そこからは、人類にとっての地獄であった。
「……ぉいぉい」
気狂いピエロをして、呆気にとられるその光景。
匿名希望は誰でもなく、誰でもある。
「武司さん……久しぶりだね」
誰に言うまでもなく呟かれたその言葉。
彼女は――――
“風神”
シルフィーナ。
佐倉つばめ。
“風”を従え、存在する有象無象を切り裂く風の妖精。
「……私は戦闘向けじゃないっていうのに」
“支配者”
ヒュプノス・カラー。
佐倉渚。
“記憶”を操り改変し、己が奴隷とする幻想の支配者。
「桜おねえちゃん、嬉しいんだね……」
“毒林檎”
フォービドゥン・フルーツ。
愛沢月。
万物を“溶かし”尽くす、純粋無垢たる、禁断の果実。
「何で僕が呼ばれたのか些か疑問?」
“本質”
トゥルーアイズ。
水原友良。
法則を、世界を“見抜い”て、悟りつくした泡沫の理。
「武司……死んだらダメ、だよ?」
“人形の伴侶”
白銀。
三雲睦月。
“故郷”に“繁栄”を齎した、匿名希望の最期の伴侶。
そして。
最期の最期まで自分を、三雲武司を、三雲桜を無傷で生かしてくれた最高の恩人にして親友にして、産みの親。
佐倉翔也が再びこの地に舞い降りた。
「レアキャラ参上っ!…………俺を、“俺ら”を殺すつもりなら真っ当な攻撃で殺せ? 俺を発狂死させようなんて思うなよ?」
――――世界で唯一、
崩壊暴走を制御し、魂滅を、魄終という概念を無視した男だぜ?
凄惨な笑みを伴い、“翔也”は駆け出す。
三日月の軌跡が空間を薙ぎ払い、人類を狂わせ、大地を蠢かせる。
匿名希望が佐倉翔也に模倣する際、魂の力の裏法――――認識――――認識によって、匿名希望が描く佐倉翔也の強さとなる。
翔也が生前できなかったことが、自身が模倣することによって可能になる上に、全ての能力が生前の翔也を、そして現在の匿名希望を大きく――――半ランク近くも上回る。
匿名希望が抱く“最強”の概念は、佐倉翔也であるから。
もちろんリスクはある。
彼の認識上、“佐倉翔也には勝てない”というものが刻み込まれる為に、翔也に模倣する際にはバカバカしいほどのエネルギーを用いなくてはならない。当然、時間制限もある。年数を重ねていくたび僅かに伸びていくものの、それは微々たるものだ。
だから滅多なことでは翔也に模倣などしないが、例外が二つ。
一つ、佐倉翔也を侮蔑するに相応な言葉を吐かれた時。
二つ、今。有り余る歓喜によるもの。
「うらああああああああああああああっ!」
愉悦を交えながら死神は奔る。
一撃で人類の兵器を意味の無いものにし、二薙でマガイモノたちを終焉に導き、三歩目で人類が放った劣化ウラン弾の一斉照射を屠る。
いやだ、と誰かが呟いた。
遅いっての、と“翔也”が呟いた。
――――やはり、佐倉翔也は最強だ、と内にいる匿名希望は納得した。
「ニートの戦い方……そういえば初めてだったか?」
気狂いピエロにとっては初めて。
初めて、匿名希望が人類を殺戮をしている場面を目の当たりにした瞬間で。
そしてそれは同時に、セカンドホームに至るまで空色死銘と呼ばれた死神の暴虐を目にした瞬間でもあった。
匿名希望とチームを組むときは、基本的に彼は誰かの援護役や、協力技の相棒代わりとなる。というよりも、陽平自身が彼に頼ってそうしていた。
遠い昔のことを考えながら、視線を向けてみると、囲んでいた人類を数分程度で片付けた“翔也”が、こちらに向かってきた。
「よう、お前誰だ?」
「……気狂いピエロ《ブラックフェイス》」
苛められてるのか、はたまた素で知らないのか戸惑う質問に、春原はとりあえず普通に返した。
「っていうかあのアホの春原か、一回会った事、あった……っけな? まあいいや、今回お前に頼みたいことがあってこうして武司の意志――――ああ、アイツがあの姿……何、インコグニートだっけ、マジどうでもいいや、まあそれに戻るのを軽く無視して話しかけた次第で候」
何故か語尾がおかしいが、それ以上におかしいのは今の事態だった。
