アフターパラドックス「空病」

注:この作品は草凪琉夜さんと放浪猫クロさんの合作であるアフターパラドックスの続き?です




 (多分)前回の粗筋。


 神話級馬鹿親、佐倉翔也。神話級馬鹿というのは、彼自身の位階が神話級というのと、神話に匹敵するほどの馬鹿であるという二つの意味が込められているのだが、それはさておき。
 翔也は、愛すべき娘を苛めたガキどもをぶっ殺すっていうか、生きているのを後悔させる痛めつけ方をするために、椿が通う学校へとひた走り、そこまでの道を壊滅させつつ、たどり着くとああもうめんどくさい、警備員倒して乙葉にメモペ(略称)喰らい、それをレジストしようとした翔也が魂魄励起を始めようとして、首を捻られ、気絶した。

 なんだこの粗筋。
 でもまあ間違っちゃいないのでれっつらごー♪






















 目が覚めるや、視界に移るのは真っ白な病室……ではなく、薄暗い独房だった。天井の隅の方に相当大きい蜘蛛の巣が張っているのが見える。独房の掃除担当は誰だったか、とそんなことを思いながらも、そういえば俺か、と気付いた。
 始末書を書かないというよりも書きたくない翔也に与えられる処分は大抵、民間警察ビル内の掃除なのだが、それすらもサボる自分にちょっと反省するが、まあ蜘蛛の巣程度どうってことはなかった。
昔はこんなん見慣れていたし。
汚いのは別に嫌いじゃない翔也が、次に気付いたのは自分が拘束されていること。口には猿轡、両手は腰のところに回された上で、逆心者専用の捕縛縄で頑丈に縛られていた。逆心者専用ということで、自分の位階が下がっているのだろう。しかもありがたいことに、この縄、特注品だし。

次。

足――――というかここまで来て翔也は、自分が椅子に座らされていることに気付いた。たぶんいやきっとていうか確実に乙葉のメモリーペインが原因で、自分の神経が一時的に狂っているのだろう、まあ自分が狂うのはいつもの事なのでさておき、両足はそれぞれ、椅子の足に拘束されていた。こちらは普通の鎖のようだが、鎖は止めて欲しかった。地味に痛い。

なんで腕は縄で足が鎖なのだろうか、と冷静に考えてみて、かつかつ、と床を歩く音が聞こえてきた。恐らくは実戦部隊の隊長格だろうと、翔也は考え、とりあえず足音で誰の音かを判断、隊長格の誰でもないことに気付いた。

この足音は確か。

その答えに辿り着く前に、その人物が翔也の視界に入った。

「隊長……まーた、なにかやったらしいじゃないですかー」

 代水あとり。
 翔也の義妹の佐倉つばめと同年代で同級生にして、佐倉翔也が所属する四番隊の副隊長を務めている女性である。

「ふがふがふがふがふが」
「ウチ、猿轡越しの読唇術はちょいと無理っす」
「…………」
「使えねぇやつとか思ってたら、つー……というよりも、かもめちゃんにチクりますえ?」
「………………ふがふが」
「口調を統一しろでっか? 無理ですわー。これがウチのキャラですしー」

 どうして位階の高い人間には、個性的な奴が多いんだろうと翔也は思わなくもなかったが、まあ民間警察にいる人間はみんなこんなのだ。

「ふが、うふがふがふがふがふが」
「“いや、夕馬は普通だな”、ですか。夕馬はんが聞いたら喜びますえ?」

 ていうかさっきからなんでわかる。

「愛の力ですー」

 悪いが俺は妻とつばめと娘二人命の男だ。
 ていうかお前彼氏いるだろうが。もうヤったの―――――

「どりゃぁっ!」
「ぶぶっ!」

 お願いだから鳩尾は止めてくれ。呼吸が辛い。

「……ふが?」

 こんなアホなやり取りをやっている間に、彼女の側に見覚えのある男が目に入った。
 阿笠なんとか。刑事ドラマに出て来るような人物で、一言で言えば俳優の水谷豊似のダンディーなおっさんだ。
嫌いじゃない人物なのだが、自分にしょっちゅう始末書を書かせようとしている人物その二なので、苦手な部類に入る。始末書なんぞつくしに書かせればいいじゃねぇかよ。
 翔也が彼の名前を覚えていないのは、単に一度も名乗られたことがないからだ。こっちも名乗ったことはないけど、相手はまあ自分のことなんぞご存知なのだろう。ある意味有名人だし、翔也。
 四番隊所属の佐倉翔也以下四名は実戦部隊である。事務をやらないこともないが、大抵電話口に出るのはつくしに一任している。だって面倒くさいし、というのが翔也の意見だが、上司の命令に逆らえないつくしはひたすら電話口でクレーマーと戦っている。
 ざまーみやがれ、このアマ。
 翔也は決して自分の部下が嫌いというわけではないのだが、どうも他所から見ると自分の扱い方はぞんざいで辛辣らしい。こればかしは仕方のないこと―――――逆心者時代に培われた性格がそうさせていると自分でもわかっているので、まあ翔也はそのことを深く考えたことはない。
 重傷負わせたことないし。
 と、思考が徐々にズレていることに気付き、翔也はとりあえず阿笠を睨んでみた。日頃の愚痴も兼ねて。

