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のっちに指定された場所は、川辺だった。
夕暮れに染まる川のほとりで、のっちは何やら真剣に石を投げている。

「いけっ…、4っ、5っ、…6連鎖っ!よぉしっ、新記録達成〜っ!!」

石切りをしていたのっちが急に振り返った。
「あ〜ちゃんっ!今のっ、見てくれた?」
ガラガラ声で、川岸に座るあたしに呼びかける。
「へっ?なにが〜?」
「…なんね、見とらんかったの?そりゃ残念っ!」

ステップを踏みながら、鼻歌交じりにこっちに向かってくる。
へへへと得意げに笑って、あたしの隣に腰をおろす。と、思ったら寝ころんだ。

「はあ〜、今日も見事な夕暮れじゃねぇ。」
「そうじゃね。」
「…あ〜ちゃん、なんか、あった?」
「……。なんで、そう思うん?」
「まぁ、あれじゃ、あ〜ちゃんが連絡してきたときは、たいがいなんかあった時じゃけぇ。
 …のっちも、話聞くくらいは、できるし。」
「———別に。なんもないよ。」
「ふぅ〜ん、そっかぁ…。」

会話が続かず、手持無沙汰になったのっちは、
むっくりと起き上がると、草をむしって投げ始めた。
…本当に落ち着きのない子。

「そういえば、…あ〜ちゃん、少し痩せた?」
「ダイエット中だからかな。そんなに変わってないけど?」
「うーん、なんか、大人っぽくなったっていうか、…えっと、」
「ん?」
「きっ、綺麗に、なったよっ。」
「…なんで、そこで噛むかなぁ。まったく残念じゃね。」
「ううっ。せっかく褒めたのに。。。。」
「でも、…ありがと、のっち。」

ひざに顔を乗っけて、のっちに微笑むと、
のっちの頬は、夕焼けに染まって真っ赤になっていた。
遠い目をしたのっちが、草をむしる手を止めて、対岸を見つめる。

「…あのねぇ、のっちは、もしもつらいことがあった時はね…、
 こうやって川辺に寝ころんで、空を眺めるんよ。
 もうすぐ日が落ちるじゃろ。そしたら、一番星を探すの。
 で、見つけたら、心の中で『きっと明日は、いいことがある。絶対ある。』って唱えるんよ。
 いつも、そうしとるの。」

「…ふーん。一番星、ね…。」
「あ〜ちゃん、のっちと一緒に、探してみる?」
「…遠慮しとく、子供じゃないし。」
「なんね、つまらんねー、大人は!」

のっちは立ち上がって、思いっきり伸びをした。
夕暮れに照らされたのっちの背後に延びる、大きな影。


「…夕焼けこやけで、日が暮れて〜♪…」

まだ声が元に戻ってないのに、楽しそうに歌ってる。
のっち、本当に歌が好きなんだなぁ…。

「…ねぇ、のっち。…誰かを好きになるのは…、———つらいね…。」
「…ん?」
「な、なんでもない。」

「…あ〜ちゃん。」
「うん。」
「……のっちじゃ、ダメなの…?」
「…えっ?」
「のっちだったら、絶対、あ〜ちゃんにつらい思いさせないけどな……?」

のっちに瞳の奥を覗きこまれる。
落ちかけた夕日が逆光になって、のっちの表情が見えない。

(…のっち?)

動揺して答えをためらった瞬間。のっちがくすくすと笑いだした。

「なんてねっ、冗談じゃ、冗談っ!なーに、間に受け取るん?珍しい〜。」
「じっ、冗談?!誰だってびっくりするじゃろ、そりゃ…」
「ふふふ、いつものお返しじゃ!ちょっとからかっただけだよっ!
 ……むっ!…ヤバイ、おしっこしてくるっ!」

のっちはくるっと方向転換して、ダッシュでトイレに向かった。
ムードのない子じゃね、まったく…。

…もしかしてのっちは、さっき、あたしが一瞬困った顔したの、…気がついた?
ああ見えて、勘がいいからコだからな…。

のっちがなかなか帰ってから心配になっていると、急ぎ足で向かってくるのが見えた。
気合いでも入れてるのか、顔をぱしぱしと叩いている。
…でも、なぜか、瞳のふちが赤くなっている。

