明ければそこはやさしい空気だった。
秋初めといえど、その空気は裸には寒かった。布団を肩までぽっこり被ってそれでも肌寒さを感じたのっちは目を覚ます。まだ寝ぼけ眼ののっちが目を擦りながら隣を見ると、そこに昨夜感じたぬくもりはなかった。急に不安になって、何だか世界中にのっちがひとり残されてしまったような感覚に陥って、布団をばさりと捲るとベッドから出た。キッチンには、かしゆかがいた。
「のっち、どしたん! はよ服きなさいや、風引くよ。」
「…あ、うん。」
自分が素っ裸であることに気付いたのっちは、ベッドに戻ってもぞもぞと下着とトレーナーとジャージを取り出して身につけた。
かしゆかの姿が見えて、ものすごく安心した。よかった、ひとりじゃない。と同時にのっちは自分がかしゆかの恋人になったんだ、と改めて自覚した。
「のっち、ごめん。ゆか、ちょっとコンビニ行ってくるけえ。」
「え?」
「牛乳、なかったけえ、買って来る!」
「あ、うん。」
そう言って財布と携帯電話だけ手に持つと、かしゆかは慌てて家を出た。のっちが先ほどまでかしゆかがいたキッチンを覗くとそこには溶いただけの卵と、お皿に盛られた2人分の野菜と、これから焼くのだろうと思われる食パンが2枚。何だか感心するような、嬉しいような優しい気分になる。
のっちがかしゆかと付き合いだしたこの1ヶ月間で、のっちはかしゆかのいろんな部分を知った。その部分は、どれものっちがかしゆかを更に好きになる材料でしかなかった。だからのっちは今思う、かしゆかと付き合ってよかった、と。
のっちの家には、日に日にかしゆかの私物が増えている。嫌だなんて思わない。寧ろ、これからこれが当たり前になっていく。だけど、かしゆかの私物が増える度、のっちがあ〜ちゃんを好きだったという事実がなくなってしまうみたいで、少し、寂しくなった。
かしゆかとこの間、CDショップデートをした日に撮ったツーショットのプリクラがテレビの上に置かれていた。のっちはそれを手に取ると、そっと微笑む。
(あ〜ちゃん、のっちはゆかちゃんと幸せになるよ。)
携帯電話が鳴った。のっちはベッドに置きっぱなしだった携帯電話を手に取る。着信は、かしゆか。
「牛乳、あった?」
『あった! ねえ、のっちベランダ出て!』
言われるままにベランダに出て道路を見下ろせば、かしゆかが牛乳の入ったビニール袋片手に、ぶんぶんと手を振っていた。のっちも嬉しくなって弛んだ頬と共にひらひらと手を振り返した。
もうすぐ会えるのに、じゃああとでね、なんて無駄に電話で話して、しあわせを心の底から感じていると再び、携帯電話が鳴った。どうせゆかちゃんだろうな、って表示画面を見ずに「はあい。どしたんー。」と怠けた返事をしたら、機械を通されて聞こえてきた声に心臓が止まりそうになった。
『……のっち?』
「う、うん。」
『今夜、会えないかな。』
玄関扉の向こうにコツコツとヒールの響く音がする、もうすぐ、かしゆかが帰って来る。
最終更新:2009年10月22日 22:11