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私のベッドサイドテーブルの上には、先週仕事先で偶然見つけ、3人色違いのお揃いで買った砂時計が置かれている。
そのテーブルには寝る時に携帯を置くだけなので、外枠の無いガラスの砂時計はぽつんと寂しそうだが、それがまた部屋の中で特異な存在感を発していた。
砂の色は、灰色。
あ〜ちゃんとのっちが私の背に乗っかって話し合い、勝手に決めてしまった。個人的には、黒が好きなのだけれど。
でも、自分らしい色だと思う。白にも黒にもなりきれない、中間の色。
昔なら、どっちつかずで個性の薄い灰色に自分を重ねたりしたら、しばらくは気分が沈み続けてしまっただろう。
今でもその気は大いにあるが、白と黒の間で自在に濃度を変えることができる、つまりその場に合わせて自分の立ち位置を調節できる、という風にも、少しずつなら考えられるようになってきた。
もちろんそこまで要領の良さに自信はないが、“物は考えよう”という視点を、順調に忙しい仕事や大学生活を通して知ったから。
私は砂時計を手に取って、静かに逆さにした。
テーブルの前にしゃがみ、落ちる砂をぼんやりと見つめる。家を出るまでには、まだ時間がある。
10分間、何を考えようか。
……何も、思いつかない。
より正確には、思いつきかけるのは、ネガティブな階段を下るきっかけになりそうな類ばかりだった。さすがに朝からそれは、避けたい。
砂は音を立てず、部屋は無音になる。
他の2人は何に使っているのだろう。何を考えているのだろう。
あ〜ちゃんは、一日が終わる夜に、その日楽しかった出来事とか、感謝したい人達とか、自分の反省点とかを10分間フルに使って忘れない内に思い出し、眠りにつく感じ。
我ながら的確な想像に、自然と口元が綻んだ。真面目なあ〜ちゃんらしい。
灰色の砂が、着実に底に積もっていく。
のっちは? のっちは…よくわからない。
のっちは多分、時計を横に置いたり、斜めにしたり、光にかざしたりして、時計が刻む時間よりも砂時計自体を、気ままに眺めて楽しむ感じ。
いやもしかしたら、あの大きな瞳で流れる砂を見据えて、私が想像だにしないことを深く考えるのかも。10分間くらいなら、集中力も保ちそうだし。
けれど、のっちのことだから、大抵は10分経ったら何を考えていたのかも忘れてしまう感じ。
何故か、そうあってほしいと思う。
上の砂面の下がる速度が、増していく。
でもやっぱり、のっちは、よくわからない。
最近だってなんか
〜♪
私の思考は、携帯の着信で簡単に途切れた。迎えの車が来たのだろう。
「は〜い。今外に出ま〜す」
通話を切った携帯をバッグに仕舞って立ち上がったら、灰色の砂は全て落ちきっていた。


パシャ、パシャ。
雑誌のインタビューの写真撮影が終わった私とかしゆかは、スタジオの隅に用意されたイスに並んで座っている。
目の前のテーブルには、時間潰し用にファッション雑誌が数冊置いてあった。出版社の人達に気を遣われる身分になったことに、まだまだ慣れる気配はない。
慣れないままでいいと、思っている。
私たちは雑誌を手に取らず、最後の順番になったあ〜ちゃんの撮影を、時にはしゃいで時にぼうっとして、私たちのペースで眺めていた。
今は、真ん中よりちょっと上のペース。
「うわ、やーばい。あの顔やーばい可愛い」
「やばいね。見た人みんな虜になっちゃうよ。あー!あの流し目だめ〜めっちゃセクシ〜」
先日リリースしたシングルの衣装である、真っ赤なワンピースを着たあ〜ちゃんは、あまりカメラから目を逸らさずにポーズを取る。
もうすぐ19.5歳になるその表情は、笑顔は昔と変わらない愛らしい女の子だけれど、済ました顔は徐々に女性になってきていた。
