−A-side
「…最近、のっちとはうまくいってる?」
他愛もない話をひとしきりして思い切り笑った後。
ゆかちゃんが不意に聞いてきた。
のっちはラジオの収録に行ってしまったから、今は二人しかいない。
今は仕事モードにしてるから、のっちのことは考えないようにしてたのに。
ゆかちゃんの言葉で急に素に戻ってしまう。
昨夜ののっちは、なんかすごくかっこよかったな。
照れながら切々と話してくれる横顔とか。
なんかひとつひとつがいとしかった。
「うん。」
どう返せばいいのかわからなくて、とりあえず笑って頷いた。
気がついたら、こんなに好きになってた。
ゆかちゃんは笑顔になって、よかったね、と言って私の頭に手を置いた。
普段は周りがびっくりするくらい一緒になってはしゃいだりするけど、
のっちの話題のときは、なんかいつもおねえさんみたいになる。
ほんとによかったねって思ってるのが伝わってくる。
「のっちはやさしーじゃろ?」
にこにこした顔で、ゆかちゃんがテーブルに両肘をつく。
「なんかドア開けるときとか、黙って開けてくれたりするよね」
前髪をいじりながら、話すその仕草が少し大人びて見える。
華奢な体とシャープな顎のライン。
私にもそれぐらいの大人っぽさがあればいいのにな。
「えーそうかなあ、気づかんかったよ」
「あ〜ちゃん、そこは気づいてあげんさい。」
「やさしいよね。女の扱い上手くなったっていうか…」
そうなんだ。
一緒にいるときは特に感じなかったけど、そうなのかなあ。
それとも。ゆかちゃんにも私と同じ「扱い」をしてるのかな。
少し前のことを思い出して、言葉につまった。
抱きしめられたのっちから、ゆかちゃんの匂いがしたこと。
あれはなんだったんだろう。
ずっと心の中に封印してきたけど、ほどいてしまいそうだ。
ゆかちゃんのさっきの、よかったね、に嘘はなかったように思えた。
だから聞いてみたい。二人のこと、信じていいよね。
「…ゆかちゃん?」
「んー?」
笑顔のまま、ゆかちゃんがこっちを向く。
「こないだのさー、あれなんだっけお台場の収録あったじゃろ」
「ああ、HEYHEYHEY。」
「あの夜さあ」
なんだかゆかちゃんを疑ってるみたいな自分が嫌になる。
自己嫌悪とでも確かめたい気持ちで、胸が高鳴っていくのがわかる。
ああ!と大きな声を出してゆかちゃんが突然話し出す。
「あれやばすぎだったね!振り!」
「…まだ慣れてなかったけぇねぇ」
「ゆかなんか最後のサビのソロのとこ!」
「あの間違いは豪快じゃったねえ!のっち級じゃよ!!」
…ついつい会話につられてしまって、大事なことが聞けない。
コンコンという音とともに楽屋のドアが開く。
「かしゆかさーん。次お願いしまーす」
ゆかちゃんがすっと立ち上がって出て行こうとする。
あ、まだ行かないで。聞きたいことがあるんよ。
でも。実際何をどうやって聞けばいんだろう。
聞いたところで、私はどうしたいんだろう。
どういう答えだったら、私は納得できるんだろう。
ゆかちゃんは歩みを止めようとはしない。
姿が見えなくなりそうな瞬間、ゆかちゃんが言った。
「のっちはちゃんと、あ〜ちゃんのこと好きじゃよ」
なんだか心を見透かされているようで、恥ずかしくなる。
ゆかちゃんが私たちのことを応援してくれてるのは確かだ。
それはわかるけど。
ゆかちゃんは何か知ってる気がする。
でもそれは、私は知らなくていいことなのかもしれない。
−K-side
「いやー今日のライブは最高じゃったね!!」
「なんていうんじゃろ、グルーヴ?ノリ?すごかった!!」
