「いやー、今回も面白かった」
「じゃね〜。ゆかちゃんの顔まじでやばいわ。あれ狙っとるよ、絶対」
まだ普段通りだ。大丈夫。
「狙ってる。やっぱ小悪魔だよね」
「あれが小悪魔じゃなかったら、誰が本物なんよ。明日ちょっと言っとかんと」
普段通り、話せてる。大丈夫。
私の家で、私とあ〜ちゃんは2人ともソファーに寄りかかり、並んで床に座って3人が出演したテレビ番組を観ていた。
この時間帯にゆっくりできることは、あまりない。録画ではなくリアルタイムでテレビの中にいる自分たちを観るのは、まだ複雑な気分だった。
でもその気分は、できるだけ長く続いていてほしかった。もう番組は終了時刻となり、CMが流れている。
私は急にテレビの音がひどく大きくなった気がして、リモコンで音量を下げた。
自分でも徐々に神経質になっているのがわかる。
いつ私たちが“普段”から外れるのか、全身にアンテナを張って感知しようとしている。
ぺたんこ座りしているあ〜ちゃん。胡座をかいている私。いつこの“普段”から外れるのか。
それは呆気なく来た。
脚を伸ばそうと姿勢をずらしたあ〜ちゃんが、同時に私へ距離を詰めた。私の視界の端に、くすんだ桜色のワンピースから伸びる白い素足が侵入してくる。
唯一の物質的な境界だった手元のリモコンは取り上げられ、後ろのソファーへ消えた。
私はじっと画面を見続ける。
「のっちも脚伸ばしんさい。胡座なんてかいて」
あ〜ちゃんの左手が私の腿をぐいぐい押してきた。
暖かい手。
私は脚も口も表情も動かさない。テレビはまだCMを流している。
顔は見えないけれど、きっとあ〜ちゃんは楽しそうに目尻を下げているはず。
「もう、せっかく可愛い女の子なのに。もったいないんじゃから」
ほら、声が笑ってる。
「いいの」
私は変わらない。画面を見続けたまま。
ふふ、と笑いをこぼしたあ〜ちゃんの手は腿の上を滑り、今はないリモコンをまだ握っている私の右手に指を絡ませた。
手を体に引き寄せるようにして、肩も触れ合わせてくる。
力を入れないように意識している私の右手は、あ〜ちゃんの両手で弄られ始めた。
「またそんなこと言って。可愛いところいっぱいあるじゃろ」
両手で撫でて、挟んで、ぺたぺた叩いて、また絡ませて。
私はやる気なさそうに、されるがまま。CMは終わらない。
「黙ってたらまぁ、かっこいいって感じだけど。でものっちはその顔でいきなりクシャって笑うから、すごいねー」
ふわりと髪が動く気配。
「可愛くて、どきどきするんよ?」
あ〜ちゃんは私の横顔に私よりずっと愛らしい笑顔を向けている。見えなくても知っている。
私は無機質な箱に消した表情を向けたまま。
また少し体が近づいてきて、触れる面積と体温が拡がった。
“普段”から外れた雰囲気。
こうしてあ〜ちゃんが外してしまうと、私は自分を閉じ込めてしまう。
いつもの天真爛漫で、無邪気で、それでいて人一倍周りに気を遣うお姉さんなあ〜ちゃんだったら、いくらでも簡単に自分を出せる。
いや、出すっていう感じすらない。自然に、振る舞えるのに。
なぜ、“普段”を外したあ〜ちゃんの前では思うようにいかないのか。
そのあ〜ちゃんからは、3人でいるときのキラキラ眩しいオーラは消えて、代わりにとても暖かい、私の全てを包み込んでしまうような空気が漂う。
私を慈しみ、大事に、守るみたいに。
そしてそれが嬉しくて仕方がないように、花が綻ぶように笑う。
でも私は、笑えなくなる。
あ〜ちゃんが私を愛おしく思うほど、それが伝わってくるほど、私は身動きが取れなくなるんだ。
だって、あ〜ちゃんが大切にする私がどんな私か、わからない。
きっとあ〜ちゃんの中には、あ〜ちゃんが好きになった私がいて、それは私が知らない私。
だからもし気づかない内に言葉で、態度で、私がその私を打ち砕いてしまったら、台無しにしてしまったら。
私はまだテレビを見つめ続ける。なかなか次の番組が始まらなくて焦る。
あ〜ちゃんは手を離さずに、私の可愛いところを話し続ける。時折花をこぼしながら。
生返事をする私の顔が、テレビのすぐ隣に置かれた写真立てのガラスに映った。
気が抜けているようで、必死な私。どうしようもない。
そうだ、鏡だ。こうして鏡で見ていたかった。
あ〜ちゃんに私がどう映っていたのか。どんな私を好きになってくれたのか。
ずっと鏡で、ダンスを練習するときみたいに、入念にチェックするんだ。
不器用な私でも、鏡があればなんとかなるはず。
今はもう、遅くて意味がないけど。
「でもね、あ〜ちゃんが一番気に入っとるのは、のっちの瞳じゃけぇ…あ!」
突然聞こえた高い声で、私の意識は引き戻された。
そしてすぐ目の前に、あ〜ちゃんの顔が飛び込んできた。
「のっち、ほっぺたに睫毛ついとるよ」
私が反応するのを許さない勢いで、あ〜ちゃんの右手が近づく。
咄嗟に私は頭を後ろに引いてしまった。
「っ…自分で取れるってっ」
意図せず声が低く大きくなった。まるで苛立ってるようだ。実際は真逆なのに。
あ〜ちゃんは気にする風でもなく、握った私の右手に力を入れて床へ押し付け、私を逃さない。
「やーだ。あ〜ちゃんが取ったげるの」
私の顔から15cmも離れていない距離で、大きな瞳が恥ずかしくなるくらい微笑んでいる。
直視できない私は視線をずらし、壁に貼ってある
カレンダーを穴があく程見つめた。
今日は何月?何日?何曜日?
見ているはずなのにわからない。落ち着きを失った心臓が邪魔をする。
人を揺さぶった割には睫毛はあっという間に取れ、あ〜ちゃんはまた花をこぼしながら元の姿勢に戻った。
いや元ではなく、私の肩にぐっと頭を乗せてきた。
嬉しい、寂しい。苦しい、楽しい。愛しい、辛い。
こういう瞬間の私にはいろんな感情が押し寄せるけど、どうしようもなく幸せで、だけどそれと同じくらい…
「ねえ、のっち」
「…なに」
弄んでいた私の右手を、あ〜ちゃんは前触れなくぎゅっと握りしめた。
「怖がらないで?」
私は思わず斜め下に顔を向ける。
少し目が細められた、穏やかな笑顔に、あっという間に全身を包まれた。
そう、私は怖がってるんだ。
今みたいなあ〜ちゃんの空気が、変わってしまうんじゃないかって。
私は、言葉では、態度では、傷をつけてしまうかもしれないから。
キスをした。
ーーーーendーーーー
最終更新:2009年01月25日 18:22