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それはよく晴れた夏の日。
いつもの屋上で、いつものランチ。
3人で庇の影に陣取って、スカートの上にお昼ごはんを広げる。

「今日も、あっついね〜!」
のっちがお茶をがぶがぶ飲んで、ふぅっと溜息をつく。
「ほぉよ、夏だからね。」
メロンパンをほおばったあ〜ちゃんが、カップドリンクのストローをくわえる。
「もう、溶っけそうじゃ〜!ほんま、食欲なくすわ。」
と言いながら、のっちは本日3個目のおにぎりに手を伸ばした。
「のっちぃ、少し落ち着いて食べにゃいかんよ。」
「…むぐっ?」
あ〜ちゃんがのっちのほっぺに手を伸ばし、ご飯粒をとった。
そのままパクっと食べるを見て、照れたのっちがむせかえる。
あたしは慌てて、のっちの背中をさする。
片手に持ったホットケーキサンドアイスが、溶けかかっている。
涙目ののっちが話しかけてきた。
「ゆかちゃん、まさかそれがお昼ごはん、…ってことはないよね?」
「えっ、そうだけど?」
「冗談じゃろ。そんなん、おやつにもならんわ」
「ゆかちゃん、これ食べなさい。」
あ〜ちゃんが、ミニサラダを差し出してきた。
お日さまをたっぷり浴びたプチトマト、みずみずしいサニーレタス、
細かく刻んだニンジン、キュウリ、ブロッコリー…、
…あの、ゆかが食べられるもの、ないんですけど。。。
困り顔のあたしを尻目に、のっちがひょいっとプチトマトを奪った。
「いただきっ!」
「あっ!こらっ、だめじゃろ、のっち!」
怒られているのに、のっちはなぜか嬉しそうだ。
…これが、あたしたち3人のいつものお昼、いつもの風景…。

ご飯を食べ終わったのっちが、あ〜ちゃんに問い掛けた。
「あ〜ちゃん、理科室行ってみた?」
「行ってみたけど、ようわからんかった。窓いっぱいあったけぇ、探すのめんどいし。」
「ねぇねぇ、何の話?」
「ゆかちゃん、知らんの?理科室の噂。」
「うわさ?」
「2階の理科室ね、一番後ろの窓だけ、開かんように鍵が2個ついとるの。
 その窓を開けると…、出るらしいよ。
ちょっと前に、男の子が一人教室でいなくなった話、聞いとらん?
 どうもあの理科室の窓から落ちたらしいんよ。」
「…やっ、ゆか、怖い話キライ」


「違うんよ、怖い話の方じゃなくて。その窓を開けるとね、なぜか願い事が叶うんだって。
 それって超ヤバくない?!」
「そうねぇ…。で、のっちは開けてみたん?」
「うっ…、のっち、そういうの苦手じゃけぇ…。」
「そうなんよ、ゆかちゃん!のっちは行けないからあ〜ちゃん見てきてって言うんよ。超ヒドくない?」
「あはは、のっちは相変わらずヘタレじゃねぇ。」
「なんね、ゆかちゃんも行ってみればいいんよ。ほら、こないだ帰り道で言っとったじゃろ、
 好きな人がおるって。じゃけぇ、窓を開ければ…。」
「わぁっ!のっち、急に何を言うんよっ!ば、ばかっ!!!」
裏返ったあたしの言葉を聞いた瞬間、あ〜ちゃんが目を丸くした。
「…え。ゆかちゃん、そうなん?」
「のっち、その話はもういいの!ゆか、理科室に行ってみる!」
あたしは急いで立ち上がった。これ以上、ここにいられない。
「ふえっ?今から?」
「うん。お昼休み、まだ時間あるし。二人とも先に教室帰ってて。」
そそくさと空き袋をまとめると、振り向かず屋上を飛び出した。

慌てて階段を駆け降りる。
転げ落ちそうになりながらも、足を止めることはできない。
頭の中が完全に混乱している。
…どうしよう。あ〜ちゃんに聞かれてしまった!
のっちが、あ〜ちゃんのことを想っているのは知ってる。
帰り道で、いつもいつも聞かされて。だけど…、あたしだって、ずっと前から…。
苦しい思いを隠し通してきたのに。素直に表現するのっちを見てると悔しくて、つい呟いてしまった。
「ゆかも、好きな人くらいおるし———」
「えっ?!そうなん?誰っ?」
「…ナイショ。この話は、おしまい!」
「え〜!ゆかちゃんは、ほんまにミステリアスじゃねぇ。」
後悔先に立たず。あんなこと、言わなきゃよかった。

