「お疲れ様〜」
あたしは同僚の子と挨拶をして職場を出る。
「あぁ・・・ほんと疲れたわ・・・」
こんな独り言も一丁前に言える様になった社会人5年目の冬。
今日は外を出ると息は白くなり、早く家路に着きたくなる一段と寒い日。
まるで空から雪が降りてきてもおかしくないほどの寒さだった。
そういえばあの日も今日みたいに寒かったな・・・。
20歳すぎると時間が早く過ぎるって、聞いたことあるけどあれって本当だったんだね。
もうあれから3年経つのか、早いな・・・。
今日はこの寒さが手伝ってか、わからないけど妙にセンチメンタルな気分。
あたしは家までの帰り道、3年前のあの日の事を思い出してた。
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あたしは無事大学を卒業し、小さい頃からの夢だった保育士の職に就いた。
でも夢と現実のギャップは激しいもので、職場はかなりシンドイ。
子供と接するのは楽しいんだけど、山の様にある雑務、他の先生との打ち合わせ、保護者とのコミュニケーションといった重労働が待っていた。
これがかなりのハードワーク。あたしは大丈夫だったけど、同僚の子は身体を壊してうつ病になってしまったほどだった。
あたしはたぶん彼の支えがあったから、ここまでやれてると思ってる。
彼との出会いは大学。友達に無理やり誘われたサークルの2コ上の先輩だった。
最初はサークルのグループ交際から始まった。
で、だんだんと二人っきりで会うようになり付き合ってくれと言われた。
正直、高校時代にあの人に恋をしたキュンと胸を締め付ける想いはしなかった。
でも彼は、とにかく優しい。見た目はほんとに普通だけど、周りに気を遣える紳士な人。
何よりもあたしを一番に考えてくれて、愛して守ってくれた。
あたしが保育士になって1年目の年の誕生日にプロポーズされた。
彼ははやく家族を持ちたかった。
あたしも子供が欲しかった。
この人なら穏やかな家庭が築けるな〜っと思ったので、プロポーズを受け入れた。
そして親族だけでのこじんまりとした式をして籍を入れた保育士2年目の冬に、あたしはあの人と再会した。
いつもの様に、仕事が終わって夕飯の食材を買うためにスーパーへ寄ろうとした帰り道。
あたしはとっても見覚えのある横顔を見つけた。
何で、ここにいるん!?
と、一瞬考えたけど、次の瞬間体が自然とその横顔に近付いてしまった。
その横顔の持ち主の肩を叩く。
叩かれた持ち主は、すごく驚いてあたしの顔を見た。
その人はあたしの顔を見てさらに驚いた。
「・・・先生?」
「!?・・・おぉぉうぅぅ。に、西脇さん!?」
あたしが声を掛けたのは、高校時代にキュンと胸を締め付ける想いをした相手。
先生だ。
やっぱり、先生だった。
こんな反応をし噛み噛みなのは先生しかいない。
嬉しい。名前覚えててくれたんだ。
「うぅわー、ビックリした〜。・・・イヤ〜、久しぶりですね?元気でした?」
先生はあの頃と変わらない、ハノ字眉であたしに微笑んだ。
「こっちもビックリですよ。だって先生日本にいないと思ってから、バッタリ会うなんて思ってなかったですもん。」
「・・・あ〜、2年くらい前に帰ってきたんですよ」
と、先生は左手で頭をポリポリ掻きながら、ちょっと気まずそうに言った。
先生の右手の薬指には、あの幸せが詰まった指輪がなかった。
「先生!!この後予定とかありますか?無かったら呑みでもいきませんか?」
あたしは神様がくれたこの奇跡のような再会を、ここで終わらせたくないと思い先生を誘った。
先生は少し困惑した顔つきだたけど、すぐに笑顔に戻っていいよって返事した。
あたしたちはチェーン展開されてる居酒屋へ行った。
適当に注文して、5年ぶりに出会った嬉しさを隠しながら会話を始めた。
「まさか、自分の生徒だった子とこうやって呑むって想像したことなかったですよ。西脇さんは今なにやってんですか?」
「えっと、保育士です。」
「そっか〜、そう言えばなりたいって言ってましたもんね。どう?楽しいですか?」
「子供たちと遊んでる時はいいんですけど、それ以外は大変ですね・・・」
「そっか、でもやりたかった仕事に就けることは幸せなことだから、がんばって続けて下さいね」
「・・・はい」
