side.N
今の流れで、それで今のこの状況……
相変わらず、あたしの想像の範囲を軽く飛び越えていく。
それでも、ちょっと安心してる自分がいるし、心地好さを感じてる自分もいる。
「年末特番なんて、久々に観るわ。知らん芸人さんが一杯おる」
日本中がお休みモード真っ最中のこの時期、普段は多忙な彼女がテレビを観て笑っている。
あたしの膝の上、リモコンでテレビを点け、たまに小さく揺れる彼女の頭。
あたしはゆっくり髪を撫でる。
「意外だったじゃろ?」
「え?」
「即ベッドインすると思わんかった?」
「あぁ……うん。思った」
「んふふ〜。やっぱりね」
「あ、でもあたしも好きだよ。バラエティ」
膝の上で振り返り、見上げる彼女と目があった。
なんだか凄く嬉しそう。
「それも良いかな、っとは思うけど……でものっちとはこういう時間あんまつくれんかったから」
「……うん」
あたしのお腹に顔を埋めた彼女は、少しだけ見えている耳を真っ赤にしている。
「なんか普通の恋人同士っぽい」
「……そうかな?」
低い声だった。自分でもそう思うくらいに。
頭で考える前に声が出てしまって、すぐに後悔した。
ハッとした時にはもう遅い。
驚いた表情であたしを見上げる彼女。
「違うん?」
「……なんかさ、恋人なんてさ、穏やかに過ごせるのは最初だけな気がして」
「そう思っとるん? てか、そうだったん?」
思ってるかどうかはさておき、このそうだったかどうかというのは、きっと問い掛け。
あたしと、ゆかちゃんがそうだったかどうか。
「いや別に相手が誰とかじゃなくて」
「……じゃあなに」
「恋人同士なんてさ、些細なことですぐ喧嘩して……そんで一番簡単だからって抱き合ってそれ忘れてさ。そんなん繰り返すだけじゃん」
「……違うよ」
起き上がり真っ直ぐな瞳であたしを見つめる彼女。
なんだか痛いものに感じてしまって、あたしはすぐに目を逸らした。
失敗したな。ヤダな、こんな話するの。
細心の注意を払っていたはずなのに、あたしの頭にはすぐ……あれ?
「それは違う。のっちは分かっとらん」
いつだっけな……
前にもこんなこと考えてたな……
「あたしには全部お見通しじゃけぇ、のっちはツマランこと考えんくてええ」
ふと見ると、目の前にいる彼女は笑っていた。
見てるだけで、心があったまる笑顔だ。
「ま、この話はあとでええわ。今のあたしは悪い子ちゃんだし」
なにしてた時だろう……
いつ頃だっただろう……
「はい、ツマラン話おしまい!」
「あ……え? なに?」
「お腹減ったんよ。のっち夜ご飯食べた?」
「ううん。まだ」
「じゃ、どうせなんもないのは分かりきっとるけぇ、買い物いこ」
身支度を整えて部屋を出る。
澄んだ空気と肌を刺す冷たい空気。
繋ぐ右手は、あたたかい。
吐息は真っ白。
隣を見れば、彼女はすぐに気付いて笑う。
それだけで、また心があったまる。
失敗したあたしをフォローするのには、昔からで慣れてるんだろうな。
見事に何一つ空気を壊さずに片をつけた彼女は、あたしよりずっと余裕があるんだろうな。
「なに食べよっか?」
「あ〜ちゃんの手料理」
「よし、任された。質問には答えとらんけどね」
「答えてるよ。あ〜ちゃんの手料理ならなんだっていいんだよ」
「ほぉ。なんだって、ねぇ」
「うん」
「なんか、嬉しいんだかムカつくんだか分からん」
「えぇ〜……なんだっていいっていうのはそういう意味じゃなくて……ん〜と、なんといいますか……」
「ふふ、分かっとるよ。必死にならんくていいから」
繋いだ手をブンブン振って、スキップなんか始めちゃって。
目の前で振り返ってみては、またひらひらと進んでいく。
かわいいし、危なっかしいし。
繋いだ手に少し力を込める。
街に出れば、もう夜も遅いのに沢山の人が行き交う。
高いビルにはイルミネーションが飾られキラキラと光る。
寄り添い歩く恋人達は、いつもより幾分深く身を寄せ合っている様に見えた。