「ぅあ……」

 この程度で怯んでるようじゃ元トランプがやってる警備会社の連中には勝てねぇぞ、と翔也は心の中だけで呟く。次の瞬間にはそんなこと気にすることなく、翔也は阿笠に向けて視線で語ってみた。

 ―――――これ、サッサと外せよ。

 再びあとりが怯む声が聞こえてきたが、逆に阿笠はなんともなかったようだ。額に汗が浮かんでいるのが見えただけで。

「捕縛結界と反転封陣、解けるものなら解いてみやがれこのクソ餓鬼」

 アンタが行った後にすぐ解いてやらぁ。後ろからホロちんが来てるしよ。
 阿笠はそれだけ言うと、すぐに立ち去り、それと入れ替わるようにホロが立っていた。
 呆れきった表情で。

「…………はぁ」

 ため息を吐くホロ。僅かにカチンと来るが、この状況で喧嘩売ってもボロ雑巾のようになるのは明白なので、目線だけで何のようだ、と訊ねる。
 返ってきたのは今と同じ溜息。更にカチンと来た翔也だったが、しかしここでも我慢。今の自分にとっての最優先事項はただ一つなのだから。
 今しがたの怒りは、この封印をぶっ壊すときにとっておこう。そう己に戒め、翔也はホロが去るのを待つことにした。
 ホロの様子からするに、此処に来たのはあとりだけでは不安だという思いが強いからだろう。確かにその通りだ。この程度の封印、構造を知り尽くている上に、自分たちが最も使う頻度が高いものなど、翔也にとって――――或いは、自分と同年代の強者たちにとって何の問題もないのだから。
 とはいえ、外すのは容易ではない。難しいというわけでもないが、目の前に神話級の狼がいるとなれば話は別だ。
 だから早くイナクナレこの野郎――――じゃなかったこの女ァ、と念仏を唱えるように連呼し続けていると、そのきっかけが訪れた。

「代水、ここであやつを見ておいてくれ。わっちは団長に連絡を入れてくる」
「了解しはりますたー。いってらっしゃいー」

 相変わらず変な口調でホロに手を振るあとり。
今だ。

ホロの姿が消えていき、尚且つあとりの意識がホロに向かっている瞬間を好機と見た翔也は、自分の腕の関節を外し、腕を拘束から自由にさせる。自由になると同時に間接を嵌め、嵌めた際に生じる痛みを我慢し、ヴァラキアカを構成しようと思い、

(……アホか俺ぁ。反転封陣がかかってるんじゃネェか)

 反転封陣。相手の能力強度が強ければ強いほどにその戒めの力を増す特殊な結界である。相手の魄啓力を逆手に取り、その力で対象を捕縛するという奇怪なもの。
 だが。
 この結界の穴を知っている翔也には、何の問題でもなかった。
 反転封陣の欠点(というには些か表現が悪い)は、自分の位階を限りなく抑えればただの文字の羅列にしかならないということだ。故に、捕縛錠と捕縛結界が追加でなされているのだが―――――

(蒼空、お前は本当に便利だなぁ)

 左耳につけたピアスに翔也は感謝の言葉を言う。
 蒼空。今は亡き、佐倉翔也の最愛の妹、佐倉鶯の形見にして遺品にして、今も尚翔也を守り続ける特殊な心器。
 概要は“守る”。ありとあらゆる点から翔也を守り続けるという心器。翔也の類稀なる、魔獣状態の八雲乙葉にすら匹敵する回避能力の、防御能力の高さはこれが理由である。“兄”に襲い掛かる危険を察知し、それを翔也に知らせているのだ。それも、神経に組み込まれているというべき速度で。
 そして今も翔也の左耳には蒼空がある―――――結界の中心であるというのにもかかわらず、その心器はここにある。
 蒼空が在り続ける限り、佐倉翔也の抵抗能力は高い。ありとあらゆる事柄に関して。
 戦闘中にはヴァラキアカと交互に使わなくてはいけないのがネックだが、しかし、今は関係ない。
 捕縛されている状況下なのだから。

「よ……っと」
「ちょ―――――」

 間一髪。
 叫ぼうとしたあとりを一撃で気絶させ、静かに床に横たわらせる。
 あと少しでも結界から出るのが遅れれば、脱出が限りなく困難なものになっていた。というか不可能になっていたのではなかろうか。
 そんなことを呟きながら、翔也はあとりに自分の着ていた拘束衣を毛布代わりに掛けておいた。今の時期で、こんな地下のコンクリート張りのところにいたら風邪を引くかもしれないだろうというのと、ホロに意識を寄せてくれていてくれたことに対する、皮肉交じりの感謝を込めて。