「先生は今も教師やってるんですか?」
「ん〜、そうねぇ。一応やってますねw」
「一応?」
「病欠の先生の代わりの臨時教員なんです、今は。」
「また生徒にイジられてんですか?」
「いやいやww。さすがにあの頃よりは成長してますよ。きちんと注意しますよ!」
5年前の高校時代の思い出話、近況報告など、意外と会話のネタはあってあっという間に2時間経ってラストオーダーになった。
そしてほろ酔い気分で居酒屋を出た。
でもあたしはそんな建前な話なんてどうでもよかった。
どうしても先生の左手の薬指に何もないのかが気になってしょうがなかった。
『聞いてどうするんだ?』って聞かれたら答えは上手く出せないけど、どうしても知りたかった。指輪がないことを。
そしてその指輪がない薬指を見てから、あの頃のような胸を締め付けられるようなこの苦しみが甦ってきたから。
だから先生をもう一度誘った。
「・・・先生、あの、もう一軒行きませんか?あたし、この近くで良いお店知ってるんです。」
先生はまたちょっと困ったような難しい顔つきになったけど、一言こう答えた。
「・・・いいよ」
路地裏の隠れ家みたいなバーに入った。
ここはお店が薄暗く人が少なくて個室があって、とっても居心地が良いお店だった。
彼に連れてってもらったお店だった。
ここに先生を連れてくるのは、彼に対して少し罪悪感があったけど、今はそれよりも先生といたいと思う気持ちの方が強かった。
あたしたちはお店の奥の個室に腰を落ち着けた。
「んー。オシャレなお店ですね〜」
どうやら気に入ってくれたみたい。
二人とも喋るタイミングを計っているのか、ちょっとした間が出来た。
「「あの・・・」」
そしてその間のせいで、話し出すタイミングが見事にぶつかってしった。
あたしたちは笑い出して、会話の主導権を譲りだす。
「・・・いいよ。西脇さん先でw」
「え〜、先生から喋ってくださいよ〜w」
あたしに根負けした先生が話し始めた。
「あぁ、実は会った時からちょっと気になってたんですけど、結婚・・・したんですか?」
その言葉にあたしはとっさに左手をテーブルの下に隠した。
「・・・ははは、そんな隠さなくてもいいですよ。・・・いつ頃、したんですか?」
あたしはなんとなく結婚してるのを気づかれたくなった。
先生には気づかれたくなったのに・・・。
「・・・1年くらい前、です」
「そう、どんな人?旦那さん・・・」
そんな優しい顔しながら、訊かないで。
「・・・2コ上で、優しい人です。」
「・・・そう」
「先生が卒アルに書いたように、あたしのことを愛して守ってくれる人です。」
「・・・そう、良かったね。おめでとう」
そう言って先生はウイスキーの入ったグラスの淵を指でなぞりながら黙ってしまった。
その沈黙に耐え切れずあたしは先生に問いかけた。
「先生は、どうなんですか?」
「・・・なにが?」
はぐらかされた。
「結婚生活ですよぉ〜」
なるべく明るく訊く。
先生はあたしの顔を見つめ、あのハノ字眉の顔をした。
「・・・実は別れたんですよね、2年前に。」
やっぱり・・・。だから薬指がさびしかったんだ。
「どうして?」
あたしはおずおずと遠慮せずにまた訊いてしまった。
「んー、やっぱ最初に海外にいったのが不味かったんですかね〜。慣れない地で自分の事でいっぱいいっぱいになっちゃって、相手を思いやるのを忘れちゃったんですね、たぶん。」
先生は言葉少なめで答えてくれた。
「・・・結婚したタイミングが悪かったのかな」
「え?」
「いやいや、こっちの話。西脇さんは先生みたいな失敗しちゃダメですからね?ってか、もう西脇さんじゃないのかw」
ちょっと切なさそうに笑った先生を見て、あたしも切なくなった。
「さっ、そろそろお開きにしましょう。旦那さんが心配しますからね」
「・・・あっ、はい・・・」
本当はまだ一緒にいたいよ、先生。
お店の人がタクシーを呼んでくれ、すぐ来た。
「先生は乗らないんですか?」
「ん、方向逆ですし、まだ電車ありますから」
そう言いながらあたしをタクシーに乗せた。
「じゃ、仕事がんばって下さいね」
「・・・はい」
いやにあっさりした別れだった・・・。
そしてタクシーはドアを閉めて走り出した。
「すいません!止めて下さい!!」
