ゆかちゃんと待ち合わせをしたのは、駅近くのカフェ。
店の外から覗くと、ゆかちゃんは先についていて、
窓際の席でカフェオレを飲んでいた。
あたしが店内に入っても、まだ気がつかないみたい。
夕暮れに照らされた窓辺で、ほおづえをついて遠くを眺めている。
風景画みたいに綺麗な横顔が、物思いに沈み愁いを帯びていた。
なんとなく声をかけ損ねていたら、気配に気づいたゆかちゃんが顔を上げた。
「…あ、のっち、来とったん?」
「遅くなってごめんね。」
ゆかちゃんの前に腰をおろした。
目の前にグラスが置かれたので、すぐに注文をする。
「すいません、コーラお願いします。」
「炭酸?…子供みたいじゃね。」
「あ、ゆかちゃん炭酸ダメか。おいしいのに残念じゃね〜!」
ゆかちゃんが苦笑いしてる。
その瞳のふちが、なぜか赤くなってる。
あたしが見ているのに気がついたのか、すっと目線を下げた。
「ゆかちゃん…?」
「…のっち、今日はどうしたん?のっちからの誘いなんて珍しいから、びっくりしたわ。」
「えっと、そのー、…ちょっと話があってですね〜。」
「…なぁに?何の話じゃろ?」
言葉は優しいけど、目を合わせようとしない。
ほんまは、ゆかちゃんの方こそ、のっちに話があるんじゃないの?
…って言おうとしたけど、顔を上げる気配がない。
…何も言わんのなら、いいかな。
———こっちから、始めるよ。
「…のっちね、今、あ〜ちゃんとつきあっとるんだけどね。」
ゆかちゃんが一瞬固まった。が、すぐに何でもないみたいに返答を返してくる。
「あ、そうなんだー。」
「どうしたらあ〜ちゃんが、のっちのこと、もっと好きになってくれるかなぁと思いまして…」
「…さぁ、それは…、どうだろう、ね…。」
ゆかちゃんが手元のカップに手を伸ばした。
指先がちょっと強張っているのか、うまく取っ手をつかめないみたい。
…ゆかちゃん、…意地っ張りじゃね。
「あ〜ちゃんは、ほんまにかわいいよね。」
「…そうじゃね。」
「知っとった?あ〜ちゃんってねー、抱きしめるといい匂いがするんよ!」
「抱、きしめる…?」
冷静なゆかちゃんに綻びが見え始める。…目が、ちょっと怖いよ。
「んっ?ゆかちゃん、どうしたん?」
「…。なんでもない。」
「…そいでねー、チューすると真っ赤になってね、」
「チ、チューっ!?」
ゆかちゃんの声が裏返った。が、急いで咳払いして誤魔化した。
低い声で返事を返してきたけど、目が完全に三角になっとる。
「ねぇ、のっち、…あ〜ちゃんに、何、したの…?」
「何って?……別に、なんもしとらんよ?軽くチューしてちょっと触っただけ。」
「軽いとかちょっととか、関係ない…!」
「いやいや、ほんまに…、まぁ、そのー、未遂っていうか。」
「未遂っ?」
あのー、ゆかちゃん…?
自分では全く気づいとらんかもしれんけど、顔が怒りで真っ赤になっとるよ…?
……はぁ。
いやはや…。やっぱり、そうですか。そういうことですか。
…ってことは、コレを言うしかないのですか、…神様…?
「…だって、かなわんじゃろ。あ〜ちゃんってば、首にチューしたら泣きだしちゃうし、
挙句の果てに、寝言で『ゆかちゃん…』とか言い出すんよ!超ヒドイと思わん?
のっちが横におるのに、まったくありえんじゃろ!もう、泣けたのなんのって。
チューのひとつやふたつして、ちょっと触るぐらいしたところで、罰当たらんと思わん?
っていうかこんなん、のっちの傷つき具合に比べたら、全然足りんくらいじゃ!
