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       かごめ かごめ
       籠の中の鳥は
       いついつ出やる

       夜明けの晩に
       鶴と亀が滑った

       後ろの正面 だぁれ?

 夜は桃源郷の様に明るく華やいではいるが、昼間は人気も少なく、御用聞きの商人達が
ちらほらと行き交うだけの、寒々しい景色であった。
 どこかから、懐かしい童歌を歌う声が聞こえてくる。

 ふと、歌声に立ち止まり辺りを見回したが、どこからの歌声なのかはわからなかった。
「ほれ、もうすぐだから立ち止まらずに付いて来い」
 酷薄そうな男に手を引かれ、一人の少女が通りの中でもひときわ大きな屋敷へと導かれ、
入って行く。
「御免なさいよ。鈴白屋の旦那はいらっしゃるかね? いつもの様に、左ノ助が参ったと
お伝えしておくれ」
「あ~い。お待ちくださんし」
 手を引かれている少女と年端も変わらぬ娘が、返事をして奥の間へと消えてゆく。
 やがて木の床を踏み鳴らしつつ、一人の男が玄関にやってきた。

「おお、左ノ助が参ったか。禿を一人連れてくるという事であったな。どれ、その子か?」
 恰幅のいい中年の男が少女を見定める様に眺めた。
 少女はおどおどとしながら身を竦め、左ノ輔の背後に隠れようとする。
「それ、旦那にちゃんと御挨拶しねえか! へへ……すいやせんね、田舎娘なもんで」
 左ノ輔は少女を引っ張り、旦那と呼ぶ男の前に少女を引き出した。

「可愛い子じゃないか。名は何という? 年はいくつだ? ん?」
 少女は泣き出しそうな表情で旦那と左ノ助を見上げると、恐る恐る答える。
「……はな、です。……な、ななつ……」
「そうか、『はな』か。きっとこの子は美しゅう育つだろう。左ノ助、ご苦労であったな。
 この子はうちで引き取ろう」
 左ノ助は満面の笑顔を見せると、旦那と呼ばれる男が懐から出した小袋を受け取った。

「へへ。毎度、ありがとうごぜいやす。さあ、はな。これからこのお方がお前の身元引受
人だぞ。旦那様とお呼びして、よくいう事を聞くんだ。わかったな?」
 引いていた手を、玄関の壇上にいる旦那に引き渡される。
 はなはよろけながら、壇上にもう片方の手をついた。
「これこれ、汚れたなりで上がってはならんぞ。はな。お~い、誰か! 水桶を持ってき
ておやり!」
「あ~い! 親父様」
 遠くで幼い声が聞こえてくる。左ノ助は旦那に貰った小袋の中身を確かめると、懐にし
まって軽く会釈をし、情けなさそうに振り向いている『はな』を見下ろした。
「では、あっしはこれで。……はな、しっかりお努めを果たすんだぞ? 達者でな!」
 左ノ助は『はな』に一声かけると、もの言いたげな少女を残し、軽い足取りで玄関から
出て行ってしまった。

「……あ……!」
 一人残された『はな』はどうしてよいかもわからず、玄関に立ち尽くしていた。
 恰幅のいい男はそんな『はな』の様子を見慣れた様に、笑いながらしゃがみ込む。
「そんなに怖がる事はないぞ、はな。足を洗って綺麗にしたら、お前を見てくれる花魁の
元に連れて行ってやるからな。そうだ、お前は可愛い顔立ちだから、うちの店で一番の
呼び出し花魁に付けてやろう。わしの事は旦那ではなく親父様と呼びなさい。わかったね」
「……はい……?」
 小さな簪の鈴の音を響かせながら、禿《かむろ》が水滴を落さない様、注意して水桶を
運んでくる。
「親父様。これでよろしゅうありんすか?」
「おお、すず。ご苦労であったな。さあ、はな。それで足を洗いなさい」
 はなは自分と同じ年頃の少女から水桶を受け取ると、地面に置いて男を見上げた。

「は、はい……。お、親父様……」
「いい子だ。はな」
 男が優しげに笑うので、『はな』は少し安心した。
 水桶に足をつけると泥が落ち、白く小さな足が顕わになった。

