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「のーっち、聞いとん?」
目の前に、あ〜ちゃんのぷくっとふくれた顔が迫った。
「あ…聞イテマセンデシタ」
「んっもお〜、ほんま信じられん、何なんよこの人!!」
あ〜ちゃんは真っ赤になって口をとがらせた。ぷんすかモードから、一気にギャンギャンモードへ。
…はい、のっちまたやっちゃいました。
毎度のことながら、駄犬のっちのしつけにあ〜ちゃんは手厳しい。
あ〜ちゃんは腕組みをしてあたしの前に閻魔様みたく立ち、真っ直ぐに睨みつけながら、
「図書室の本を3ヶ月滞納したあげく失くしたんは誰ね?」
「…のっちです」
「罰として図書係の雑用させられとんのは?」
「…のっちです」
「それを手伝ってあげとんは?」
「あ〜ちゃんです」
「…で?」
「大好きです」
途端にあ〜ちゃんの怒りで赤く染まった顔が、桃色にふにゃっと崩れ、と思ったら今度は勢いよく耳まで真っ赤になりながら、
「…っあんたは、全っ然反省しとらん!!ほんまにバカ犬じゃ!!」


湯気の立ちそうな真っ赤な顔で目を三角にして怒鳴りつけてくるけれど。
興奮すればするほど桃色に染まる頬はすべらかに輝き、熱を帯びてあ〜ちゃんの甘い香水があたしの鼻をくすぐる。
あたしより身長の少し低いあ〜ちゃんが、どんなにあたしを睨みつけても。
斜め下からキラキラの真っ直ぐな瞳ですくい上げるように見つめられてるようで。
のっちのバカとかアホとかぽんぽんとリズミカルに飛び出す憎まれ口だって、甘く響くあ〜ちゃんの声だから。
ついつい、あたしの口元は緩む、てゆうかにやけちゃうんだ。
…だって。
もう何千回も口にして聞き飽きてるだろうけど、のっち語録のトップページに極太特大フォントで書いてる事実…てゆうか絶対的真実。
「やっぱ、あ〜ちゃん可愛い」
「…っ、もう知らん!!」
あ〜ちゃんはクルっと背を向けて、返却図書のいっぱい乗ったワゴンを、一人で顔を真っ赤にしてうんせうんせと運ぼうとし始めた。
「あ〜ちゃん、一人じゃ無理だよ。重いけえ」
「いいけえ!あ〜ちゃん一人でする!」
「でも元々のっちの罰だし…」
「のっちなんかふざけてばっかじゃ!うちの言う事なんか全然聞いとらんし、のっちの為に何かしてあげるの馬鹿みたいじゃ」
そんなことをギャンギャンまくし立てながら、あ〜ちゃんは半ばやけになってやたら手際よく返却図書を本棚に返してゆく。
どんどん片付けられてゆく、本来あたしの罰仕事。
こんなふうに。いつだってあ〜ちゃんのすることは、あたしを微笑ませる。いつだって結局、あ〜ちゃんはあたしを甘い気持ちにさせるんだ。
あたしは従順で忠実なだけが取り柄のわんこみたく、あ〜ちゃんの後を追う。


「…のっち」
「ん?」
「…鬱陶しいけえ」
「そんなあ」
「犬みたくマヌケ面でついて来んといて。さっさと働きんさいや。はい、これとこれ歴史のKの棚」
急にご主人様な命令口調になるあ〜ちゃん。
あたしは乱暴に押し付けられた本を嬉々として受け取り、名犬ラッシー並みの機敏さで片付けていく。
気まぐれでワガママなご主人様は、あたしのわんこっぷりに、呆れた顔をした。
まあ、我ながらなかなか忠犬のっちだと思う。
あ〜ちゃんがお手と言ったらお手、お預けと言ったらよだれたらしても我慢。
あ〜ちゃんの甘い声で放り投げられるフリスピーを夢中で追っかけるように、他愛なく一喜一憂してます。
そんなのっちに、あ〜ちゃんはご褒美どころか、少々理不尽なくらいそっけなかったり、忠犬っぷりがお気に召さなかったりと、まあ報われないことが多いんだけど。
でも。
あたしはそれでいいんだ。
あたしはもうとっくに降参してるんだ。お腹見せて、服従のポーズ。
首ったけ、って言葉があるけど、あたしはあ〜ちゃんに首根っこおさえられて、首輪をしっかりつけられて、もうめろめろに降参してる。
降参なんて情けない、ってあ〜ちゃんは怒るだろうけど。
負けず嫌いで意地っ張りなあ〜ちゃんは、のっちに降参なんて絶対出来ないだろうから。
だから。のっちは、あ〜ちゃんに出来ない事が出来る。


うなじまで真っ赤に染めながら、あ〜ちゃんはそれでも「好き」の一言が言えない。
のっちならあ〜ちゃん限定で何百回でも繰り返して言えるのに。
目を潤ませて、心とは裏腹な憎まれ口を叩く、意地っ張りなあ〜ちゃんはやっぱり可愛くて、あたしはこの人の忠犬で良かったなあなんてとろけそうに幸福になる。
そんなとびきりスウィートな愛情表現。
負けるが勝ち、って言うじゃん?
そんなあたしの心中なんて知らず、意地っ張りなあ〜ちゃんは、少し高い位置の本棚に本を返そうと格闘中。
ああもう、甘えてくればいいのに。
まあ、じたばたしてるあ〜ちゃんの後ろ姿は可愛いんだけど。
あたしはそっと後ろに回って、あ〜ちゃんの背後から手を伸ばして、本の背表紙を押す。
頬に、ふわふわのあ〜ちゃんの髪。
急に近づいた距離に、二人の温度が音を立てて上がる。
その、甘酸っぱい動揺。
「あ、ありがとう」
真っ赤になった頬を隠そうとうつむいて、あ〜ちゃんはぎこちなく身を離そうとするけど。
あたしは素早くあ〜ちゃんの髪に顔を埋める。
「ちょっ、の、のっち!」
「…さっきのっちが上の空だった理由、教えよっか…?」
「いい、いらん!どうせろくでもないんじゃけえ!」
…むっ。まあ、素直じゃないとこは無視無視。
あたしはゆっくりあ〜ちゃんの耳から首筋に軽くキスしながら、
「…あ〜ちゃんと、キスしたいなあ、って思っとった」


そのままあ〜ちゃんの手首をしっかりつかんで、瞳を覗き込むように額を寄せる。
あたしがじっと真っ直ぐにみつめると、あ〜ちゃんはあたしを引き離そうと肩の辺りをぐーで押しながら、
「の、のっち!ここどこだと思っとん!図書室じゃけえ!離れんさい!」
あ〜ちゃんはキャンキャンわめきながら暴れる。
「図書室なのに、あ〜ちゃんのがうるさいよ」
「…っ!のっちが変なコト言うけえじゃろ!!」
「…口、ふさいだ方が静かに出来ると思わん…?」
あたしは目をそらさずにおねだり。
のっちお得意のわんこ目線。
あ〜ちゃんは息を弾ませて暴れてたけど、それは徐々に甘い吐息が混ざって。
懸命な抵抗は次第にじゃれあいへと移行して、二人の距離は近づいて。
唇を重ねようとあたしがあ〜ちゃんの熱い頬に手をかけると。
あ〜ちゃんは、最後の意地を見せて、潤んだ目で睨みながら、
「…ケダモノ。」
あたしは思わず笑いながら、甘く噛みつくように唇を重ねた。


恋は忠犬、…時にケダモノ。


おわり






最終更新:2009年02月12日 15:15