「ふぅ、すっきりした!ついでに顔洗ってたけぇ、遅くなってごめんね。
 …あのさぁ、あ〜ちゃん、…急で悪いんだけど、のっち用事思い出したけぇ、帰るわ。」

のっちはしゃがんだままのあたしの頭上ををふわりと掠めて、鞄を手に取る。
唖然とするあたしを置き去りして、勝手にどんどん歩いて行く。

「のっち、ちょっと、待っ…!」

慌てて立ち上がって追いかけようとすると、
道の途中で、のっちがぴたっと止まった。
振り向かないまま空を見上げて、すっと真上を指差した。

「あ〜ちゃん、見てっ。…あれが、一番星!」
「はっ、どれが?」
「そいから、伝言っ!」
「えっ?」

「…ゆかちゃん、今は家におるって!電話してみれば?」


「ほな、また明日〜っ」

天にかざした指先を広げるとそのまま2回大きくバイバイして、
一度も振り返らずに、スタスタと歩いていく。
すっぽりフードをかぶって背中を丸めたその姿が、どんどん小さくなる。

———のっち。

……いつから、知ってた?
全部、わかってて、…さっき、ゆかちゃんに連絡した…?
…それで、…ひとりで、泣いてた…?

「のっち、待って!」

のっちの足が止まった。でも、振り向く気配はない。

「待ちんさい、そこから動いちゃダメっ!」
「…もうっ、一体なんね?のっちもいろいろと忙しいんですけど?」

のっちが逃げないように会話をしながら、距離を縮めていく。

「忙しいって、何が?」
「…ゲ、ゲームも途中だし、読んでないマンガもあるし、海外ドラマもみなきゃだし」
「他には?」
「洗濯もしたいし、台所の片付けもあるし、それから、」
「…で、それとあ〜ちゃんと、どっちが大事?」

ようやく追い付いたのっちの服の裾を掴む。

「ねぇっ、」

急に振り向いたのっちに、強く抱きすくめられる。

「…っ、そんなんっ、あ〜ちゃんが一番大事に、決まっとるじゃろっ!!」

震える両腕で、痛いほどに締め付けてくる。
温かい涙の粒が、あたしの肩先をしっとりと濡らしていく。

「…い、いつ、だって、なんだ、って、
 …のっちの、一番は、あ〜ちゃん、に、き、決まっとるっ、の…っ」

しゃくりあげるせいで、言葉を噛む癖がひどくなっている。
のっちは自分の涙声に慌てたように、あたしの肩から顔をそらした。
真下を向いたのっちの表情をうかがうことは、できない。

「…ごめっ…、あ〜ちゃん、の、のっちのことは気にせんで、早ぅ、行きんさいっ!」
「のっち…」
「行って、もう行って!……お願いだからっ」

うなだれたのっちに、突き放された。
二人の体は、すっと離れて、もう手を伸ばしても、…届かない距離に、なった。


前に踏み出そうとすると、のっちがおびえた子犬みたいに後ずさりする。
涙をこらえて俯いて、足元の小石をけってくる。

(…これ以上、そばに来んでよ…。)

なげやりに放り出されたつぶやきは、夜風に流されてかすれ、消えてゆく。


のっち…。

そばにある温もりと、手を伸ばしてもつかめない温もり。
あたしの望みは…。

「行かない。…あ〜ちゃん、行かないよ…。」

そう呟いて、ゆっくりと距離を縮めると、
のっちは、…もう逃げなかった。

おずおずと差し出されたのっちの指先と、
震えそうになるあたしの指先が、触れあう。
そのままのっちの指を掴んで、自分の方に引き寄せて、
俯いたのっちのおでこに、自分のおでこをくっつける。
立ち尽くしたのっちは目をつぶって、されるがままにしている。

「……。」
「…あのね、のっち。」
「…ん。」
「あたし、…もう、綺麗なお姫様じゃないよ。…それでも、いい?」
「…。あ〜ちゃんなら、なんでもいい。」
「…背中の翼も、もう折れてるの。…それでも…?」
「いい。のっちのを、あげるから。」
「……。」
「あ〜ちゃんが欲しいものは、全部あげる。」

のっちが瞼を開いた。その眼差しをゆっくりと合わせてくる。

「あ〜ちゃん、…、キス…して、いい?」

おでこを離してうなずくと、のっちの揺れる前髪が頬に触れた。
…のっちとの初めてのキスは、すごく、…やさしくて。
触れ合った部分からじんわりと温かくなって、のっちの体温に包まれる。
ゆかちゃんの焼けつくようなキスとは、全然違う…。

