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気がつくと、朝になっていた。
布団の中で小さな伸びをして、そっと隣に手を伸ばす。

「おはよ、ゆかちゃん…。」

その指先に冷たいシーツの感触が当たる。
(…えっ?)
慌てて布団をめくる。

…——— いない …。

自分の体を確認すると、ちゃんとパジャマをきていた。
焦ってベットから飛び出し部屋をぐるっと見渡してから、バタバタとお風呂場やお手洗いを覗く。
でも、どこにも他の人の気配はない。

呆然として玄関にたどり着くと、思わず呼びかけていた。

「ゆかちゃんっ!」

静まりかえったワンルームに、あたしの声だけが響く。
呼びかける声も、冷えた朝の空気に吸い込まれ、…やがてまた、静寂が訪れた。

(ゆかちゃん…。)


…———ぁ、そっか。。。。

     昨日の、は、… 夢 、だったんだ …。


ポリポリと頭をかいてベッドに戻る。大きなあくびがひとつ漏れて、涙が滲んだ。

けど、昨日は久しぶりによく眠れたみたい。…きっと、幸せな夢を見たからだ。
夢の中で、あたしはゆかちゃんに、愛されていた。…———嬉しかった。
たっぷり眠れたから、今日はきっと、赤い目のまま過ごさなくて済む。…よかった。

「…もっかい寝よぅ。」

ひとりぼっちの部屋で小さくつぶやく。
ベッドにもぐって頭からすっぽり布団をかぶると、昨日の夜とおんなじ真っ暗闇になった。
コロンと体を丸めて、自分で自分を抱きしめてみる。もう少し、余韻に浸っていたかった。
…夢の中のゆかちゃんのカラダ、あったかかったから。
ゆかちゃんのぬくもりの欠片が残っているような気がして、枕に顔を押し付ける。
どうしても夢の続きが見たくて、ぎゅっと目をつぶる。しばらくまどろんでいると、また、眠りに引き込まれた。


「…のっち、…のっち…。」

かわいい声が耳をくすぐる。…あっ、ゆかちゃんだ!
すごい、本当に続きが見られるなんて。のっち、やればできるね。
「…のっち、起きて。」
甘い囁きが聞こえる。でも起きるのはイヤ、まだ夢を見ていたいの。
「や…っ。」
「もう。のっちは困ったさんじゃね。」

困ったさんだっていい。夢の中ならどんなにおねだりしたって、のっちの自由だ。
両手をのばして、せがんでみよう。
「ゆかちゃん。ぎゅってして、チューして!」
「…うふふ。いいよ、のっち。」

ゆかちゃんに両腕で抱き起こされた。体を預けていると、そのまま頭を撫でてくれた。
唇に重なる甘くて柔らかい体温は、昨日の夜と、おんなじ感触。
背中にまわされた手も、髪に触れる指先も、とてもやさしくて、あったかい。
…嬉しかった。…夢なら全部、のっちのものだ…。
思いっきり抱きついて、そっと囁く。

「ゆかちゃん。…のっちのこと、好き…?」

ゆかちゃんがふんわり抱きかえしてくれて、耳に熱い吐息がかかる。

「大好き…!」
「ゆかちゃん、もっかいチュゥ…。」
「したら、起きてくれる?」

ゆかちゃんが困ったように笑って唇を近づけてきた。
どんなわがままを言っても、今ならすべて思いのまま。
遠慮なくむにむにとゆかちゃんの唇を貪っていると、ゆかちゃんが体を離して頬をつねってきた。

「はっ…、こ、こらのっち。いい加減に、して。」
「やだよぅ…!もっといっぱいチューするのっ。」
「んぅっ。。。」
強引にゆかちゃんの唇を塞ぐ。…———だって、夢の中だから。こうしていられるのは、今だけだから。
唇から、指先から、その体温から、ゆかちゃんの甘い香りで全身が満たされる。
…もう、起きたくない。…ずーっとずーっとこのままがいい。

だけど。ゆかちゃんがつねってる頬がだんだん、痛くなってきた。
ゆかちゃん、まだ、目をさましたくないのに。
もう、おしまいなの?こんなの楽しいのに。…いやだ、起きるのはいやだっ…。

痛みに負けてうっすら目を開くと、ゆかちゃんが頬をぷくっと膨らませていた。
「…やっと起きたか、ねぼすけのっち。」
「???」
「朝からあんまりかわいいことすると、」
軽くチュッてされて、瞳を覗きこまれる。
「…ゆか、また襲っちゃうぞ?」


「————うわぁあああああっ!!」

あたしの裏返った声に、ゆかちゃんが目をまん丸にした。

「大声出して、どうしたん?」
「なっ、なんでっ!?なんでいるの!?」
「なんでって…。朝ご飯食べようと思って冷蔵庫開けたら何もなかったけぇ、コンビニ行っとったんよ。
 今から支度するから、のっちはシャワーでも浴びて目覚ましてきたら?」

ゆかちゃんが、にこにこしながら布団をはがす。あっと言う間にベットから追い出された。

 ……ゆ、夢じゃなかった…、…———夢じゃ、なかったんだ…!