気がつくと、理科室の前に立っていた。
扉に手をかけて、ふぅとため息をつく。
のっちにはああ言ったけど、やっぱりちょっと…怖いかも。

「…ゆかちゃんっ!」

空いてる左手を急に引かれて体が勝手に振り向く。…すると、そこに立っていたのは。
「あ〜ちゃん?」
あ〜ちゃんが、あたしの手を握ったまま、ゼイゼイと肩で息をしている。
「ゆかちゃん、足早すぎるじゃろ。追いつけんかと、思ったわ…。」
「なんで、きたの…」
「…かっしー、怖がりだし。心配だから。」
まだ呼吸も整ってないのに。吸い込まれそうな眼差しを向けてくる。
「あ〜ちゃんも、一緒にいくの。」
一人でいいって言いたいのに。その瞳に見つめられて、違う言葉を発していた。
「…ん。ありがとう。」


あ〜ちゃんと手をつないだまま、扉を開く。休み時間の理科室は、明かりも冷房もついていない。
静まり返った空間に、薬品の匂いが立ち込めている。ポタポタと蛇口から滴る水音が、冷気を誘う。
あ〜ちゃんがつないだ手に力を込めてくる。あたしは、気づかないふりで話しかけた。
「一番奥の窓って、どれのことじゃろ…」
「多分、あれと違う?」
あ〜ちゃんが指さしたその先、ひときわ暗い一隅に破れかけたカーテンが垂れ下っている。
風もないのにひらひらと、はためいているように見える。
(…なんか、嫌な予感する…)
その感覚を無理矢理振り切り、窓に近づこうとすると、あ〜ちゃんが手をぐっと引っ張った。
「ね、ほんまに開けるの?」
「だって、…そのために、来たんだし。」
「…ゆかちゃん、好きな人がおるん?」
「……。」
「言わなくてもいいけど…ゆかちゃんの幸せがあ〜ちゃんの幸せ、なんよ。」
あ〜ちゃんが小さく呟いて、顔を伏せた。言葉を続ける気配はない。
なんとなく、別のことが言いたかったんじゃないかという気もするけど、
今はとにかく、窓を開けてしまいたい、この息詰まる状況を早く終わらせたい。

一番奥の窓の前で、足を止める。その窓は確かに他のとちょっと違っていた。
普通の留め金のほかに上下に2個、蝶つがいがきつく止められている。
誰かに開けられた様子もなく、埃をかぶっている。
無言であ〜ちゃんに手をほどくと、鍵をはずしにかかる。
冷たい鍵に触れていると、背筋がぞくぞくする。どうしても、鍵を開ける手に力が入らない。
その手に、なぜか、鍵が勝手に開こうとする感覚が、伝わってくる。
カチャ…。触れてもいないのに、窓がするすると動いていく。
開け放たれた窓から、夏の日差しに照らされた生ぬるい空気が流れ込んでくる。

「なんね…、なんも起こらん。」

その途端。
一度開いた窓が、ピシャッと閉まった。
開けていた理科室の扉も、音をたてて閉まる。

「えっ…、なっ…何っ!?」

あたしは慌てて扉に駆け寄った。押しても引いても…開かないっ!!
嘘っ、理科室に閉じ込められた。全身に震えが走る。ど、どうしよう…。
「ゆかちゃん、落ち着いて。」
あ〜ちゃんの手が肩に触れて、ゆっくりと背中を撫でる。
動揺したあたしをあやすように、やさしく話しかけてくる。
「ほら、あと15分でお昼休みは終わるけぇ、そしたら誰か理科室に来るじゃろ。
 それまで、おとなしく待っとけばいいんよ。なんも、心配いらん。」
「…う、ん。」
「なんか、扉とか窓の近くにいない方がいいと思う。あっち、行こ?」


教室の真ん中まで手を引かれて、そのまま床にしゃがみ込んだ。
震えるあたしの指先を、あ〜ちゃんが両手でさすっている。
恐怖に歯の根がかみ合わない。うまく回らない舌で話しかけた。
「ご、ごめん、あ〜ちゃんを巻き込んで。。。。」
「ええよ、ちょっとびっくりしたけどね。ゆかちゃん、無理してたじゃろ。」
「……。」
潤んだ瞳があたしを見つめている。…あ〜ちゃんには、何でもお見通しなんじゃね。