 足を洗うと親父様に付いて、すずと呼ばれた禿がはなの手を引き、二階へと誘う。
 個室の前に立ち止まると、親父様が声をかける。
「これ、咲野。おるかね? 新しい禿を連れて来たので見てやっておくれ」
「あい。どうぞ、お入りなんし。親父様」
 部屋の中から、しっとりとした声が聞こえてくる。親父様が襖を開けると、はなは生ま
れてから見た事も無い、艶やかな女性が格子窓にもたれかかっているのに見とれた。
「……その子でありんすか? 親父様」
 見とれている『はな』に、艶やかな女性が気だるげな視線を浴びせ、親父様に問う。
「そうだ、咲野。よろしく頼むぞ。さあ、はな。咲野花魁にご挨拶しなさい」
 咲野と呼ばれる女性はしばらく『はな』を見つめると、親父様を見上げた。

「……親父様。唯『はな』では少し地味じゃありやせんか? ……そう、『こはな』……。
 ……今後から『小花』と名乗らせてはいかがでありんしょう?」
「おお、かわいらしい響きだの。咲野よ。この子の事はお前に任せれば、わしも安心だ。
 はな。いや小花、わかったな?」

 見とれていた『はな』が、驚いた様に親父様を見上げ、次に咲野を見つめる。
「花魁が名前をくれたでありんす。お礼を言わなくては、いけませんわいな!」
 『はな』の背後から、すずと呼ばれる少女が『はな』の背をつついた。
「は、はい。……あ、ありがとうございます。お姉様……」
 咲野はころころと笑うと、もたれていた小窓から立ち上がった。
「言葉遣いから教えなくてはならないでありんすねぇ……。
 あちきの事はこれからは『おいらん』か『あねさま』とお呼びなさんす。
 返事は『はい』ではなく『あい』とお言いなんし。わかったかえ? 小花」
 そそと近寄ってくる咲野に気圧されながら、『はな』は口ごもった。
「は、はい。……い、いえ! あい! あ、あね様……」
 咲野はにっこり笑って優しく『はな』の頭を撫でてやる。
「賢い子のようでありんすね。親父様」

 ――こうして何もわからぬまま連れて来られた『はな』は、小花と名乗る事になった。

 小花は訳がわからなかった。
 小花は貧しい村の百姓の家に生まれ、兄や弟妹と共に育てられた。
 生活は貧しかったが、田畑に囲まれて野を駆け回り、近所に住む茂吉とよく遊んでいた。

 それがある日、お父は黙って畑に行き、お母は小花を抱きしめて泣いていた。
「お母……? どうしたの? なんで泣いてるの?」
「ごめん……、ごめんよ! はな……! お父とお母を勘弁しておくれね……!」
「お母、お母、泣かないで……? どこか痛いの?」
 小花がたずねても、お母はただ泣いて小花を抱きしめていた。
 そこに筵をあげて、ずかずかと入り込んできたのが、あの左ノ助だった。
「ほい、ごめんよ。この子かい? おっかさん。……へえ、いい玉じゃねえか!」
 左ノ助はしゃがみ込むと小花をじろじろと見定め、にやりと笑った。
「これなら『鈴白屋』でも買ってくれるぞ。あそこは払いがいいからな。膳は急げだ。
 おっかさん、仕度は出来てるんだろ?」
 左ノ助の言葉に、お母は小花を覆い隠す様に、ただ黙ってきつくきつく抱きしめた。
「お、お母……? 痛いよ。……このおじさんはだあれ?」

 泣きながら抱きしめて沈黙するお母に代わって、左ノ助が口をきいた。
「へっ……。俺も『おじさん』と呼ばれる年になっちまったぜ。いいかい、娘っ子。
 お前はこれから俺に売られて一緒にいくんだ。
 ……このうちじゃ、もう一家食わせる金がねえんだとさ。一家七人じゃなあ……。
 お前もひもじいだろ? おまんまの食えるお屋敷に行ったほうが幸せってもんだ。
 さあ、わかったら荷物を持ちな。俺はこれでも忙しいんでね」

 左ノ助は一気にまくし立てると、お母から小花を引き離した。
 足元にある風呂敷包みを小花に持たせると、腕を掴んで歩き出そうとする。
「お、お母……!? はなは、もうこの家にいられないの!?」
 左ノ助に腕を引かれながら、小花は泣きながら縋ろうとするお母に戸惑いながら尋ねる。
 お母は狂った様に泣きながら、『ごめんよ、ごめんよ!』と繰り返している。

 ――小花にはおぼろげながら解ってしまった。
 昨年から飢饉が続き、生まれた子も育たない。茂吉と共に遊んでいたトミちゃんも、数
ヶ月前から姿を消していた。
 そうか……。トミちゃんも、今のあたしみたいに連れて行かれたんだ……。
 男の子は畑を耕す力出になる。まだ非力で力のない女の子はお母達には重荷なんだ……。
「はなあぁ~っ! はなっ! ごめんよ、ごめんよ! 堪忍しておくれっ……!」

