「だから言ったでしょ?」
目の前のこの人は相変わらず真っすぐだ。
優しくて、やわらかくて、のっちに甘いくせに、強いんだ。
[まだ、まだだよ]
「何回言えばわかるんよ」
呆れたような口振りでのっちの頭をクシャッと撫でる手つきは、いつの間にか板について、そうされるのがあまり得意ではなかったのっちも、今じゃ大得意な顔をしている。嬉しそうに笑顔を向けて、どろどろに緩んでいる。
自分はクールで、恋愛だって真面目じゃないし、甘ったるいことなんか好きじゃないと、そう思ってたのはいつの時代だろう。思い出せないくらい昔のことだ。のっちはそんな自分に少し呆れた。自我が崩壊してるようにもみえた。でもそれはきっといい意味。
「のーんのん」
おいでおいで、と手招きされてかしゆかの腕の中に飛び込んだ。そのままベッドに倒れこんで、クスクスと二人して笑う。何が楽しいんだか。おもしろいことなんか起こってないのに、二人は二人でいる、ってことだけで嬉しくて笑いあえた。
「まーさか、のっちがこんな子だとはねー」
かしゆかはのっちの耳に触れ、優しくあやすように言った。今度は嬉しくて肩をすぼめるのっちの眉毛を触った。頬っぺたをウニウニと指でつまんでは楽しそうにしてるかしゆかを見て、のっちもだらしなく笑った。
2年とちょっと前、のっちは決心した。愛なんて、恋なんて、と思っていたのも、かしゆかに出会って変わった。自分勝手な都合ばかりを押しつけていたのっちに、かしゆかは何も言わなかった。眠い目を擦って、のっちに合わせて、“ありきたりで幸せな恋愛”とは程遠い恋愛をさせていたのに。それなのにかしゆかは何も言わず、ただ「またね」と、真っ赤な目で笑ってくれた。
のっちは決心した。胸の中で払拭できないままだった苦い記憶ともお別れして、かしゆかとの未来を考えた。かしゆかとの明日を考えた。かしゆかと、ずっと一緒にいれたらな、と。
「ゆかちゃん、ずっと一緒にいたいんだけど」
まるで懇願しているような垂れた眉毛。かしゆかは耐えきれなくて笑いだした。
「ちょっとー笑わんでよぉ」
「いや、ごめんごめん」
「もぉー」
「でも、のっち!」
かしゆかは笑うのをやめた。真っすぐ強い目でのっちを見た。のっちは少し怖気づく。別れ話は慣れてなかった。振られる覚悟もしてこなかった。考えてみれば、この関係に未来などない、と。つい最近自分自身が思ったことだ、とのっちは気付いて見事にテンションを落とした。かしゆかはすぐにそれに気付いて、のっちの頭を優しく撫でた。
「ずっと一緒にいたいって思ってくれてなかったら困る」
「別れるつもりなら最初からこんなリスクのある恋愛しない」
「のっち今更なに言ってんの?」
泣きたくなった。情けないし、腑甲斐ないし。のっちは泣きたくなった。結局かしゆかはのっちの不安もお見通しだったんだ。守るつもりが結局、のっちはかしゆかに守られていた。
「だから言ったでしょ?ゆかが守ってあげるって」
のっちは一瞬にして2年前のある日のことを思い出した。思い出して、納得した。そうだ、そうだ。随分昔から、のっちはゆかちゃんに守られていたんだ、と。
二人は明日も、この先の未来も、同じ方向を向こうと決めた。のっちにとって、そう思えた人は初めてだった。それもそうだ。のっちが初めて“本気”で恋愛をした相手は、かしゆかだった。
「ちょっとのっち聞いてるー?」
「ん?あぁ、聞いてるよ」
ベッドの上でゴロゴロと、身体をぴったり密着させながらかしゆかは楽しそうに話す。一緒に住んだら片付け手伝ってよね、リビングに漫画持ってこないでよね、テレビは大きいほうがいいな、仕事もいいけど休みの日はどっかに連れてってよね、と。のっちはだらしない笑顔のまま頷いた。
「ゆかちゃん、本当にのっちでいいの?」
情けない言葉にかしゆかは優しく笑った。この何年かで、確実にのっちの扱い方がうまくなった。
「もぉ、何回言えばわかるんよ」
「ゆかはのっち“が”いいの」
それを聞き、のっちはにやけるのを我慢してかしゆかの胸に顔をうずめた。かしゆかはその頭を撫でて何度も何度もキスをした。うずめた先に見えた白い肌に、のっちも何度も何度もキスをした。
「ゆかちゃん、どこにもいっちゃやだよ」
「大丈夫だよ」
「うん」
「のっちもフラフラしちゃだめだよ?したら殺すよ?」
「うん、しないもん」
かしゆかは笑って何度も何度も頭を撫でた。その細い腰にのっちは絡み付くように抱きついた。なんか、こうしてると、、
「…守られてるみたい」
子供みたいな声を出すのっちに、かしゆかの顔が緩んだ。
「だから言ったでしょ?」
「うん?」
「ゆかが守ってあげるって」
「…うん」
「ずーっと守ってあげる」
抱きつく力が強くなったのを感じてかしゆかは益々のっちに優しくなる。益々のっちに甘くなる。
何度も聞いたその言葉に、のっちは心底守られていた。胸の中にいつまでも残ろうとする苦い記憶や、その傷からも、かしゆかは守ってくれた。
2年とちょっと前、寒くて胸が痛くなったあの時、ちゃんと決心できてよかった、とのっちは切に思った。あの時向き合えてなかったら、今と同じ未来はなかった?
「ゆかちゃん、うちらも随分ながーいこと一緒にいるよね」
「なに、嫌なん?」
「
違う、違うよ!それなのに仲良しだなーって」
「ふふ、まだまだ、だよ」
一世一代の大告白から、5回目の春を迎えようとしている。
のっちとかしゆかはこれからも一緒にいるのを選んだ。ならば、
「まだまだ、だね」
end
最終更新:2010年02月06日 19:58