半年なんてあっという間。
その間にバンドの練習やら、ボイストレーニングやら、挨拶回りやら、いろいろしたからかな。
普通じゃ体験できないことだらけで毎日が刺激的で楽しかった。
そのかわりにのっちといる時間は減っちゃったけど。
いよいよ明日うちらのバンドのCDがお店に並ぶ。
なんかすごく変な気分。まるで人事みたいな感じ。
今日は一日ラジオの収録。
正直同じような質問を何度も答えてるから疲れるけど、嫌な顔をすると次呼ばれなくなるってマネージャーのもっさんに言われたら営業スマイルで通した。
「お疲れ様でした」
やっと解放されたのは夜の8時。
まだのっちお店にいる時間かな。
そう思ってあたしは家に帰らずに、のっちの仕事場の美容室に向かった。
お店の扉にはクローズの看板が掲げていた。
でも中を覗くと奥にのっちの姿を発見したから、あたしはお構えナシに扉を開けた。
カランカラン。
扉についてる鈴が鳴る。
「あー、すいません。今日はもう閉店なんれすよ」
「なーに噛んでるんよw」
「うわ!!あ、あ〜ちゃん!?どしたん?」
「んー、ちょっと近くまできたからさ。寄ってみたw」
「そっか」
のっちはほうき片手に床を掃いてる。
あたしはそれを邪魔しないようにシャンプー台の椅子に座った。
「いっつもひとりで掃除しとるん?」
「うん。あたしオーナーにいじめられてるから。てか、嫌われてる?」
「マジで?」
「マジでwあたしよりも同期のキタガワくんの方が全然使えないのに。あたしばっか怒鳴られるんだもん」
「えー、それってなんか酷くね?」
「ねっwオーナーさ、若いイケメン好きらしくて。キタガワくんってモロオーナー好みなんだよねwもうドンピシャってやつ?」
「えー、なんかそういうの嫌」
「キタガワくんもそれわかってて、あたしに雑用押し付けるし」
「えー、嫌な奴だね」
「うん。ここ嫌な人ばっかだよ」
のっちはそう言いながらも、一生懸命明日の準備をしてる。
『じゃあ、辞めちゃえばいいのに』
って、思ったけどのっちの背中を見てるとそんな無責任な事は口が裂けても言えなかった。
「のっち〜。今日なに食べたい?」
あたしは仕事の話を終わりにしたくて、話題を変えた。
「あ〜ちゃん」
でた。おっさんのっちw
「もー真面目に答えてよ〜」
「んじゃ、カレー」
「えー!この前もカレーだったじゃろ?」
「カレーがいい。茄子入ってるやつ」
「はいはいw」
「あ〜ちゃん。シャンプーしてあげるよ」
「えっ?いいよいいよ」
「んーてか、練習台になってw」
「あーそういうことねwわかった」
のっちは棚からタオルを出してきて、あたしの首に巻いてくれた。くすぐったい。
「椅子倒すね」
「はーい」
ウィーンっと椅子が横になる。
顔にガーゼを掛けてもらうから目を瞑ると、キスされた。
「・・・なんでキスするんよ」
「ダメだった?」
「ダメじゃないけど・・・。ビックリした」
「ごめん。今のあ〜ちゃんキス顔みたいですごく可愛かったからw」
「もー!!バカにしとるん?」
「してないよ」
「ちょっ、なにするん?」
のっちは急に椅子の高さを下げて跨ってきた。
「・・・シャンプーはしなくてええの?」
「そんなんよりもキスがしたい」
のっちの顔が近い。相変わらず綺麗な顔。
「ダメ」
「なんで?いいじゃん」
のっちはあたしの意見を無視して強引なキスをしてきた。
「お店でこんなことしちゃダメじゃろ!」
あたしはのっちの肩を押す。
「平気だよ。
シャッター閉めたし。勝手口は鍵閉めたし。誰にもばれないよ」
今度は強引に手をワンピースの中に入れてきた。
久々にのっちに触られてる気がする。
そう言えば、ここ一ヶ月くらいはお互いに忙しくてそういうのやってなかった。
「ヤダ!」
あたしはのっちの手を掴んだ。
「無理」
のっちはあたしの手を振り払って強引にパンツの中に自分の手を入れてきた。
こんなの嫌だ。
今ののっちからは欲情しか感じられない。
欲情だけであたしを抱かないでよ。愛情はどこいっちゃったの。
「のっち・・・。マジで、、、止めて」
かなりの震えた声で自分でも驚いた。
「ごめん!!」
のっちはあたし以上に驚いて、パンツの中にあった手を引っ込めてくれた。
「あ〜ちゃん、ごめん。マジでごめん。ごめんなさい」
椅子から降りたのっちは眉毛が下がりまくってる。
あたしは乱れた洋服を直して、鼻をすすった。
アーーって叫びながら、のっちはお客さんが座る用のソファーにダイブ。
あたしはソファーにうずくまってるのっちの頭を撫でた。
相変わらず綺麗なボブだなって感心してたら、のっちはクルっと身体を仰向けにした。
「怒った・・・?」
のっちは手で顔を覆ってて表情はわからない。
けど声は自信がないような今にも消えそうな、か細い感じ。
「ううん。ちょっと、怖かっただけ」
「あたし・・・最低なことした」
のっちが最低な行為に走らせてしまったのは、やっぱりあたしがデビューするから?
「それって、あ〜ちゃんのせい?」
「うは。なんであ〜ちゃんのせいなんよ?」
「だって・・・」
「違うよ。違う。あたしが勝手に暴走しちゃっただけ」
のっちは顔に覆われてる手を伸ばして、あたしの毛先に触れてきた。
「メイクとかヘアーって、やってもらってるの?」
「ううん。自分でやってる、よ?」
「でもそのうち、プロの人に任せるんでしょ?」
「さー、わからん。そこまで売れればええんじゃけどw」
「売れるよ。だってあ〜ちゃんが歌うんだもん。それが売れなかったら、日本はおしまいだよ」
「それは言いすぎじゃろw」
「・・・あ〜ちゃんをキレイにするのは、あたしがやりたかったな」
そう言ってあたしの毛先を触ってた手が、今度は頬を撫でてきた。
のっちの手は荒れててガサガサしてる。ちょっと痛かった。
「仕事でも他の人にあ〜ちゃんの肌とか髪とか触ってほしくない」
「のっち・・・」
あたしは頬にあるのっちの手をキュっと掴む。
ガサガサだけどなんて愛おしい手なんだろう。
「て・・・ごめん。めっちゃキモいこと言っちゃったw今の忘れてww」
また眉毛下げちゃってさ。
そんな捨てられた犬みたいな顔しちゃってさ。
愛おしくなっちゃうじゃない。
「のっち・・・。すんごい好き」
だから不安にならないで。
そんなことくらいで不安にならないで。
知らない世界に踏み込んでもあたしは変わらないよ。
何も変わらないよ。
ずっとずっと好きだよ。
大好きだよ。
そんな想いを込めてキスをした。
このキスで少しでものっちの不安がなくなればいい。
けれど、世界は残酷で。
日々を重ねる内にだんだんと不安は拡大されていく。
変わらないと思っていたのに、結局変えられてしまう。
ナメてたわけじゃないけど、ここまで環境が変化していくのには正直驚いた。
これはもうあたしたちだけの問題じゃない。
のっち・・・この世界は残酷で冷徹だったよ。でもね、それでもやっていかなくちゃならないの。あなたにそれをわかってほしかった。
最終更新:2010年05月17日 21:38