キラキラしたものが大好きな彼女のことだから、これは益々はしゃぐだろうと思ったけど、そうではなかった。
もうすっかり大人な顔。
あたしはどうしても、一番一緒にいた頃の記憶が強い。
そうではないのに。
もうあの頃のままのあ〜ちゃんではないのに。
「ねぇ」
「うん?」
「なんとなくついてきてるけどさ、こんな時間にどこに向かってるの?」
「いまさら?」
「うん。そういえば、ってやつ」
「この先にね、遅くまでやっとっておいしいオードブルとかが売っとるお店があるんよ」
「あれ? 手料理……」
「中止」
「えぇ……」
「あたしも歩きながら気付いたんよ。にーよんのスーパーまでいくの大変だし」
「あ〜あ、そりゃそうか。楽しみにしてたのにな」
「アンタが冷蔵庫になんも置いとかんけぇいけんのじゃろ」
「はいすいません」
「あ、あたしんち行こっか?」
「え?」
「そうすりゃなんでもあるわ」
「うん、いくいく!」
「そうしよう、なんで気付かんかったかな。ヘイタクシー」
通りに向かって手を上げる彼女に倣って、あたしも手を上げた。
女二人で手を上げて騒いでるのは、周囲にはどう見えるだろうか。
多分、恋人だと思う人はいないだろうな。
今日という日付が手伝ったって、多分いない。
それでも、道を歩く時も街に入ってからも、彼女は前を見据え堂々としていた。
様々な自分に取り巻く事柄全てに、堂々としていた。
あたしはそれが凄く嬉しくて、じゃれあう振りして後ろから彼女に抱きついた。
side.A
タクシーの後部座席に並んで座る。
相変わらずあたしの左手に重なっている彼女の右手。
狭くて近い空間。
彼女の空気、香り。
ずっと表情弛んでて、気持ち悪いだろうなあたし。
だって嬉しいんだよ。やっぱり、嬉しいよ。
さっき見せた、彼女の表情。
本人はきょとんとしてた。
それがなにか、教えてあげようか?
一体なにが腑に落ちないのか、教えてあげようか?
少し左手を動かしてみる。
すぐにこちらに顔を寄越し、優しく微笑む彼女。
すぐにあたしの左手を掴まえて、握る力が少し強くなるその左手。
きっと、あたしはだらしなく笑ってる。
ねぇのっち。
きっとさ、頭で理解できてなくてもさ、心はちゃんと分かってるんだよ。
だからさ、心配なんてしなくても大丈夫だな、ってさっき思ったの。
どんな気持ちでいたのかなんて、想像するくらいしかできないけど。
でもね、あたしはちゃんと分かってるつもり。
大概優しい人だから……
優し過ぎるから……
不器用なのにさ、人は絶対に傷付けない様にしてさ。
そんで、全部自分のせいにして、自分ばっかり傷付いて。
なんとかしなきゃ、って思ってたけどさ、杞憂ならそれでいい。
きっと、大丈夫。
だって、ちゃんとあなたは分かってる。
それにまだ気付いてないだけ。
「あ〜ちゃん?」
「ん?」
「……なんか難しい顔してる」
「ちょっと
考え事。気にせんでええよ」
「そっか」
「うん。お腹減ったね」
「なに作ってくれんの?」
「なんにしよう……なにが良い? カレー?」
あたしがそう言うと、彼女は力なく笑った。苦笑い。
「あ〜ちゃんも一緒か」
「……なにが?」
「あたしと一緒」
「だからなにがよ」
「やっぱり、ずっとあの頃の事考えてたのかな」
窓の外は、綺麗に彩られた世界。
お互い、暫くの沈黙。
ただ窓の外に視線を放り投げる。
でもさ、あなたとあの子はちゃんと進んでるでしょ?
きっと頭に浮かべれば、思考が向かうのはお互いの“今”でしょ?
あたしみたいに“昔”じゃないでしょ?
自分で決めたことだけど……
願うこともひとつだけど……
でもね。
やっぱり寂しいよ。
やっぱり悲しいよ。
でもそれくらいは良いんだよね?
仕方がないことだから。
タクシーは、夜の街を進む。
遠目で見た、インパネ下の小さなデジタル時計。
日付の変わる時刻まで、あと数分だった。
〜続く〜
最終更新:2009年10月22日 22:10