そういう写真を求められる頻度が多くなったせいかもしれない。でもたまにこうした微かな変化に気づくと、時間はどんどん流れていると実感する。
ハードル高めな仕事を次々にクリアしていくより、課題に追われる大学で学年を上がるより、今みたいに客観的に自分たちの身体的な変化を発見する方が、時間経過をはっきりと感じるのは不思議だ。
そういえば、小さい頃も身体検査で身長ばかり気にしていたっけ。背の伸びが止まった時は、自分の時間が止まったように勘違いして、ショックだった。
着眼点が昔から変わっていないことがわかり、私は今また、わずかにショックを受けた。子供と同レベルか。
でも女の人は、程度の差はあるにしろ、体の変化を気にするものだろう。
「あ〜ちゃんは、ほんまに可愛らしいわ。…いーなぁ」
考え事が生んだ沈黙を、右隣のかしゆかがぽつりと呟いて破るから、私は思わずプッと吹いてしまった。
何を言い出すんだか。
「あ、のっちに笑われた」
「いやだって、羨ましがらなくても十分可愛いじゃん」
私は右手をかしゆかの肩に置き、その上に顎を乗せてあ〜ちゃんを見た。かしゆかの首に自分の頬を寄せ、2人の目線の方向を同じくする。
「でもやーっぱ、あ〜ちゃん可愛いね。女子の中の女子、って感じ?」
一緒になった私たちの目線の先では、さっきまでとは違って、あ〜ちゃんの顔に笑いが弾けていた。撮影が終了したようだ。
スタッフにお辞儀を繰り返す姿はしっかり者のお姉さんだが、ふんわりした髪がにこにこ顔の周りで揺れて、愛くるしい。
数秒経っても、私の言葉にかしゆかから返答がないので、私は手はそのままに頭だけ回転させ、至近距離でかしゆかの顔を真横から見た。
睫毛にかかるかかからないかの高さで切り揃えられた前髪が、流れるようなラインで真っ直ぐな黒髪に合流する。
それに囲まれた表情は、笑みでも真剣でもしかめ面でもない、ごく普通のもの。
何を考えているのだろう。
いつもの、甘い花の香りがする。


「んぅふゃぉ!」
「「!?」」
突然私の背中に奇声が浴びせられ、私もかしゆかも漫画みたいに体がぴくりと動いた。
私たちが2人そろって声がした方へ顔を向けると、少し離れてあ〜ちゃんが立っていた。様々な人に挨拶をしていたせいで、意外な方向から近づいてきたらしい。
あ〜ちゃんは両手で自分の頬を挟み、笑いと恥じらいと戸惑いがごちゃ混ぜになった複雑な顔をしている。ともかく、驚いていることだけは確実。
「ははは…どしたん、あ〜ちゃん?」
「今すんごい声だったよ…ひゃ、っていうか、ぅふ、っていうか…声じゃなくて音?」
私とかしゆかは可笑しくて笑ってしまった。そして間髪入れずに、かしゆかが奇声を再現しようとして変な声を発し始める。
それを聞いてあ〜ちゃんも笑い出し、すぐに単なる爆笑になった。
壊れたボイスレコーダーみたいに3人で色々な声を試すも、再現は全然うまくいかない。不可能だ。
一通り満足した後、あ〜ちゃんが私の隣に座った。まだくすくす笑っている。
「ほんま、えらい声出してしもうたわ…だってさ、のっちがちゅーしてるように見えたんじゃもん。あぁ〜びっくりした!」
「あははは……っはぁ!?」「ちゅーって言ったん今!?」
あ〜ちゃんがあまりにさらりと言ったので、私は受けもせず流すところだった。かしゆかの反応も、半瞬遅れた。
「そ。ちゅー。キス。口づけぇ〜♪」「何の歌それ。とりあえず、ゆかはされとらんよ?」「のっちだってしとらんよっ」
「ほんま〜?」「ほーんまほーんま…ふふ、あ〜ちゃん目が変態みたくなっとる」「角度でそう見えたんでしょ?」