「おっと、忘れてたな」

 足早に下水道へと向かおうとして、翔也は呟いた。

「これ、ぶち壊しておかなきゃなァ?」

 ―――――蒼空の詳細を知っているのは、四人だけでいいのだから。











 翔也は民間警察が所有するビルから脱出口と選んだのは、下水道へと続く通路だった。
 基本的に人が通ることを想定されていないその道は、暗く汚れていたが、翔也は決して衣服に汚れを付着させることなく、下水道へ続く梯子を降りきった。
 異臭とすら表するのに足りない臭気が、翔也の眉を僅かに潜ませる。香港に行っていて本当に良かったなあ、と呟き。道を模索し始めた。
 まずは方角の確認。相対的に思考し、翔也は椿が通う学校方向を探り、数秒で断定するとそちらに向かって歩き出す。
 一歩目を踏み出すと同時に鼠の鳴き声と、カサカサと這うゴキブリの足跡が耳に残ったが、翔也がそれらに抱くものは無関心。何せ、自分はコイツら拷問の道具として使用したこともあるのだから、ビビる筈もなかった。むしろ、自分の出生と比較し、親近感が湧いてもおかしくはないほどの感情を持っていた。
 いや、流石に湧かないけどよ。
 誰に否定するわけでもなく、翔也はそう呟き、静かに、されど足早に歩を進めていく。
 ふと、足を止める。

「ちっ、気付きやがった。クソが、予想よりも少しばかり早かったか……」

 翔也が乙葉たちの接近に気付いたのは下水道を多い尽くす、無数の気配。
 殺意。
 それも縦横無尽に散らばる、下水道の主たちの。
 乙葉の能力は“共感”。
 そして、彼らから感じるのは殺気。

「…………こりゃ乙姉、マジギレしてやがるな」

 まあ知ったことではないが。何しろ自分自身も半ばキレているのだから。
 愛娘を苛めやがったクソガキどもに対し。

 一度気絶させられた所為で冷静になった翔也だが、更に悪いキレ方になっていた。
 冷静にどう苦痛を与えようか考えている時点でもう犯罪者であるのだが、それにツッコむ相手は残念ながら翔也の視界には存在していなかった。

 ちゅーちゅーちゅ、かさかさかさ、と。
 翔也の行く道を塞ぐかのように、それらは構えていた。
 彼女の合図しだいで、自分に襲いかかれるように。

「……こんなもんで、俺を止められると思ってんじゃねぇだろうなあ、乙姉?」

 それは、自分を追いかけているだろう乙葉に対しての呟き。
 すぐさま心器、ヴァラキアカを顕現すると、翔也はまず真円状に大きく薙いだ。ついで鼠たちの断末魔、そして、バタバタバタと死んでいくゴキブリ。刹那で死屍累々となった彼らだが、彼らには数多くの同士がおり、その所為で翔也の額に青筋が浮かび出る。

「くかかかか―――――上等だこの汚物ども。ここに住んでたのが運の付きだ、死に腐れ」

 再び翔也はヴァラキアカを真円に薙ぐ。ただし、今度は先ほどとは違う。香港に武者修行しに、神話級になって得た昇格能力を発揮させた、三日月の軌跡。
 限定空間内にて、指定した範囲を狂わせることができる能力。
 限定空間といっても、全く広くはない。むしろ狭すぎるほどの範囲――――ヴァラキアカの間合い。
 そこに存在する相手を“狂わす”ことが可能になったのだ。例によって、狂わす成功率、方向性は博打とも言える確率だが、翔也にとってはそれで充分で、それで十全だった。
 そしてその例に当てはまるように、死に絶えていくものたちとより狂化されて襲い掛かってきた愚かなものたちもいたが、翔也はそれを咄嗟に切り替えた蒼空の防御壁だけで叩き潰す。無数の肉片が翔也に向けて飛び散るが、当たるはずもない。ようは、人を殺す際に、返り血を浴びないようにする方法と同意だからである。つーか、娘の学校に死骸塗れでなんぞ行って溜まるかボケ。

 あ、ここから出たら脱出したらとりあえす銭湯でも行くか。臭いだろうしな、俺。

 そんな暢気なことを考えながらも翔也の足は彼らを一瞬の躊躇もなく踏み潰し、微塵の葛藤もなく蒼空で叩き潰し、僅かに怯んだ彼らをヴァラキアカで斬り殺し、未だ襲い来る彼らをヴァラキアカで狂わせる。
 翔也はそうして無数の彼らを殺しながらも、自分が此処に足止めされる事実に気付き、大きく舌打ちをした。