パリンッ!
背後でガラスが割れる音がした。
物音に怯え涙目になると、あ〜ちゃんにきゅっと抱きしめられた。
「大丈夫、大丈夫…。二人でおるけぇ、なんも起こらんて…。」
あ〜ちゃんの胸に抱かれていても、小さな物音にまで過敏に反応してしまう。
「…ゆかちゃん、ほんまに怖がりじゃね。」
でも、そういうあ〜ちゃんの指先も少し強張っている。
あ〜ちゃんだって、今ちょっと無理してるような気がする。…どうして?
「ゆかちゃん、なんでこんな無茶したん?そんなにその人のこと、好き?」
返す言葉が出てこなくて、黙ったまま触れあう指先に力を込めた。
「…いいな。そんな風に想われたら、その人はきっと幸せじゃね。」
…言えない。でも、あたしの想う人は、あたしが幸せにしたい人は…。

気がつくと、物音が止んでいた。
教室が奇妙なまでに静まりかえっている。抱きあった二人の心臓の音だけが、とくとくと響く。
「ゆかちゃん、ドキドキしてる。まだ怖い?」
…違うの、あ〜ちゃん。怖いから、だけじゃないの。
ゆかが震えているのは、ドキドキしているのは、それはね…。
「…震え、止まらんね。…あ〜ちゃん、おまじないしてあげる———」
あ〜ちゃんの柔らかい髪がふわっと揺れて。二人の唇が、一瞬だけ重なった。
目を丸くしていると、あ〜ちゃんがお花みたいに笑った。
「ね、もう怖くないでしょ。」

ありがとう、と言うつもりだったのに。
気がついたら、全く別の言葉を口にしていた。

「…足りないよ。」
「えっ?」
「もっと、ちゃんとして…」

動揺したあ〜ちゃんの頬がぽっと赤くなる。
視線を下げてまごまごしてる、…困っとる、よね。
ごめん、なんてこと言ってしまったんじゃろ、ゆかのばか。。。
うつむくあたしに、あ〜ちゃんが囁いた。

「…。欲張りじゃね。ゆかちゃんは…。」


冗談だよって言おうとして顔をあげたら、
あ〜ちゃんのぷるぷるした唇が、さっきより強く押し付けられた。
伝わる熱で、ゆかよりドキドキしているのがわかる。
温もりを離したくなくて、唇をはむって動かすと、
あ〜ちゃんの舌が、…戸惑ったように、入ってきた。
あたしの唇に、歯に、そっと触れる、甘い微熱。
口の中でたどり着いたその舌に思わず吸いつくと、…ちゅっ…と、水音が響いた。
甘酸っぱい苺みたいなあ〜ちゃんの香りが、胸一杯に広がる。
もつれいてた気持ちがほどけて、あ〜ちゃんを包む帳に変わる。
熱くなった呼吸が乱れて…、意識のすべてが、あ〜ちゃんで、満たされる。
あ〜ちゃんの舌先を夢中で追って、すべるように奥まで潜る。
唇に、永遠とも一瞬ともつかない、とろけそうな体温が刻まれていく。
深いキスで紡ぐ優しい音楽、あ〜ちゃんの首筋まで真っ赤に染め上げて。
いつもよりずっと近い吐息に、泣き出しそうになる。

「…っ。。。ゆ、かちゃ……っ」


このまま、時を止めてしまいたい。
このまま、宙に溶けてしまいたい。
このまま、どうなってもいい。じゃけぇ、もっと———…。

息苦しくなって唇を離した、その瞬間。
教室に、突風が吹き荒れる。

「っ!!」

あ〜ちゃんをしっかり抱くと、急いで机の下にもぐる。
荒れ狂う強風に巻き込まれ、机も椅子もガタガタと音を立て倒れていく。
壁際に並んだ薬品棚からビーカーやガラス瓶が零れ落ち、教室中にガラスの割れる高い音が鳴り響く。
予想外の事態に耐え切れず、あ〜ちゃんの体が震え出している。
「…ゆかちゃん…っ」
「あ〜ちゃん。ゆかがそばにおるから、大丈夫だから!」