「うん。ぶっちゃけわかっとるけどね」「ってかさ、のっちにちゅーされるとか意味がわからんし」「い、意味!?」
「ちょ、意味って…ひっど」「え〜、だってそうじゃん!」「まぁ間違ってはいないんだけどなんつーか…ひっどいわ」
私たちはコロコロと表情や声色を取っ替えながら、戯れる。取っ替えながらも、ベースはいつも笑っている。
楽屋じゃなくても、初めての現場でも、朝早くでも夜遅くでも、こうして3人集まれば楽しくて仕方がない。
この楽しさは、年単位の時間とともに種類は変わっているかもしれないけれど、大きさは増していくばかりだ。
「さすがしゆかは、辛辣じゃ」「まだそれ覚えてたん?言ったの先週だっけ?」「ネタ引っ張るな〜」
「あ〜ちゃん的にヒットしたけぇ」「あ、今ので思い出した。のっち重たいんだけど」「え?」
「あ、のっちがまた、かっしーに寄りかかっとる」「そー。そして近い」「え?あ、手? 肩に置きっぱだった、ごめん」
「あのさ、最近のっち近くない?」「ゆかもそう思ってた」「まじで?うわ、ごっめん、ほんと気持ち悪くて」
「き、気持ち悪ってあんた…それ自分落としすぎじゃろ」「誰もそこまで言ってないしっ」


のっちの突拍子もない自虐発言に、私とあ〜ちゃんはテーブルに身を乗り出して笑い崩れた。一拍置いて、のっちも手を叩いて私たちの仲間に入る。
あの話の流れと雰囲気を、どう解釈したらあの反応が出てくるのか。笑いすぎてお腹が痛い。涙も出てきた。
のっちは、よくわからない。
しばらく3人でじゃれ合っているとマネージャーがやって来て、帰りの身支度をするよう言った。
私たちはスタジオ中をくまなく挨拶して回り、控室へ戻って私服に着替える。今日の仕事はこれで終了。
着替える間も、さざ波のように残っているテンションで、おしゃべりは続く。話題は、のっちの今日の晩ご飯について。
あ〜ちゃんと私が提案するメニューが、“材料がない”という理由のみで次々と却下されていった。
「あんたの冷蔵庫には、一体何が入っとるん!?」
「今はねー、えっと……水?」
「なんとか生きてける最低限じゃろ、それ。すでに非常事態じゃん」
たまたま買い溜めした食料が尽きただけ、と弁解するのっちを、ここぞとばかりにあ〜ちゃんが突っ込む。
水だけとは、ひどい。
私は自分の笑いが落ち着いた後は2人に話を合わせながら、控室を出る寸前までずっと、のっちをそれとなく観察し続けた。
あれから何の変化も見せないのっちに、私は心の奥底の角の方で、ふっと安堵した。本気で傷つけるようなことは言っていなかったようだ。
それに…そうか、のっちはやはり気づいていなかったのか。
あ〜ちゃんが言った通り、最近、もう具体的にいつからかは不明だが、のっちは私に近かった。体の距離が、近い。
それをのっちに言おうか言うまいか、私の心の奥底の角の方で、ごくごく小さな迷いが燻っていた。
言ったら、まるで私が嫌がっているみたいに思われるかもしれないし、変によそよそしくされるのは絶対に嫌だった。そんなことは、私たちの間には起こらないとわかってはいたけれど。
実際、今のところ、そんなことは一切起こっていなかった。
控室を出て再びスタッフに感謝と別れの挨拶をし、3人で車の後部座席に乗り込んだ。
車内はエアコンが効いていて、外とは別世界。マネージャーに感謝する。
先にあ〜ちゃんが乗り、真ん中に私、最後にのっち。普段は誰かが助手席に乗ることも多いが、こういうこともある。
発車後、私たちはそれぞれ携帯を取り出し、メールをチェック。
しかし珍しく私には新着がなく、すぐさま手持ち無沙汰になった。こういうことも、ある。
両脇では、あ〜ちゃんはメール作り、のっちはすぐに携帯を閉じて私の仲間に。これは、普段と同じ。
