「「あ、雨」」


[025:Tokyo Rain]


普通クラスの短大を卒業して、ここで働き始めてから、もうすぐ五年がたとうとしてる。
せっかく東京に出てきたんだ。お洒落なカフェの店員か、アパレル関係につきたかったけど、
労働時間と給料を考えて、ゆかが現実的に選んだのは携帯ショップだった。
退屈に押し潰されそうになりながらも、なんとかこの大都会で生き抜いてく術を身につけた。


あの日、ずっと動きださなかった唇が、次に動いた時にはゆかのそれと重なっていた。
ゆかは泣いて、のっちは笑った。
あの日から、ゆかの生き抜いてく術は、のっちだ。
のっちはゆかの光であって、術であって、
一瞬にして全てになったんだ。







————————————


「ばかじゃないよ。ゆかちんが好き」
「…のっ、、」
「ずっと好きだったよ」
「…ゆか、だって、、」
「ごめん。なんか、遅くて、色々…」
「…ほんとだよ」
「うん、ごめん。好き」
「…ゆかも」
「うん」
「ゆかも好き。大好き。愛してる」
「うん。…知ってる」
「…」
「ちゃんと、」
「ん?」
「きれいに、してきたから、さ」
「…ん」
「だから、、」
「ん。一緒に、いて?」
「う、うん」
「もうずっとそばにいて?」
「うん」
「どこにも行かないで?」
「うん、」
「ゆかだけの、
「ゆかちん!」



「…どこにも行かない。ずっとそばにいる。」
「うん」
「のっちがゆかちんの傘になるよ」
「ん、」
「のっちが絶対守るから。何があっても。ゆかちんのこと、泣かさない。全部、のっちが」
「…うん」



「…って、びしょ濡れだけどーw」
「わっ!そうだよ、のっち!冷たい!早くシャワー浴びんと、、きゃっ!」
「もっかいチューしたら、ね?」
「………ばか」


————————————







「のっちー!」
「ごめん!遅れた!」
「おそい!!」
「ごめんごめんw」
「まったく。いっつも遅れるんだからー」
「んーごめんってぇーw」


ふざけながら腰を抱くのっちは、三年前のあの時から何も変わってない。
散々ゆかのこと振り回しておきながら、
散々ゆかのこと悩ませておきながら、
散々ゆかのこと待たせておきながら、
最後にはいとも簡単に押さえ込まれた。
まるで、最初からのっちの腕はゆかを包み込むためにあるかのように、
簡単に、すっぽり、と。
ゆかを待たせる癖は、相変わらずだけど。


三年前からゆかの生きてく術の中に“のっち”が追加された。
今じゃその中でもトップを走ってる。


「ゆかちん?」
「え?」
「どした?ボーッとして」
「あぁ、ごめんw考え事?」
「もー」
「ごめんごめんw」
「ゆかちんはのっちのことだけ考えてればいんですよー」


ニカッと子供みたいに笑ったのっちは、“行こう”って手をのばした。
簡単に、すっぽりと、ゆかの手はそれと繋がるんだ。


「今日の夕飯はー?」
「あー、カレー鍋」
「またかよw」
「なに?文句あるん?」
「イエイエ、アリマセン」
「ふふw」
「ふたりも来るんでしょー?」
「うん、来るよー。あ〜ちゃんとゆかが作る係」
「じゃぁのっちは食べる係w」
「んじゃぁカヨちゃんは飲む係w」
「あははwあいつめちゃくちゃ飲むんだもんなーw」
「ねーw」


三年の間に変わった関係。
修復した関係。
新たに築いた関係。
のっちと一緒なら、全部うまくいくと思ってたんだ。
のっちが、いれば。







歩きだした二人の頭上、急に空が暗くなる。



ポツ————



降りだしたのは、


「「あ、雨」」


のっちは着ていた上着をゆかにかけた。


「言ったでしょ?のっちがゆかちんの傘になるって」


優しく笑うのっちの髪を、雨が濡らしていく。


「でも、のっち、濡れちゃう」
「…。じゃあ、こうすればいっかー」


のっちはゆかの肩に手をまわした。
黒いジャケットが二人の頭上で傘になる。
密着した二つの顔は幸せに満ちている。


「なぁーんか、縁あるなー雨」
「それ、ゆかも思った!」


二人して笑い合う。
のっちはジャケットを握ったまま、ゆかの肩をもっと近くへと抱き寄せる。

だから、、

だからゆかは、のっちの襟元を引っ張った。


ジャケットの傘に隠れてしたキスは、


のっちのキスは、、


やっぱり、、、


雨の味がした。


今日もゆかに降る、


東京の、雨。




end




最終更新:2010年05月17日 21:29