「…あ、あ〜ちゃんのこと、す、好き、なんじゃ、よね」
少し前のことを思い出した。
私たちは制服を着ていて、まだ夏になってない帰り道。
告白されることなんて正直慣れてるのに、
予想外の相手から突然与えられた言葉に、頭が真っ白になった。
自分の想いに無自覚でいることに懸命だった私は、
いつもと違う真剣な目と真っ赤になった顔に、
なんて応えればいいのかわからずに、ただ黙っていた。
一通り話し終えた後で、のっちはこう言った。
「聞いてくれてありがとう。困らせてごめんね」
「今までどおり友達でい、いて…ほしいな」
すこしさみしそうに、でもすっきりとした顔でそう言った。
帰る家は一緒なにに、私たちは道を別にして帰った。
ずっと一緒にいたのに、最近じゃお互い妙に大人びてきたように思ってたから。
ときどき、何を考えているのかわからないときもあった。
だけど、それには気づかないふりをしてきた。
あ〜ちゃんには何でもわかるんよって、笑って言うことにして。
相手が女の子だから。それものっちだから。Perfumeがあるから。
ときどき忘れた頃にやってくるなんだかよくわからない気持ちを、
見ないふりをして鈍く飲み込んできた。
それなのに、のっちは私が築いた防波堤をあっさり破って、
心の中に入ってこようとしてくれた。
そして、私はそれを拒んだんだ。
別れ際に、「はい、握手」と組み合わされた手の塊は震えていたけど、
それは私も同じだったのに。
いつから好きになったかなんてわからない。
気がついたら、いつも目はのっちのことを追っていた。
普段から元気はある方だ。明るいとよく言われてきた。
目標を決めたらそれに向かう推進力には自信がある。
私はそんな自分が好きなのに。
たとえばあの虹の日。
体育が終わってグラウンドにきれいに光るそれを一番に伝えたくて、
校舎の窓から身を乗り出したのっちと携帯越しに話したこと。
「虹出とるよ」、なんて自分の口から出てくること自体恥ずかしかった。
それぐらい、この想いは私から自由を奪って、
自分のことをますます嫌いにさせた。
誰かのことを好きになると、自分を嫌いになるなんて、
あまりにも臆病すぎる。きっとゆかちゃんならそんなことにはならない。
「へっへー」
昼休み、バレンタインにのっちがもらったチョコを誇らしげに見せてきた。
いつもなら大きな紙袋いっぱいに持ってくるのに、今年はたったひとつだった。
そのことが意味していることは、直感的にすぐわかった。
「へえ。のっちがあ〜ちゃん以外の子と付き合うなんてねえ」
さりげなく言ったゆかちゃんの一言は、また避けようとした現実を引き戻した。
たぶんこうやってときどき出てきてしまう、
たとえば恋愛だったりちょっと苦手なことに戸惑ってしまう自分は、
自分が自分じゃないみたいで、コントロールできなくって、嫌いだ。
自己嫌悪って言葉とは無縁だと思って生きてきたのに。
そんな自分に向き合うことを避けた。
結果、避けた代償は大きかった。
一度自覚してしまうと、頭の中はそれしか考えなくなった。
それを表に出さないようにして殻を守り続けることだけに集中する自分は、
もうあの手に応える資格なんかないように思えた。
必死で守ろうとする殻は本当に強固で、
私はいつもどおりの自分でいられていると思った。
世界でたった一人を除いては。
「あ〜ちゃんさあ、ほんとにあれでよかったの?」
「…のっちが幸せなのはいいことじゃん」
「それはそうだけど、ゆかはなんか納得いかないな」
私の心の内なんてきっともう見透かしてる。
見透かしてて、最後の最後では踏み込んでこない人だ。
「まあ、あの子、のっちのこと好きで好きでしょうがないってかんじだもんねえ」
一緒に帰ることがなくなって、たまに見かける二人の背中。
あまりに初々しくて、胸が痛んだ。
今さら好きだとか思う自分が情けなくて、
それを親友にすら素直に言えないことも情けなかった。
この気持ちはたぶん、私だけじゃない。
すこし形は違っても、あれからのっちは毎日この顔を見るたびに、
どれだけつらい思いをしてきただろう。
これは、それを受け止めることから逃げた、私への罰なんだ。
