…寒。
あたしはマフラーをえいやっとぐるぐる巻き直して、顎を埋めた。
ちらり、と校舎の時計を見る。…もう、45分たった。
あたしはコートのポケットから携帯を取り出して、待ち合わせ場所を変えるメールを打とうとして、やめた。
先生のお説教中に、メールがピラリン♪と着信するのはよろしくない。
「う〜、もう!のっちのアホ!」
あたしは冷たくなった両手に息を吐きかけた。
裏庭の石のベンチは冷たくて、体をあっためる為に無駄に貧乏ゆすりを続けた。
うう、ゆかちゃんがおってくれたらいいのに…。
でもそれも出来ない。だって、今日はのっちと二人でゆかちゃんの誕生日プレゼントを買いに行くんじゃけえ。
プレゼントはもう決まってて、あ〜ちゃんは早くそれを手に入れて、ゆかちゃんの誕生日までウキウキしたくてたまらないのに。
あの、のっちのアホのせいで。
ゆかちゃんを上手にごまかして(ま、察しがいいけえバレバレじゃろうけど)、さあいざ行こうとした矢先。
のっちは今月の遅刻回数がクラスでワースト1だったとかで、先生に強制連行されて行った。
裏庭で待ってて、って必死な口パクでメッセージ送りながら。
…で、あ〜ちゃんは待ちぼうけ。
先生のお説教が長いのは、しょうがないわ。
遅刻がクラス1多いって何なんよ。信じられんわ。
何でうちがそんな情けない人を、こんな冬空の下で待っとらんといけんのんよ。
…何でうちは、先に帰ろうとせんのんよ。
あーあ。
あたしは頬杖をつく。ひんやりとした両手に包まれて、かっかしてた思考が冷静になってく。
あーあ、嫌だなあ。
寒くて凍りついちゃいそうで、ウンザリしてても。
あたしは、のっちを待ってたいんだ。
のっちが来るまで、あたしはここから離れられないんだ。…離れたく、ないんだ。
「…ちゃあん、あ〜ちゃあん…!」
情けない声に、あたしは振り向いた。
校舎から真っ直ぐに、あたし目掛けてのっちが駆け寄って来る。
白い息を弾ませて。もつれるようにあたしの名前を呼びながら。
そのまっしぐらな姿に、あたしの息が詰まる。
…ああ。どうしよう。どうかしとる。
「…ふうっ、はあっ、あ、あ〜ちゃん…っ、ゴメン…!」
のっちは肩で息をしながら、叱られるのを覚悟してるみたいにうなだれた。
「ゴメン、もっと早く終わると思っとった…!すごい待たせてゴメン、あ〜ちゃん!」
のっちは恐る恐る顔を上げながら、
「…でもあ〜ちゃん、待っといてくれたんじゃ」
と嬉しそうに、顔いっぱいにほっとした笑顔を浮かべた。
…また、あたしの胸が熱くなって、息が詰まった。
あたしはこみ上げてくる気持ちを隠す為、素早くのっちに背を向けて歩き出す。
「…当たり前じゃろ、約束したんじゃけえ」
出来るだけどうだっていい感じであたしは放り投げるように言う。
のっちはそんなあたしの投げやりな言葉にも全力で喰らいついてきて、
「当たり前じゃないよ、こんな寒いのに!」
なんて、あたしの神経を逆撫でするようなことを言う。
「…別に、寒うないけえ」
「…嘘ばっか」
のっちの手がするりと伸びて、あたしの手を取った。
「ほら、あ〜ちゃんの手、めっちゃ冷たくなっとる」
…ああ、もう。こんなんめっちゃカッコ悪い。
うちんが忠犬ハチ公みたい。わんこはのっちで十分なのに。
あたしは自分がご主人様だと主導権を確認したくて、分かりきったことをあえてきく。
「のっちは、あ〜ちゃんと約束したら、ちゃんと待ってくれるん?」
「そんなん当たり前じゃろ〜!」
「まあ、のっちが遅刻してうちが待つのがパターンじゃけど」
「いやいやいや」
のっちはあたしの手を握る手に力を入れて、
「のっちは例えあ〜ちゃんと二度と会えなくなったとしても、また会えると信じて、ずっとずっとあ〜ちゃんだけを待つよ」
のっちはゆっくりと、あたしを包むように頬を寄せた。
つないだ手。重なる頬。…その、あたたかさ。
のっちの温度。その確かな存在感。
二人の距離。重なり触れ合いながら、溶け合えない、このもどかしさ。
のっちがそばにいる安心感は、同時にどうしようもなくあたしを不安にさせる。
…ねえ、のっち。
のっちは最高の甘い言葉を口にしたつもりだろうけど。
のっちの言葉は、あたしを声を上げて泣きたいほどかなしくさせたんだ。
だって。
のっちがたった一人で、ぽつんとあ〜ちゃんをずっとずっと待ち続けとる姿なんて。
想像しただけで身を切られそうになる。
のっちがかわいそうで、かなしくて。
自分なんてどうなっていいくらい、めちゃくちゃに、愛おしくて。
あたしはのっちの背中に手を回して、体いっぱいで抱きしめた。
のっちの肩越しに見上げた空は高くて。
その空の彼方を見つめながらあたしは思った。
いつか最期の時が来るならば。どうか一分でも一秒でも長く。
あたしに、のっちを守らせて下さい。のっちを、一人ぼっちにはさせないで下さい。
「…あ〜ちゃん?どしたん?」
のっちがふがふがとあたしのマフラーに埋もれながら、不安そうな声を出す。
あたしは笑って、
「いやあ、のっちあったかいねえ、と思っとったんよ」
「じゃ、もうちょっとこうしとく?」
「…うん」
のっちはやけに素直なあたしにどぎまぎしながら、おずおずと腕に力を込めてきた。
…肝心な時に、へたれわんこな奴じゃ。
でも。どうしたらいいのか分からないことだらけなのは、きっとお互いさま。
ほんとに、どうかしとる、あたし達。
…きっと、愛しさは
飼い慣らせない、衝動。
終わり
最終更新:2009年02月12日 15:38