確かに模倣する際にはその模倣となる素材(土台、見本でも同様の意味である。が、匿名希望が扱う際にはこの言葉を使う)の全てを模倣しつくすが、しかしそれでも根本のところはあくまで匿名希望の意志、魂魄が残っている。 故に、彼が元の姿に戻ろうとすればそれは難なく行えるし、模倣している際の人格はそれを無視することができないのだ。
が、それを難なく無視して言う“翔也”。
だが、ンなこた知ったちゃない春原は普通に戸惑う。
「……随分と身勝手なっていうか強引な模倣対象もいたもんだな、ったく……ニートの奴が中でじたばたしてるんじゃないのか?」
ソコに浮かべるのは、シニカルな苦笑。
普段春原が見せることなど決して無い、仮面無しのピエロの微笑み。
それはあり得ない事――匿名希望本人から聞いたことのある原理からかけ離れた現象を起こした佐倉翔也という人物への賞賛か。
それ故に、己の本当を曝け出していた。
「知るかよ。俺も良く知らんけどさ、なんか俺の姿……ってのも変だな俺は俺だし……って、俺、モロ現役の空色死銘《ブルードゴースト》の姿かよっ!?」
シニカルな笑みを返し、そして自分の格好を見直す“翔也”は自分の姿に気付く。――――空色の装束に身を纏った、自分の姿に。
それは遥か何百年も前に自分がしていた格好であり、そして今も尚、匿名希望の“最強”の概念の姿でもある。
「ったく……まあ、俺の葛藤は世界が地獄になってるくらいにどうでもいいから置いておいて」
ジェスチャー。
「他の奴ならこうならねぇらしいんだが、俺の姿になるとほとんど俺に権利があるらしくてな。まあやり放題ってわけだ……って、そうだ頼み事だ、忘れるとこだった」
――――ずっと俺でいると、アイツが死ぬから無茶はしねぇけどな。
ヴァラキアカを肩に掛け、翔也は春原を見た。
「おーおー、随分とまた面白い格好してると思ったら、そりゃあの有名な空色死銘の姿なのか。こりゃ、長年生きてて久しぶりにいいもん見たなぁ――――結構ギリギリな衣装だけどさ」
かんどーしたぜ、とかけらけら笑いながら言うその姿を、誰が春原陽平だと見抜けるだろうか。仮面を被りその上に仮面を被りさらにその上に――と幾重にも幾重にも仮面を被り続けてきた春原陽平の真実の表情《すがお》と性格《キャラクター》。
それを知っているのは、恐らくは彼女の伴侶であった女性だけだろう。
「つーか、僕に頼みって何なんだ? 自慢じゃないが僕は殆ど役に立たない男だぜ?」
そんな出来損ないの道化に何を望む。
そんな風に締めくくり、素顔の道化は小さく笑う。
「くくくく」
笑った。
心底愉快そうに、佐倉翔也と呼ばれた今はもう居ないはずの青年は笑った。
「お前、それじゃ本当にピエロ失格だぜ? 客がどれだけ満足してるのかもわからないってのは、そりゃ普通にプロ失格だっつーの」
この赤と黒の世界で、そこだけが様々な色で彩られているような、そんな錯覚。もし人類がこの二人の会話を、見て、聞いていたら腰を抜かしていたかもしれない。……それは、ありえないことだけど。
「アホ、だから何度も何度もいってんじゃないか、自分の祝詞の中で。僕は狂った道化――結局のところ、自分の傷を隠すために演じ続けたその道化を他人がどのように受け止めてるかなんて、やっぱりつい最近まで本当には知らなかった……知ろうともしなかった愚かな道化なのさ」
苦笑。
それは誰にも零したことが無い――そして自分でもつい先日まで気がつかなかった心の底からの弱音なのかもしれない。 一見の、しかし己と同じく人類からすれば悠久とも取れる時間を生きてきた相手だからこそいえる、本音。
一度は完全にこの世界から消え去ると決めたが故に、そしてその後もう一度頑張ると決めたが故に零れた――――最後の、泥。
「それに僕はもうどうでもいいのさ、客がどれだけ満足できたかなんて。とあるどこかの馬鹿が教えてくれたからね。大事なのは、折れないことだと。例え幾百幾千の観客から唾を吐き掛けられようと、一人でも拍手をくれる誰かがいるならそれでいいのだと。 だから僕はしったことじゃないね。僕を見て、こんな狂った道化を見て笑ってくれた人たちがいたことを。そして今もいることを――もう知ってしまったから」
それが誰を、どんな人たちを指しているかなど――――いちいち言うのは野暮だろう?