あの背中はあの子の勇気が生んだものだ。
私が持てなかった勇気の結果だから。
こんな私じゃその重さははかれない気がして、直視できなかった。
お風呂に浸かる。お湯はあったかくて、気持ちいいのに。
前みたいに歌えない自分に気づいた。
こんな私は、もうaikoさんの歌にも見放されてるんだ。
あたたかいお湯の中で、ふと目を閉じる。
『真っすぐな優しさに 胸が痛いと言った
輝くあなたの希望に 息は苦しくなった』
今日見た二人の背中が、目に焼きついて離れなかった。
たぶんせつないってこうゆうんだろうと噛み締めながら、
それでも私は、せつないのは嫌だと思っていた。
のっちのことを好きで、一緒にいて楽しいのはいいけど、
こうやって話せなくて遠くから楽しそうなの見て、
せつなくなったり嫉妬を感じたりするのは本当に嫌だと思った。
わがままってことわかってても。
福山言葉混じりのあなたを。適当なのに魅力のあるあなたを。
本当は、身の程をわきまえず考えて、好きな歌を歌いたい。
手を伸ばしても、
もう届かないところへ行ってしまったよね。
それはわかってるから、それでも思わせてくれませんか。
思わなければ、弱さが出てってくれない。
やりきれないあきらめと悲しみが形にならない。
あなたを思って心をあふれさせないと、
行き場のない思いは涙とか冷たくなった指とかいう、形を得られない。
あの背中は、やっぱり届かないよ。
並べないと思った。
そしたらまた自分がすごく嫌になった。
今日はリハーサルがあるからと言って、ゆかちゃんは三人で帰ろうと主張した。
今思うと、あれなのかも。ゆかちゃんなりの優しさなんだと思う。
のっちはすこし困った顔をしていたけど、あっさりそれは実現した。
久しぶりの三人での帰り道は、ちょっと前と何も変わらなかった。
のっちのどうしようもない噛み噛みっぷりに、私が容赦なくつっこんで。
ゆかちゃんはそれに応戦したり優しく見守ったり。
つい最近まであったはずのそのしあわせが再現されると、
あまりの楽しさと引き換えに、喪失感はより一層大きなものへと変わった気がした。
相変わらず、お風呂ではやっぱり歌えなかった。
頭の中で歌詞だけが流れていく。
『あなたの背中が遠ざかり 最後に気づく儚き愚か者』
aikoさんどっかで絶対あ〜ちゃんのこと見てる。
それくらい、この歌詞にシンクロしてしまう。
リハ中も、休憩中も、私はのっちの顔をよく見た。
これが私が好きな人の顔なのか、と思った。
とてもかわいくて、きれいな顔だと思った。
頬がすこし赤かった。
時々目が合った。
照れ笑いしてた。
リハが終わってスタジオを出たらもうのっちはいなかった。
もういないだろうなあと思っていた。
そういう人だと知っていた。
きっと今ごろ、あの子と電話でもしてるんだ。
それからというもの、
ゆかちゃんの提案でリハーサルのある日は三人で帰ることになった。
私の神経はその日に集中することになった。
クラスも違うし、仕事もまばらにしかないから。
いつもみたいに昼休みににこにこしてやって来なくなった今は、
リハ日でないと理由なく会えなくなった。
のっちの、笑った顔とかすぐ何でも口に入れる癖とか、もぐもぐしてる口とか、
人の話にあんまり食いついてこないとことか、
そうゆう、胸の中ののっちへの微笑ましい気持ちとか、思い出みたいなことを、
思い出しては満足したり。余韻にひたったり。
一緒に帰る日を楽しみにしてそのためにがんばったり、
メールする用件をひねり出したり、
そうゆう、ばかみたいなことが、最近ほんとにばかみたいに思えてきた。
今日は何色だったろう、セーター着てた。
今日は移動教室のときに会えてうれしかった。でもなんかせつなかった。
あの人は私のものじゃない。
そう思うと、振る指の、めったにしないはずのネイルがやけに目についた。
髪の毛とかちょっとぼさってたけどそういうの気にしない人で。
ちょっと髪伸びてたな。
のっちを抱きしめられたらどんなかんじかなあ。私より背高いっけ。
…記憶が背骨をしめつける。重いよ。
「きせつにさからい、おもいつづけて」
思い切って出した歌声は震えていた。