事態がまだ呑み込めないままシャワーを浴びる。部屋に戻ると、朝ごはんの支度ができていた。

「のっち、最近ちゃんとご飯食べとらんでしょ。そんなん元気なくなるに決まっとるわ!」
「…ごはん、作ってくれんだ。」
「目玉焼き食べたかったから。ゆかは野菜いらんけぇ、これはのっちのね。」

朝はあまり食欲がないけど、…と言い訳する間もなく、もそもそと食べ終えて食器を台所に運ぶ。
流しで食器を洗っていたゆかちゃんが、そっと唇を重ねてきた。そのキスは、ピリッとこしょうの味がした。
あっという間に片付けも終わって、…帰っちゃうのかなと思いきや、
「さて、課題の続きやらんとね。のっち、全然進んどらんじゃろ?ゆか、手伝うから頑張って!」

と、先ほどまで食器が並んでいた机の上に、昨日の資料を広げ出した。…え、ほんとに課題やるの?
ゆかちゃんが色々教えてくれてるけど、朝から続く予想外の展開に動揺して、全然頭に入ってこない。
ゆかちゃんがちょっとばつが悪そうに話しかけてきた。

「…なんね?ゆかの話、ちゃんと聞いとる?
 ゆか、あ〜ちゃんに『のっちと課題するから』って言ってきたけぇ、ちゃんと終わらんと困るんよ…。」

…なるほど、ね。
あ〜ちゃんにオフの不在をどうやって言い訳してきたかって、つまりはそういうことだった。
でも学校違うし、ちゃんとやらんでもバレんだろうに。ゆかちゃんは、妙に生真面目だ。

「だからぁ、ほらっ、ちゃんと資料読んで!」
「は、はい…。」

そんなゆかちゃんは課題に飽きると「のっち、休憩〜。」とか言って、また抱きついてきた。
ゆかちゃんに頭を撫でられて、手を繋がれていっぱいキスして、何度も好きって囁かれて。
頭がぽわんとしてきてメロメロになりかけると「…じゃ、休憩おしまい!」と言われて、課題に戻される。
自由すぎるゆかちゃんに翻弄されながらも、ゆかちゃんの協力(&邪魔)もあり、
なんとか無事に課題が完成した。

「…できたぁ!ゆかちゃん、ありがとうっ!」
「のっち、よくできました。じゃあ、ご褒美のちゅー、しよっか?」
「ちゅ〜する、ちゅ〜するっ!」
「うふふ、さっきもいっぱいしたのに。のっちは甘えんぼじゃね。」

ゆかちゃんの両手が、背中に回される。ぎゅっと抱きしめられて、唇が重なる。
昨日から何度も何度もこうしてるのに、…———触れるたびドキドキして、とろけるように幸せな気持ちになる。
柔らかい唇がそっと離れた時、ゆかちゃんが少し低い声で囁いた。


「のっち、…ちょっと元気に、なったかな…?」

顔をあげてゆかちゃんを見つめる。
と、まっすぐのっちを見ていたゆかちゃんの瞳は、…少し寂しそうに、揺れていた。

(あ…————っ。)

———その時、すべてがわかった。

 ゆかちゃんがなぜここに来たのか、ゆかちゃんがなぜ一緒にいてくれたのか。

…きっと、ゆかちゃんは…。
 落ち込むのっちのことを放っておけなくて…、見るに見かねて、来てしまったんだ。
 のっちが、…ほんとうは、…あ〜ちゃんに、望んでいたこと、してほしかったこと、
 短かすぎたふたりの時間の中ではできなかったこと、そして、
 もう、決してあ〜ちゃんにはしてもらえないこと、その全てを…ゆかちゃん、代わりに、してくれたんだ…。

「…うん。…のっち、元気になったよ。」
「そっか、よかった。…よかった…。」

うつむくゆかちゃんの瞳に、涙が浮かぶ。ゆかちゃんはすっと顔をそらすと、涙を隠すようにぬぐっていた。

…ゆかちゃん…。

 ありがとう。ゆかちゃん…。
 一晩だけだったけど、ゆかちゃんが、そばにいてたくさんの言葉で励ましてくれたから、
 のっちにいっぱいキスをして、ぎゅっと抱きしめてくれたから…、のっち、とても、…嬉しかった…。

 だから、…のっちは、ひとりで、また頑張ってみるよ…。ほんとうに、ありがとう…。

「さてと…、ゆか、そろそろ行かなきゃ。」

空に一番星が輝き出した頃、ゆかちゃんが帰り支度をし始めた。

…そう。

 ふたりの時間は、これで、おしまい…。

帰り支度を済ませたゆかちゃんを、玄関まで見送る。
たたきにしゃがんだゆかちゃんの背中を見つめて、胸の中だけで伝える。

(………ゆかちゃん。のっち、今日のこと忘れないよ。……———さよなら…。)