 数の暴力っつーのはやっぱり問題だな。

 それが雑魚であってもだ。
 これが殲滅戦ならば何の問題もないのだが、生憎と自分の目的は違う。
 そしてこの密閉空間にして、狭小の場所。
 翔也の得物は自分の身の丈を越す、死鎌。
 それをこんな狭いところで扱えというのだから酷な話だ。ありがたいことに此処にいる限りはなんとか壁を抉る事無くヴァラキアカを使用できるが、移動しながら―――――逃げながらともなるとそれは難しくなる。
 一瞬、自分の特殊能力【空蝉帰身】で刀の形状に戻そうかと考えたが、それをしてしまうと、今度は範囲を狂わせる昇格能力が扱えなくなってしまう。扱えなくても平気だが、それだと今以上に進まなくなってしまう。そんなことになれば、すぐに追いつかれてしまうだろう。

「ウゼェ……」

 ―――――三世森羅空式殺戮術、奥義之一“竜巻”。

 自分の体重を旋回するヴァラキアカに任せ、翔也はそのまま廻り続ける。暴風を思わせる怪音が下水道を反響し、埋め尽くす。次の瞬間には今翔也の周囲にいた八割が死滅し、そして次の瞬間に新たな軍勢が現れる。

「……結界?」

 軍勢が現れたことに対し、怒りを覚えながらも翔也は自分を、下水道を覆った違和感に気付く。
 自分たちの力を漏らさないようにするための術式か、と翔也は当たりをつけ、凄惨な笑みを浮かべる。
 それは決して父親が浮かべる表情ではないのだが、それに翔也は気付かない。

「…………ァ?」

 何故か軍勢が退いた。
疑問符が脳裏を掠めるが、すぐさまその解答を導き出す。

「……嘘……でしょ…………?」

 言葉を発したのはクレーマー担当日向つくし。呆然とその場に立ち尽くしているのが翔也の目に留まった。
 口をあんぐりとあけ、目の前の光景が現実かどうか判別できていないようだった。

「ァ?」

 なんでつくしがここにいるんだ。
 そう考える次の瞬間には、恐怖と戦いながらも自分の背後を取った藤島夕馬が自分の腕を取って、それを逆手にとり、翔也は夕馬を地に叩きつけて、反射的に夕馬が地面に鏡を突きつけたのがわかった。
 ならば、と翔也は“反射されて”戻ってきた夕馬の顔に、できるだけ優しく踏むことにした。ほげ、という間抜けな声が聞こえてくる。

「惜しい。俺が後少しでもつくしに気を取られてたらお前の得意技に繋げるところまで行けたかもな?」
「ははははは…………投げることはできないんですか……くそぅ」

 失礼しますと言いながら、夕馬は自分の顔を覆う翔也の靴をどけ、

「しっかし、やっぱり乙ねぇの目のが合ってるか。……俺としてはつくしが最有望株かと思ってたんだがな……だから副隊長兼、クレーマー係に突っ込んだっていうのに」
「あはは……」

 苦笑を見せる夕馬だったが、どこか嬉しさが混ざっているのは隠しようもなかった。
 隊長である翔也が部下を褒めることなど滅多にない。というか、夕馬は初めてだった。

「恐怖を表に出すな。出したとたんにそれが気配となっちまうからよ。ていうかビビリ大輔、お前のタバコ一本寄越せ」
「くっ…………」
「ほらほら寄越せビビリ。夕馬と違って俺に触れようとした瞬間にビビった臆病者…………ビビって俺がこう話すのを見越してたんだってなら、俺はお前を褒めるが、時間稼ぎだっていうことすら頭から離れてたろ? あいにくだが、お前らに見つかった時点で……あれ、あとりの馬鹿どこ行きやがった?」

 先ほどまでの剣呑な空気はどこへやら、この場は一時の安らぎの場と化していた。
 翔也はそのまま煙草を受け取り火を付け、口に咥え思い切り吸い込むと、未だ口を開けたまま震えているつくしに思い切り息を吹きかけた。

「「げほっげほっ」」

 何故か翔也まで咽ていたが、翔也は喫煙者ではない。偶に咥えて、絶対に咽るぐらいだ。
 本人曰く、煙草ってカッコつけるのに一役買ってねぇ?とのこと。

「ほら落ち着いて小さく深呼吸しろつくし」

 同時に、神業と呼べる速度でつくしの口元に自分が吸っていた煙草を挟み込みーーーー

「けほっ、おえっ、げほげほっ!!!?」
「くかかっかかかかか!」
「「………………」」

 つくしが咽せ、
 翔也が哂い、
 夕馬と大輔が呆れていた。

「…………まっずいなぁ、出るタイミング間違えてモーターぎゅんぎゅん」

 少し離れた場所で、代水あとりがどこからか出したモーターをくるくる回していた。

「っていうか乙ねぇはどうしたんだ、お前ら?」
「っていうか、逃げないんですかク・ソ・隊長っ!?」
「お前らに追いつかれるぐらいなら俺はもう詰んでるだが……つくしがストレートをしてきたのでクロスカウンター」

 ぷにっと、すばやく突き出された指がつくしの頬を突く。
 一度手を引き、今度は勢いよくつこうとし、

「ていっ」
「~~~~っ!?」
「ぶらっでぃくろすー」

 カウンターを狙ったカウンター返しをし、もう一度突く。
 うりうり。
 真っ赤になったつくしとは対象的に、翔也は笑ってい

 ―――――うぐるるるる。

 た、が。

「っ!?」

 ―――――んぐるるるる

 獣の声が聞こえる。
 死だけを齎す獣の声、が。
 それは魔獣。
 八雲の名を持つ、世界一理不尽で最悪な野獣!