———そうじゃろ、そう思うじゃろっ、ゆかちゃんっ!?」
「へっ!?いやっ、あっ……あ〜ちゃんってば、そんなことを……?」
ゆかちゃんの口元が緩んでいる。あんなに厳しかった目が子羊のように優しくなってる。
…こらぁっ!のっち相手に正直すぎるじゃろっ、ゆかちゃん!
「…ゆかちゃん。そんな嬉しそうな顔、せんでくれんかな!?
いくらのっちがMだからって、これはなんぼなんでも、ひどすぎるわ!
これって、どんなプレイなんよ!マジでヤバフィス!
ふぅふぅっ、……と、えっとー、それは、まぁ、置いといてもじゃね。
なんだかんだ言って、あ〜ちゃんはゆかちゃんのことが、大好きなんじゃね。」
「……。」
「というわけで、今日の本題です。」
「…?」
「…大変悔しいけど、ゆかちゃんに、あ〜ちゃんを返してあげる。…大事にしんさいよ!」
ゆかちゃんが、絶句した。目をまん丸にしている。
「かっ、返すとか、返さないとか、そういうことじゃなくて。」
「じゃあ、のっちが強引に襲っちゃってもいいわけ?」
「そんなの絶対ダメーッ!!」
想定外の大きな声がでてしまったみたいで、自分で自分の口元を押さえている。
慌てて周りをきょろきょろと見渡している。…あっ、耳まで赤くなっとる!
「あははっ!ゆかちゃんは、あ〜ちゃんのこととなると、突然むきになるんじゃね。
そういうキャラじゃないと思ってたんだけど、人は見かけによらんもんじゃ。」
「ゆっ、ゆかは、そのっ…。」
「ゆかちゃんが、あ〜ちゃんのことをどう思っとるかだけ気になったんだけど、
そこまでハマッてるとは思わんかったわ。…今回は残念ながら、のっち完敗じゃ!」
「……。」
「ついでにサービス。あのね、ゆかちゃん。最初からそうやって素直にしとればいいのに、
変にカッコつけようとするもんだから、あ〜ちゃん、不安になっとるよ。」
「ゆか、別にカッコつけようとしたわけじゃなくって…」
「せめてさ、あ〜ちゃんにちゃんと『好き』って言ってあげなよ。」
「…そ、それは…。その、…恥ずかしいじゃろ…。」
「何を言ってるの?自分はさんざん言わせたくせにっ?!」
「っ!!」
ゆかちゃんがカップをつかみ損ねて、中身をこぼした。
ナプキンを取り出して、あたふたとテーブルを拭いている。
こんなに慌てふためくゆかちゃんは、なかなか見られない。かなりオモローだ。
「…ねぇ、ゆかちゃん。意地張ってると本当に手遅れになっちゃうかもよ?
のっちもチューしとるし、チャンスはゼロじゃないけぇ。まだまだあきらめんよ?」
…あ、あれ?ゆかちゃんが、しゅんとなった。肩を落としてしょんぼりしてる。
そっか。自分が好きな人がほかの人とチューとかしとったら…、そりゃ、へこむよね。
…ちょっと励ましとくか。
「ほら、なんというか、その、あれじゃ、…女の子はさ、素直な方が可愛いじゃろ?」
「…うん。」
「あ〜ちゃんに、ちゃんと伝えてあげんさい。」
「…ん。」
「ゆかちゃん、頑張りんさいや!ゆかちゃんは、やればできる子じゃ!
…って、何でのっちが自らライバルを応援せにゃいかんのよ!まったく、信じられん。」
「のっち、———その…、ごめんなさい…。」
ゆかちゃん。…そんな顔で謝られると、のっちのむなしさ倍増なんですけど???
「ゆかちゃん。…あ〜ちゃん、この近くの公園におるけぇ。早ぅ、行ってあげんさい。」
「のっち、…ほんまにいいの?」
「いいもなんも、仕方ないじゃろ。———ただしっ!」
「?」
「今度あ〜ちゃんを泣かせたら、のっち、絶っ対許さんから!
