文字通り全身ずぶ濡れになった私とゆかちゃんは、駆け足で私の家に飛び込んだ。
玄関に入ってすっかり上がった息を整えながら顔を見合わせ、互いの姿に同時に吹き出す。
笑いが止まらない。
明日は久しぶりの休日なので、私たちは仕事が終わってから私の家へ直行した。
夕飯を食べてシャワーを浴びたまではいつも通りだったのだが。
冷凍庫のアイスが切れていたため、2人で近くのコンビニまで買いに行き、その帰りに見事なタイミングで雨に遭遇してしまった。
夜の暗さで、頭上の怪しげな雲に気がつかなかったのが敗因。
2人で仲良く濡れネズミになって、それがどうしようもなく可笑しくて、私たちは笑い合いながら部屋に入った。
笑ったまま、ゆかちゃんはアイスを冷凍庫へ入れ、私はつい1時間前に使ったものとは別の、新しいバスタオルを取りに行く。
それから体に残る雨で余計なものを濡らさないように、フローリングの床の上で立ったまま向かい合い、1枚のタオルで互いの髪を拭き始めた。
さっきまでの爆笑ほどではないが、私たちはまだくすくす笑っている。
「うちらアホみたいじゃね」
「みたいっていうか、アホだよ」
ふふ、と笑いをこぼすゆかちゃんを拭いていたら、私の脳裏に何か引っかかった。
そういえば、最近同じことをした。
あれは2週間くらい前、前回の休日。私の家に来る途中、雨に降られたゆかちゃんをこうして拭いた。
あの時のゆかちゃんは、泣いていた。
「どうかしたん?」
私の顔から笑みが消えたのに気づいたのか、ゆかちゃんが軽く首を傾げて尋ねてきた。まだ目は笑っている。
「この前会った時と、同じだなと思って」
会う、という言葉の前には、2人で、という単語が省略されている。私たちの間ではこれで通じる。
それを示すように、私を見つめる目が笑うのをやめた。
代わりに、微かな動揺が浮かんだ。そんな目をしなくていいのに。
そんな目をするから、私の中にあの時と同じ衝動が沸き上がってくる。
私はタオルから手を離し、ゆかちゃんの肩を掴んで、濡れた細い体をすぐ後ろの壁に押し付けた。
珍しく、触れた体から少し抵抗を感じた。でも今の私は気にしない。
空気の変化を察知して、ゆかちゃんが声を出す。
「風邪、ひいちゃう」
「ひかないよ。熱くなるから」
声にまで滲む動揺に気づかないふりをして、私はゆかちゃんに迫った。
閉じた唇を安心させるように、静かに舌で舐める。そして触れるだけのキスを数回。
まだ舌は入れない。まだ言いたいことがある。
私は肩から右手を離し、しっとりと水を含んだ長い黒髪を一房すくい、そこから発せられる雨の匂いをかいだ。
あの時の自分が、今の自分に重なるのを感じながら言う。
「本当はあの日、すぐにでもこうしたかった」
この言葉で目に浮かぶ動揺が一際大きくブレたのを見届けてから、私はゆかちゃんに口づけた。
あまりやる気がなかった唇が、私の優しい甘噛みで徐々に開かれる。
観念したゆかちゃんの手からタオルが落ち、私の肩に添えられた。
そんな目をしなくていいのに。
私は多分、ゆかちゃんの暗い部分をある程度、私なりに把握している。
もちろん直接聞いたことはない。絶対に話してはくれない。
あの日だって、ゆかちゃんは『会いたかった』と言ってただ泣くだけだった。
私はその表情を見た瞬間、私に会うまでにゆかちゃんを暗い方向に向かわせる何かがあって、そんな中から出てきたあの言葉は本物だとわかった。
ゆかちゃんは、私に嘘をつきたくないから。
嘘をつきたくないから、ああいう風になる。
私は許された嬉しさを堪えて、ゆっくりと舌を口内に這わせた。
いつものコースを辿っても出てこない舌を呼ぶように、上顎の裏をノック。
我慢の限界に達する直前で、やっと目当ての舌を捕らえた。自分へ引きずるように絡め取る。
もう止まれない。私の手が動き出した。
濡れて冷えてしまった、白黒
ボーダーのタンクトップを一気にまくり上げる。
直に触れた肌は温かくて安心したが、引き寄せた拍子に私の湿ったTシャツに当たり、手の下の体がぴくりと震えた。
一旦口から離れ、私はゆかちゃんに視線を送る。しっかりと捉えられたのを確認し、ブラとともにタンクトップを脱がせた。
素直に協力したゆかちゃんが、今度は私を脱がせる。
部屋には勢いを増す雨音と、水分で重たい服が落ちる音と、2人の焦った呼吸の音しかしない。
私たちは最中に、ほとんど言葉を交わさない。
