久しぶりの休日。なんの約束もしていなかったけど、ゆかとのっちはなんとなく集まり、
なんとなく買い物に出かけた。
手は繋がない。いつからか繋がなくなった。でもそんなのはどうでもいいなって思ってる。
ぶらぶらと歩いた先、これもなんとなく雑貨屋さんに入る。
ゆかが店内を目的もなくぶらついている間、のっちはずっとマグカップを眺めてる。
ずいぶん長い間眺めてるなあ。
「それ、買うん?」
のっちは突然話しかけられ、驚いてびくっと身体を震わす。
そのせいでマグカップを手から取り落としそうになる。もう、どんくさいなあ。
「いや、どうしようかなって。そろそろのっち誕生日だしー」
のっちはマグカップに傷が付かなかったか確かめながら言う。ああ、そろそろ誕生日だった。
「ゆかが買ってあげよっかー」
「え!?いいよいいよ!」
「えーいいじゃん、ゆかたち恋人でしょ、お揃いとか可愛い」
のっちは、いやあ本当いいっすよ、なんて少し茶化すような口調で。
なんで買わせてくれないか、理由はわかっているんだよ。
すると店内のBGMが変わる。
『こっそり秘密をあげるわ ずっと好きにしていいのよ』
「「あ!」」
二人で同時に叫んだ。思わず嬉しくなり、顔を見合わせて笑う。
「すごいすごい、のっちこんなのはじめてかも」
のっちは興奮気味で声を抑えながら。
「本当じゃねえ、こういうの嬉しいね」
ゆかはなるべく落ち着きながら。
その雑貨屋さんには、曲が終わるまで居た。のっちは結局マグカップを買わなかった。
私たち二人はまるで二人で居た証拠を残さないようにするかのように、
買い物に行ってもなにも買わなかった。
ただ食べ物を食べるだけ、飲み物を飲むだけ。
ただ笑い合って、(のっちが)焦って、(ゆかが)喜ぶだけ。
だから今日も二人はすぐベッドの中。抱き合ってやらしいことしちゃって、のっちはすぐ夢の中。
いつも彼女が先に眠りに就く。おかしいよなあ、だって疲れるの色々されてるゆかなのに。
のっちの月光を受け入れる綺麗な髪を眺めながら、ただ愛しいな、と思う。
まるで家族のように、まるで半身のように、ただたおやかに愛しい。
熱っぽさなんかなくて、冷静に、俯瞰した気持ちで「ゆかはのっちが好き」だと思える。
これって淋しいことかな、悲しいことかな。ゆかにはわからない。
でも、あ〜ちゃんには違う。あ〜ちゃんのことどうにかなりそうな位好き。
のっちを想うと安心するけど、あ〜ちゃんを想うとなんだか胸が痛い。
これが愛と恋の違いなのかなあ。
『こっそり秘密をあげるわ ずっと好きにしていいのよ』
ふと、雑貨屋さんで流れたことを思い出す。
ゆかがのっちにあげた「秘密」、のっちからゆかがもらった「秘密」。
ずっとそれを二人で共有して生きてきた。
だってゆかものっちも、勿論あ〜ちゃんもすごく長い付き合いだもん。
ゆかとのっちの始まりはいつだったっけ。「秘密」が生まれた日。
ずっと前のような、昨日のことのような。ゆかたちがまだ寮に居た頃だ。
ゆかが思うに、のっちとゆかはちょっとした悪友だった。
だってあ〜ちゃんは昔から真面目な子だし、なにか罪悪感を感じるようなことをする時、
ゆかの傍にはいつだってのっちが居たような気がする。
不思議なもので、悪友はなんとなく絆が強い。あ〜ちゃんとの絆が弱いわけではないけど。
なんとなく考えてることがわかる。とくに何か企んでる時とか。
だから二人は結構仲良し。あ〜ちゃんとは別の所で。
最初は本当に好奇心。悪友同士がいたずらを始めるような感覚でゆかが、
「ねえ、キスしよっか」
なんて。今から考えれば本当に馬鹿みたいなきっかけ。
阿呆なのっちはうろたえて、顔真っ赤にして、でも好奇心が勝って。
二人の関係はそこからはじまった。
いつの間にか自分の身体の一部みたいになっていた。
のっちが辛い時悲しい時、ゆかが慰めてあげた。
たくさんキスをしてあげる。たくさん触ってあげる。のっちにもそうされた。
心で繋がってるより、体で繋がってるような感覚だった。
ゆかがのっちを抱きしめたらすごくフィットしたし、抱きしめられたら心地よかったから。
結局ゆかたちは、罪悪感からの抵抗のために「恋人」になって、正当化した。
なんだか笑ってしまう。それがもう、今の今まで続いているのだ。惰性みたいにして。
ゆかに寝顔をさらす目の前の人のことを、隅々まで知っている。
ヘタレだけど結構タフだとか、考えが目まぐるしくて結局何も言わないところとか。
勿論そうじゃないことも。何気に耳が弱いとか、ゆかの目にキスをする癖だとか。
なんで続いてるんだろうって思うと、答えはすぐに自分の中から返ってくる。
他人の体温が、幼い二人には必要だったのだ。
まだまだ幼稚で、別れなんて大して経験してない癖に、