教室の扉が、突然開いた。向こう側に人影が見える。
そこにいたのは…、あっ、のっち?
「のっち!助けにきてくれたん?!」
「……。」
無言のままふらふらとこっちに向かってくる、その足音がいつもと違う。
暗闇を宿した瞳が、あたしたちを見つめて…———、いない。
その目は何も見ていない。…これは、のっちじゃない…のっちの中に、別の人がいる…!
あ〜ちゃんが震えながら声をかけた。


「…誰?のっちじゃない、でしょ…?」
「オ前達ノ、セイダ…。アノ子ヲ、アンナ奴ニ取ラレルナンテ…。」
「…えっ、何を、言ってるの…?」
「…オ前達モ、大切ナ人ヲ、失ウガイイ…。」

まさか…、あの噂の、理科室の男の子…?
恐怖に体が凍りつく。
声を発することもできず目を見開いていると、
のっちがおぼつかない足取りで、一番奥の窓に向かっていた。
おもむろに窓を開くとふわっと身を乗り出して、…飛び降りようと、している…!
反射的に駆け寄ったあ〜ちゃんが、慌ててその体を抱きしめた。

「やめてっ、こんなことしちゃいかんっ!」
「離セ…、アノ子ハモウ、カエッテコナイ…」
「ねっ、その子のこと好きだったんじゃろ。こげんことしたら、きっとその子は悲しむ!」
「ウルサイッ、ダマレ!」

突き飛ばされてよろけても、あ〜ちゃんはその体から決して手を放さない。
「お願い、のっちを返して。のっちは、あたしの大事な友達なのっ。」
どんなに叩かれても、蹴っ飛ばされそうになっても
ボロボロと大粒の涙をこぼし、必死に縋っている。
「お願い、お願いっ…!」

ああ、怖がっている場合じゃない…二人を、助けないと…!
決死のやり取りを続けるあ〜ちゃんの背後に密かに回り、
寸前で声をかけた。

「あ〜ちゃん、離れてっ!」

あ〜ちゃんが離れるやいなや
のっちの体を思いっきり抱え込んで、力任せに窓から引き剥がす。
後ろ向きに引っ張った勢いが止まらず、のっちの体をつかんだまま床に落下していく。
体が床につく寸前、のっちの体から白い光が放たれるのが見えた…と思った瞬間、
思いっきり頭をぶつけて、意識を失った…。

「…ゆかちゃん、ゆかちゃんっ!」

瞼を開くと、あ〜ちゃんが心配そうにあたしの顔を覗き込んでいた。
ゆっくりと体を起こすと、すぐ隣にのっちが大の字で伸びていた。
周りを見渡すと、あれほど荒れていた教室が元通りになっている。
机も床も薬品棚も、まるで何事もなかったかのように静寂を取り戻している。
あの窓も…、カーテンが風をはらんでふわふわと揺れている。
眩しい日差しが差し込むその窓に、さっきまでの不吉な気配は、…もう、ない。


「あ〜ちゃん、これ、どうなっとるん?」
「わからん。あたしも今、目が覚めたんよ。さっき、のっちの体が光っとるなぁと思った瞬間、
 気ぃ失っとったけぇ…。隣にゆかちゃんとのっちも倒れとるし、あわてて声掛けたんよ。」
「そうなんだ。…あっ、とりあえず、のっちをなんとかせにゃ!」

二人でのっちの肩を支えて、保健室へ運ぶ。
ベットにのっちを横たえて、二つ並んだ椅子に腰かけると、
のっちの髪にあ〜ちゃんが指先を絡めるのが見えた。
「のっち、早ぅ目覚ましてよ…。」
あ〜ちゃんが零れそうな瞳でのっちを見つめている。
あたしはズキズキする後頭部を押さえて、俯いた。
「ごめんね、大事なのっちまで巻き込んだ…。あたし、最低じゃね。」
堪え切れずに、涙があふれ出す。
あ〜ちゃんはあたしの言葉には答えず、後頭部に優しく触れてきた。
「ゆかちゃん、さっき頭打ったでしょ、痛む?ほら、痛いの痛いの、飛んでけじゃ〜!」
…なんで、あ〜ちゃんはこんなに優しいの。あたしは、こんなにひどいことをしたのに。。。
「ゆかちゃん、泣かないで。」
「だって…」
「のっちは強い子じゃけぇ、こんくらい大丈夫…。」
あ〜ちゃんは不安そうにのっちを見つめて、唇をかんだ。