「お前という、気狂いピエロ……いや、春原陽平という存在に一番救われてたのは誰だと思う?」
突然の質問。
「ん、ぁー? さてな……僕の存在で一番救われてた、か。そうだなー……今この世に存在している全ての人々を大将とするのならば、自惚れ含めて僕は一人の女性をの名を上げよう。そう――春原……いや、藤林杏と」
それはもう二度と見えることの無い伴侶の名。
幸か不幸か目の前で別人に成り果てている友人のおかげでその姿を見て喋ることは可能だが、しかし自分が愛した本物のただ一人には、二度とあることが叶わない。
そんな、最愛の人。
「でも此処で聞かれてるのはそんなことじゃないんだろ? まぁ、話の流れ的に大体予想がつくけど……あえて聞こうかな? こんな阿呆な演目見て救われたって言うもの好きは、誰だ?」
「匿名希望…………いや、違う。三雲武司と三雲桜、だ」
「……また、懐かしい名を聴いたよなぁ……インコグニートになるまえのアイツとは……いや、お前たちとは、余り交流がなかったからな、僕は」
他の奴等は知らないが、と苦笑。
「嬉しいだろ?」
と、実に爽やかな笑みを浮かべる。
この世界に全く似合わないほどの、笑みを 。
「まぁ、それなりに」
こちらは苦笑。
だがその内面は……本人しか知らない。
「で、そんな世界で二番目の歓喜を我慢しているお前に頼みたいことがあるんだが……まあ話の流れで大体わかるだろう?」
「さーてなぁ……っていうか人の内面捏造してんじゃねぇよ。恥ずかしくて死にたくなるだろうが――死なないが」
苦笑の中に若干の照れを交えながら、唇を尖らせて抗議の言葉。
というか、何で二番目だ。
「で、大体解るだろうと言われれば解るが……僕はひねくれものだからあえてわからないといおう。ほらほら、遠慮なく言え。スパッとストレートに」
「コイツを、頼む」
土下座。
先程までの態度はどこへやら、“翔也”は人類の死骸に膝を、手を、頭をつけ、春原に言った。
こんなもの―――――なんだっていうんだ。
これぐらい―――――コイツが死なない為なら何だってしてやる。
そうでもしなけりゃ――――俺は俺じゃねぇ。
「――――は?」
瞠目。
目の前で土下座してまで己を模倣している相手のことを自分に頼んでくる男の姿に、春原は心の底から驚いた。
男の土下座。それも、凡そ二百年以上にわたり己自身の王として世界を渡ってきた狂乱の鎌使いが、あの死神と謡われた空色死銘が、人類の亡骸にまで額こすり付けての懇願だ。
唖然としないほうがおかしいし――――そしてそれに応えないほど春原はくさっちゃいない。
くさっちゃいない、が――――
「はっ、やなこった。何で僕がそんなはた迷惑なお願いきかなきゃいけないんだよ」
そんな言葉を、悪戯っぽい笑みと共に返していく。
「いいか? お前はどうにもわかってないようだからこの僕が教えてやるけど、何で僕が匿名希望……いや、お前の親友のためだけに僕をしなくちゃいけない?」
春原は語る。
その目にその顔に、揺ぎ無い信念を乗せて。
「違うだろう? それは大いに違うのさ。いいか? もうこの戦いの果てに、きっと僕たちは死に絶える。例え人類を滅亡させてムーンチャイルドたちが生き残ったとして、しかし最後には己自身で僕たちは滅んでいく。それは、きっと絶対なる事実だ」
