言葉にしたつもりが、いつのまにか飲み込んでいた。
そんなことがあるだろうか。
言葉にしたつもりが、聞こえてきたのは生温いため息の音。
そんなこと、あるだろうか。



[ラ ブ レ ター]



これでもう何枚目だろう。
のっちは、くしゃくしゃになった若草色の紙を睨みつけては「はぁ・・」と息を吐いた。
大体文才もないくせに、なにしてんだろ?なんて、諦めるための適当な理由はすぐに見つかった。ガラでもない薄緑の紙だって、我に返れば恥ずかしいだけだ。
それでも、ペンを持つ指先は小刻みに揺れていて、諦めきれてないことを、自分自身に、簡単に知らせてくれた。
この気持ちを口にして、伝えることができたなら、そんな楽なことないのにな。
のっちはそんなふうに思う。
でも、それがわからないんだよ。なんて言ったらいい?
のっちはそんなふうに迷う。


夏の強い日差しを避けた、森林公園の遊歩道で、振り返ったかしゆかの、その背景、それはとても綺麗なみどりで。
そんなことを考えながら手に取ったこのレターセットは、あの時の光景を、シャッターを切ったように、思い出させるのには充分すぎた。
机に身も心も寄せて、考える。
どうしてこんな恥ずかしい真似を。のっちの頭にかぁっと、血がのぼる。
不意に思ってしまうと、だめだ。おかしくなる。自分が、自分じゃないみたいで。


この色はね、ゆかちゃんのことを思って選んだんだよ?


口が裂けても言えない。



だから、のっちは、
言わなくてもいいように、紙とペンを選んだんだ。





『ゆかちゃんのことを思うと胸が苦しくなるよ』


ばかじゃないの。もうちょっとましなこと言えって。
大体、苦しくなる、なんて感情はこの気持ちにふさわしくないよ。
のっちはそんなふうに思う。


『ゆかちゃんがすきです』


だから。すきだ、なんて。
それがわかってるなら苦労しないって。伝えてるって。
のっちはそんなふうに悩む。



「あー・・ゆかちゃぁーん・・・」


完璧に休憩に入ったのっちの動かない頭は、かしゆかの、名前を呼んだ。
途端になんだか嬉しくなるような。
だけども泣きたくなるような。
曖昧だけど、現実的な感情が、のっちを襲う。




『ゆかちゃん、って声に出したら、会いたくなりました』


急いで書いた文字は歪んでいて、それがとても、滑稽だった。

ぼんやりと、答えを見つけたのっちは満足そうに手紙を見つめる。
そうか。のっちは立ち上がって息を吸う。
この手紙を、届けにいこう、と。今度は息を飲んだ。




かしゆかの家までの道のりは、短すぎるようにも感じた。
早く会いたいのに、それでもどこか、不安なのはなんでかな。
声に出したら会いたくなって、それはゆかちゃんも一緒かな?一緒だと、いいな。




「ゆかちゃーん!」


数メートル先に見つけた後姿が、いつもの彼女のものだったことに、のっちはひどく安心した。あぁ、これだ。この人なんだ。あぁ、やっぱり。と。


「のっち、急にどうしたの?」
「あ、うん、ゆかちゃん、あのね・・」


いつもの彼女と変わらない温度も口調も、のっちを安心させるだけだった。それに、ますます。


「ゆかちゃん、これ・・」
「ん?」


差し出した手紙は、強く握り締めていたせいかくしゃくしゃだった。
それが、想いの量を物語っているようだ。


「見ていいん?」
「あ、う、ん・・あ、ゆかちゃん、」
「なんよ?」
「いや、うん、ゆかちゃん、あの、ゆかちゃ、ん・・」
「今日やけに名前呼ぶね?どーしたの?」
「え!?」


心配そうな素振りを見せた次の一瞬で、かしゆかは手紙を広げた。
視線がゆっくりと、文字をなぞる。
その一瞬一瞬を、のっちは息をひそめて見つめた。


「これって・・」
「ん、うん・・」


言葉にしたつもりが、いつのまにか飲み込んでいた。
そんなことがあるだろうか。
言葉にしたつもりが、聞こえてきたのは生温いため息の音。
そんなこと、あるだろうか。
のっちは吐き出した息をもう一度、大きく吸い込んだ。



「うん。ラブレター、渡しにきた」



飲み込んだ気持ちを手紙に書いたら、会いたくなった。
そんなことがあった。
飲み込んだ言葉を声に出したら、かしゆかが笑った。
そんなことが、あったんだ。



End





最終更新:2010年11月06日 18:10