「四番隊、この場所より離れろ! 復唱の要無しっ!」

 だが、その声は空しく響き渡り、翔也の眼前に爪牙を纏う、最高の欠陥品。
 八雲乙葉が、咆哮と共に、翔也の胸を引き裂こうと舞い―――――

「ぐぅっ…………」

 それは身体に染み付いた反射のおかげだった。
 翔也は咄嗟にヴァラキアカの柄を盾にしたが、あくまで咄嗟の判断。本能で向かってくる全力の攻撃を防ぐには届かない。びりびりと痺れる手を叱咤し、突然現れた野獣に呆然としている部下たちに怒号を放つ。

「きゃあっ!」
「ちっ――――」

 暴走状態の八雲乙葉―――――否、瀕死の野獣は対象を問わない獣となることを乙葉から聞いていた翔也は、自分から標的を変えたことに何の疑問も抱かなかった。だからこそ部下たちに退散しろと告げたし、部下たちを傷つけたくないからこそ、翔也は瀕死の重傷を負うだろうつくしを身を挺して庇った。ヴァラキアカを消し、蒼空の力が完全に発揮されていなければまずい攻撃を。

 故に庇った服は無残にも引きちぎられ、その背中には深い爪痕が刻み込まれるのだが。翔也は昔取った杵柄で激痛を無視する。そして、怯えるつくしの身体を崩し、掴み、背負い投げの要領でぶん投げた。
 つくしの悲鳴が耳朶を掠めて、“乙葉”が無防備なつくしを襲おうとしていた。それを―――――翔也の認識である“家族”を傷付けることを―――――赦す佐倉翔也ではない。空を舞っているつくしに気を取られている乙葉の脇腹目掛けて手刀を潜らせる。が、“八雲乙葉”にそれが届くはずもなく、それは難なく回避される。

 連撃の繋ぎであった、右足すらも。

 ただ、右足は跳躍して回避をしてくれたので、水面蹴りの軌道を変え、すぐさま乙葉から離れることができたので十全といえば十全だった。

「ちぃっ…………」

 舌打ちは、予想以上に滴り落ちる自らの血に対して。蒼空を全力行使して治療を行っているのですぐさま血は止まるだろうが、失ってしまった血はどうしようもない。

「三秒でいい……」

 それだけ時間を稼げれば、と翔也が呟こうとしたところで、下水道という場所に似つかわしくない、爽快な音楽が響く。
 “悠久幻想曲”。
 代水あとりが扱う曲。それも、聞いたものの意識を反らすことができる曲。

「翔也はん、後はよろしくどす~~~♪」
「ファーストネームで呼ぶんじゃねぇよ……」

 そう返す翔也の顔には、凄惨な笑みが深まる。
 蒼空を消し、ヴァラキアカ単独の能力の行使。

 ―――――刀じゃなきゃ、駄目だ。

 しかもその形状は鎌ではなく、翔也の戦闘方法、居合いというスタイルを発揮できる、刀。
 空蝉帰身。
 それが、翔也の持つ後天性レアタレントの名称だ。

「四番隊隊長佐倉翔也―――――推して、参る……っ!」

 腰を低く落とし、目を閉じる。
 翔也がこれから扱う、納める空式の基本として、“目”という概念は不必要なものだ。
 どんな環境――――漆黒の中でも―――――相手を殺せるという最初の理念。
 更にいえば、目は不必要な情報まで捉えてしまう。逆に、目を閉じなければ、一対一という状況下においては、他の感覚が圧倒的な充実を発揮し、目で見る以上の必要最低限の情報を翔也に届けてくれる。
故の、視界の遮断。
以前までの彼とは違い、目を閉じることによる情報量が増えている。

「…………刃っ!」

 一気に飛び込んできた“乙葉”の爪牙を紙一重で回避し、その状態から一薙ぎ。
 捉えたと思ったが、刀から伝わる感触は軽い。ならば、と右足のみを前に出して更に十と三、斬りかかるがしかし届かない。舌打ちしながら、刀を納める。その瞬間に浴びる殺意の奔流。冷や汗が流れるのを自覚し、その場から大きく後退。瞬間、空を切る凶音が響く。音から察するに、大振りだったようだが、それを好機と見るほど翔也は未熟ではなかった。己の靴を脱ぎ捨てながら、それを“乙葉”がいる場所へと向けて蹴り飛ばし…………

