根拠もない自信。
玄関扉を開けて、早くのっちの顔が見たくて先日買ったばかりの淡い桃色のヒールを脱ぎ捨ててかしゆかはリビングへと駆ける。急いで部屋に入ってきたかしゆかに驚いたのか、のっちはバッと振り向いてその大きく見開いた目はかしゆかを捉える。
「なにおどろいとるん、ゆかそんなに戻ってくの早かった?」
「え、あ、うん…。」
かしゆかはそのままキッチンへと向かい、棚にしまってある赤と青の色違いの2つのグラスにこぽこぽと先ほど買ってきたばかりの牛乳を注いだ。この2つのグラスも、この間のCDショップデートで手に入れた。のっちはやけに驚いていてその反応といえばわざとらしかったけれど、幸せボケしてしまっているかしゆかにはわからない。
2人で向かい合って朝食をとる。今日は午後から授業で仕事はおやすみ。夜もかしゆかはここに帰って来るつもりだから今夜もゆっくり過ごせそうだ。昨夜ののっちは可愛すぎて、ますますかしゆかは自分のものとして傍に置いておきたくなった。今まで男の人と付き合ったこともあったけれど、どれもこんな気持ちになることはなかった。初めての経験だった。
「のっちは今日何限まで授業あるん?」
「5限、だったかな…?」
「ゆか4限までしかないけえ、のっちが終わるんまっとるね。」
「あ、ゆかちゃん。」
のっちは目玉焼きの目玉の部分をつつくのを止めて、かしゆかに言った。
「今日のっちね、ちょっと友達と会うからさ、先帰ってていいよ。」
「そうなんじゃ。」
「うん…。」
何だかやけに申し訳なさそうに言っておいてのっちはわざとらしく平然を装う。だけどやはり幸せボケのかしゆかは気付かない。
「帰り遅くなるん?」
「そんなには、ならんと思う…。」
「じゃあゆか、のっちんちおってもいい?」
のっちは目玉焼きの目玉、半熟の黄身をお箸にべっとりとついたのをぺろりと舐めて、いいよ、って笑った。そして、ゆかちゃんの作る目玉焼き、美味しいね、と続けた。
「そんなん当たり前よ、ゆかがあんたのために作ったんやもん。」
「ゆかちゃんいいお嫁さんになれそう。」
「ちゃんとのっちが貰ってよ、のっちが貰わなくってもゆかがのっちを貰うけど。」
「ちゃんとのっちが貰いますうー。」
くだらないことで笑いあってそれが心地いい。のっちとの恋愛はこれでいい、これがいい。
片想いの頃は、何もかも上手くいかなくてのっちがあ〜ちゃんと話しているのさえも嫌になって、自分を追い詰めて毎日のように涙流したけれど、2人のことはどうしても嫌いになれなかった。のっちのことはますます忘れられないし、やっぱりあ〜ちゃんもかしゆかの大事なひとであるには変わりなかった。
今更だがかしゆか自身、まさかのっちと付き合えるなんて夢にも思っていなかった。これでいいの? って問われれば少し考える、のっちにもあ〜ちゃんにも罪悪感を多少なりと感じている。だけど、のっちが選んだのはかしゆかだった。
向かい合ってのっちの間抜けな顔を見ながら食事出来るだけで幸せだった。
このとき、かしゆかは自信に満ち溢れていた。もうのっちはどこにも行かないなんて何の根拠もないのに、思い込んでいた。
最終更新:2009年10月22日 22:15