それは春原だから言えること。己を削りながらも人々の心を修復しようと、笑顔を与えようというそのことだけに一生を捧げてきた男だから、いえること。
その言葉に“翔也”は呆然とした顔となり、
「それでこそお前だ――――と言いたいところだが違うわ!?」
思わず発狂死させてやろうかと思う右腕を抑え、翔也は叫んだ。
「はいはい、俺が悪ぅござんした。言い方が悪かったんですかそーですか。くそったれが、なんでこんなキタねぇもんに頭付けてまで……なんか場違いな事言われなきゃならんのだ」
お前はお前のままでいろ、って最初っからそういえば良かったぜアホらしい、と続け翔也はヴァラキアカを消す。
「はっはっは、折角僕が珍しいを通り越して異常なほど貴重に仮面外してシリアスやってるのに続かないなぁ……もう少し真面目にやろうぜ空色死銘」
自分のことをはるか上の戸棚に投げ捨てて語る春原は、実にいい笑顔をしていた。
「ま、ともかくな……すでに死んでしまったお前が、僕たち生きてるものに頼めることなんて無いのさ。お前だから言うが、僕はもう既に十分以上にニート……匿名希望の奴には救われている」
その顔には微笑。
生涯で数えるほどしか浮かべたことの無い、本物の表情。
「絶望にくれ精神死し掛けてた僕にコイツは言ったのさ。『勝手に舞台を下りるな馬鹿野郎』ってな。それがどれだけ僕の心を救ったか……はっ、言葉にするのももったいない。僕は、今までの僕を僕自身で否定して勝手に自殺するところを救われたんだ」
そんな命の恩人相手に、態々頼まれなくちゃ何かしないほどに腐っちゃいない。
その言葉を告げると、おもむろに視線を逸らす。若干赤く染まっている頬の様子から、照れているのが見て取れるだろうか。
「だから、お前はさっさと寝ちまえ過保護なブラコン。お前の弟――ないしは妹か? それとも兄貴か姉かは知らないが、そいつはちゃんと俺が笑わせ続けてやるよ。お前みたいな死者が死んでまで心配する必要が無いくらい、奴が笑えなくなっても笑わせてやる。ああ、だから――――」
だから、あの世でよろしくな。
誰にとは言わず、狂った道化は笑顔で言葉を締めくくった。
「そ……うか。くくく、確か相沢にも言われたな、そんな言葉。俺って奴は過保護だねぇ…………救い難いアホだな、俺は」
自分を哂い、そして目の前の春原陽平を見て、笑う。
道化は、客が笑うのを喜ぶのだから。
「じゃあ俺は一旦消える――――ってそんな胡散臭い目ぇするな、俺が消えたくても、コイツが俺を模倣する限り、俺は出てきちまうんだからよ」
実に救い難いだろ、と“翔也”は笑い、
感動のさよならもコメディだな、と春原は苦笑した。
「訂正が一つ、コイツは俺の家族でもあるが、兄でも妹でもなんでもない―――――」
コイツは、俺の一番の親友さ。
そう言い終わるか終わらないかで、“翔也”は消え、そこには匿名希望がいた。
そして、何故か―――――怒りに打ち震えていた。
視線をこちらに移し、ワナワナとヴァラキアカを握り締め、春原を親の仇を見るような目で睨み付ける。
なんていうか、マジギレしていた。亜神クラスの魄啓を全て殺意につぎ込んだかのような絶対零度の眼差し。
励起状態はいまだに継続中―――というか、さっきより魄啓総量増えてね?増えてるよな?なんで増えてんのさ?
