のっちはうちと違って、あんまり憎まれ口とか言わん。だから、のっちの一言は本気の怒りを伝えてきた。
のっちはあたしと同じように机に頬杖をついて、そっぽを向いて押し黙った。
…沈黙が痛い。
うつむいてると、机の上にぽた、ぽた、と落ちてくるものがあった。
我慢しようと奥歯を噛みしめても。声も無く、ただ涙だけがあたしの頬を伝う。
…泣くな。うちが悪いんじゃけえ、泣いても仕方ない。泣くな。
あたしが声を殺してると、
「…ほんとにもう何なんよ」
のっちのため息まじりの声。
「あ〜ちゃんは、訳が分っからん。…それとも」
のっちの手が伸びてきた。
「…誘っとん?」
え、と顔を上げると。のっちの伸びてきた手に肩を押さえられた。
痛いくらいに荒く、椅子ごと壁ぎわに押しつけられて。反射的に抵抗する腕を、のっちのしなやかだけど力強い腕に押さえこまれて。
あたしに覆い被さるように、のっちは両肘を壁につけた。のっちの体で動きが封じられる。
「…っ」
受け入れる準備の出来ていないあたしに、のっちの唇が性急にぶつかってくる。
乱暴なキス。息が上がる。壁に当たった頭が痛い。心臓が破裂しそうに暴れてる。抵抗しても。難なくのっちはあたしに侵入する。
何かがのっちに火を点けた。
あたしはのっちの衝動か暴走か、その荒々しさに懸命に抵抗しながら。
…こわい。こわい、こんなのいつもののっちじゃない。荒い呼吸も、こじ開けられる唇も、爆音で駆け巡る鼓動も。何もかも。こわい。
「…っ、のっ…ち」
嫌、と言おうとした時。
少し息を整える為、唇を離したのっちの顔が見えた。
泣きそうな、顔だった。
あたしをめちゃくちゃに押さえつけて、自分勝手なキスをしながら。
こんな困惑しきった、子供のような顔をしてたんだ。
のっちの唇が、またあたしに重ねられた。あたしは、その強引なキスに、もう抵抗しなかった。
さっきまで蹂躙に思えたものが、今は懇願に思える。あたしは求められるままに、受け入れ、あやし、こたえた。
荒くぶつかるようだった呼吸が、今は甘い吐息になって、放課後の空気に溶ける。
「…あ〜ちゃん、あ〜ちゃん」
キスの合間にため息まじりに呼ばれる名前は。
あたしを泣きたくさせる。
のっちの背にしがみつくように手をまわしながら。手探りであたしは、少しずつ分かりかけていく。
柔らかいものに優しく包まれるだけじゃなく。あたしは、のっちの硬くて尖った部分も全部、受け止めてあげたいんだ。
「…のっち」
あたしは濡れた唇をのっちの唇から耳たぶへと移動させながら囁いた。
「素直な気持ち、言っていい?」
「…うん」
「うちにのっちを独り占めさせて」
「…もうしとるじゃろ」
「そのかわり、もうずっと、…のっちの好きにしていいんよ」
途端にズルッとのっちがあたしの上に崩れ落ちてきた。
「の、のっち、重い…っ」
のっちはあたしの胸の上に頭をのっけたまま、はあーっと息をついて、
「…あ〜ちゃん、あんまデレにならんといていいけえ」
「…へ?」
「…のっちの心臓がもたん」
もごもごと呟くのっちの、ちらりと見える耳は、真っ赤で。
あたしは笑った。
たまにはキャラにもないことをしてみるべきじゃね。
クスクス笑いながらのっちをぎゅうっと抱きしめて、19日は何をしてあげようかな、と思うと、世界の全てが愛おしく思えてきた。
その頃樫野有香は、例の下級生から複数買いの注文のあったのっち本につける生写真を、ピンぼけや半分きれたのや変顔などの失敗写真を厳選する、地味な嫌がらせに専念していた。
終わり
最終更新:2008年10月17日 15:32