少ししゃべり疲れて笑い疲れたので、無沙汰な2人は無言で車に身を任せた。隣から、あ〜ちゃんの携帯のストラップが揺れて鳴る音が聞こえる。
私は先ほどの延長で、顔は前に向けたまま、意識的にのっちとの体の距離を測った。
いつもの、爽やかな柑橘系の香りがしない。


別におかしいことではない。常に近かったわけでもないのだから。のっちが何を考えていても、どんなつもりでも、この距離に意味はない。
なのに、じんわり疲労した頭は制御が利かず、つい思考が一人歩きをしてしまう。
もしあの時言わなかったら、今ものっちの香りが鼻をくすぐっていて、迷いと呼ぶ程ですらないものが私の底面で燻り続けているのだろう。そんなことは、私たちの間には何の影響もないけれど。
そしてもし言わなかったら、あの何とも表現し難い、敢えて言えば磁力のような感覚が、まだ私の皮膚を覆っているのだろう。
のっちにあまりに近づかれると、私の皮膚には目に見えない、ひどく微弱に反発する力が働く。すごく誇張して言えば、身構えてしまう。
触れられるのが嫌ではない。決して嫌ではないのだが、じゃあ穏やかでいられるのかというと、そうでもない。
きっと、のっち以外の人に同じことをされても、私の磁力は生まれるだろう。近すぎる距離に入ってきた人になら、誰に対しても。
というより、私でなくとも近さを気にする人は多いはず。全く大したことではない。こうして改めて見つめ直しているから大袈裟に感じるだけ。
「これからライブラッシュじゃね」
メールの返信を終えたあ〜ちゃんが、閉じた携帯を両手で弄びながら言った。私はあっさり思考を閉じて答える。
「だね。まずは明後日かぁ。頑張らにゃいけんねっ」
「ほんとよ〜。じゃけえ、のっち。ちゃんとしたもの食べんさいよ」
顔を隣に向けて数分ぶりに見たのっちは、苦笑いまで一歩手前の、やっぱり笑顔。
「もう、引っ張るなぁ。今日は早く終わったから、ちゃんとスーパー行くよ」
「…で、水だけ買ったりして」
私の冴え渡る突っ込みに、3人だけでなくマネージャーまでもが吹き出した。車内が笑い声と手を叩く音に包まれる。
どっと切り替わった空気に、体と頭の疲れは探しても見つからない所まで飛んでいった。
「来月とか怒濤の洪水よ!?倒れたりしたら置いてくけぇ」
ライブラッシュが怒濤の洪水と言えば、気合いに反して自らが流される受け身側になってしまっている。あ〜ちゃんの相変わらずな言葉選びは面白い。
心の中で面白がっていたら、私の脳の中で何かがちらついた。何か、思い出さないといけないことがあったような…
「ふんぇあぁ!」
「「!!」」
私は自分でも耳を疑いたくなる奇声を発してしまった。笑いながら驚くと、奇声が生まれるらしい。
両隣の2人はスタジオとは違い、黙って破顔したまま私の次の発言を待っていた。私は思い出した嬉しさで、膝の上のバッグを数回叩く。
「ライブ!忘れてた!ほら、あれ…のっちと一緒に観に行こうって言ってたやつ!」
狭い座席で体ごと向き直り、のっちに思い出すよう迫る。が、あ〜ちゃんが先に記憶を掘り返した。
「あ〜あ〜あれだ!あ〜ちゃんが行けんくなって、のっちにチケットあげたやつじゃ」
来月の始めに、私とのっちはある女性歌手のライブを観に行く約束をしていた。当初行くはずだったあ〜ちゃんが親戚の用事で行けなくなり、のっちが代役に。
俯きがちに動きを止めていたのっちが、やっと顔を上げた。のっちも記憶を掘り当てたらしい。
「うっわ、やっばい忘れてた!行け、行ける?10日後くらいだっけ?その日仕事なかったよね?」
マネージャーに確認すると、ライブ当日は午前で仕事が終わるとのこと。十分に間に合う。
私はほっと脱力して、シートにもたれかかった。あんなに楽しみにしていたのに今の今まで忘れているなんて、危ないところだった。