——のっち。

ぎゅって、して…。頭をなでて、名前を呼んで。
…それから、…好きって、言って…。
口に出せない望みを潤んだ瞳に込めて、指先を強く握る。

のっちは、ドキドキしている心音を隠さずに伝えてくる。
のっちの片手が、あたしの髪に、頬に、首にやわらかく触れて、
耳元でささやかれる。。。。

「あ〜ちゃんが、…好き。」


…あたしは、
まだ頑張れると思ってた。自分を覆い隠していた。
無理してることに気付かないふりをして、…それでもいいって思ってた。
だけど、
…こんなに、傷ついてた。こんなに、苦しかった…。
ホントは、…もう、ずっと前から、ボロボロだった…。
引き裂かれ泣き叫んでいた心を、胸の奥に封じ込めてた。

…そのすべてが、温かいのっちの両手に包まれて、解かれていく。

「…のっち、、、」

のっちに小さくいいこいいこされて、
握りしめた手に、涙の雨が、降りはじめる。
次第に目の前が霞んで、気がついたら、何も見えなくなっていた。
とめどなく溢れる大粒の滴を、何度もぬぐってくれる温かい指先、
涙の跡まで消し去って。。。。

「あ〜ちゃん、好き。…好き、…好き…」

何度も何度もつぶやいて、息が止まりそうなくらい、強く抱きしめてくる。
ああ、のっちも。…激しい思いを抱えて、苦しんでいたんじゃね。
熱くなった吐息を、のっちの耳元にかぶせる。

「のっち…」
「…うん?」
「あ〜ちゃんのこと、…好き?」
「好き。」
「…のっち。」
「ん?」
「……あ〜ちゃんと、する?」

のっちの体が一瞬、強張った。
抱きしめていた腕を静かにほどいて、あたしの目を見つめたまま首を振る。

「…今は、しない。」
「嫌?…あ、外だから?」
「ち、違うんよ、そうじゃなくて。」
「…?」
「えっとね、…あ〜ちゃんが、のっちのこと、ほんまに好きになってくれるまで…、
 待っていたいの。」
「……。」

のっちがあたしの頭をポンポンと撫でる。
「そんなに、無理せんで。」
「あ、あたし…」
「のっち、のんびりしとるけぇ。…全部急がんと、ゆっくりで、ええじゃろ。」

のっちのキラキラした瞳が、あたしを見つめている。
…あたしは、ほんまにダメじゃ。無意識に、ゆかちゃんとの時の癖が出てた。。。
 これじゃ、まるでがっついてるみたいじゃろ。…かなり、恥ずかしい…。


「ん?あ〜ちゃん、照れとるん?…ほんまに、かわいいなぁ!」
あたしの腕をぷにぷにとつついて、お日さまみたいに笑った。
顔が真っ赤になってしまいそうで、慌ててのっちの胸に顔をうずめる。
「甘えんぼさんじゃね、あ〜ちゃんは。」
「ちっ、違うもん!」
「何が違うん、ほらほら?」
のっちがあたしのお腹をくすぐる。
「きゃっ、んっ、うふふっ、くっ、くすぐったいよ、のっち。こらっ!」
「ほーら、もっと笑って?あ〜ちゃんの笑顔は、最高じゃ!」
「もっ、ばかぁ。。。」
「えへへっ、楽しいね〜!」

無垢なのっちの笑顔が、まぶしすぎて。
あたしをくすぐり続ける両手をぎゅっと握って、囁く。

「ねぇ、のっち。」
「ふん?」
「……のっちのこと、…好きになって、いいの…?」
「なんね、また言わせるん?のっちは、あ〜ちゃんのことが、だ」

のっちの言葉にキスをかぶせる。

「じゃ、約束して…。」

動けないのっちの首筋に顔をうずめて、想いを伝える。
「…いつも、あ〜ちゃんのそばに、おってね。」
「…うん、ず〜っと、おるっ!」

のっちの右手が、宝物に触れるみたいにあたしの頭を撫でる。
左手をゆっくりと背中にまわして、抱きしめてくる。


…今は、まだ、

あの熱い指が、忘れられない、かもしれない。

またあの瞳に誘われたら、惑わされてしまう、かもしれない。

だけど、あたしは。。。
…君を好きになりたい。

だから、
絶対、あたしを放さないで。

…お願いじゃけぇね。







最終更新:2008年10月12日 17:43