靴を履いて立ち上がったゆかちゃんが、くるっと振り返る。
のっちの服の裾を掴んで、上目使いで見つめてきた。何かを言いかけては口をつぐむ。
なかなか言葉が切り出せないみたいで、手を放せずにもじもじしてる。

…あぁ、そっか。

 優しいゆかちゃんには、言えないんじゃね…。じゃあ、のっちから、…終わりにするね…。


「のっち…。」
「ゆかちゃん。もう、いいよ。」
「えっ?」
「もう大丈夫だから、あ〜ちゃんのところに戻ってあげて。」
「……。」
「ゆかちゃんが来てくれて、とっても嬉しかった。でもゆかちゃんは、あ〜ちゃんのだから。」
「……。のっち…ゆかは、」

「のっちはね、もう、ひとりで平気だよ。」
「……。」

「ゆかちゃん、ありがとう。———さぁ、…もう行って…?」

「……ゃ。」
「?」
「…———ゃだ…。」
「えっ…?」
「…こんなの、やだ。……これでおしまいなんて、そんなの…、…そんなの、やだっ!」

ゆかちゃんが抱きついてきて、唇が強く押しつけられた。
唇が離れると、ゆかちゃんが涙目になっていた。のっちの服を掴む手が微かに震えている。

「…ゆか、遊んどるわけじゃないのに…。こんな、こんなの…っ」
「ゆかちゃん、のっちは、ちゃんとわかっとるから…。もう、いいんだよ…。」
「…ダメなの、これで終わりは、…ダメなのっ、こんなのゆかが平気じゃないっ!!」

ゆかちゃんはあたしの胸にしがみつくと、堪え切れずに泣き出した。
「…ゆかちゃん…、ゆかちゃん……。」
何度も名前を呼んで小さな頭をそっと撫でていると、ようやく泣きやんだ。
真っ赤な頬に残る涙の跡をぬぐって消していく。うつむいたゆかちゃんがぽそっと呟いた。

「…決めた。…ゆか、あ〜ちゃんにのっちのこと、ちゃんと話する。」

「えええぇっ!?」
「しばらく、待ってて。」
「そ、それは、まずいじゃろ…!」
「のっちはなんも心配せんでいい。ゆか、なんとかする。」
「だって…、そんな…、」

困惑して目を合わせると、ゆかちゃんがあまりに真剣な表情をしていたので、
…もう、何も、言えなくなった。

「……。」
「のっち。」
「何?」
「ゆか、頑張るから。…だから…、」
「うん?」
「…あ〜ちゃんのこと、だけじゃなくて、…たまにでいいから、…———ゆかのことも、考えて…。」
「…ぅん。」
「約束、ね。」

その日最後のキスは、ちょっぴり、しょっぱかった。


それから、ベランダから身を乗り出して、どんどん小さくなるゆかちゃんの姿を見送った。
何度も何度も振り返るその姿に、笑顔で手を振る。曲がり角の向こうに影が消えると、…ひとりの部屋に戻った。
まだ、部屋の中にはゆかちゃんの香りがたっぷりと残っていた。

にしても…、
心配しなくていいと言われたところで、どう考えても、なんとかなるわけないと思う。
あのヤキモチ焼きのあ〜ちゃんを、ゆかちゃんはどうするつもりなんだろう?
怒り狂うあ〜ちゃんを想像すると、、、背筋がゾッとした。
…うん、やっぱり、絶対言わない方がいい。っていうか、言っちゃダメだ。
いまからでも引き留めなきゃ…!慌てて玄関に走って、靴を履きながらドアノブに手をかけた。

と、…ふいにゆかちゃんの温かい手の記憶がよみがえって、扉に触れる手が、動かなくなった。

さっきまでのゆかちゃんの姿が、胸の中で次々に広がっていく。
…のっちはトクベツだよって、大好きだよって囁いてくれた甘い声が。とけそうなキスや、おでこを撫でる指先が。
何度も抱きしめてくれた、ゆかちゃんの熱い体温。それを全部失うなんて…、できない。
ゆかちゃんは、…ゆかちゃんは、のっちのトクベツだから…。

…ひとりになるのは、…———もう、いやだ…。

考えるの、やめよう。ゆかちゃんはなんとかするって言ってたし、信じてみよう。
しっかり眠ってご飯を食べて、ちょっと元気出たから、部屋をちゃんと片付けることにした。
台所も片付けて、洗濯ものも畳んでクローゼットにしまおう。

片付け途中に、ふと思った。

…そうだ、新しいパジャマを出しとこう。

  …———ゆかちゃんが、また、来るかもしれないから。


㈫ひとりとふたり おしまい







最終更新:2008年10月17日 18:33