「ようニート、ほんの数分振りだ――ってチョット待ってくださいね? なんでそんなに滅茶苦茶殺気だった目で僕を睨んでいるのでせうか。そしてなんでヴァラキアカなんて持ってらっしゃるのでしょうか? 敬虔な道化信者である春原さんとしては一つ穏便に冷静になって武器を仕舞ってみるといいかもよ? と言ってみるけど――――」
「キチガイ……言うまでもないが、私の最愛にして最大の人物は誰……だ?」
匿名希望の殺意に時が止まってる気がする、と春原は思ったかどーかは定かではない。
「え、あー……ここは一つ受け狙いで自分自身とかどうでしょって冗談だからヴァラキアカ振るうな抜くな構えるなっていうかまた地球のどこかでお会いしましょーーーっ」
全力逃走。
本能が告げている、アレはヤバイアレはヤバイアレは死ぬほどヤヴァイ代物だと。
なので笑顔は拭い去らぬままに仮面を被り、自分が知る限り最大最速で自らの足に知っているアザーズの中で最も移動力の速かった一人の名前などを書き込み、全力ダッシュ。
音速などその一歩目を踏み出す前から超えていた。
「言うまでもない、佐倉翔也だ。……で、更に質問だ、お前はさっき翔也になんつった?」
逃げることを知っていた匿名希望は走ることなどせず、己の記憶の中にある空間移動術を持つ人物の技能を模倣し、春原の目の前へと立ち塞がる。突如として現れた、両手でヴァラキアカを構える無表情(ただしマジギレ)の匿名希望に春原は慣性の法則をぶち破り、急制動する。
「いやぁ、僕ってば馬鹿だからわすれちゃったなぁ、あははっはーーーーっ! っていうかゴメン、マジゴメン、っていうか感動とかシリアスとか台無しだなぁーーーっ!!」
急制動をした春原は、こりゃまずいとそのあたりに転がっていた人類の主要武器である単分子ソードを拾い上げ反対方向に爆走。その刀にとある知り合いの心器の名前を書き記し、完全にブチ切れているニートの追跡を逃れるために己の即席を“断って”いく。
「謝るぐらいならするな……当然赦さん」
“断った”事象をヴァラキアカで“狂わせ”、余裕綽綽怒髪天で春原を追うニート。
ていうか、もう何でもアリな二人だった。
偽身能力者である匿名希望は、どう足掻いても追いつけないのでどーせだから先程の“彼女”の怨みも晴らさせてやろうと、姿を変える。――――春原杏へ。
「はっはーっ、よ・う・へ・い? この世でアンタ一番愛している生涯の恋人からの選別よ――――あの世からの特大の一撃をくらいないさいっ!」
杏に変化した匿名希望の腕が――春原杏のメインウエポン、今は無き機甲都市伯林で作られたドイツの国術士による一品、強臓式“コッペリア型”義手“未来”。
それが瞬時に煌き、虚空に声を放っていく。
こんな場所で公開される理由も意味も無い――――そしてだからこそ記されない、そんな詩を。
「ああーっ、ほんとスイマセンでしたっていうかあの場のノリでっていうか杏ゴメン、愛してるよ――――!!」
「だまって喰らいなさいこのダメ亭主――――っ!!」
破裂音。
その中から無傷とは言わないもののとりあえず生き延びた春原は、もはやなりふりかまっていられない様子で逃げていく。
その顔に、楽しそうな笑顔を浮かべながら。
「くくく――――赦さん」
同じく楽しそうな笑みで追いかける匿名希望。しかし尚追いかける。
それは至上最速の鬼ごっこ。
地を砕き、海を失くし、空を渡る。
人を屠り殺し破壊しながら走り続ける二人。
それは容赦の無い鬼ごっこ。
それは類を見ない狂気のじゃれあい。
人類はそれを見て恐怖するだろう。
今度は何をするのかと。
真実など知りはしない。
彼らは常にうわべしか見ない。
その本質を見ようともせず、その上っ面だけを見て危険だと判別して狂気にいたる矮小なる存在。
だから彼らがどう思おうと二人は――――そして生き残ったものたちも知りはしない。
「お、見ろよ恭也。春原がまた何かしたらしいぞ。酷く楽しそうなことをしてる」
「ついでに人類たちをなぎ倒してな……まったく、ヒマだから参戦するか? 追いかける側で」
彼らは笑う。
逃げ惑いながら笑い続ける道化を見て。
追いかける人形の姿を見て。
「ははははっ、はははっはははは!!!」
『あはははははっははははははははははは!!!!』
この日、人類側にしてみれば何千何億という犠牲を出したその日。残存するムーンチャイルドの大半の笑い声を聞いたという噂がまことしやかに流れたが、それを真実と知るものは殆どいない。
――――世界で二番目っていうのはな。コイツが一番嬉しいからさ。同胞が、家族が死ななかったことが、嬉しくて仕方ねぇんだよ。
さぁ、本当《しんじつ》は、どこにあるのだろうか?
最終更新:2007年07月10日 13:25