人肌だけやたらと必要とする淋しがり屋なのっちとゆか。
淋しがり屋同士が身を寄せ合って、互いのことを慰めあってた。
(でもねゆか、最近思うんよ。)
ん、と寝ながらうなったのっちの瞼にキスを落とす。
(もう、離れても大丈夫じゃないかって。)
頬にもキスをする。
(のっちのこと愛してる。でも今ゆかが欲しいのは、あ〜ちゃんの熱。)
のっちを抱きしめて、目を瞑る。
頭の中では『
love the world』が鳴り止まない。
目を覚ますと、のっちはもう既に起きていた。ゆかより早く寝て、ゆかより早く起きるのっち。
「おはよう、のっち」
「お、おはよう、ゆかちゃん」
のっちは相変わらずだらしないような、癒されるような笑顔。
別れ話を切り出すには、いい朝だと思った。
ベッドの中でテレビとのっちの笑い声を聞きながら、もう一度目を瞑り、決意。
目を開いて、だらしなくベッドから出て、のっちの用意してくれたトーストに噛り付く。
胃に食べ物が入って、少し頭が活性化したようだ。
のっちと他愛の無い会話をしながら、なんて切り出そうか思い浮かべる。
「あ、そだ」
のっちが突然思い出したように言う。
「昨日、マグカップ断って、ごめんね」
「ゆか全然気にしてないよ」
「あのさあ、断ったのなんでか、わかる?」
思いがけない話の展開。ゆかは思わずびっくりして何も言えなかった。
「わかんないか、だよね。・・・あのさ、あんま重い話じゃないから、慌てないで聞いてくれる?」
何も言わないので、のっちが続ける。
いつも慌てるのは自分の癖に、なんてどうでもいいことを思ってしまう。
「ゆかちゃんと、恋人の証、みたいなの残すの、怖かったっていうか」
のっちも、同じこと考えてた。うん、ゆかも自分で言った癖にそう思ってた。
だってそろそろ二人は「恋人」じゃなくなるってどこかで感じてたから。
今更お揃いを買っても無駄になってしまうような気がして怖かったんだ。
「・・・ゆかも、それ思った」
え!とのっちは驚いた顔。驚くことじゃないよ。だって二人はずっと一緒だったんだよ。
一緒のもの見て、一緒の音聞いて、一緒のことして。
いつかは考えることも同じになる。
「じゃ、じゃあ、のっちたち、」
そこでのっちの言葉が途切れる。二人の別れが絶望じゃないことがわかっているのに、
ヘタレなのっちはその先を口にできない。わかってる。ここからはゆかの役目だよ。
「別れよう。別れようっていうか、恋人やめよう。親友に、もどろ?」
自分から言い出した話題の結論に、徐々に視線を落としていくのっち。こらこら、泣かないの。
「のっち、悲しくないよ。ゆかたちこれからもずっと一緒じゃけえ」
「うん、わかってるよ」
「もう離れても怖くないじゃろ?・・・子供じゃないんだから」
「大丈夫だよ」
「じゃあ泣かないの」
ぼろぼろ涙を零すのっちと目が合う。
「うええ、まだ少し淋しいかも・・・あと、ゆかちゃんも泣いてるよう」
親指の腹で目元を拭われて気づく。泣いてる。悲しいのかな。悲しいかも、やっぱり。
「もうキスしたら駄目なんだよね」
「のっちそんなのばっか。駄目だよ、それは恋人のすることだもん」
「もう触ったりもできないね」
「そりゃそうだよ!二人で依存しあうの、もうやめよう」
「・・・たまには抱きしめていい?」
「・・・たまにはね」
同じタイミングで笑う。ゆかたちはこれからもずっと、ずっと仲良しなのに変わりない。
朝食を食べ終わり、二人で食器を洗う。
「あのさあ、のっち」
手にかかる冷たい水がゆかの思考を冴えさせる。
「なあに、ゆかちゃん」
「やっぱりマグカップ、買わせてくれん?」
ぎく、とあからさまな態度ののっち。あんたもう少ししっかりしんさい。
「勘違いせんでよー。みっつ買う。ゆかと、のっちと、あ〜ちゃんの分」
「お、いいねー。じゃあそれのっちの誕生日関係ないじゃんっ!」
「うーん、じゃあそれとは別に・・・のっち何か欲しいものある?」
のっちはひとつのことしかできないから、考えると手が止まる。こらこら、水がもったいないよ。
なにかを考えてるのっちは面白い。考えてることがまんま顔に出てしまう。
今のっちの顔は・・・真っ赤だ。なんで?
「あ〜ちゃんが・・・欲しいかな」
全く、結局二人はずっと同じ人が好きだった。
恋人は終わり。今度からは親友兼悪友、そして恋のライバル。
ゆかはのっちに宣戦布告して、動揺するのっちを嘲笑っちゃう。
敵に弱みを握らせてはいけないんだよ、のっち。
まあ、どっちと付き合おうが、付き合わなかろうが、三人が仲良しなのに変わりはないけど。
目の前の恋人だった親友を見つめながら、ゆかは酷く晴れやかで、幸せな気分にだった。
end
最終更新:2008年10月13日 10:28