あたしはタクシーの運転手に叫んだ。
急停車したタクシーを降りたあたしは、先生の元へ駆け寄って、腕を捕まえた。
案の定、驚いてる先生。
「・・・西脇さんって、先生を驚かせる趣味でもあるんですかぁ?」
ハノ字眉で笑う先生。
「すいません。でも、だって折角会えたのに・・・これで別れるなんて・・・」
先生はハノ字眉から穏やかな顔に変わって、あたしを見つめた。
「先生・・・また呑みに行きませんか?携帯番号教えてくれませんか?」
「止そう。」
「・・・え?」
先生はまた困った顔をして、言葉を選ぶように淡々と話し始めた。
「西脇さん・・・もう会うのは止そう。連絡先は教えられない。連絡取り合ってもあたしはあなたとは友達になれない。
たぶん次会ったらあたしは、あなたとあなたの旦那さんと築いてきた大事な家庭を壊してしまうかもしれない。
でもあたしは、自分の身勝手なの感情だけで壊したくない。そんな事してあなたとあなたの旦那さんを傷つけたくない。
だからもうあなたとは会わない。会わない方がいい。
もし、今日みたいに街で見かけても声を掛けないで。もちろんあたしもしない。
あたしたちは、幸せになるタイミングに出逢ってないんだよ。だからもう止そう」
「さようなら」
一方的に喋って先生は別れの挨拶をして握手を求めた。
先生の顔はとっても穏やかだ。でも瞳の奥は揺れてた。
あたしは差し出された手を握った。
先生が手を放そうとした時、あたしは放すものかと思って力を入れて握り返した。
まるで5年前の卒業式の後の再現のようだった。
でもあの時は行動が逆だった。
先生はあたしの気持ちを気づいていた。だぶん5年前も気づいていたんだろう。
きっと、先生もあたしの事が好きだ。きっと5年前も。
でも先生は、どうする事も出来ないことも知ってた。
そう、あたしたちは出逢うタイミングを間違えたんだよ。
同性で出逢うべきじゃなかった。
先生と生徒で出逢うべきじゃなかった。
片方が結婚してる時に出逢うべきじゃなかった。
今日、出逢うべきじゃなかった。
ただ、二人とも傷つくだけ。
「・・・先生」
あたしは今にも泣きそうな声で先生を呼ぶ。
今ここで先生の手を引っ張って抱きついて「帰りたくない」と駄々をこねれば、先生は誰も居ないどこかに連れててくれるかもしれない。
でも、本当はそんなこと出来ないことはわかってる。そんなこと先生は望んでない。
「・・・タクシー、待ってるよ」
そう言って先生はあたしの手をむりやり放し、背を向けて去っていった。
あたしは待たせていたタクシーに乗り込んで、車内で声を殺して泣いた。
神様はイジワルで気まぐれだ。
なんであたしと先生を再会させたの?
こんな残酷なタイミングならいらなかったよ。
心がえぐれただけだよ。
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「・・・ま〜!!まま〜!!」
聞き覚えのある声で呼ばれて、ハッとした。
先生のことを思い出してたら、気づいたらもう家の近くまできてた。
あたしをママと呼んだのは、愛しい3歳の娘。その奥には優しい顔した彼の姿。
娘はあたしに駆け寄ってきて抱きついた。
「ままぁ、よんだのになんで、は〜いっていわんの?」
「ごめんねぇ。ママちょっと
考え事してたんよ〜。でもどうしたの?おうちにいるんじゃなかったん?」
「ままにぃはやくあいたかったから、ぱぱといっしょにおむかえにきたの」
「そうなの?」
あたしは彼に向かって問いかけた。
「ごめん。はながどうしてもママに会いたいって言うもんだから、連れてきちゃったよ。」
相変わらず、優しい口調で答えてくれた。
「そっか、ありがとうはなちゃん。じゃあ、久しぶりにお外でご飯食べようか?」
「はな、おこさまランチ、たべた〜い」
あたしたちははなを真ん中にし、手を繋いでファミレスへ向かった。
途中、ショーウィンドウにあたしたち3人の姿が映し出された。
あたしはそれを見て、あの時の先生の判断に感謝した。
あの冬、先生がああ言ってくれてなかったら、この姿は見れなかったから。
先生を引き換えにあたしは、はなという可愛い娘に出逢えた。
あれ以来先生の姿は見かけなかった。
ありがとう、先生。
— Fin —
最終更新:2009年02月23日 04:03