「ちっ」

 舌打ち。
 八雲と呼ばれる流派を攻略するに当たっての問題点は大きく三つ。

尋常ではない回避能力。
 異常なまでの身体能力。
 一撃で意識を刈り取らなくてはいけない。

 以上の三つは翔也が八雲乙葉を打倒するのに、どれも掛け合わさっている。下手な攻撃をすれば、更に八雲は凶暴性を深めるだけだ。

「これが俺を止めるためだっていうんだから…………畜生」

 どうしたものか、と翔也は目を閉じながら呟き。
 次の瞬間には“乙葉”が目前に来ていた。
 咄嗟に攻撃に移ろうとして中止し、そのまま回避+防御。
 肉を抉る感触が伝わり、骨に響く感覚が響き、されどこちらからは手を出せるような好機にはならず―――――














 二人の攻防を遠くから観察している部下四人。隊長からの命令なんぞ無視もいいところだった。
 人望の無さが見て取れるが、まあ翔也自身は人望なんぞ要らないと思ってる人種なのでどっこいといえばどっこいだった。

「…………私たち、あの人に勝とうと思ってたの?」
「僕、八雲隊長の攻撃の回数分死んでるんだけど」
「……同じく」
「ウチはそれ引く3ですな~」

 それぞれが思い思いの事実を告げる。

「隊長の抜刀術見たことある人?」

 夕馬の質問の応えは共通。同じように首を振るだけだ。

「八雲さんが本気見せてないって言ってたのはこういうこと?」

 つくしが誰に聞くまでもなく呟く。

「見せてないというよりは、実力出す場所がなかったんと思うけど」

 つくしの言葉に、あとりは率直な感想を告げる。
 そして、珍しく、何年かに一度あるかないかという頻度の稀有な珍しさで、深刻そうな顔をしながら続ける。

「魅入ってる場合じゃないっつーの。どうにかしてあの二人を止めるような人員を呼ばねェとヤバイぜ」

 突如として放たれたその低い声音と口使いに夕馬は思わず視線をあとりに向けた。そこには、夕馬が普段慣れ親しんだ代水あとりの表情は無かった。
 滓かに毒の混じった柔らかさは消え、怜悧と呼ぶに相応しい其の眼差し、夕馬が幼少の頃助けてもらった“あの人”の、それからこうして強くなるために、その人に近付く為に強くなった原因の人物の眼差しに似ていた。

「代…………」

 代水さん、と続けようとして夕馬の背後から轟音が反響する。耳を劈くその音量に夕馬はあとりの判断に頷き、隣で崩れかかったつくしを乱暴に抱きかかえる。普段なら顔が真っ赤になっていてもおかしくはない、というよりも赤くなって当然な行為だったが、このときの夕馬はひたすらに鈍感に、されども愚直に進むことにした。

 横に視線をずらせば、同じように抱きかかえられた大輔が情けなさそうな顔をしてこちらを見つめていた。その表情におかしさに夕馬は苦笑しつつ、疾走した。
 翔也を止めるわけではなく、八雲乙葉を止めるための援軍を呼ぶために。













―――――話は変わるが、翔也と乙葉の相性は余りよろしくない。
互いが互いに、手の内を知り尽くしているのもあるが、この場合の相性というのは能力的なものである。
まずは佐倉翔也。刀に触れた相手のナニカを“狂わす”能力だが、生憎と同位階のものたちには大抵レジストされてしまうために、本来ならばレジストする隙もないほどに切りかかるのがいいのだが、同程度の実力のものたちにその戦法が通じるかといえば否であり、“八雲”たる乙葉に至ってはほとんどが回避されてしまうのである。八雲となった乙葉の回避能力は尋常ではなく、翔也が知る中で、“八雲”を初見で、攻撃を当てることができる人物は五指にすら満たないのほどなのである。
しかも更に悪いことが重なっている。それは、佐倉翔也に固着されている魂の裏ルール、『家族への不可侵』――――つまり、翔也が家族と認識しているものに対しては、戦闘能力が落ちるというものだ。今は、緊急事態ということなのだろうか、このマイナスの裏ルールの効力が減少しており、こうして戦い合うことができるのだが、後数分もしないうちに、翔也は乙葉の爪牙により倒れ付すことであろう。