スーパーの袋をキッチンに置き、私はリビングを通り過ぎて寝室に向かった。
灯りをつけてベッドの上にバッグと携帯を放り投げる。無造作あるいは乱暴だとよく言われる動作だが、私なりに気を遣って投げているつもり。
身軽になった私の視界に、ベッドのヘッドボードにある飾り棚の上に置かれた砂時計が入ってきた。先週、3人色違いのお揃いで買ったもの。
砂の色は、黒。
砂を見つめながら、一旦座ったら立ち上がるのが億劫になると思いつつ、私はベッドに腰掛けた。途端に体が重たくなる。
砂時計を手に取り、さらなる欲望に抗えず、背中からベッドに倒れ込んだ。これでもう、しばらくは起き上がれないだろう。
仰向けになった私は、砂時計を蛍光灯の光にかざして眺めた。手の動きに合わせて、砂は素直にさらさら動く。
試しに何度か揺すってみたが、一切音は聞こえない。聞こえるのは、ベッドサイドにある別の時計の針が動く音だけ。
炭のように真っ黒な砂が、本来の役目を果たせずに、ガラスの中を右へ左へ行ったり来たり。
私には、黒に暗い印象は、あまりない。
黒は、格好いい。のに、色気も感じる。し、大人っぽい。
それから、変化の色だとも思う。黒から他の色へ変化するのではなく、他の色が変化した先が、黒。
だから黒は、どんな色に囲まれても違和感がない。周りの色を寄せつけるでも退けるでもなく、当然のように居座っている感じ。
だから黒が好きだけれど、私よりかしゆかの方が黒が好きかもしれない。なのに、あ〜ちゃんと2人で勝手に色を決めてしまった。
かしゆかはあの日、グレーの無地のチュニックを着ていたから、つい単純に灰色の砂時計でいいと思ってしまった。
まあ、黒でも灰色でも、かしゆかには似合うからいいか。あ〜ちゃんは白以外考えられないが。
砂時計を垂直に立てて、真下から見上げる。
『最近のっち近くない?』
あ〜ちゃんの言葉が、不意に頭に浮かんだ。『ゆかもそう思ってた』かしゆかの言葉がそれに続く。
今日は、私はかしゆかの肩に手を乗せてもたれていた。朝の車内でも、眠い眠いとふざけて体に寄りかかったっけ。
砂時計を買った日も、かしゆかと組んだ腕を私がしばらく離さなかったので、仕舞いには『あーつーいー』と怒られた。
さっき2人に言われた時は大して気にかけていなかったのに、こうして思い起こすと、確かに近かったと自覚する。
しかも若干、あ〜ちゃんよりも、かしゆかと近いような。近頃、あの甘い香りを嗅ぐことが多いような。
けれど、あ〜ちゃんとは昔からよく腕を絡めたり、はしゃいで抱きついたりしているので、その分記憶に残りづらいだけなのかもしれない。
透明なガラスの底を、落ちる黒い砂が埋めていく。
私は両手で持っていた砂時計から右手を離し、手のひらをじっと見据えた。かしゆかの肩の感触が自然に甦る。つられて、間近で見た横顔も甦った。
かしゆかは、何を考えていたのだろう。
体の距離が近づく時、黒髪で縁取られたかしゆかの顔に、ごく普通の表情が表れることがある。
普通なのだから気にする必要は全くないのだが、あれを目の当たりにすると、体に触れている面には目に見えない、一層の薄い膜が生まれる。
すごく極端に言えば、直に触れているはずなのに、温かい感触が鈍くなっていく、手応えが薄まっていく錯覚にじわりと包まれる。
でもこれは、明らかに私の考えすぎによるイメージ。かしゆかでなくとも、何を考えているかわからない人を遠くに感じるのは、当たり前だ。
手のひらから視線を戻して見上げた底は、黒い砂で覆われつくされていた。



————to be continued————






最終更新:2009年03月17日 18:17