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そばにいてって言えないくらい
好きだった人がいて
好きだよって言えないくらい
愛してる人がいた
あきれるほどの寒さより
レンジで温めたセリフより
ただ届けたいのは

ただ届けたいのは——


【メッセージ】from A

東京で過ごす2度目の冬だった。

木枯らしが冷たく頬を撫でる。
今まで故郷の暖かい気候で過ごしていたから、寒さに慣れないこの季節はあまり得意じゃなかった。
冬の澄んだ空気や、故郷で見ることのない雪を見られるのは好きだけれど。

去年のちょうど今頃、初めて雪を見て3人で大はしゃぎしたのを思い出す。

今日もこんなあきれるほどの寒さだから、雪くらい降ってくれてもいいのに、朝の天気予報は晴れのマークひとつのみを示していた。

今年買ったばかりのピンクのマフラーに顔をうずめて、足早に帰路を急ぐ。
イヤホンから、最近お気に入りのガールズバンドの曲が耳を楽しませてくれた。


こうやって一人で雑踏の中を歩くのも馴れたものだ。
最初、この街の人という人をみたときは、今日は何かお祭りでもあるのかと目を疑ったほどだった。

今ではその「お祭り騒ぎ」の中の一人として、怖じ気づくことなく闊歩できるのだから、"馴れ"とは恐ろしくも頼もしい。


駅前の、新しくオープンしたというケーキ屋さんに目が止まった。
中を見ればカフェスペースもあり、満席状態。
若い客がおいしそうにスイーツを頬張っていた。

自動ドアをくぐると、暖房特有の匂いと暖かさ、同時に甘い香りが食欲をくすぐった。

かじかんだ手をこすり合わせながら、ショーケースの中で色鮮やかに並ぶケーキを見つめる。
色とりどりのたくさんの種類に散々悩み、3人の好みを考えて、ショートケーキとモンブランと、季節限定のかぼちゃのムースを選んだ。

愛想のよい若い女性店員と軽い会話をして精算し、店を出る。

また冷たい乾いた空気が私を包んだけれど、向かう先での時間を考えると、足は勝手に動き出した。


交差点で信号待ちをしている向こう側の道に、手を繋いでいる—たぶん同年代の—女の子二人がいた。

その光景はこの都会の中じゃ珍しいものでもないのに、私は彼女達をじっと見ていた。
二人は、とても楽しそうに、きっと他愛の無い世間話でもしているのだろう。

私が、ああしていたいのは———

そう思い浮かべかけたところで、信号が青に変わり、人の大波が動き出す。
すれ違いざま垣間見た彼女達の顔は、純粋に楽しそうな笑顔だった。

寒さから逃げるように、空っぽの左手をぐっと握った。


「あ〜ちゃん!!おかえり!」

寮に着くと、のっちがぶんぶんと右手を振っていた。

玄関のロビーのソファに座るかしゆかも、次いで手を優しく振る。

「おかえり。寒かったでしょ。」
かしゆかは暖かく微笑みながら、私の手を両手でぎゅっと握ってくれた。

「ただいまぁ。わざわざ玄関で待ってくれとったん、ありがと〜。あ、これおみやげ〜!」

買ってきたケーキが入った箱を高々と掲げる。
ふたりは目をきらきらさせて、感謝の言葉を述べまくった。

「わーっありがとー!
あ、荷物持つよ〜」

のっちが参考書や教科書がぎっしり入った私の通学鞄をひょいと持ち上げた。
軽く礼を言って、私は靴を脱ぐ。


「じゃあいきますか〜」

のっちを先頭に、私の部屋へ向かう。
道中、かしゆかが私の冷えきった手を握っていてくれた。
冷たくかじかんだ手には、かしゆかの柔らかい暖かさが沁みた。

「ゆかちゃんの手大きいしあったかい」

「…でも、手あったかいと心冷たいみたいじゃない?」

「まさかぁ。ゆかちゃんは優しーよ」

私の言葉に、嬉しそうにかしゆかが笑った。




今日の日のために部屋はばっちり掃除したから問題なし。
折りたたみの簡易テーブルを引っ張り出して、ケーキの箱を真ん中に置く。


「あ、座っていいよ」

私がそう言うまで、突っ立ったままでいる二人の律義さがおもしろくて、笑ってしまった。

「親しき仲にも礼儀あり、だからさ」
「荷物ここ置いとくね」

テーブルを囲んで、早速ケーキの箱を空ける。

「のっちモンブラン!」
「ゆかショートケーキ!」
「どーぞ」

私の予想通りの選択をして、各々フォークでつつきだす。

「んまいっ!」
「ねー!ゆかのも食べる?」

そう喜ぶ二人の顔を見て安心した。
やっぱり私にとって、このふたりの笑顔が唯一ココロを温める栄養剤なのだ。
3人でそれぞれのものをもらって、ケーキの味にしばし浸る。


