咄嗟に抱きついた。開いていたドアをドアノブに重なっていたのっちの手と一緒に引き寄せて閉めた。
(ねえ、のっち、ゆかは、のっちが好きなんよ、)
もう、コントロールは不能だった。
最終更新:2009年10月22日 20:00