 ――うん。わかったよ、お母。……だからそんなに泣かないで。
 ……怖くないといったら嘘になる。茂吉にもお別れが言いたかった。でも、左ノ助の腕
は小花を急かし、その余裕さえ与えてくれそうに無かった。
「お母っ! 泣かないで! きっといつか帰ってくるからね!」
 左ノ助に手を引かれつつ、小花はお母に別れを告げた。いつかは帰れる筈だと信じた。
「そうそう。年季までちゃんと働けば帰ってこれるさ。……運が良ければな」
 お母が見えなくなるまで振り返る小花に、左ノ助はぼそりと呟いた。

 ……そうやって連れて来られたのがここ、吉原の遊郭でも大棚である鈴白屋だった。

「おいらん、おいらん! 湯浴みは花魁がなさらずとも、あちきがやりますえ!」
 ふっとここに来るまでの事を思い出していた小花が、すずの声で我に返る。

 親父様に託され、咲野に名づけられた後、小花は風呂場に連れて来られていた。
 着ていた着物を脱がされ、咲野自らが湯桶で小花に湯をかけてくれている。
 咲野の濡れた赤襦袢が子供心にも眩しくて、小花は驚いて体を硬くした。
「おや、熱かったでありんすか? 小花。急にお湯をかけたから、驚いたのかいな?
 あちきがせっかちで、ごめんなんし。火傷などしていないかえ?」
 咲野が、心配そうに小花を覗き込む。小花は『そんな事はない』という意思表示で頭を
振って見せた。
 咲野はほっとすると、優しい手付きで小花の体を洗い清めてくれ、小花を湯船に入れた。
「よぅく温まりなんし。数は数えられるのかいな? 五十まで数えられるでありんすか?」
 湯船に浸かった小花は、十までしか数えられないと、恥ずかしそうに告白する。
 咲野は微笑むと、小花の頭に冷やした手ぬぐいを乗せてくれる。
「では、十を五回、数えなんし。そうしたら上がって着替えようね、小花……」
「あ、あい……。あねさま……」
 小花は一生懸命十を五回まで数えた。
 湯船から上がると、すずが体を拭くのを手伝ってくれる。
 その間に、咲野は小花が触った事もない、綺麗で愛らしい着物を用意してくれた。
「徐々に自分で出来るよう、お気張りなんし」
 着物を着付け、髪を梳いてくれながら、咲野は甲斐甲斐しく小花の世話を焼いてくれる。
「ほぅら。可愛らしい禿に仕上がりなんした。お腹も空いているでありんしょう?」
 ほかほかと温まり、心地よい肌触りの着物を着せられて、小花は惚けた様に手を引かれ、
 食堂へと連れてゆかれる。

 他の禿たちが咲野を見届けると、一斉に箸を止めた。
「花魁、お食事でありんすか? しばしお待ちなんし。すぐに用意するでありんす!」
 咲野は立ち上がろうとする禿達を制して、にっこり笑った。
「いいから、そのままお食べなんし。お前達もお腹がお空きでありんしょう? あちきと
て、昔はこうして食べていたのだから。
 それより、今日からあちきに付いた禿を紹介させておくれ。名は小花でありんす。お前
達、仲よう色々教えてやっておくれなんし。お頼み申しますえ。さ、小花。おいで……」
 咲野が小花にお櫃の場所などを教えながら、二人分の膳を用意する。

「あ、あね様……。あたしがこれを全部食べてもいいのですか?」
 小花は目の前に置かれた白米と汁や漬物、焼き魚もある事に驚き、思わず聞いてしまう。
 生家では三食どころか一日二食で、しかも稗や粟でさえ満腹迄食べた事が無かったのだ。
「たんとお上がりなんし。お前はまだまだ、これから大人へと成長するのですえ?」
 咲野は笑いながら箸を取ると、自分を真似る様にと食事を始める。

 小花は戸惑いながらも豪華な食事に手を伸ばし、恐る恐る食べ始めた。
 隣に座ったすずが、やはり食べながら小花に耳打ちをする。
「お前様は果報者でありんすよ。姐様は御店一番の太夫であられるのに、母様の様にお優
しくありんす。この様な姐様は他にあちき達は知り申さんす。皆、花魁が好きで、憧れて
いるのですえ」
 小花は口の中に食事を頬張りながら、すずの言葉に強く頷いた。