「補習どうだった?」

私の荷物を見ながらのっちが言う。

「んー、先生曰くみんなには追いつけたみたい」

先週は3人とも"仕事"のほうであまり学校に来れなかった。
そこに私の風邪が重なり、私だけが授業に遅れていたため、今日は土曜日だというのに学校まで補習を受けに行ったのである。
その帰りに、こうやって3人で集まろうという流れだった。

「あ〜ちゃんは頭いいからすぐわかるよ」

かしゆかがショートケーキのイチゴをフォークで刺して言った。

そこから話題は受験生ということもあり進路や成績の話に移り、脱線して学校のクラスメイトや先生、はては誰と誰が付き合っただのの恋バナにまで発展した。

女の子3人が集まれば恋愛の話になるのは必然といってもいい。
大いに盛り上がるころには、それぞれのケーキもすっかり姿を消していた。

学校ではクラスも違うし、休日に会うとしても"仕事仲間"としてだから、こんなに話ができる時間は貴重だった。



誰からともなく、周りの「好きな人」の話題になった。

「誰にも内緒だよ?中田くんて水野さんのこと好きらしいよ!」
「え!あの無口でイケメンの中田くん!?」

二人が盛り上がっているのが、遠くに聞こえた。

「意外〜。中田くんて色恋沙汰には興味なさそうなのに。」
「ね〜でも水野さん他に好きな人いるみたいだよ。」


『すきなひと』——?

忘れようとしていたはずの、気持ちが。
また心臓の奥を揺さぶった。

何度も気づいてないふりをして、自分を抑えこんできた。

思春期にある一時の錯覚だって。
確かなものじゃない、"友達"以上の感情。

この気持ちを認めてしまったら、今まで通りの3人じゃいられない気がするから。
”友達”でいるために、”親友”でいるために。
こんな許されない感情は、発露するべきじゃないんだ。

胸の奥の奥をぎゅっと押さえつける。


「あ〜ちゃんは?」

私を見る笑顔が、いつもより儚く見えた。

「——私は…いない、かなぁ」

自分に言い聞かせる意味も込めて。

「あ〜ちゃんはどっちかっていうと相手から来るもんね〜」
「モテるもんなぁ」

3人で、ずっといるために。
この気持ちはばれちゃいけないんだ。
いくらそばにいてほしくても、
いくら「好き」でも、
いくら愛していたとしても。




「そういうのっちはどうなの」

かしゆかが鋭く質問を投げかけた。
その瞬間心臓が小さく跳ねた気がした。


「のっち?のっちは、ふたりが好きだよぉ〜」

冗談半分で、のっちは私とかしゆかの肩に、大きく手を広げて伸ばした。
そのウィンナーみたいな指をした手は、私の左肩をしっかりと引き寄せていた。


「…ありがと」

そう答えるのが精一杯で、笑いの涙でごまかすように目をこすった。

この呆れるほどの鈍感さも、全て好きになってしまったんだけど。



寮の夕食のために、ガールズトークはそこでお開きとなった。

食事中は、いつもの自分でいられたのだけど。


夕食を終えて、それぞれ別れて部屋に戻る。

窓を見るとすっかり夜の帳が降りていた。
日の入りが早いこの季節は、夕日を眺める余裕もない。
その太陽のように沈む気持ちを胸にしまいこむ。

気分を晴らそうと、入浴を済ませて、髪を乾かす。
鏡に映った自分はひどく暗い顔をしていた。


カーテンを閉めようとベッド際の窓に近寄ると、冬の澄んだ空が一面に広がっていた。

オリオンの腰の三連星が、東の空にかすかに輝いているのが見える。

ここからでは同じに見える星も、遠い宇宙では全く違う星だというように。
きっと、彼女の「好き」は、私の「好き」とは違うものなんだろう。


ずっと悩んで、ずっと答えを出せないまま、平行線
決して彼女とは交わらない。
交わっちゃいけないから。

いろいろ考えても解決しないことは世の中には山ほどあるとはいっても、
こんな苦しい思いをするくらいなら、いっそ彼女なんていなくなればいいなんて冗談半分で星に願
うけど。

私の本当のお願いは、見事に叶わないまま。






最終更新:2010年01月19日 19:20