ゆかちゃんは多分、大人になりたがってる子供。
そして、大人は自分というものをわかっているはずだ、と勘違いしている子供。
だから自分をわかろうとして、見つめすぎて考えすぎて、と思ったら自分を知ったふりして強がって。忙しい。
忙しく、ゆらゆら揺れている。
例えば私との関係では、私はどうしたらゆかちゃんを揺らせるか知っている。
『私のこと、愛してる?』 いや、これはまだ弱い。
『ゆかちゃんにとって、私って何?』 これで絶対、揺れる。
でも私は、わざわざそれを確かめたりしない。
だって、揺れているゆかちゃんが好き。
揺れているのに私に触れたがるゆかちゃんが、たまらなく愛おしい。
覆うものがなくなった私たちは、時間を惜しむようにきつく抱きしめ合いキスを深く繰り返した。
何度しても飽きない、私が大好きなキス。
ゆかちゃんはそれを知ってるから、ちゃんと応えてくれる。
応えてくれる口から唾液がこぼれて、私の胸元に落ちた。
私はわざと唇を吸い上げて立てた音を一時のお別れとして、首筋へ。
同時に、背と頭にまわした手に力を入れ、合図をする。私たちは床に横たわった。
首元に顔を近づけると、さっきと同じ雨の匂いが濃くなった。口づけながら黒髪をたぐり寄せて吸い込み、堪能する。
空いた手では、温かい体がもっと熱くなるよう、力を入れて撫でさする。
ゆかちゃんも後ろにまわした両手を、私の肩から腰まで何度も往復させた。
私のキスに合わせて聞こえる吐息が、私をけしかける。
大人になりたい子供のゆかちゃんは、私に対する自分の感情も知りたがってるみたい。
ごくたまに、言動や雰囲気にそれが垣間見える。
“私はこうなんだ”とか、反対に“私はこれでいいの?”とか、忙しく迷う声が聞こえる気がする。
どうにかして、感情を整理しようとしている。
私はそんなゆかちゃんが好きで、どうしようもなく愛おしいけれど。
あの日みたいに、今みたいに、その揺れを止めたい衝動に駆られることがある。
あの日は邪魔な周期が重なったから止められなかった。
その分、今日は駆られるままに動ける。
私は白い乳房に歯を立て、強めに噛みついては労るように舐め上げ、それをしつこく反復した。
髪だけでなく、床に押し倒している体や自分の体からも、雨の匂いが立ち上る。
外の雨が激しくなり、時折力任せに窓を叩きつける。
私の衝動も激しくなる。
いつもなら時間をかけて楽しむ愛撫も、今は焦れったい。
私は乳房から顔を上げ、突然止んだ感覚を不思議に思って目を開けたゆかちゃんに近づき、見下ろした。
ふわふわ漂っている目線を奪って、微笑みかける。
乾き始めたゆかちゃんの前髪をかき上げて、額に予告代わりのキスを落とす。
そして私の体で開いている腿の間へ移動し、抵抗する暇を与えず、一際熱く濡れた部分に口づけた。
「っ…!」
こんなに熱いのに、雨の音と呼吸の音以外、不思議な程部屋は静かだ。
静かなのだから、ゆかちゃんに触れている部分から、私の想いが伝わればいいのに。
余計なことは、考えないで、悩まないで。
揺れないで。
自分がどんなものかなんて、答えがわからない方が、答えを出さない方が、いい。
私に対する感情も、そう。
理解しようとしないで。分析しようとしないで。
今みたいに感じるままでいいから。無理に言葉にしようとしなくていいから。
会いたいから会う。触れたいから触れる。キスしたいからキスする。
シンプルでいいよ。難しい言葉なんていらないよ。
それでも迷うなら、こうして体を重ねればいい。
ダンッ
その音に、私は舌は動かしたまま目だけ上げた。
ゆかちゃんが左手の甲で自分の口を押さえ、これ以上ないくらい固く目を閉じている。
息もこれ以上ないくらい荒く速いが、声は出ていない。
いつもは聞いてる私が恥ずかしくなる程、堪えないのに。
ゆかちゃんの右腕は傍らの床に放り出され、その先には力を入れすぎて白くなった握りこぶしが。
音は恐らく、あの白いこぶしが床に振り下ろされた時のものだろう。堪える声の代わりに。
限界が近い。
そう理解した私はとても満足した心地で口を離し、ほっと一息ついているだろう細い体に覆い被さる。
そして限界を超えさせるため、熱い中に入った。
もう少しで雨は止むし、私の衝動も収まる。
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最終更新:2009年02月12日 13:54