 まさか売られた自分が、この様に優しく扱ってもらえるとは小花自身、夢にも思っては
いなかったのだ。精一杯姐様にお遣えしよう、と小花は硬く決意した。

 夕刻になると、他の花魁や遊女達が身支度を始める。
 一通り咲野に連れられ、挨拶を済ませた小花だが、すずの言った通り咲野が一番美しく、
凛として優しかった。
 髪を結い直し、櫛や簪をつけた咲野は最後にしなやかな小指で紅をさす。
 動作の一つ一つも優美であり、紅をさした咲野は、まるで天女のように美しく小花は食
い入るように見とれてしまう。

「……紅が珍しゅうござんすか? 小花」
 傍らに正座して、先輩禿のすずが咲野を手伝うのを見覚えていた小花は顔を赤らめる。
「ご、御免なさい。……姐様、とってもお綺麗です。あたし、びっくりしちゃって……」

 咲野は鏡箱に紅皿をことりと置くと、少し寂しそうに笑って言う。
「あちきが綺麗だと申しんすか、小花。この衣装や化粧が華やかにお見えなのかえ?」
 小花は優しい姐様の寂しそうな笑顔に、何か自分が悪い事を言ったのかと不安になる。
「あ、あのぅ……。姐様はお飾りにならなくてもお綺麗です。紅をさした姉様は、もっと
お綺麗に見えるので……。姐様、あたしは何か辛い事を言ってしまいましたか?」
 しどろもどろに話す小花に、咲野は手を差し伸べて微笑む。
「そんなお顔をしてはなりんせんよ、小花。お前はまだ何もわからないのだから、気にす
る事はありんせん。
 あちき……いいえ、この吉原の女達はね。着飾り、紅をさす事が『戦い』の仕度でもあ
るのですわいな。……そう。殿方がいくさで武装をするのと同じなのでありんすよ」
「……『戦い』ですか……?」
 小花には咲野の言う事が良くわからなかった。大きな丸い瞳を不思議そうに見開く。
 咲野は喉元を鳴らして小さな笑い声を立てると、小花の髪を撫でてやった。

「……あちきとした事が、つまらぬ事を話してしもうたわいな。小花、お前はまだ、何も
知らなくていいんでありんすよ。
 でもね、自分の事は『あたし』ではなく、『あちき』か『小花』と申しなんせ。
 廓詞《くるわことば》にも、少しずつ慣れて行かなくてはなりんせん」
 ――こんなにも美しくて優しい姐様なのに、何か辛い事がおありなのだ。
 小花は何故だが自分までもが悲しくなってきた。
「あい。姐様……。小花は一所懸命に頑張ります。姐様に喜んで頂けるように……」
「可愛い事を言うてくれるわいな。お前は本当にいい子だねえ、小花」
 咲野が小花を抱きしめると、甘く柔らかい香りが小花の鼻孔をくすぐった。

 子守唄の様に、咲野はひそやかな声で口ずさむ。
「かぁ~ごめ、かごめ。いついつ、出ぇやある……」
 柔らかい腕に包まれて、小花は咲野をそっと見上げた。
 ……ここに来る時に聞こえてきた歌だ。あれは姐様が歌ってらしたのだ。

 小花の視線に気がついた咲野は、静かに笑う。
「お前はこの歌で遊んだ事がありんすか?」
「……あい、姐様。でも、姐様が歌いなさると、とても綺麗で何やら寂しげです……」
「そう聞こえんすかえ? じゃあ、小花も一緒に歌いなんすか?」
「あい、姐様」
 咲野の笑顔に明るさが戻る。小花は嬉しくなって咲野の手を握った。

 その時、親父様が部屋の外から声をかけてきた。
「咲野。仕度はできてるかね? そろそろ花魁道中に出かけてくれるかの」
 咲野はふっと溜め息をつくと、小花の頭を撫でて立ち上がった。
「あい、親父様。仕度は出来ておりますわいな。……小花、お歌はまた今度にしまんす。
 さあ、お前も一緒にお出でなんし。吉原の夜が始まりんすよ」
「あい、姐様」

 煌びやかな光とさざめく遊郭の人間達が廓の中と外でにぎやいでいる。
 小花は昼間とは打って変わった眩しさにたじろいだが、すぐにそれは驚きに変わった。
 咲野が道中を始めると、そのさざめきは歓声へと声が高まり、人々が群がって来る。
「咲野花魁の道中が始まったぞ! かごめ太夫のお出ましだ!」
 凛と背筋を伸ばし、巧みに三枚歯下駄を操って優美に外八字で歩む咲野は、他の道中よ
りも人目を引く程艶やかで、小花は何やら我が事の様に誇らしかった。

 咲野花魁が別名『かごめ太夫』と呼ばれる意味も、なんとなくわかるような気がした。

 

              ―続―

最終更新:2010年12月01日 08:28