少し先を歩いてるのっちが振り返る。
最近気に入ったバンドのライブ帰りだから、のっちは興奮気味だ。
私もついつい笑顔になってしまう。
のっちと私は音楽の趣味がよく合う。
あ〜ちゃんもそれなりに気に入ってくれるけど、
わざわざ一緒に出かけたりはしないから、こういうときは必然的に二人きりになる。
こんなはしゃいだのっちを独り占めできる、唯一の時間かもしれない。
歩道に埋め込まれた反射剤のガラスビーズがキラキラ光っているから、
軽い足取りで歩くのっちの後姿までなんだか輝いて見える。
まだ21:00。
これからどうしようか、テンションの上がってるのっちから
そんな言葉が出てくるまでにはもう少し時間がありそう。
突然あ〜ちゃんのことを思い出したみたいで、
また振り返って満面の笑みで笑いかけてくる。
「いやー今日のあ〜ちゃんのワンピース見た??」
「めっちゃかわいかったねー!」
「でもあ〜ちゃん仕事中はのっちに冷たいんじゃよね…」
「まさに
ツンデレの天才じゃよ!!」
うん。のっちにとっては、ね。
言葉では答えずに、にこにこ笑っておこう。
私はけっこう、あ〜ちゃんの考えとることぐらいわかるんじゃけど…。
あ〜ちゃんは何か気づいてる。
そのことをのっちに聞いておかないと。
私たち二人のことは、二人だけのことにしておきたい。
あ〜ちゃんへの罪悪感だけじゃない。
そうしておかないと。
私だけに見せてくる弱々しくてでもはしゃいだ子供みたいなのっちを、
自分だけのものにしておけない。
あ〜ちゃんの居場所を奪う気もないのに、自分とのつながりを持たせておきたいなんて。
そしてそれを、二人を応援してるということで正当化しようとしてる。
なにより、傷つきたくない。
この心地良い立ち位置をキープしていたい。
私はいつからこんなにずるくなってしまったんだろう。
「のっち」
「なになに?」
微笑みながら名前を呼ぶと犬みたいに寄ってくる。
透き通った高めの声。自由な手足。私はこの笑顔に弱いんだよね。
「この後、あ〜ちゃんと約束とかしてない?」
「うん、今日はもうなんもない…けど、ちょっとまって」
そう言って、カバンから携帯をごそごそ探し始める。
すぐに見つからないみたいでカバンを開けては手を突っ込んでる。
眉をしかめて口をとがらせて何度も同じことを繰り返す。
街灯の下にしゃがみこんでカバンを広げて、やっと見つかったみたい。
携帯を開いた途端、パァっと顔を明るくさせて、笑う。
「あ、あ〜ちゃんからメールじゃ。うち来とるみたい」
うーん。さすがあ〜ちゃんと言わざるを得ない。
さすがに今夜は仕方ないね。
「そっか。じゃー、今度どっかゆっくり話せるとこ行こ?」
黙りこくって何か考えてる様子。うつむいてなんかぶつぶつ言ってる。
しょうがないなあ。
私はのっちの手をとって言った。
「なーんもせんけぇ。大事な話があるだけよ」
のっちは顔をくしゃっとして、ほっとした顔をする。
あからさまな態度を取られて少しむっとしてしまう。
「手つなぐくらいいいでしょ?」
私に手をつながれたことに気づくと顔を赤くした。
どうしていいかわからないといったように、手が汗ばんでる。
手をつないで、並んで歩く。
のっちはおずおずと私の歩調に合わせてる。
何度も言うけどさ。
私は二人の邪魔は絶対にしたくないんよ?
たまにだけでいいから、のっちのこと離したくないだけなんよ?
だからさ。
この歩道があの大きな道路とぶつかるところまで。
そうしたらタクシーを拾うから。
それまでは、手つないでて。
−N-side
今日は最高の夜だ!
