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「…ん、のっち、」
「…なに?」
「もう、いいけえ…。」
「…ごめん。」





朝、目が覚めるとのっちは隣で眠っていた。布団が捲れて綺麗な鎖骨が丸見えだ。あ〜ちゃんは目を細めて笑うとそっと布団をかけなおす。
すやすやと気持ち良さそうに寝ているのっちには悪いが、あ〜ちゃんは今日も1限目から授業がある。ゆっくりしている暇はない。家族に気付かれないように脱ぎ捨てた衣服を綺麗に身にまとってあ〜ちゃんは支度を始めた。のっちは、もう少し寝かせておいてあげよう。
洗面所で顔を素早く洗って再び部屋に戻ると、鏡の前に座って化粧をする。ふと、あ〜ちゃんのマスカラを塗る手が止まった。


(…結局、だめだったんだっけ…。)


もどかしいほどに蓄積された熱は、発散されることはなかった。のっちは、申し訳なさそうに手を合わせて何度も何度も謝った。あ〜ちゃんはその度にいいよと笑った。その熱を自身で発散することもなく、のっちが代わりにずっと抱きしめていたからそのぬくもりがもどかしさを消し、自然と眠気を引き出して、あ〜ちゃんは眠りについた。
あ〜ちゃんはイけなかった。のっちは、「のっちのやり方が下手なんじゃ。」とずっと言っていた。だけどあ〜ちゃん自身は感じていたのは、のっちが下手だとかそういうのではない。ただ、男性とのセックスに慣れてしまっていたからだ。同じ女性同士、気持ちいい箇所がわかっている分、それなりに気持ちよかったし、のっちの柔らかい手はあ〜ちゃんをどこまでも安心させてくれる。のっちが駄目なのではない。あ〜ちゃんはそれだけははっきりと思った。


思考を止めてまだ眠っているのっちの元へ行き、身体を揺らす。


「のっちぃ、もう起きんさい。」
「んう…」


未だ眠気眼ののっちにとりあえず衣服だけ着せたあ〜ちゃんは、家の戸締りだとかを一通り説明したあと、家を出た。こういうことを気軽に頼めるのは、幼なじみの特権だろう。


しかし、あ〜ちゃんは結局1限目を休んだ。なぜなら、大学の門に凭れてハット帽を深く被る見慣れた姿があったからだ。あ〜ちゃんは一目でかしゆかだと分かった。


「ゆかちゃん、何しよん。」
「あ〜ちゃんのこと待ちよったんよ。」


かしゆかがにこっと見せた歯が何だかわざとらしくて、あ〜ちゃんはごくりと唾を飲んだ。2人であ〜ちゃんの通う大学内の広場まで歩く。そこに設置してある白いベンチに座ると、かしゆかがすぐに口を開いた。


「のっちと付き合うことになったんじゃってね。」


いきなり核心を突かれた。けれどあ〜ちゃんは動じなかった。それどころか、「そうじゃよ。」と平然に返してみせた。


「そっか。」


あまりにもあ〜ちゃんが真っ直ぐだからか。かしゆかは悲しげに黒目がちの目を伏せて、それから空を見上げる。ああ、今日も空がきれいだな。


「…あ〜ちゃん。」
「なに?」
「あ〜ちゃんがのっちのこと苦しめたら怒るからね。本気で。そんときはあ〜ちゃんに何するかわからんけえ。」


かしゆかの目は、本気だった。まっすぐで。切なくて。その視線を受けているあ〜ちゃんが思わず目を逸らしてしまいたくなるほどに、強くて迷いの無い目をしていた。あ〜ちゃんは返事をしなかった。


「ゆかちゃん?」
「ん?」
「…やっぱ何でもないや。」


あ〜ちゃんは言うのを止めてしまった。かしゆかはそんなあ〜ちゃんに首を傾げながら不思議に思っていたに違いない。


ただ、あ〜ちゃんにはわからないことがあった。何でのっちはあ〜ちゃんを選んだのだろうか。2人からどうやって付き合いだして、何で別れたのか、詳しいことは一切あ〜ちゃんは聞いていなかった。知らない方がしあわせだということもあるから、あ〜ちゃんは知ろうとしなかった。
かしゆかは、こんなにものっちを想ってあ〜ちゃんに忠告までする。こんなにもヒトに想われるのっちはどれほど幸せなんだと思った。


愛し愛されることを知らなかったあ〜ちゃんが、急にその重さを知った。愛されるということは、愛するということは単純だけれど、簡単ではないはずだ。


ヒトをしあわせにするなんて、あ〜ちゃんには無理な話なのかもしれない。


カウントダウンは、始まっているのに。






最終更新:2009年11月11日 03:49