下校時間はもうとっくに過ぎてしまっている。
先生の手伝いをしていてすっかり帰りが遅くなったあたしは、鞄を取りに教室に戻った。
誰もいない筈の教室、窓際の後ろから3番目、あたしの席に人影がある。
あれは、
━━━━あ〜ちゃん?
ゆっくり近付いて見るとそれはやっぱりあ〜ちゃんで。
両腕に頭を乗せて気持ち良さそうに眠る姿。
日が落ちかけた空から真っ赤な光が窓へ差し込み、あ〜ちゃんの顔は朱く染まっている。ふわふわな髪の毛はゆるく三つ編みされ、ちょうど輪郭をなぞるように垂れていて。化粧をしなくても十分艶やかな肌と長い睫毛が整った顔立ちを更に際立てて、
それは作り物のように、完璧なくらい美しかった。
思わず触れてしまうのをためらってしまう。
寒いから、早く起こさなきゃ風邪を引いてしまうかもしれないのに。
あともう少し、もう少しだけ見ていたい。
あたしだけが見つけた宝物のようなあ〜ちゃんを、誰かに見つかる前に目に焼き付けたい。1人占めしたい。
そう思ったのも束の間、
あたしの気配に感づいたのかあ〜ちゃんが目を覚ました。
開ききらない瞼を擦りながら、大きく伸びをする。
「ふわぁー。よう寝たわぁ。ってゆかちゃん。戻って来てたん。」
「え?あ、うん。さっき来たとこ。」
すっかりあ〜ちゃんの動きに見入ってたあたしはつい反応が遅れてしまった。
そんなあたしの様子は特に気にせず、じゃーお帰りしましょーかぁーと言いながら着々と帰り支度を進めるあ〜ちゃん。
と、ここで今になってやっと1つの疑問が浮かぶ。
「あ〜ちゃん、ゆかの事待っててくれたん?」
そう尋ねると、あ〜ちゃんはマフラーを巻きながらこっちを見る
「じゃなきゃ何であ〜ちゃんここに居ると思うん?」
………逆に質問されてしまった。
ていうか待っててくれた?
一緒に帰る約束してた訳じゃないし、こんなに遅くなっちゃったのに。ちょっとかなり嬉しいかも。
でもあたしは素直になれなくて、ついぶっきらぼうに反応してしまう
「のっちいないじゃん。」
「のっちはゲームしたい言って先帰りよったわ。」
「ゆか遅くなるから先帰ってて良かったのに」
あたしがそう言ったのを聞くとちょっとムッとした顔をして、とことこ歩き距離を縮めてくるあ〜ちゃん。あぁ、こんな事言うつもりじゃなかったのになぁ。
ちょっぴり反省していたら急に顔が近付いきて、白い手はあたしのブレザーの裾をちょこんと摘む。
「あ〜ちゃんはゆかちゃんと帰りたかったんだもん」
それは完璧な上目遣い。
かと思ったら、次の瞬間にはとびきりの笑顔に変わってる。
まいったな。そんな技どこで覚えてきたのあ〜ちゃん。
さっきまで丹精込めて作られたお人形のような美しさを醸し出してたくせに、動き出した途端に小動物みたいに可愛らしくなるんだから。
どうしようもなく愛らしくて、何が何でも守ってあげたくなる。
そう思うのはきっとあたしだけじゃないんだろうな。
やだな、あ〜ちゃんを他の人になんか取られたくない。誰にも守らせない。
あ〜ちゃんを守るのは、ゆかだけでいい
「あ〜ちゃん、」
まだ裾を掴んだままのあ〜ちゃんごと包むように、腰に手をまわし、肩に頭を預ける
「今の、ゆか以外の人に見せちゃ駄目だよ」
「え?」
何のことかいまいち気付いてないあ〜ちゃんの耳元で、今度はもうちょっと解りやすいように囁く。
「じゃけぇ…可愛いあ〜ちゃんの姿、ゆか以外の人に見せないでね。」
これ自分で言っといて結構恥ずかしい。誤魔化す為にちょっとだけ抱き締める力を強めた。あーもう絶対あたし今顔真っ赤だよ。
解ってるのにな。あ〜ちゃんがやってる事には恋愛感情なんてちっとも含まれてないこと。その行動に勝手に浮かれてるのはゆかだけで。
期待なんかしちゃいけないし、あ〜ちゃんを独占なんか出来やしないのに。
はぁ。………今更だけどさっきの発言撤回したい。
痛い、痛いよ自分……。のっちじゃないんだから…
1人でうだうだ(それでもあ〜ちゃんに回した手は放さないまま)考えてたら、あ〜ちゃんは何故かクスクス笑っていた。
もーなにがそんなに面白いん?って聞くと、
耳元で甘い声が聞こえた。
「だって、ゆかちゃんが可愛いすぎるんよ。こんなゆかちゃん、他の人に見せたくないなぁって思ったけぇ。」
「にゃっ…」
「普段はクールぶってる癖にー、今のゆかちゃんは何か挙動不信だし、怪しいし、なんかもうめっちゃくちゃ可愛いわー。一体どうしたん?」
そんな事ないっていうかあったとしてもそれはあんたのせいじゃーっ!
思わず顔を上げたら、にこにこ顔のあ〜ちゃんと目が合った。
「可愛いゆかちゃん、あ〜ちゃんが独り占めしていい?」
ずるい、ずるい。確信犯じゃろこれ絶対。
回した手に力を込める。
「……じゃあ〜ちゃんはゆかが独り占めするけぇ」
「じゃあゆかちゃんはあ〜ちゃんのじゃけぇね」
「じゃああ〜ちゃんはゆかが戴くね」
「じゃあーゆかちゃんはあ〜ちゃんの恋人になってもらわにゃあ」
「……それ告白?」
「こーくーはーくー」
「あ〜ちゃん」
「なに?」
「……すき」
「ふふ、あ〜ちゃんもよ。」
なんだかとても照れ臭くて何も言えない。
ここだけ空気がやけに濃くて、余計に酸素を吸い込んでしまったような。思わず顔をあ〜ちゃんの首もとへ埋めてしまう。
そんなあたしを赤ちゃんをあやすように撫ぜるあ〜ちゃん。
主導権は、はじめからあ〜ちゃんにある。
ゆかはこれからもあ〜ちゃんに振り回される予感がする。
本当に、惚れてしまった方の負け。
でもあ〜ちゃんだから、まぁいいよね。
END
最終更新:2009年01月25日 18:47