あんないいライブを見れて、その帰りにあ〜ちゃんがうちに来てくれてるなんて。
ゆかちゃんに手までつながれて…。あ、最後のは余計だったかな。
でもゆかちゃん、なんかおねえさんぽくて正直どきどきしちゃったな。。
タクシーから降りて一目散に部屋へ向かう。
鍵はもうタクシーの中から握りっぱなし。
胸の高鳴りを抑えながら鍵を開けると、
あ〜ちゃんが私の部屋着を来てキッチンで何かしてるのが見えた。
「おかえり、のっち」
開いた戸から顔をのぞかせて、私の姿を見ると顔をくしゃっとして微笑んだ。
もうその顔だけで。抱きしめて押し倒してしまいたくなるくらい。
あ〜ちゃんは天使みたいだ。
「たた、ただいま!」
「ただいまぐらい、噛まんと言えんの?はよこっちきんさい」
ふふってあ〜ちゃんが笑う声が聞こえる。
ああ。なんてしあわせなんだろう。
コンビニ弁当買って、暗い部屋の電気を点けてなんだかなーって言いながら
帰ってた日々がうそみたい。
「かっしーとごはん食べてきた?」
「ううん、終わってすぐメール気づいたから」
「よーし」
リビングを抜けてキッチンに近づくとなんかいい匂い。
この空腹中枢を刺激する匂いは…カレーじゃん!!
うわー。めっちゃしあわせ。
カレーじゃん!!とばかみたいに叫びかけて、でも言葉がつまった。
私に背を向けて鍋をかきまわしてるあ〜ちゃんの後姿。
料理に邪魔だからかな髪を上げてるから、うなじがのぞいて白い肌が見える。
好きな子が自分の家で自分の大好きな料理を作って待ってくれてた。
その感動で、涙が出そうになるのをこらえながら。
私は思わずその奇跡みたいな背中を後ろから抱きしめる。
あ〜ちゃんの体が一瞬びくっとして、固くなったけど、
すぐにその強張りがゆるんでいくのがわかる。
「こーらー」
そう言いながら、おたまをくるくる鍋の中で回し続けてる。
ありがとうって思う。好きとか押し倒したい気持ちもあるけどさ。
今はほんとに、こんな時間をくれてありがとうって思うよ。
黙ったまま抱きしめる私を不審に思ったのか、おたまを鍋に置いて、
私の腕の中であ〜ちゃんが振り向いた。
「のっち?どしたん?」
少し身長差があるから、自然な上目遣いはやっぱりいつものあ〜ちゃんで。
「…勝手に台所つかって、ダメじゃった?」
いやいやいや。ぜんっぜんダメじゃない。
むしろ毎日使って。毎日おいしいごはん作ってよ。
それもうまく言葉にできなくて、見つめたままでいる。
自然にキスしたくなって、体が勝手に動き出す。
だめだ。ここで押し倒したいよ…。だってこんなにかわいいんだもん。。
その様子に気づいたのか、
あ〜ちゃんの目がちょっときつくなって、私の唇を人差し指で押さえた。
えー。ちゅーぐらいいいじゃん。。
「こら。またエッチなこと考えとるんじゃろ!」
「ち、ちがうって!!」
「ほんっまに、のっちのばか」
あ〜ちゃんはまた私の腕の中でくるりと鍋の方に向かう。
なんかじゃがいもとかにんじんに向かって、アホとかばかとかぶつぶつ言いいながら。
このじゃがいももにんじんもたまねぎも。
私を待ってる間に一人で買い物に行ってさ。
ひとつひとつ切って、炒めて、煮てくれたんだよね。
何を考えながら、そうしてくれてたの?
そんなことしながら待つって、どういう気持ちがしたの?
しあわせに思ってくれてるの?
一瞬欲望に支配されそうになった頭を戻して。
私は思っていることを、口にしようとする。
「あ〜ちゃん」
「…」
もうあ〜ちゃんは振り向こうとはしてくれないけど。
回した腕を強めて、あ〜ちゃんの肩にあごを乗せながら。
ちゃんと最初からこう言うべきだったよね。
「…ほんとにありがと。すごく、うれしい。」
「ほら、もうわかったけぇ、手伝いんさい!」
きっとあ〜ちゃんはこう笑って、振り向くと思ってた。
軽くおでこをはたかれることぐらい想像してたんだけど。
私の予想に反して、あ〜ちゃんはコンロの火を止めて、
何も言わずこっちを向いて。
と思ったら急に両手を私の両脇を通して、背中に回してきた。
「ライブ、楽しかった?」
「…え、うん、すごく」
ぎゅっ、て音が聞こえそうなくらい、きつく抱きついてくる。
「そっかぁ…でも帰ってきてくれて、よかった」
今日のあ〜ちゃんは、なんかひと味違う気がした。
(つづく)
最終更新:2008年10月12日 19:38