次はチュー以上のこと、しちゃうからねっ!わかった?」
「…わかった。———ありがとねっ、のっち!」
ゆかちゃんがバックをつかんで立ち上がる。
あっという間に扉をくぐって、躓きそうになるほど慌てて走っていく。
振り向くこともなく、前だけを見つめて、息を切らして駈けてゆく。
(……うん、ゆかちゃん…。———それで、いい。)
ひとりだけのテーブルに、沈みかけた夕日が差し込む。
グラスを光にかざしてみる。影が、伸びる。
溶けた氷が夕日に反射して、キラキラしている。眩しくて目がくらみそう。
そのグラスを額に当てると、
知らないうちにほてっていた顔が冷やされて、気持ちがよかった。
…それにしても、じゃ。
ほんまに、なんて手のかかる人たちなんじゃろ。
あほらしくてやってられんわ。っていうか、のっちどこまで親切なんよ。
いい人すぎて泣けてくるよ。いや、逆に笑える!超ウケルよッ!
…って、
だってさ…、
…もう、笑うしか、ないじゃろ……。
———ねぇ、そうじゃろ…?
「さぁて、のっちも帰ろっと…」
ぽそっとつぶやいて、
グラスの残りを、氷ごと一気に飲み干す。
ガタンッ!
乱暴にテーブルにグラスを置いた。
急に頭がキーンってなって、涙が出そうになった。
でも、絶っ対泣かない。だって、こんな氷のせいで泣くなんて、しゃくだし。
…冷たいし、痛いし、苦しいけど…。これ全部、氷のせいだしっ!
あぁ、
そうだった、こういうときは。
…探さなくちゃ。
いつもの味方を。あたしだけの味方を。
会計をすませてカフェを出ると、
日が暮れかけて、空全部が綺麗な紫色に染まっていた。
ひとりぼっちの帰り道は、
川辺沿いを、空を仰いで、てくてく歩く。
それを探して、ひたすら探して。
———と、
その途端。
さっきまで堪えていた涙があふれ出て、一番星が滲んだ。
「…、ぅぐっ…!」
嗚咽が漏れそうになるのを、奥歯をかみしめて我慢する。
袖の裾をひぱって、ごしごしと涙をぬぐう。
(…泣いてる場合じゃ、ないのっ。今日は、願い事せんといかんの。
今日のは、特別なお願いだから、…気合い入れて、やらんと…。)
頬をぱしぱしとたたいて、もう一度、空を見る。
…あのねぇ、お星さま。
のっちはね…。
のっちは、ね、…もう、…あ〜ちゃんの傍には、おれないの…。
だから、のっちのかわりに空からずっと、あ〜ちゃんを見守って。
…あ〜ちゃんが一番好きな人と、ずっと一緒におれるように、お祈りするよ。
のっちが歌うけぇ、聞いとって。
深呼吸を一つして。
またたくように、ささやくように、ゆっくりと口ずさむ。
「 Twinkle, twinkle, little star ——♪」
…あのね、あ〜ちゃん…。
…のっちはね、あ〜ちゃん、、、、、
……あぁ、
そっか。。。。
—————もう、届かないんじゃね。
「———♪ 。 …………。 」
歌い終わると、静かな夜風が吹き抜けた。
(…これで全部。…これで、もう、…———おしまい…。)
俯いてため息をこぼすと、掌に大粒の滴が降り始めた。
慌てて上を向いたら、そこには、
数えきれないほどの、一面の星々が瞬いていた。
のっちの瞳に降り注ぐ、たくさんの星のかけら。
あっという間に、涙で滲んだ天の川に、姿を変えて———…。
…ねぇ、お星さま。
のっちの歌、…ちゃんと届いた?
きっと、願いを叶えてね。
どうかどうか
お願い、じゃけぇね…。
最終更新:2008年10月12日 19:08