体育祭当日。
あたしの絶叫が更衣室に響いた。
「な…ななななんじゃこりゃあ~~!!」
あたしは隣りのあ~ちゃんを見る。あ~ちゃんはしれっとした例のおすましモードで、
「のっち、朝からうるさいけえ」
「ななな、何これ…!?」
「何って…衣装じゃろ」
「衣装って、衣装って、何でのっちだけ学ランなんよ!?」
「あ、午後は袴姿じゃけえ。んで、ラストのダンスはみんなとおそろいのTシャツ。のっちだけ3回も衣装替えしてあげるんよ」
してあげた、って。おかしいじゃろ、それ…。
「あ、学ランはたかしげのじゃけえ、安心して♪」
「あ~ちゃん!」
あたしは頭を抱えて座り込んだ。…やられた。あたしはまたあ~ちゃんの策略にハマった。絶対絶対計画的だ。
…何が一緒の思い出がほしいだよぉ。のっちだけアホの子みたいじゃん。こんなマヌケな格好じゃ、白組の性悪とひねくれに何て言われるか…そもそもあたしはあ~ちゃんの為に、あいつらの鼻を明かそうって思ったのに。
…報われない。
あたしはいっつもあ~ちゃんの甘い言葉に他愛なく振り回されて。
がっくしポーズで固まってるあたしをよそに、下級生達の歓声が上がった。
「のっち先輩、イケてますよ~、あとで写メ撮っていいですかあ?」
「大本先輩、カッコいい~。あ~ちゃん先輩、グッジョブです!」
…何なんだ。
あたしはみんなにいじられるおもちゃじゃないやい。
「あ~ちゃん、ちょっと」
あたしはあ~ちゃんの腕をひっつかんで、更衣室の外に出て、階段下に引っ張り込んだ。
「のっち、痛い」
「あ、ごめん」
…つい謝ってしまう。なんか、ダサすぎ。
「…あ~ちゃん、あたしをはめたじゃろ」
あ~ちゃんはえ?て顔をして、首を傾げてしらばっくれた顔をした。
「何であ~ちゃんはあたしをからかうんよ」
「あ~ちゃんからかっとらんよ」
「…じゃあ何で…」
「見たかったんよ」あ~ちゃんはあたしの目を見て言った。「のっちのカッコいいとこ、見たかったんよ」
あ~ちゃんはぺろっとそんなことを言って、少しはにかんだ笑顔を見せた。
「いつものだらーっとしてのべーっとしたのっちじゃなくて、カッコいいのっちが見たかったん」
そんなことをすました顔で言うから。
あたしは返す言葉が見つからないのと、口元が緩むのとで、酸欠の金魚みたく口をパクパクさせた。
「…二人とも、こんなとこで何をいちゃついとん」
振り返ると、ゆかちゃんが含み笑いを浮かべて立っていた。
「あと30分後じゃけえ、早よ準備せんと」
生徒会執行部の腕章をつけたゆかちゃんは、生徒会の運営のほか放送部とかの仕事もあるから、競技中の応援には加わらず、最後のダンスには参加する。
「あ~ん、ゆかちゃんとしばらく会えんけえ、つまらん」
あ~ちゃんが頬をふくらませてスネると、ゆかちゃんはあ~ちゃんをいいこいいこしながら、
「頑張りんさい」
と、二人で目を合わせて笑った。
…何か。あたしに対してと態度が違うんですけど。あ~ちゃんのストレートな甘えっぷりと、ゆかちゃんのべた甘な優しさに、あたしは軽くへこんだ。
まあ、そんな二人がじゃれてるのを見てるのも、楽しいんだけど。
「のっち、何をにやけとんよ、ほら、行くよ!」
あ~ちゃんがあたしに手を伸ばす。
ああ、そうだ。
あたしはいつもこの手に引っ張られて、新しい世界を見つけてきたんだ。
あ~ちゃんの手によって、あたしは更新される。あ~ちゃんの手が、あたしのアンテナを引っ張り出す。
他愛なく振り回されたって、いいじゃないか。
あたしはあ~ちゃんの手をキュッとつかんで、あ~ちゃんを見つめて笑った。
あ~ちゃんの指先が、少し震えて、ぷいって前を向いて歩き出した。ちょっと照れたみたいな。
つないだ手から体温の上昇が伝わって、途端に世界がキラキラし始める。
あたし達の新しい世界が、動き出した。
「のっち、張り切っとるわあ♪」
樫野有香はファインダー越しにピントを合わせながら呟いた。
図書資料室。樫野有香が覗いているのは、超高性能な望遠レンズを搭載したカメラである(実は応援団の衣装代の予算を流用して購入された物である)
樫野は巧みに生徒会や写真部、放送部の仕事の調整をして、体育祭の間に全くのフリー時間を作り上げた。
次回の新作には、大本彩乃生写真5枚組を付録として付ける。体育祭の学ラン・袴姿を仕組んだのも、樫野であった。
「やっぱのっちは単純じゃねえ。あ~ちゃん使えば一発じゃもん」
黒い微笑みを浮かべる。なにせ、生写真目当てで複数買いの注文が殺到している。この体育祭効果で、まだまだ売上の伸びる余地はある。
何も知らないのっちは、カッコいいモードで真剣に踊っている。あ~ちゃんがのっちに近寄って、何か話しかけた。のっちの顔がぱあっ、とした。
「あ~のち写真、いただき♪」
樫野は
シャッターを切った。
「…ふう。もう充分撮ったかな」
レンズ越しに眺めるだけなんて、つまらない。樫野は手早くカメラを片付けて、自分を待つキラキラした世界へと向かった。
最終更新:2008年10月10日 01:52