梅雨が始まって少し憂鬱な気分で家にこもっていた。ゲームに精を出す毎日。
そんな中一本の電話が私からすべてを奪い取った。
着信の相手は有香ちゃん。まぁ遊びの誘いくらいだろうなと思ってケータイを開く。
「もしもし?」
「....!...!!」
電話の遠くで誰の物かわからない嗚咽と絶叫が聞こえる。
「有香ちゃん?」
「すいません。のっちさん?」
たかしげの声だ。
「ちょっと、なんで有香ちゃんのケータイでたかしげが出るの?」
「ちょっとマズい状況で。樫野さんはひどく取り乱してて電話できなかったので俺が代わりに。」
すごく嫌な予感が私をそわそわさせる。
「何があったの?」
「落ち着いて聞いてください。姉ちゃんが事故に遭って重体なんです。命の危険があるって...」
嘘でしょ?あ~ちゃんに限ってそんなはずない。思考回路が止まる。
「どこ?」
「○○病院の集中治療室です。急いできてください。」
最後まで聞かずに電話を切った。雨はどしゃ降りだけどTシャツ一枚で飛び出す。
タクシーを拾うことも思いつかずに走り続けた。全身びしょ濡れだと気がつきさえしない。
周りの世界は色を失ったように暗い。何も考えられない。ただ走り続けた。
ようやく病院に着いた。待合室にはたかしげとちゃあぽんが暗い顔で腰掛けていた。
「あ~ちゃんは?」
「まだ出てきません。なかなか難航してるみたいです。」
ちゃあぽんは憔悴しきっていてまともに会話もできない状態だった。
たかしげがそれとなくタオルを差し出してくれた。
「ありがと。そういえば有香ちゃんは?」
「ひどく取り乱してしまって。嘔吐を繰り返した末に倒れてしまったので鎮静剤を打ってもらって
今はそこのベッドを借りて寝かせてもらってます。」
有香ちゃんも大変だったらしい。あ~ちゃんが事故に遭ったとき一番側にいて、一番間近で敷かれ
るところを見てしまったらしい。ベッドに横たわる有香ちゃんは顔面蒼白で人形のようだった。
それから4時間が経った。それでもあ~ちゃんは出てこない。私はただ祈り続ける。
普段祈ることなんて滅多にない。神様は私のこと都合いいやつって思ってるかも。
そういえば神様って本当に性格のいい子を見つけると早く自分のとこに連れてきたくて早死に
させてしまうらしい。お願いだからあ~ちゃんだけは。
私の太陽を奪わないで。
それから何百年とも思えるほどの時間が過ぎて有香ちゃんも回復した頃。
集中治療室のドアが開く。
「あ~ちゃんっっ!!!」
私と有香ちゃんは半ばつんのめるようにして駆け寄る。
たかしげとちゃあぽんは眠ってしまっていた。
担当医の先生が私たちにそっと耳打ちする。
「ーあと5分耐えれるかです。」
到底受け入れられない事実。唐突すぎて。隣で有香ちゃんの心が崩れ落ちるのが分かった。
それでも私たちはあ~ちゃんの所へ近づく。
「あ~ちゃん?大丈夫?」
あ~ちゃんには呼吸器がついていて、話ができるような状況ではない。一方的に話しかけるだけ。
有香ちゃんの目に涙がたまっていく。あ~ちゃんの表情は安らかで本当に綺麗。
ただそこにあ~ちゃんがいるだけなのに私の世界には色が戻ってくる。
ー話せなくても。触れられなくても。
そのとき急に。あ~ちゃんの目がそっと開いた。信じられないほど無垢で純粋な目。
「あ~ちゃんっ!?」
確かに弱々しく微笑むあ~ちゃん。ゆかちゃんと私はあ~ちゃんの手をぎゅっと握りしめる。
わずかに呼吸器が曇って何か言おうとしてるのが分かった。呼吸器越しでもいい。
聞こえない声を聞くために耳を近づける。震えながらも確かに動く唇。
「...。」
そしてあ~ちゃんはいつものようにわかったでしょ?って表情を作る。
もう目の前がかすんで見えないよ。それでも必死で笑顔を作ってうなずく。
そしたらあ~ちゃんは安心した表情を浮かべて。体の力が抜けていく。
最後の瞬間まで握っていた腕がするりと抜けた。
ー空の太陽が落ちる。僕の手にひらりと。
私たちは呆然と彼女の安らかな表情を見つめる。失った太陽の温もりを求めるようにして。
最終更新:2008年10月10日 15:32