震えてるじゃん、って笑ったら、
視界がぼやけて、頬にあたたかいものを感じた。
頬を伝うそれは、今までの想いを開放し始めた。
届くかどうかもわからない届ける気すらあるかわからない。
ただこの気持ちがあるだけで。
私は、この気持ちをどうしたいのかわからない。
急に来るせつなさやさみしさに対応しきれない。
だけど心の中に存在を確かに感じる。
のっち。
泣いたらまたいつかみたいに抱きしめてくれますか。
あの子とつなぐその手で頭をなでてくれますか。
あなたと私をつないでいるのは何ですか。
私が助けを呼んだら来てくれますか。
あなたにとって私はどんなかんじですか。
私はあなたを好きですか。
好きなふうに見えますか。
警戒しますか。
嘘つき通してもいいですか。
あの子みたいに勇気が持てない半端な気持ちで、
立場を利用してメールしたり遊んだりしていいですか。
まったくもって誠実でもない。
私は許されますか。
こんなこと言ったら、のっちはどんな顔で笑うのかな。
こわくてたまらない。情けなくてたまらない。
私は、のっちを好きでいられるほど、強くなんかない。
自身だけでなく、想いも、なにもかも。
のっちごめんなさい。
勝手にいろんなこと、あなたのことを考えていました。
すべてを棒にふる勇気なんてない。
「きせつにさからい、おもいつづけて」
もう一度歌う。声の震えは驚くほど大きくなった。
でも今度は最後まで歌えたんだよ。
「…ふぇ。うぇーん」
教室に響く泣き声。また急な知らせが胸を打った。
腫れて重いまぶたがゆかちゃんに取り上げられるより前のことだった。
「また、急な話だね。なんでまた」
「…っく、なんか、のっちのこと思ってた人じゃなかったって…ぐすん」
そう言いながらぽろぽろこぼす涙は、鼻水混じりで。
ゆかちゃんの神妙な顔つきが一気に崩れていく。
「あはは。じゃああの子のっちのことなんてなんも見てなかったってことじゃね」
「ゆかちゃん冷たいよぉ…のっち傷ついとるんじゃから」
のっちは今日の放課後、私たちのところへ帰ってきた。
その知らせによろこんでいいのか一緒に悲しめばいいのかわからなかった。
「別れて正解じゃね。ね、あ〜ちゃん?」
「う、うん」
「あ〜ちゃんまで…ああもうのっちは死ぬしかないよ…あ〜ちゃんたすけてぇ…」
だらしなく伸びてきた手は、のっちの手だった。
久しぶりに感じた手の感触に、思わず強く握り返した。
「やっぱあ〜ちゃんは天使じゃあ…」
「ゆかちゃんは小悪魔とおりこしてもう悪魔じゃー」
「じゃ、あ〜ちゃん。後はよろしくね」
のっちの頭をぽんぽんと叩いて、ゆかちゃんがすっと立ち上がった。
「このアホには、ちゃんと言わなきゃ伝わらんよ」
押された背中。
もう引き返せないところまで来てるのは、確かなんだね。
帰り道、すっかりしょげてしまったのっちの手を引いていた。
もうすぐ公園が見えてきて、右の曲がり角を曲がる。
震えていた手を思い出した。あの日は、ちょうどこのあたりだった。
「やっぱあ〜ちゃんはやさしーね」
ぐじゅぐじゅになった顔でのっちが笑った。
私はこの顔が好きだったし、
この人の手が好きだったし、
この人が名前を呼んでくれることがとてもうれしかった。
きっと、それは今も同じだ。
「…のっち、あのね」
本当はずっと後悔していたこと。
こわくて応えられなかったこと。
あの子の存在を知ってから、自分が嫌でしょうがなかったこと。
もう取り返しのつかないことに、何度も泣いたこと。
膨らんで割れてしまった思いは、
まるで魔法にかかったみたいに次々と言葉になっていく。
ひととおり言い終えた後で、のっちの白黒させた目が、
次第にやさしくなっていくのがわかった。
『時は経ち目をつむっても 歩けるほどよ』
…昨夜お風呂で歌ったメロディが、頭の中で繰り返される。
こんなときに言うのは、フェアじゃないかもしれない。
だけどやっぱり最後まで言いたいよ。
のっちは、照れ笑いをしながら大きくうなずいてくれてる。
aikoさん、最後はこう歌うんだよ。
『季節に逆らい想い続けて 今もあなたを好きなままよ』
(おわり)
最終更新:2009年02月12日 16:15