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今日は休日。
せっかくの休日なのに、いやだからなのか。朝からゆかちゃんが私の家へ来て、そのまま家の中で過ごしていた。
ソファーを背もたれにして床に座る私から、ちょうど1人分のスペース分を離れてゆかちゃんが座っている。
ゆかちゃんが見つめるのは私ではなく、テーブルに置いたノートパソコン。
自宅に両親の客が来ていて進まないとのことで、今ここで、大学の課題と戦っているのだ。
同じ大学生の私はといえば、体育座りした脚を机にして読書…音楽雑誌を。
1年で最も寒いこの季節、窓から射し込む陽の光は長く延びて、私とゆかちゃんを包み込むだけでなく部屋の半分ほどまでを暖めている。
反対に、夏の光はあんまり部屋に入ってこないっけ。
なんて好都合。うまくできてるもんだ。
感心する私の右半身は陽が当たってぽかぽか温かい。
部屋に響くのはゆかちゃんがタイプする軽い音だけ。
言葉を交わさず、音楽もかけず、もうすぐ2時間。
変な気まずさは全くなく、むしろひどく穏やかな気分。
このまま時間が止まればいいとは思わない。ずっと流れていく時間を感じていたい。
読み終えた雑誌から顔を上げた私は、明らかに快晴だとわかる外ではなく、見慣れた部屋に目を向けた。
その目は持ち主の意図に反して、ゆかちゃんの上で止まった。
ゆかちゃんは傍らに広げたプリントとディスプレイを交互に見やり、文章を生み出している。
キーを叩く指の動きは淀みない。私はぼんやりとそれを眺めた。


ゆかちゃんの手は大きく、指は長い。
私は昔から、ダンスをしているときのゆかちゃんの指をよく見ていた。
すらりとした指はどんな振りでも綺麗で、特に素早さ求められると流れるように連動し、人を魅了する。
まるで独立した生き物のよう。私とあ〜ちゃんは憧れて必死に真似てきたが、未だ敵う気配はない。
今ゆかちゃんの右手はパソコンから離れ、プリントの上で文字をなぞっている。
目の動きに合わせて人差し指がゆっくりと横に滑ったかと思うと、中指と薬指が無造作に縦に走る。
ふいに5本同時に動かしてプリントを数枚めくった。
次を予想できない動き全てを、丹念に手入れされた爪が覆う指先だけで行う。
私はあの指先の感触を、よく知っている。

今だけじゃない。ゆかちゃんの指はいつも気まぐれに動く。
いつ、どのタイミングで、どんな強さで、どこに触れられるかわからない。読めない。
私の体の上なのに、我が物顔であの指先は駆け回るのだ。
許可を求めず、余裕を持たせず、ときには呼吸さえも制して私を翻弄する。

「なに?のっち」
ゆかちゃんの声で私の連想は霧散した。
「いや、ちょっと考え事してただけ」
少し慌てて、なんでもないという風に首を振る。
その様子を数瞬確かめるように見つめ、ゆかちゃんは苦笑した。
「ごめんね、のっち。あと…1時間くらいで終わる、終わらせるから。待っとって?」
「うん。別に気にしないでいいから」
私は再びパソコンに向き直ったゆかちゃんから視線を外した。
陽が当たっている右半身がいつの間にか熱くなっている。
考え事って…真っ昼間から何を考えているんだ自分は。
完全に霧を払うために、雑誌のページを適当にめくった。その手がじっとりと汗ばんでいるのに驚く。
思わず両手をひらひらと動かして乾かそうとしたが、なかなか汗も火照りも消えない。
私は緊張がすぐ手に現れる。これは結構コンプレックスだ。
収録前、ライブ前などの気持ち悪さといったらない。
何より、ゆかちゃんに触れるときが一番困る。手をつなぐのにもためらう。嫌な感じを与えたくない。
自分のものと比べるように、私はまたキーボード上の大きな手へ視線を持っていった。


そういえば。ゆかちゃんの指はいつも冷たい。
私とは対照的なその温度は不快からは程遠く、ずっと触れていてほしいくらいだ。
だが触れられてもひんやりとした感触は即座に消え、指先が辿った跡は尾を引くように熱を帯びる。
特に着込んでいる最近は、服の下にあの手を差し込まれると、始めこそは心地よいが途中から両極端な感覚が入り交じって訳がわからなくなる。
でもそれがまた、たまらない。

いかんいかん。いい加減にしろ。
私は深呼吸とともに、溜まった熱を吐き出す。同時に固く目を閉じた。
ゆかちゃんは、今日中に、課題を、仕上げなければ、なりません。
小学生みたいに心の中で唱える。
大丈夫。普段、出演した番組とかライブDVDとか観ても、いつも何とも思ってないじゃん。今だって同じだよ。
そう意識してそろそろと瞼を上げると、タッチパッド上を動く中指に焦点が合った。
あ。ゆかちゃん、中指使うんだ。
妙なところに気づいた私には当然構わず、パッドの上で中指はせわしなく動き回っている。
私はつい、それを目で追ってしまう。

あぁ、あの指はいつもそう。
今みたいに不可思議な動きをして、優しい素振りを見せては想像できないくらい力強かったりして、しかもしつこい。
期待を誘っておいて、裏切る。それを何度も繰り返す。本当に、タチが悪い。
でもあの指は冷たかっただろうか。
いや、始めは冷たくても、いつからかゆかちゃんの指は冷たくなくなるんだ。
だって、私の中に入ってくるときは、気にならない。

そこまで連想が及ぶと、突然私の心臓がリズムを乱し、ざわりとした何かが鳩尾に拡がった。
何かは容赦なく下腹部まで滲みていく。
私の体が切り替わる。自分でも信じられない速さで。
「どしたん?」
気づかない内に、ゆかちゃんは四つん這いの姿勢で私の顔を覗き込んでいた。
すぐに何でもできる距離しか離れていない。
「指が、ゆかちゃんの指がね」
「?」
「その…」
どう言えば伝わるのか。
陽が当たる部分が熱い。手が熱い。顔も、耳も、ひどく熱い。
自分は今、どんな表情をしているのだろう。
身動き一つしない私を見たゆかちゃんの目が細められ、さっきから私をかき乱し続けている指先が私の唇に向かって伸びてきた。
これはゆかちゃんの癖だ。キスをする前に、必ず指で私の下唇をなぞる。
「のっち、顔真っ赤だよ」
ゆかちゃんはそう言って微笑み、指でなぞりながら顔を近づけてくる。
いつもなら喜んで大好きなキスを受け止めるけど、今日は…
私は唇が到達する前に、自分のそれに当てがわれていたゆかちゃんの人差し指を口に含んだ。
「ぁ…!?」
やっぱり冷たい。
舌先で指の腹を撫でた後、舌全体で指を根元まで包み込む。
今日はキス以上に、こうやってゆかちゃんの指を存分に堪能したい。
そして、ゆかちゃんの指がいつから温かくなるのか、確かめてみよう。
私は人差し指を解放して中指との間の付け根に舌を伸ばしながら、ゆかちゃんと目を合わせた。
「っ…あり得んわ…」
頬を淡く染めたゆかちゃんが、私をそっと床に押し倒した。


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最終更新:2009年01月24日 21:14