次に、八雲乙葉。共感の概念を操作することができる彼女なのだが、今の乙葉は瀕死の魔獣の体現者としてそこにいるために、共感の概念を扱うことはなく、ただひたすら己の力で敵を屠るだけなのである。仮に、共感の概念を使ったとしても、翔也のもう一つの心器“蒼空”によってその異能が通じなくなるのである。ただ、レジストされないほどの痛覚模写をすれば、それこそ翔也を打倒できるが、それを許すような相手ではないことだと乙葉は知っているのだ。
現在の乙葉は魔獣と化し、肉弾攻撃のみで相手を打倒する獣になっていて、本来ならば翔也程度の実力ならば屠ることが可能なのだが、それを成させないのが翔也の“蒼空”である、“兄を守る”というだけに魂の方向性を固めたその特殊心器は、翔也に害なす危険を予知し、翔也に伝えることが出来るのだ。それは昇格能力の一つで、それを得たことにより、翔也は魔獣にも劣らない(比較することが難しいが。それでも蒼空を使っている間は、翔也の回避能力は高い。相手の攻撃を予見しているのだから。これは余談だが、蒼空のおかげで、今こうして翔也は生きているのである)回避能力を得ているのである。
他にも二人に関しては色々あるのだが、とりあえずこんなところだろう。











 ―――――襲い来る乙葉を回避していたが、それにも限界が近付いてきていた。











 手を出そうにも、無傷で気絶させられるような隙が見つかる筈もなく、一方的に消耗しているだけであった。このままでは自分が死ぬだろうと他人事みたいに思いながらも、翔也は七度目の攻撃を防ぎきることができず、それが当然であったかのように腕をへし折られた。

中々に酷い折れ方だなあ、と翔也は感慨深く呟きながら、突き出た骨を乙葉の目玉に突きつけるという、半ばヤケ気味な攻撃をする。乙葉は当然回避し、自分との距離を取って、殺戮本能剥き出しな荒い声を上げた。
三度目の攻防から翔也は戦意というものを徐々に失いつつあった。やはり八雲乙葉は自分にとっての“姉”であり、翔也が尊敬する理想の体現者なのだから。その乙葉に手を上げれるかといえば否だし、ここで肯定できるような己ならば、ここまで生き残っている筈もないのである。
 だから、これから起こるのは一方的な虐殺なのだろう、と翔也は確信していた。
 減衰していく戦意であるならば、その元である魄啓力が減衰しないわけもなく、今の翔也の力をランク付けするとすればA-~B+の間程度のものであろう。

まずい、と思いながら。
 これでいいか、と思う自分がいることに、翔也は哂うことしかできなかった。

「……俺を生かしたのがアンタなら、俺を殺すのもアンタだろうしなあ……もう、どうでもよくなってきた」

心器を消し、その場に座る。
腕は歪んで拉げ、満身創痍の身体であるも、その表情に迷いはなく、真っ直ぐ乙葉の顔を見る。胡坐をかきながら、実に澄み切った笑顔で悦び襲い掛かる乙葉の顔を眺めながら―――――


自分の身体が、宙に浮いていることに気付いた。


「は?」

 嘯く。
 タイミング的に自分は死んだと思っていた翔也は、変わらない風景がそこにあることに気がつき、

「この大たわけがっ! 正気を失っておるあやつにぬしが殺されて、誰が喜ぶというんじゃ!」

同僚の怒号によって、自分の脳が揺さぶられたのがわかった。キーン。

「ホロ……か?」

まるで、迷い子が訊ねるかのような表情で翔也は訊ねた。

「ふん、わっち以外に誰がいるというんじゃ。まったく揃いも揃って大たわけどもが……何を考えておるんじゃ」
「あの世で鶯に一目会いたいなあ……とかだけど。なんでここにいるんだ、ホロちん」
「あれだけ大騒ぎすれば気づかぬはずが無かろう。それと、そのたわけた考えについてはあとで他の者に怒られるがよい」

 そのためにはまずアレをどうにかせねばな、と乙葉を見ながらホロ。
 そこには獲物を取られて猛り狂う乙葉が、ホロの様子を観察していた

「誰に怒られるんだか、俺―――――つーか、アレ呼ばわりは酷くね?」

ふぅ、と折れた腕を摩りながら立ち上がる翔也。

「今のあやつはあやつではない。あんなものば『アレ』で十分じゃ」
「くかかかか、ま。どーでもいいけど、ホロちんがここに来ちゃったら、俺が座ってるわけにもいかねェなあ……」

 翔也は折れた腕を摩り、ヴァラキアカを顕現する。その目には戦意が宿り始め、その手には力が籠る。
 ホロは翔也の表情を見て、死に向かうものの顔ではないことに僅かに喜びを示し、

「それでよい。わっちの見たところ怪我でああなったわけではなさそうじゃな……ぬしの心器のせいかや?」
「そうだと思うんだが……多分、様子を見ようとして『狂った』鼠かゴキブリと共感しちまったっぽい」

 佐倉翔也の裏ルール『最期の矜持』。

佐倉翔也が持つ唯一の信念とも呼ぶべきその裏ルールの内容は、“家族に仇なすものへの能力の向上”である。
翔也の中では民警にいる同僚すらも、家族の範疇として認識されているのである。(翔也は絶対に口に出さないが、恥ずかしいし)故に、家族たるホロに手を出す、今の乙葉は翔也の中での敵と認識されたのである。
 ただ、やはり乙葉も家族で在るが故に、マイナスの裏ルールが働くのだが、+-で帳消しにされたのだろう、翔也の魄啓力は平常に戻りつつあった。