——その眼差し…、そうなんじゃね、…あ〜ちゃん、のっちのこと…。

「…そうじゃね、のっちは強いけぇ、大丈夫!」
カラ元気を出すしかない。あ〜ちゃんをこれ以上不安にさせられない。
「のっち、あ〜ちゃんが心配しとるよ、早ぅ、起きんさい!」
「ゆかちゃん…?」
「あ〜ちゃん、ごめんね。ゆか、もう無茶はせんよ。」
「でも、願い事は」
「それはもういい。ほんまに、のっちが無事ならそれでいい。
 …ゆかも、同じなんよ。あ〜ちゃんの幸せが、ゆかの幸せじゃけぇ。」
「……。」

あ〜ちゃんが無言であたしを見つめている。
…でも、お願い、そんな目で見つめないで。
もう届かないのに。…苦しいよ…。

「…ゆかちゃん、なんか勘違いしとらん?のっちはあたしたちの、大事な友達でしょ。」
「そ、そうだけど…。」
「あ〜ちゃんのトクベツな人は、他におるよ。」

(へっ!?)


「う〜ん…」
「あ、のっち、目ぇ覚めた?」
のっちがゆっくりと瞳を開いた。よかった、いつもの色に戻っている…。
「んっ…、あ〜ちゃん、ゆかちゃん…ここは…?」
「保健室だよ。のっち、倒れたからここに運んだの。覚えとらん?」
「え?保健室っ?!」
のっちが大きな目をぱちくりさせる。あたしは、恐る恐る尋ねてみた。
「あのね、のっち、何が起きたか覚えとる…?」
「何がって…、何かあったの?のっちは、屋上から二人を追いかけようとして、…あれ?どうしたんだっけ?」
必死に思いだそうとするのっちに、あ〜ちゃんが言葉をかぶせた。
「ふふっ、のっち、突然走り出して、目眩でも起こしたんと違う?」
「う〜ん…そうかな、そうかも…??」
「のっちは、慌てんぼうじゃからね〜。」
のっちはあ〜ちゃんにおでこを撫でられて、くすぐったそうに笑った。
あ〜ちゃんは、のっちの記憶がないのを確認して話題を変えたみたい。
「のっち、怪我はしとらん?どっか痛いところない?」
「うん、大丈夫。」

「あ、ところでゆかちゃん、どうだった、理科室?」
「あの噂のこと?そ、そりゃ…あんなん、デマじゃデマ!なんもなかったよ!」
「…そうかな。なんもなくは、なかったよ。」
その言葉に、のっちとあたしは顔を見合わせた。
あ〜ちゃんは、のっちの髪を梳かしながら伏し目がちにつぶやく。
「あ〜ちゃんのお願いは、ちゃんと叶ったし。」
「…えっ、そうなん?あ〜ちゃん、何お願いしたん?」
「のっちは来なかったから内緒。…ほら、もう少し休んだ方がええよ。」
あ〜ちゃんがのっちの頬に手を添えて、あたしに目線を送る。あたしものっちの手を握った。
「…のっち、オヤスミ。」
のっちは少しむくれたけど、疲れに逆らえずに瞼を閉じる。
間もなく、すうすうとやわらかい寝息が聞こえ始めた。
ちらっと横を見ると、なぜかあ〜ちゃんの頬が赤くなっている。…どうしてかな。
あ〜ちゃんから目をそらせないまま、さっきの言葉を思い返す。

(あ〜ちゃんのお願いは叶ったって言ってたけど。なんだろ。…トクベツな人のことかな?)


———えっ?

まさか、ね。

突然のひらめきに、慌てて瞳をそらす。
…そんなん、あるわけない…。何度思い直して、何度否定しても。
動揺した頬が火照り始める。鼓動が再び波打つ。
のっちに触れてる右手、震えだしそう。涙がこぼれないように、天を仰いで。

けれど、不安に揺れていた思いが、確信に変わる。

ベットの下、のっちから見えない角度でつないできた温かい手が、
あ〜ちゃんの震えを伝えてくる。
驚きと喜びの中で、まだこの先が見えないから。
つないだ手、絶対離さないように、ぎゅっと握り返す。

神様、…こんなタイミング、ずるいよ。

でもね…、
ゆかのお願い聞いてくれて、ありがとう…。


おしまい






最終更新:2008年10月12日 15:24