《現在》
サイドN
これから進む先の未来で、隣にいる人は、もうあの頃愛した人でなくて、あの頃から変わらず支え続けてくれた人。
今となっては愛し方もうまくわからないまま、あの頃と同じ温度で愛してる。
通い妻みたいに、週の半分をのっちの部屋ですごし、もう半分の半分をかしゆかの部屋ですごし、残った四分の一を外ですごして。彼女のいない生活は、もう考えられない。
結局、別れ際が寂しくて、別々の部屋に帰る日は必ず帰りがいつもより一時間は遅くなる。
そんなのも馬鹿らしいから、もう早く一緒に住んじゃえばいいんだと思う。
そのためには、やっぱりあ〜ちゃん。
あ〜ちゃんを完結させないと。
だって、この部屋にはそれ程でもないけれど、のっちの頭の中には、あ〜ちゃんの思い出がありすぎる。
ちょっと整理して、引き出し一個分つかって、隅に、まぁ隅じゃなくても、ちょっと端っこによけないと。のっちあまり賢くないから、完結させておかないと、ごっちゃごちゃになっちゃうから。そんなことで、もう失いたくないし。
“ゆかは後で。で、いいよ”
って、二人で会うことをすすめられた。
そりゃそうだ。完結できてないのに三人で会ったって、三人が三人とも、やり場のない想いも言えず、またダラダラと時間ばかりが流れるだけだ。
それは、避けたい。なんとしても、ちゃんと、完結させたいんだ。
あ〜ちゃんを。ちゃんと、終わりに。
地下鉄の駅から出ると、太陽は隠れていて、まだ昼間なのに辺りは薄暗くて。それなのに九月の陽気はカラッとしつつも、蒸し暑さを運んできた。
ボートネックのグレーのTシャツは、あの頃から変わらずのお気に入りで、ペラペラになってしまった。その上に薄手の黒のジャケットを羽織って、青山通りを歩いた。
この辺、よく遊びにきたっけ?
あれ?どっちとの思い出だ?
そんなことすら、わかんない。
もうすでに少し思い出がごっちゃごちゃだ。
ジーンズに手を突っ込んで、エンジニアブーツをごつごつ鳴らしながら歩くと、視線の先に目指すカフェが見つかった。
そして、その中にあの頃と変わらない愛しい後ろ姿も。
なんて声をかけたらいいんだろう?てか、あ〜ちゃん早いな。待つことを考えて、早く来たのに、待たれたら言葉につまるよ。一言目は難しすぎるから、先に来て、待っていたかった。
店の中に入ると、吹き抜けの天井につるされた大きなお洒落扇風機で風が通った。風の通り道がわかるように、あ〜ちゃんのお日様みたいな匂いが鼻をついて、頬をさした。
『あ、のっち!』
なんて声をかけようか。
考えてたら、不意に振り返ったあ〜ちゃんが口をひらいた。
やっぱり。
あの頃から変わってない。
難しいことなんて考えなくて、よかった。のっちとあ〜ちゃんだもん。そんなこと考えなくても会ってしまえば世界は変わる。
離れていた距離を忘れるように、二人の世界がまわりだす。
《現在》
サイドA
このジャケット、少し暑かったな。
薄いカーキ色のダブルのジャケットを白いワンピースに重ねたら、一気に秋って感じがした。
あれ?九月はまだ夏だっけ?昔、のっちが言ってた季節論。あてにはしてないけど、少しだけ参考にしてる。
ジャケットを脱いで隣の椅子にかけた。涼しい風が通り抜けて、“ゴッゴッ”って特徴的なブーツを鳴らす足音が聞こえた。
この足取り、この足音、このタイミングに、この空気。間違いない。絶対、
『あ、のっち!』
振り返ったら、正解。
あ〜ちゃんの記憶は、あの頃より、より鮮明になってるのかもしれない。
少しだけ目を細めて笑ったのっちが、目の前の椅子に座って、無愛想にアイスコーヒーを頼んだ。
やっぱり。
ちっとも変わってない。
店員さんとスタッフには愛想よく!って何度言っても、どうやら治らなかったらしい。
『ありがと、ね』
『えっ?』
視線が絡む。心臓がひとつドキッとはねた。
『来て、くれて、、』
『なん、そんなん、、、来るよ、普通』
そうだね、って笑ってジャケットを脱いだ。
変わってない、広い肩幅。
変わってない、白い腕。
あ、でも少し髪伸びた?前髪が、なんか揃ってて、おそろいみたいになってるよ?
あ、変わってない、そのTシャツ。やっぱり、よく似合ってる。
『相変わらず早いね、来るの』
『のっちは珍しいね?遅刻しないの』
まぁ、そりゃね、大人ですからね。なんて言って、のっちは笑った。
変わらない笑顔。あったかい空気。優しい温度。
『本当は待ちたかったんだよね』
『なんで?』
『いやぁ、、なんとなく?待たせっぱなしだったから、かな、、』
私は少し笑って、そんなのいいのに、って声にしないで伝えた。
『・・・』
『・・・』
二人とも次の一言が言いだせない。
私は待つべき?それとも、、。
店員がアイスコーヒーを運んできた。
それを待っていたのか、コーヒーが置かれると、のっちは話しだした。
最終更新:2009年10月22日 21:22