「あのたわけが……まあよい、それなら逆に攻撃した方が大人しくなるはずじゃ。適当に叩きのめして正気に戻ったところでレジストさせる。それでよいな?」
「あー……なんだそりゃ。俺の身体が傷だらけとか、骨が突き出た俺の左腕とか無駄だったっつーこと? ホロちんのちっこい胸の中で泣いていい?」

「二人も雌を手にしておいて更にわっちにまで手を出そうと? ぬしも随分と欲張りな雄じゃの」
「男ってのは大抵そんなもんだぜ。ここで忠告しとくが、ホロちんも好きな野郎がいるんだから“気をつけろ”!」

乙葉に気をつけろ、というもう一つの意味を含ませた言葉とともに、翔也とホロは散開する。
 翔也のポジションはウイングガード、ホロのポジションはフロントアタッカーと、何を言うまでも自分の立ち位置を理解した二人は、魔獣へと立ち向かう。

翔也が乙葉に近付き、乙葉が翔也に攻撃しようとすれば、それを庇うようにホロが狼の前脚で乙葉の腹部を殴り、更に翔也が追撃をあて、離れる。幾ら魔獣といえども、翔也を甚振っていた所為で消耗した上に、二人の実力者が相手ともなれば、分が悪いのは明白であった。
乙葉が回避することも翔也が被弾することもあるが、それでも二人の優勢は変わらず。
―――――終に。

「疲れた、骨が大変な事になりすぎて痛い。ダルイ、眠い、ホロっち飴舐めるか?」
「こんなところで物を食うほど飢えておらんわ。わっちを何だと思っておる」
「甘いもンが大好きな獣娘、だな」

瀕死の魔獣は地に倒れた。
当然、乙葉に重傷はない。ホロの左後ろ脚による攻撃が乙葉の意識を断ち切ったのである。強大な魄啓力は治まりを見せ、静かに寝息を立てていた。

「つーか、俺を捕まえる為に魔獣になってどうするんだか。本末転倒とは言わねェけどよ、もう少し後先考えろよ
「こやつが起きていたら、主に同じようなことを言うじゃろうな」

 このドジっ子め、とホロは乙葉にでこぴん。翔也も何か悪戯してやろうかと思ったが、それどころではなくて。

「ホロ」
「なんじゃ?」
「後よろしく……限界」

 ―――――やれやれ、面倒なことじゃの。
この日最後に翔也が聞いた言葉は、どこまでも呆れていたのであった。




かくして第十三次、親馬鹿翔也の大暴走~~ミイラ取りが悪魔になる~~は一応の決着を見ることとなる。















 余談。


 某病院。

(げ……)


 渚がいたつばめがいた椿がいたかもめがいた乙葉が正輝に説教されまくっていた。
 意識を取り戻した翔也は、主に最後の理由でもう一度意識を手放そうと幼い頃に使っていた心器の形状……針を自分にぶっさそうとして、艶美と憤怒が織り交ざった笑みを浮かべた愛妻と義妹にその腕を捕まれた。ぐぎゃー。

「よ、渚」

 とりあえずキスでもして誤魔化してみようかと思った翔也だったが、かもめと椿の娘コンビによって身体中がなんか変な方向に曲がった。

「かもめ、椿、パパの身体が奇怪なオブジェになってしまうんだが」
「「しんぱいさせたばつ!!」」
「お前らの罰なら俺、我慢するよ……」

 涙を浮かべながら、いつの間にか元に戻った左腕で娘たちの頭を撫でる。うんうん、やっぱまさにぃの医者の腕は確かなもんだ。
 と、場違いなことを考えていると、正輝が神をも魅了しそうな笑顔で近付いてきていた。なんつーかこんな笑顔されると逆に怖くて怖くて幼児化しそうな翔也であった。
 その怖い正輝は翔也の頭に手を載せ、

「翔也君、僕は何も言わないよ。身体に教え込んであげるから、覚悟してね……ふふふふふふふふふふふふ」

 そういい残し、不吉な笑みを残しながらこの部屋を後にしたのであった。正輝の居た場所に残ったのは、幼児退行した乙葉がいた。そんなに痛くて怖くて苦しかったのかよ。

「…………ぅあ」
「怖くないよ。私が傍に―――――」
「――――今回はわたしの役目!」

 身体が恐怖で震えていたが、どうやら愛した二人の女性によってその恐怖は紛れていきそうであった。

「二人ともー、間違っても“風の大地”は使うなよー。他の患者全員が大変なことになるからなー」

 はーい、と返ってきた返事はいつもの声で。

「つばき、じゃま。かもめがパパと寝るの」
「かもめちゃんこそはなれてよっ!」
 愛すべき娘たちの顔は心を和ませる。



 とりあえず、今日も幸せな一日であることは確かであった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年09月26日 13:23
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。